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在宅サイクリストと盆栽自転車 : 妄想ショートショート 056

都会の小さなアパートで、リョウスケは没頭していた。彼は細部へのこだわりと、自分だけのものを創る喜びを知っているサイクリスト。自身のことを自虐的に"在宅サイクリスト"と呼んでいた。今日、彼の部屋には、特別なものがあった。"盆栽自転車"。それは文字通り盆栽のように育て、愛でる自転車だった。

この自転車はコンパクトで小さかったが、そのプロポーションは均整がとれ本格的な佇まいだった。特にエレベーテッドタイプのフレームは最近では珍しく、リョウスケの琴線に触れた。「なるほど。ベルトチェーンだからこのフレームはアリだよね。」これなら好みのパーツを組んで行けば、こだわりの自分仕様の自転車になるはず。しかも、こんなにシンプルなのに、さらりと電動アシストが標準仕様だったところも実は気に入っていた。街を気持ちよく走るのに、ママチャリにスルリと追い抜かれるのは御免だ。フレーム、ホイール、電動装備。すべてが調和しシンプルなところも、大自然が一つの鉢の中に凝縮された盆栽のようだった。

リョウスケは、この自転車に一目惚れした。彼にとって、これはただの乗り物ではなく、彼のアパートメントの中で成長し続ける生きたアート作品だ。彼は、この自転車を愛情を込めて手入れし、細部を自分好みに調整する。タイヤの空気圧、ブレーキの調整、彼は自分だけの特別な自転車を育て上げる。

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土曜の朝、リョウスケは目覚めた瞬間、彼の育てた"盆栽自転車"での散策を思いついた。軽く朝食を済ませ、彼は自転車に跨り、まだ人通りの少ない都心へとペダルを踏んだ。

空気は冷たかったが、身体は徐々に暖かくなっていった。リョウスケは、朝陽を受けて黄金色に輝く銀杏並木の間を抜け、短い秋の空気の瞬間を感じながら走った。電アシのおかげで風に乗っているような感覚に包まれた。自転車は颯爽と街のノイズを切り裂き、心は自由で、日頃のストレスから解放されていた。

自転車を止め、しばし色づいた都心の木々の美しさに目を奪われた。その後、お気に入りのカフェに立ち寄り、自転車を横に停めた。
カフェでリラックスしながらコーヒーを楽しんでいると、隣のテーブルの男性が彼の自転車に興味を持ち、話しかけてきた。「あなたの自転車、すごくユニークですね。どこで手に入れたんですか?」リョウスケは、彼の質問に嬉しくなり、自転車の特徴や彼自身が加えたカスタマイズについて熱心に話し始めた。彼の話を聞きながら、男性は感嘆の声を上げた。

リョウスケにとって、自転車は単なる乗り物ではなく、彼の個性とこだわりを表現する手段だった。その日、彼は新しい友人を得て、自転車への情熱を分かち合うことができた。盆栽自転車は、リョウスケにとって新たなコミュニケーションの架け橋となる。

この自転車は、リョウスケにとって、都会の生活の中で街とリンクし、自然とつながり、人との交流を生みだす手段となった。リョウスケは今日も"盆栽自転車"を愛でている。

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