"信じられる心理学"とは何なのか

どうも。ダイキリです。

クイズ界隈での心理学問題の嘘問の多さについて普段から嘆いている私ですが、「じゃあ何が出せるのさ」「じゃあ何を信じたらいいのさ」ってことをざっくり説明しようと思います。

勉強をサボりまくっている学部生のくせして偉そうに、という感じですが、批判だけしててもしょうがないということで。薄々感じておられるでしょうが、私はおそらく心理学徒の中でも過激派です。

また、「ヒトの意見や思想」というのは非常にバイアスを孕む可能性が高い、ということが知られているので、この記事にもバイアスが含まれる可能性は高いはずです。留意してくださるようお願いします。

今回は、「心理学が根本的に抱える問題」「心理学が抱える悪習」の2つが、「根拠の乏しい説が世間に広まる」ということを軸に説明します。

心理学が根本的に抱える問題

心理学について多くの心理学徒が同意するのは「科学的な手法で心の働きを明らかにする学問」だということでしょう。実験や観察を通して研究を積み重ねていくことで「心についての事実」を記述しよう、という試みだということです。

「心についての事実」の記述は、ある程度一般化された形になるのが望ましいでしょう。「ヒトという生物が、古今東西」とまで行けるのが理想ではありますが、少なくとも「今の時代ではヒトは」 「こういう性質を持ったヒトは」くらいは行きたい。じゃあ、どうやって一般化するのかを考えましょう。(心理学はヒト以外の動物の心も対象にしますが、今回は割愛します)

注:
最近ではビッグデータや機械学習を使って個人個人のある状況での行動を予測しよう、なんて研究もありますし、それは素晴らしいことだと思っています(なんならそういう研究をしたい)。一般化された法則の価値は、予測可能性にこそあると思っているので、予測できるならヒトに明確に分かる形で一般化される必要はないと思います。が、今回の主旨ではないので、この話は割愛します。

一般化されたルールを見つけるには、様々な個体、様々な状況で同じルールから説明できることが重要です。「様々な個体」問題は、多くの(性質を一にしない)ヒトを対象に研究する、ことで解決されるでしょう。しかし、「様々な状況」は極めて難しいです。研究者が観測できるのは、極めて数少ない状況に限られるからです。

例えば、エビングハウスの忘却曲線を例に考えてみましょう。エビングハウスという研究者は、自分で無意味な綴りの単語(母音+子音+母音のアルファベットで構成)をいっぱい記憶し、時間が経ったときそれを思い出せるか、について調べました。最初に記憶したものを再度覚えるときに、どれくらい時間を節約できたか、を節約率と言いますが、エビングハウスは横軸に時間、縦軸に節約率をプロットし、「忘却曲線」を提唱しました。すごい。

さて、これで「ヒトが単語を記憶するとき、時間経過とともに節約率がどうなるのか」が分かったと言えるでしょうか? 答えはNOです。

まず、エビングハウスの記憶力が特殊だった可能性があります。これは、多くの研究者が後から別のヒトたちについて調べることによって解決されます(実際にある程度追試され、まあまあ近い曲線が得られているようです)。エビングハウスがその日だけめっちゃ調子が良い、という可能性も、多くのヒトで調べれば平均的に問題ない、ということで処理できます。

じゃあ何度も何度も十分に大きいサンプルサイズで追試(1回の研究でサンプルサイズが大きくても、統計的な誤りの確率はあるため、理論上複数の研究が必要)して同じような結果が出たとしましょう。これなら「ヒトが単語を記憶するとき、時間経過とともに節約率がどうなるのか」が分かったと言えるでしょうか? 答えはNOです。

「ヒトが単語を記憶するとき」とありますが、これはあくまで「アルファベットによる無意味綴りの単語」を記憶する、という話です。日本語のひらがな ならどうだったのか、そもそも意味のある単語ならどうだったのか、わかりません(実際には、意味のある単語の場合、元々の知識量や単語自体の性質によって大きく結果が変わるだろうことが予想され、純粋な記憶の研究にはならないため、あまり研究されていないようです。有意味な単語の記憶については、もっと研究されるべきだと思います)。

また、「記憶する」という言葉が「記憶の保持」を指しているならば、「記憶の再認(提示された単語を知っているか分かる)」「記憶の再生(どんな単語があったか言える)」という2種類の方法で確かめねばなりません。一方の方法だけでは、「再認はできたけど再生はできなかった」のような可能性を消せないからです。これらの可能性も確かめられる必要があります。

おそらく、現状である程度確からしく提示できるのは、「無意味綴りの短い単語」についての忘却曲線なのだと思います(もっと研究が進んでいる、あるいはまだ進んでいないとかあったら申し訳ありません。ここは話半分に聞いてください)。

簡単な単語を覚える、というシンプルな課題でも、考えることはたくさんあります。これが、対人関係や社会的行動(これらは社会心理学と呼ばれる分野の研究対象)といった、関わる要素の数が非常に多いものの場合ならどうでしょうか? 記憶課題の例より遥かに多くの可能性を考え、それらを潰すために様々な研究を積み重ねばなりません。

また、心理学では、思いもよらなかった要素が結果を変えてしまうことが少なくありません。もちろん、その「思いもよらなかった要素」についての知見を深めれば、1つ1つに対処することはできるのですが、完全にそのような要素を統制するのは原理的にはほぼ不可能でしょう。だからこそ、「何度も」「様々な方法で」追試がなされるべきなのです。

つまり、心理学では(というか自然科学全般について)、ある事実がある論文に発表されたからといって、即その論文から類推できる一般化された法則が正しいとは限らないのです。手法の誤りや偶然有意差が出た、という可能性以外にも、先述のように「そこまで普遍的なことは言えないよ」という可能性を常に考えるべきです。

特に心理学(特に社会心理学)の場合は、「まだそこまで言ってない(研究されてない)のに仮説が世間に広まっちゃった」という場合が多いような気がします。ですので、信じられる心理学知識を判断したいのなら、「本当にこんなに普遍的なことが言えるのだろうか」という疑いを持ってWebサイトなどの記述を見るのが良いかと思います。「能力が高い」と書いてあったら「どんな課題でどんな能力をどうやって測定したのか」を考える、といったように。

逆に、ある程度信頼できる知見は、様々な手法・十分な追試で同じことを述べている研究です。様々な研究を経て処理のモデルが提唱され、モデルが正しいとしたときに予想される結果が研究で実現され、モデルの処理に対応する脳部位の活動が見つかり、モデルによるシミュレートが日常場面でのデータと一致した、ここまでされれば「かなり確からしそうだな」と思えますよね。

ただ、普通の人がここまで調べるのは難しいと思うので、まずはやはり「対人関係や社会的行動など(社会心理学の対象)について、普遍的すぎることを言っているもの」は怪しいと思っておくと良いでしょう。

心理学が抱える悪習

最近になって、社会心理学の分野で「実は再現されなかった」という有名な古典的研究が増えています。なぜ「最近」なのでしょう? それには、心理学界の悪習が関わっています。

2015年、サイエンスに衝撃的な論文が掲載されました。100の心理学研究を追試し、適切な統計処理で分析した結果、有意差という観点では元々の40%程度しか原論文の結果が再現されず、効果量(効果がなかった場合とどれくらい差があるか、のようなものを評価する指標)も半分以下だったと報告されたのです。

これ以降、なぜこういうことが起こったのか、どうすれば防げるのか、議論が始まります。先述のように、ある仮説は様々な手法で何度も検証されるべきです。しかし、心理学の世界では、追試があまり評価されない、追試より新たな知見を、という雰囲気があった(ある)らしく、あろうことか有名な研究ですら再現実験が全くない、という例があったのです。ガバガバです。何が心の"科学"だと思いますよね。私も思います。

そして、ネット上に広まっている説の中でも一応研究に依拠しているものは、基本的に昔の研究を参考にしているはず。つまり、ガバガバな時代の知見が広まってしまっているのです。

また、そもそも「面白い結果が出た研究だけ論文として発表される」という「出版バイアス」の問題や、「有意差が出たらOK」といった間違った統計知識による研究などが批判されました。出版バイアスなどは、心理学に限らない問題点でもあります。

特に再現性の危機が指摘されたのは、心理学の中でも社会心理学と呼ばれる分野です。社会心理学とは、個人の性格、対人感情、態度、集団心理などを研究する学問分野のこと。よほどうまく実験し、それを積み重ねなければ「それってこうだっただけじゃない?」という可能性の排除が難しい分野です。逆に、視覚などの感覚や、運動、記憶、思考など認知心理学の分野では、相対的には様々な可能性を排除しやすく、再現性はそんなに問題にならなかったようです(この辺、かなり聞き齧りと主観が入っています)。

注:少しだけフォローすると、社会心理学の対象となるような分野は、時代や文化の違いの影響を受けることも多いので、「その時代には間違いではなかったが現在では確認されない」という可能性もあります。

結果、現在では追試を評価するシステムの重要性が叫ばれたり、オープンサイエンス(データと分析法を全て公開)や世界の研究室での共同研究など、できるだけ科学の根幹・再現性を保証する動きが進んでいます。統計手法も昔よりかなり詳しく教えていると複数の教授から聞きました(純粋に統計手法やソフト自体の発展も大きいでしょうが)。そのムーブメントの中で、追試で再現できなかった有名な研究もいくつか報告されています。

つまり、社会心理学は、学問全体でそもそも再現性が低かったから、これから頑張ろうとしているところなのです。この特徴は、他の科学分野とは一線を画すものだと考えます。ゆえに、学術的に有名な研究ですらも、疑ってかかる姿勢(本来はあらゆる学問でそうあるべきですが)が強く求められる分野だと思っています。

根拠の乏しい説が世間に広まる

これまでの話をまとめると、ネット上などで広まっている心理学が信じられないものになっている背景として

A. しっかりと検証されないまま、1つの研究結果が普遍的かのような形で広まってしまう
B. そもそも社会心理学の再現性が低く、今見直している最中

というパターンがあるということになります(これはこのnoteでの論旨であって、社会の事実を表しているものだとは考えていません。検証されていないので)。加えて、

C. そもそも心理学の研究ではないものが市販の本などによって心理学の研究で明らかになったかのように扱われる

例もあります。「信じられる心理学」という観点からすると、やはりAもBもCも気をつけるべきです。「社会心理学」の「普遍的すぎることを言っている(かなりキャッチーなことを言っている)」ものについては、まず疑いから入った方がいいレベルだと思います。

「クイズに何を出すか」という観点からすると、AとCはいわゆる「オカルト・疑似科学」ジャンルなら出してもいいということにはなります。しかしもちろん、誤った心理学の知識を世に広めるのは害毒ですから、オカルトであるという情報は明示する必要があると思います。もう正直、AとCに関しては出す価値が全くないかなと思います。世間に広く知られた疑似科学ならともかく、NAVERまとめと個人サイトとコンビニ本にしか載ってないじゃん、みたいな知識を出す意味があまりわかりません。まあネットロア好きに刺さるみたいなことなんでしょうかね。

では、Bはどうでしょう。これはまあ、心理学史として出せないことはないかなと思います。しかし、先述のように、社会心理学が他の科学と違うのは、「全体的に再現性の危機が指摘された」という点だと思います。信じられていた学説が、別の証拠によって見事に否定された、とかではなく、単に研究が再現されなかった(そもそも追試が少なく、再現されないことに誰も気づかなかった)というお粗末な流れなのです。

まあ、それでも心理学史として出すぜ!という方を否定はできません。ただし、その場合には間違っていたと判明したことが情報として入れられるべきだと思います。また、それ以前にA・CとBを見分けられる人がどれくらいいるのか、という問題もあります。

さて、A・B・Cを間違いだと分かった上で、間違いであることを明示して出題するか否かは作問者の自由だと思いますが、多くの場合、作問時に問題になるのは、そもそも間違いだとわからないということでしょう。

解決策としては、そりゃまあ心理学をちゃんと勉強するのが一番いいんでしょうが、いちいちそんなことしてられない人がほとんどだと思います。ということで、私は別の解決策として

心理学問題は出さない

を提唱したいと思います。これなら間違いを犯すリスクはありません。やったね!

これは半分本気ですが、現実問題「いや出したい」という人もいるでしょう。そこでもう少し具体的な策として

1. Wikipediaの英語の記事があるかを探す(その概念の英名を探す)
→なかった場合、裏取りできていないと判断
2. 英語の記事があった場合、その見出し語をGoogle Scholarで検索する
→何も出てこない、全然違う分野の論文しか出てこなかった場合、裏取りできていないと判断

という流れを提唱します。最悪「1」だけでもいいです。これで、AとCに関してはそこそこ潰れるんじゃないかなと思います。

また、参考にできる本として「巻末に参考文献の一覧が載っている」ことを一応の目安としてオススメします。ちなみに、オススメの教科書は東京大学出版会の『心理学 第5版』です。大学生の方は、教科書に指定されている物を読むといいんじゃないでしょうか。あと、「心理学者」「脳科学者」を名乗る人たちが書いているキャッチーな題名の本も、恣意的な抽出が多かったりしてあまりオススメできません。池谷裕二の『大人のための図鑑 脳と心のしくみ』はパラ読みしただけですが、そこそこ良い感じでした。

また、参考できるWebサイトは『脳科学辞典』です。プロの研究者が書いてるので、ある程度信頼性は高いです。ただ、社会心理学にはそこまで対応していないので、認知心理学よりの知識が多くなります。

このやり方でも結局Bは潰せない(最新の研究で否定された可能性がある)のですが、もうそれはしょうがない。もし否定されてたのを知ってる人がいたら教えてあげる、でいいんじゃないでしょうか。クイズ屋は研究者じゃないんでね。まあ本当にその辺慎重にやりたい人は「出さない」か「勉強する」かするしかないと思います。

以上、心理学で最もやってはいけない「自分の意見を証明なしに語る」ことをやってきました。最悪ですね。この記事を読んだ皆さんが、こういうエセ心理学記事には騙されないことを祈ります。ありがとうございました。

参考文献
Open Science Collaboration. (2015). Estimating the reproducibility of psychological science. Science, 349(6251), aac4716.
https://science.sciencemag.org/content/349/6251/aac4716.short

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