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大清西部劇 第十一話 愛国者

●11.愛国者
 オアシスの入口のバリケードはなく、物々しさはなかった。林たちはすんなりとイスマイ家の別宅の敷地内に入れた。
 「いゃぁ、林さんたち、オアシス荒らしの討伐ご苦労様です。聞くところによるとロシア領まで行ったとかで、驚いています」
すっかり歓待の準備が整った応接間にいたイスマイ家当主が笑顔で出迎えていた。
「病院に行った本庄から聞いたのですか」
林はさり気なく聞いてみた。
「…、あっ、そうそうなんです」
「どこの病院にいるのですか」
「ここからちょっと離れた所でして、まぁ、それよりも乾杯といきましょう」
当主は給仕に酒を運ばせていた。
「うちの娘は、どうしました」
アフメットは目をぎょろつかせていた。
「あ、家内ですか。本庄さんの見舞いに行ってますから、じきに戻るはずです」
「そうですか」
アフメットは成り行きで酒杯を手にしていた。
「ここまで一緒だったお宅の手下はどうしました」
石は応接間を見回していた。
「いろいろと用事がありまして、同席しませんけど」
「それはそれは」
石も酒杯をつかんでいた。林は無表情のまま、酒杯を手にしていた。アフメットの手下たちは酒杯を手にして待ち遠しそうにしていた。林は当主の様子を見ていた。
「どうしました。怖い顔をして、酒に毒などは入っていませんよ。ほらこれでどうですか」
当主は、林が手にしている酒杯と自分が手にしている酒杯を入れ替えていた。
「人に歓待されることに慣れてないもんでな」
林は少しニンマリしていた。
「それでは、無事に戻られたことを祝して、乾杯!」
当主が乾杯の音頭を取っていた。
 林たちは酒を飲み、しばらく当主と歓談していた。アフメットの手下たちは、だいぶ酔ってきていたが、林はそれ程でもなかった。
林がトイレに行こうとする廊下に出ると、すかさず当主も後に続いた。
「あの、便所はどこかな」
林は気配を感じたので振り向いていた。
「林さん、運がなかった本庄と違って、あんたは賢いし拳銃の腕も立つ。手を組みたいものです」
当主はしっかりと林を見据えていた。
「手を組むだと…」
林はうなるように言っていた。
「本庄は私を利用したつもりだったでしょうが、私は彼の動きは把握していました。ボンボンの跡継ぎ当主ではありませんよ」
「何も知らないわけではないというのか」
「だから今回、あなた方が金塊を手にしていることも知ってます」
「本庄を殺したのもお前らか」
「あれは、私の手下が功を焦って、やったまでのことですが、本庄を利用できなくなったので、あの手下は処分しましたよ」
「俺の同胞の仇は取ってくれたわけか」
「そんなところです」
「海千山千の本庄を殺したところで、たいした罪にはならないがな」
林は厳しい表情をしていた。
「私の手下の謝罪というわけではないが、手を組めば金塊の半分はあんたのものだ。本庄との取り決めよりも良いだろう」
「半分、それは気前が良いな」
「但し、条件がある」
「なんだ」
「アフメットと石を始末して欲しい。分け前のことで揉めそうですから」
「日本人のあんたにとって、二人とも現地人だから、それほど心は痛まないのじゃないかな」
「現地人か…」
「それに私はロシアと清国の両方に情報網がある。これは日本にとって役立つことが多いと思うが」
「あんた、二重スパイなのか」
「人聞きが悪い言い方じゃないですか。情報はカネになります。スパイじゃなくて賢い商人とでも言ってもらたい」
「しかし、アフメットをやるとなると、あんたのカミさんが悲しむんじゃないか」
「私には他にも妻がいるし、アイは売り飛ばすことにした。問題はない」
「そうかい、あんたらしいやり方だな」
「で、どうする。やってくれるのか」
「…コインを2枚貸してくれ。それで決める」
「コイントスってやつか」
当主はポケットをまさぐり、ロシアのコインを2枚取り出していた。
 林はそれを手にすると2枚重ねて指で弾いて宙に舞わせた。その2枚が手の甲に落ちてきて、もう一方の手で覆った。林はゆっくりと覆った手を上げた。
「表と裏、ということは、表裏一体。失うものがあっても、得るものがあるということだ」
林はぼそりと言った。
「何を言っているかわかり難いのだが、やってくれるのか」
「そうだ」
林は首を縦に振っていた。
「それじゃ、今すぐにやってくれ。早い方が良い。気が変わらないうちにな」 
「わかったが、最後の挨拶と埋めてやるのは俺の手でやりたい。せめてもの良心があるからな」
「どんな宗教勘を持つのか知らないが、信心深いのだな。勝手にしてくれ」
当主は応接間の方へ戻って行った。林は便所に入り、少し遅れて応接間に戻った。

 「どうした林、長いぞ。糞でもしてたのか」
アフメットはニヤニヤしていた。
「体の調子が悪くてな。今まで気遣ってくれてありがとうな」
林は弱々しい声で言っていた。林はふらつきながら、アフメットのそばに行く。
倒れ掛かった林。一瞬不審な顔をしたアフメット。
「おい、気持ち悪いな」
アフメットは林を突き放していた。石はその様子を心配そうに見ていた。
 「今まで楽しかったぜ、ありがとうな」
石に顔を向ける林。
「なんだ林、死んじまいそうなほど、具合が悪いのか」
石はそう言った後、自分の表情を見ている当主を睨んでいた。
「そこのあんた、林に毒でも盛ったのか」
石が怒鳴る。
「いや、そんなことを彼はしない」
林はそう言いつつ、石のそばまで来る。林は興奮しかけている石に、もたれかかり抑えていた。石は狐につままれたような顔をしていた

 「林さん、それで良いのかな」
「あぁ」
「私と林さんは手を組んだ。金塊は我々のものだ。な、そうだろう林さん」
「その通り、これも日本のためだ」
林の言葉に石とアフメットは真顔になった。
「見上げた愛国心をお持ちで。分け前を我々で独占するためにも、さぁ、やってください」
当主の言葉を受けて、林の手はホルスターの真横にあった。
 林は素早く拳銃を抜き、銃声2発と共に石とアフメットが、その場にどさりと倒れた。アフメットの手下たちは悲鳴を上げて動揺していた。さらにドアが開いている廊下側から女性の悲鳴も同時に聞こえていた。林がそちらを見ると手足を縛られた女性が引っ立てられる途中であった。
「あぁ父さん!よくも父さんを…、トャグ、騙してたのね」
娘と思われる女性は林と当主に恨みの視線を向けていた。狂っように泣き叫ぶ娘は、すぐに廊下を引きづられていった。階段を降りていく際も声は響いていた。
「林さん、手下も片づけて」
当主は廊下を気にせず平然としていた。
「いや、石たちの墓穴を掘るのに使う。そうしてからだ」
「そういうことなら、後で始末してくださいよ」
「おい、お前ら、石たちを運べ」
林は拳銃を手下たちに向けていた。手下が運ぼうとするアフメットの上着には、焦げた穴が空き、生地がほつれていた。
「それでは私はオアシスの夜間見回りに行きます。それと墓穴は便所の横の裏庭で良いでしょう」
当主は石たちが動かないのを見届けてから応接間を出て行った。

 応接間から1体ずつ運び出し、裏庭の地面に石とアフメットは並べられた。アフメットの手下は、松明を手にした林を見ながら穴を掘り始めていた。その様子を見回りの途中、垣間見ている当主。林は横目で当主たちの松
明の明かりを確認していた。
 当主たちはそのままオアシスの別の場所に向かって行った。夜の静けさの中、馬車が走り去る音が遠くの方から微かに聞こえていた。
「よし、ここいらで良いだろう」
林が言うと手下たちは戸惑っていた。
「石、アフメット、もういいぞ」
林が声をかけると石とアフメットは、ゆっくりと起き上がった。手下たちは、驚いて尻もちをついていた。
「コインのお守りを所定の位置に置いていたかどうか、冷や冷やしたが、大丈夫だったようだな」
林は、石のバックルの裏側のへそ辺りと、アフメットの胸のポケットの辺りを注意深く見ていた。
「この通りだよ」
石は弾丸が刺さったコインを見せていた。
「結構、衝撃があったが、俺の方もこの通りだ」
アフメットは凹んだコインを手にしていた。アフメットはそのコインを手下たちに放り投げていた。
「俺は、最初本当に裏切ったのかと思ったぜ」
石は苦笑していた。
「娘にそうとう恨まれたな」
アフメットは林の肩を揺さぶっていた。
「アフメット、娘さんは売りに出されるまで地下牢にいるはずだ」
林は静かに言っていた。
「何っ、売っ払われるだと!トャグの奴…、許せん」
アフメットはいきり立っていた。
「朝になったら連れ出されるだろうから、今晩中に助け出そう」
「林、まだ時間があるってわけだな」
石はアフメットをなだめるように言っていた。
「ここから脱出するためにも取りあえず、武器弾薬を集めよう」
林は拳銃の残りの弾丸を確かめていた。

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