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豊島紀 ㉔ABEMAトーナメント2023予選Aリーグ・チーム豊島の限りなき戦い

ABEMAトーナメント2023・チーム豊島は終わりました。予選Aリーグ、0勝2敗で早々に予選敗退……。

(って、それもう4月放映の話ですよ。今やもう予選Cリーグまで進んでますし。世界では藤井聡太が名人奪取の翌朝、豊島が3手目に飛車を振る、という想像もつかなかった現実がやってきておりますが)

永瀬さん豊島の2歳年下
稲葉さん豊島の2歳年上

※こちらに貼っつけてるABEMAの動画はプレミアム会員じゃないと見られないやつばかりですすみません。

しかし将棋ファンみんなアベトナ好きですよねえ。私は、チーム豊島が負けたから言うわけじゃないですが、いや負けたから言うんですが、アベトナはバタバタしすぎてどうも好きではない(やっぱり持ち時間9時間二日制こそ至高です。二時間の長考とかやってほしいよ)。それにチーム動画や作戦会議映像も、ムダにこちらの心が揺さぶられる。

と、文句言いながらもつい見てしまうが。ええ、いっぱい見ました。そしていろいろと微妙な気持ちを味わった。

この予選Aブロック、第一週がチーム永瀬vsチーム豊島。この第一週を見て何か胸が重苦しいような気持ちにさせられた。その理由はきっと「チーム豊島が負けちゃったからだろう」と思った。しかし第二週にチーム稲葉vsチーム永瀬を見たら、私の考えが間違ってたことに気づいた。胸が重苦しかったのは、勝ったからとか負けたからとかではなかった。

「私がどこかのチームに入らなきゃいけないとしたら、チーム稲葉に入りたい……」

いきなりありえない話ですけど! でもそう思っちゃったよ! 稲葉さんのチームすっげえ雰囲気いいの。何このチームの自然ななごやかさ。稲葉さんも出口くんも服部くんも楽しそう。作戦会議室で盤に並べながら楽しそうに検討&応援してる。勝っても負けても笑顔。こういうアベトナならいいな!

楽しそうに豊島vs出口を応援する稲葉先生&忍者服部くん

稲葉さんはよくタイトル戦の立ち会い人となり、合間にネット中継のおやつレポートとかにひっぱり出されているが、そういう時はけっこう緊張なさっている。カメラの前での固くなりっぷりは、「アラ、稲葉クンたら可愛い」と言いたいような初々しさ。しかしこのアベトナにおける稲葉八段の、カメラの前だというのに別人のようなのびのびした明るさ、余裕たっぷりの優しさはどうだ。親戚のかっこいいオジサマみたい。

(前に、井上慶太のことを「この人がいれば冠婚葬祭オールオッケーな頼りになる親戚のおっちゃん」みたいだと書いたことがある。ということは井上一門がそういう気質なのか。菅井さんも親戚にいてほしい人材だしな。法事の読経でふざけてる甥っ子を「ゴルァ!」って叱ってあとで「ほら食え」とかいってアイス買ってくれる)

対してチーム永瀬。忘年会終わりにタクシーに乗り合わせてしまったあまり交流のない同僚、みたいな三人組だった。いや私見ですけど!

「帰る方向が一緒だったので」「はい」

ふつうにやりとりはしてましたけど(当たり前だ)、けっこう見ていて気分が圧迫されるものがあった。チーム永瀬には増田康宏七段がいて、永瀬さんはドラフトではずっと増田康宏七段を指名し続け、他チームと重複指名になっても驚異の引きで増田獲得を果たしてきたし、寵愛の増田さんがいればチームの安寧は保たれるのか、と思ったらそうでもなかった。

永瀬王座は負けるとやや表情が固くなる。ムリに笑おうとしてもその笑顔が固い。アベトナなど花相撲、楽しく指して楽しく流す、なんてことはできない人なのだ。将棋と、勝負に賭けているのだ。自分が負けた時も、自分以外のチームメンバーが負けたときも固い無表情で無言。……これ、メンバーには針のムシロではなかろうか。

そしてチーム豊島です。
リーダー豊島将之九段、副リーダー木村一基九段、池永天志五段の3名。チーム名は『百折不撓(ひゃくせつふとう)』。これは木村九段がよく揮毫で書かれてる言葉です。意味は「何回負けても負けないぞー」みたいな。

撓の字は日常生活ではあまり使いません

そもそも、持ち時間5分でフィッシャールールの団体戦というのは、豊島先生としてはあまり得意じゃないのではという感じがあった。ところでフィッシャーって釣り人かと思ったらちがうんですって! てっきり「釣った魚をエサにして延々釣り続けるみたいなルール」だからだと思ってましたよ。フィッシャーさんていう人の名前だとは知らなかった。ひとつ利口になった。話がそれましたが、とにかく豊島先生はアベトナにおいて、はかばかしい成績を残してはおられない。これまでの参戦でも予選敗退→予選敗退→決勝トーナメント一回戦敗退と来ている。何か、明らかに向いていらっしゃらないというか……いや、前回予選は突破したから何かを掴んだのかもしれない、と期待したが……。

アベトナには、ドラフトの時から勝負よりもウケを狙う、チーム動画で再生数トップを狙う、みたいな方法論もあるが、豊島先生は明らかにそのタイプではない。ごくふつうに、マジメに取り組み、そして成績はいまひとつ、というのが「豊島せんせいのアベトナ」のように思います。豊島先生ほどの実力者でもうまいこといかない、それぐらい、ABEMAトーナメント言う棋戦は他とは性質のちがう棋戦であるということです。

で。今回のチーム豊島。番組が始まり、スタジオに登場した雰囲気からしてもう、勝てそうな気がしなかったです……ファンなのにこんなこと思っちゃってほんと申し訳ない。それは個々の実力のことではなくてですね、このメンバーのかもしだす空気が……。チーム永瀬も「自分がメンバーだったらいろいろつらいだろう」と思ったがチーム豊島も「自分がメンバーだったらけっこうつらい、というかいたたまれない」と思いました。それは永瀬チームに感じたつらさとはまったくちがう、対極にあるようなところからくるつらさです。

メンバー全員、気を遣いすぎ。

メンバー全員、ほんとに「いい人」であるということは、痛いほど伝わってきた。

池永さん豊島さん木村さん

豊島先生:木村九段を立てている。チーム名を、木村九段の揮毫でおなじみのコトバにするぐらいである。先輩であるということだけでなく、アベトナでの戦い方が巧みであることをよくわかっていて頼りにもしている。でもリーダーは自分だし、先輩にあまりに頼ってはいけないとも思っている。「先輩に甘えちゃえ」的な、「可愛い後輩」っぽい振る舞いもなさらないしできない。後輩の池永五段のことも、きちんと立てている。後輩だからといって威張らないし、いじったり仲良くフザたりもしないしできない。どんな人にも、節度ある態度で常に接するのが豊島さんという人だ。

木村九段:豊島リーダーがそういう人だということがよくわかっているので「このチームを、出すぎることなく盤上でも盤外でも盛り上げよう」と思ってらっしゃる。それが自分の役目だ!と。

池永五段:とにかくきちんとがんばります、豊島リーダーと木村九段の足をひっぱることがないように、がんばります、というたたずまい。『現代角換わりのすべて』『現代矢倉のすべて』という名著をものした学究だが、若手論客!とかいう雰囲気などみじんも見せず、生真面目な人の良ささがにじみ出す「てんてん」。

チーム動画を見た時に、こうなる予感はあった。

結束力が高まる!

この動画、「この人たちにそんな無茶もさせられない……」と制作側が思ったのか、

ゆ、ゆるい……

ゆるゆるすぎるほのぼの動画。「豊島九段は目をつぶって片足で10秒立っていられるか? イエスかノーか!」って……(-д-;)

ちゃんと10秒できました!

やっておられましたよ豊島せんせい、目つぶって片足でゆらゆらと。どういう顔で見りゃいいんですか。動画トーナメントあったらこれも一回戦敗退確実か(といっても他のチームもそう面白いのがあるわけじゃないが)。チーム豊島の戦いがすべて終わったあとこのチーム動画を見直すと、「ああ、この動画はこのチームをきっちり描き出している」と思い、制作陣の手腕に舌を巻いた。そんなつもりなかったろうけど。

対局については、以下のページにくわしく書いてあるんで、誰と誰が対戦して勝敗がどうだったか、どんな戦いっぷりだったかはそちらでご確認ください。私が書くことはそういう公式記録で書かれていないどうでもいいことです。


対局中、木村九段が「よし! いいぞいいぞ! 行けー!」とか声を張り上げて応援してる場面がときどき抜かれるんですよ。これが心に刺さる。

木村先生……ああそんなに気を遣って……盛り上げ役を体を張って……。木村先生って、本来もっと意地悪な人じゃないですか(悪口ではない。木村先生の芸風の話です)。「あえてのシニカル発言」とか飛ばす人なのに、チーム豊島ではそんな顔はかなぐり捨て、「先頭で旗振るぞ!オー!」とばかりに奮戦。応援だけではない。チーム永瀬戦は2勝5敗であり、その2勝は木村さんがもぎとったものである。豊島リーダー(も池永五段も)0勝。どうなんですかこれは(´Д`)。

「次は誰を出すか」決めるオーダー会議も、豊島リーダーは微笑しつつメンバーをチラチラ見ながら、どうしましょうか……という感じで池永さんもあまり何かを主張せず、たまりかねた木村さんが会議を回したりしている。チーム動画の時も同じ流れだった!

リーダーは何をしていたか

と本多勝一に書かれてしまうのではないかというぐらい(本多勝一なんて名前を思い出したのは何十年ぶりだろうか)、豊島さんはひっそりとした存在感でそこにいらっしゃる。そういう新しいリーダー像を模索しているのか。

しかし、第三局で永瀬王座とのリーダー対決に惜敗して戻ってくると「次も私が」と、敢然と連投宣言。豊島動く!

巨星、遂に立つ!

これには視聴者もけっこう驚いた。対戦相手の増田七段にも、負けて連投って珍しいよねと言われていた。そして連敗。ううう。

それで次のチーム稲葉戦では、「こんなことではリーダーとして誠に相済まぬ」と思われたか第1局から堂々と登板、見事勝利! 勢いを駆ってふたたびの連投! 前回の汚名をそそぐ意気込みであったが、次は負けちゃいました。しかし、ここで木村九段ががんばります! このチーム稲葉戦はとにかく木村九段の戦いぶりが物凄くて、第三局で途中激しく押されるも持将棋にもちこんで指し直しの末、勝利するという、これはお茶の間を感動の渦に巻き込んだ。すごいよ木村先生!

このあと、木村さんは指し直しで2局指してんだからここは体力温存していただきましょうと誰もが思うところ、オーダー会議で豊島リーダーの、声には出さぬが「先生、この勢いでもう1局……」という視線に抗えぬ(私見)木村九段が第4局も出て行き勝利! 木村さんは前頭部を汗で光らせ、やや肩で息しながら控室に戻ってくるその姿は「カッコいい……」としか言いようがないほどのものだった。

さあ、次はどうする。この連投連勝に勢いを得て一気に相手を圧倒する場面である。豊島か池永か、どっちが出るのか!と思ってたら。豊島せんせい、じっと木村さんを見て、言うではないか、

「次はどうし、ますか……連投…か……」

おい。

連投て。その選択肢があるとは思わなかった。痩身から滲みでる疲れがセクシーな域にまでいってしまっている木村さんに、将棋界の中年の星と言われる木村さんに、三連投やらそうと思ったのか? それを木村さんに言えるのか? はい、言ってました。

「連投……」「……(鬼ですか)」

さすがにそのあと「お疲れなら池永さ……ん…」と後退し(お疲れに決まってると思うよ……)、旗振り役を貫くぞ頼られたらなんでも引き受けるぞの気概で来られた木村さんも、「おまかせしますけど」と言いつつも「さすがにちょっとかんべんして」の気色を出されたので三連投とはならず、次局は池永五段の登板となった。ホッとする視聴者。

「連投……」と言った一瞬の豊島せんせいの目には、怖ろしさを感じましたね。とても澄んだ、しかしゆらぎのある目。自分がひどいことをしている自覚はある、しかし勝負は非情で行かねばならぬ時がある、という豊島将棋の真髄を見たと思った。やさしく気弱そうなあのたたずまいから繰り出される鬼の一手。しびれた。ま、その手は指されなかったわけですが。

というわけで、チーム豊島は、「将棋の強い」「いい人たち」が「気を遣い合いながら団体で戦う」という、「そもそもそれはムリなことでは」という三人組で、まあ予選敗退も仕方なかったかと思います。団体戦は向いてないよ、とくに豊島リーダーは。豊島さんて、参謀とか司令官向きじゃないんですよ、一人一殺のスナイパーなんですよ。私としてはチーム天彦とかチーム糸谷あたりの一員として「自分の持ち場は自分でがんばります」で参加してほしい。あるいはチーム菅井に放り込まれて思いっきりいじり倒してもらうか(まあムリですけどね制度上。A級だし来年もリーダーやらされるんだろうけど)。

チーム稲葉戦はそのあと、池永さん負け、豊島さん勝ち、木村さん負け、池永さん負け、池永さん負けで、チーム豊島は予選敗退となったわけです。

惜しくも、と言ってはもらっていますが……

そして。
放映翌々日。池永さんのこのようなツイートが。

気にしないで。公式戦がんばって。どっちがどっちを言ったのかなあ。豊島先生が「気にしないで」かなあ。やさしいなあ。声が聞こえてくるようですよね。でもこれ、やさしく傷口に塩をふりかけてるんじゃなかろうか。私が池永さんだったら、「探さないでください」って書き置き残して旅にでも出るしかないと思います……。

ABEMAトーナメント2023、チーム豊島は「やさしさのチーム」でした。誰も悪くない。



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