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豊島紀 ㉛JT杯の豊島と王将リーグの豊島は何が違ったか

九月二十九日、「第73期ALSOK杯王将戦挑戦者決定リーグ戦豊島将之九段ー佐々木勇気八段戦」があった。97手で豊島九段が勝った。

まさゆきとゆうき

囲碁将棋プラスで朝からずっと見ていた。それで思ったんだけれど、先日のJT杯で見た豊島と、将棋会館での豊島、ずいぶんちがうもんだな。ま、当たり前ですけどね。かたやタイトル戦(の挑決リーグ)、かたや一般棋戦。豊島さんが一般棋戦だから手を抜くなんてことはあるわけがない。豊島さんは、あんな虫も殺さぬような、いや虫もこわくてさわれないような顔をして誰よりも負けるのが嫌いな人である。あらゆる時も真剣勝負。それなのにずいぶんちがう。

何がちがうのか、そしてなぜちがうのかについて考えた。※前もって言っておきますが結論はわりとくだらないです。

ということでまずJT杯札幌対局の話から。

将棋日本シリーズJTプロ公式戦、トーナメント表が発表になり、豊島は札幌会場での対局。えー札幌かよ〜、と思いながらも観覧席を申し込まないわけにはいかない。だって「和服で対局してるところをナマで見られる」んですから。札幌は遠いが、当たったらその時考えよ、と思っていたら当たってしまった。

JT杯は岡山対局(菅井竜也ー斎藤慎太郎)にも申し込んだら当選したので見に行った。徳島から岡山は(遠いが)バスと鉄道で日帰りできるが、徳島から札幌はどうするよ。一円でも安く行き帰りすることを考えると、関空まで出てLCCしか選択肢はない。でもLCCで当日入りすると、けっこう入場時間ギリギリになりそうなんだよな。遅れたって入場はできるが、このJT杯に於いて遅れて入場することは「死」を意味する。パイプ椅子の自由席で、だだっぴろいフラットな会場だから遅れて入ると舞台から遠くて見づらいカス席に座ることになる。せっかくそこにナマの実物がいるんだから1ミリでもそばで見たいじゃないですか。それにイスがパイプ椅子で座り心地悪いからカス席だと腰も尻も痛くなってきてつらいんですよ。ということで札幌で前泊だ。

でも週末で祭日でホテルがどこも高い。私は宿に一泊6千円以上出す気はない(6千円だってめったにない。3千円が基本です)。すると「エアコンはありません自然の気温をお楽しみください」という謳い文句の、一泊2千5百円のゲストハウスを発見したので、北海道なら暑さで眠れぬこともなかろうと、「前泊してJT杯観てその日も泊まって翌朝帰る」ことにした。その日のうちに帰れないこともなかったが、LCCの便は狙ったようにこっちの用事ギリギリの時間に飛ぶのはどういうことだ。おまけにちょっとでもチェックイン時刻に遅れるとアウトだし、帰りの時間を気にしながら豊島の対局を見るなんてムリ。勝ったらお見送りもあるというのに!

と、虎タヌの皮算用なんかしてたら、豊島は負けてしまった。

しかしですね、対局を見ながら思いましたけど、わりと穏やかな敗局。岡山対局の菅井斎藤慎戦はもうちょっとバチバチしていた気がする。それは菅井さんのファイター属性が自然とあふれ出て対局に火花が散って見えたってことだろうか。その日の菅井さんは体調悪かったらしくてテンション低めだったんだけど、それでも飛び散る火花。さすがである(いやわからんけど)。

まず、豊島と糸谷と、解説の木村九段に聞き手の真田女流三段が舞台上に出てきてご挨拶をする。

なぜ私はこの人をおっかけるのか(根源的疑問)

その時はまだスーツ姿で、ホテホテと舞台に出てきた豊島さん。朝日杯の名古屋や有楽町の時もそうだったが、豊島さんの立ち姿はわりと個性的というのか、ひと目で「あ、豊島だ」とわかる。背筋がピシッと伸びている、わけではない。というより肩が丸まっている。姿勢が悪いというんではなく、でも「胸を張ってる」のとはほど遠い。しかし卑屈ではない。なんか茶人みたい。それでやっぱり、白いです。白い光を体内から発してます。この、小柄で肩が丸まってるのに発光している、というのが、すごく不思議な感じで目立つんですよ。藤井聡太はそれこそ、まっすぐな棒みたいなたたずまいなので発光していることに違和感はないが、豊島さんは「なんでこの人が光ってるのか?」という驚きがある。

そして引っ込んで、子ども大会の決勝対局が2局。低学年の部と高学年の部をはさんで、いよいよJT杯となり、和服の豊島九段糸谷八段が登場する。糸谷さんの、麦こがしみたいな色の美味しそうな和服と、豊島さんの薄氷色の和服。和服を着るとまたぐっと、豊島さんという人の不思議さが浮かび上がりますね。三十過ぎの人に「少年みたい」とか言うのは気持ちが悪いと言われそうだが、……いや、少年じゃない。子どもみたい。

七五三、というわけではないのだが……

三十過ぎの男性に「子どもみたい」というのはもっと失礼かもしれないが、このJT杯の舞台で、いきなり「将棋を指す無垢な魂」みたいなもんがそこに出現した。誤解してもらいたくないが、美しいとか可愛いとかそういうことを言っているのではない。どちらかといえば異形のものを見たと言いたいのだ。なんなんだこれは、という。糸谷さんだって相当に魁偉な人だけれど将棋村の中においてこの魁偉さはふつうだ。豊島さんのこの「将棋座敷わらし」みたいなのはあまり見ない。

対局が始まり、何しろ木村九段の解説つきである。解説の声も聞こえてるはずだが、べつにそれを聞いてどうこうしようという(解説をカンニングに使うというような)ものはない。たぶんそこよりも先を読んでそうだ。ただ、わりとしばらく、駒がぜんぜんぶつからない将棋をお互い指していて、テキトーなことを言いますが豊島も糸谷もいつもの将棋とややちがうような気がした。といって、「新機軸を打ち出します」という感じもなく、なんだか二人で研究将棋でも指してるみたいだった。いや、実際のことはわかりませんよ! 真剣勝負ですから! でも、豊島が投了をして投了図を見て対局後のインタビューから感想戦に至るまでのその空気が、全体におだやか。いつものような、「殺し尽くし焼き付くし奪い尽くす」三光作戦みたいな将棋の盤面ではなかった。おかげで目の前で投了を見てもこちらの心もそれほど痛まずにすんだ。いやそりゃ残念でしたけど。

たんたんと、おだやかに、まける

さて数日を経ての、王将戦挑決リーグ。豊島は初戦。相手は佐々木勇気八段です。何かの記事に、「佐々木勇八段」と書いてあるのを見て、うちの夫が「佐々木って勇八(ゆうはち)って名前やったんか。今どきにしてはめずらしい命名やな」と言ったのだが、勇八だとすると「段」は何なんだ。でもそれ以来、わが家ではつい佐々木勇気さんのことを「勇八さん」と呼んでしまって申し訳ない。しかし私は佐々木勇気を恐れている。広瀬八段が恐いのと同じように(強さのタイプはちがうが)、「負けたらすごく痛いところでやられる」将棋を指すという印象がある。

そんな佐々木勇気を相手にした豊島は、ジワジワと押してジワジワと追い詰めて勝った(←見ていての印象です)。終わって見れば、相手の駒をいっぱい取って、いっぱいの駒で自分の王様をきっちり守りつつ、相手の王様をいやな感じに襲っていくという、藤井(聡太)曲線というものがあるとしたら、この一局などまさに豊島曲線ではないかという、完勝譜に近いものがあった(途中で評価値をやや溶かした時には肝を冷やしたが、たぶんそこもミスとかいうもんではなかったと思う)。

で、この王将戦での豊島の有様は、JT杯の対局の時とはずいぶんちがっていた。もちろん、かたや公開対局、かたや将棋会館、持ち時間も違う、着物対局とスーツ対局。ちがって当然でありますが、いちばんちがったのは、王将リーグの豊島には座敷わらし性があんまりなかった。もっと男っぽかったですワイルドで。ここのところ、対局ではひたいに冷えピタを貼り、ネクタイをかなぐり捨て(いや、席を立って、見えないところではずして来られます。菅井さんのようにガーッと抜いて投げるとかではない)、ワイシャツのボタンをはずし下に着ているクルーネックシャツをのぞかせ、まあそれはたいした乱れではないのだが、盤をはさんだ佐々木勇気とくらべるとワイルドさが際立っていてすごいのだ。他に、いろいろな棋士がいるが、こんなにワイルドなものを見たことがないと思う。座敷わらしにしても、ワイルド棋士にしても、他にはいないという意味で豊島はすごいよな。

で、JT杯と王将リーグの、豊島のちがいがどこから来るのか。

そこに観客がいるかいないか。自分で書いててもなんて単純なと思うけど、勝つためならなんでもする、といってもひと目は気になるだろうし、人前で無礼なことはしないという躾もきっちり受けているであろう。「ひと目を気にするなどということはかなぐり捨ててのワイルドさ」の時こそ、三光作戦も発動されるのだ。将棋会館の中というのは豊島さんにとっては「自宅」のようなもの。

男くささがぷんぷんする

というつまらない話でしたすみません。ついでにJT杯の時のこぼれ話(将棋の話でも棋士の話でもないです)。

このJT杯。「入場料無料」という、とんでもないサービス公演(違)で、そう考えれば、「豊島の着物対局姿を見せていただけるだけでありがたい」と思うべきものです。しかし運営オペレーションが。まず午前中から『将棋日本シリーズ テーブルマークこども大会』を同じ会場でやっている。こども大会だから付き添いの家族がいる。会場の後ろ半分はこどもたちが将棋指す場所で、会場の前半分は舞台と観覧席だ。観覧席には、出場者および家族が先に入って席取ってる。それはいい。その家族が取ってる席以外の、空いてるところにお座りください、とわれわれ自由席観覧者は申し渡される。それもいい。当然、「将棋をやるお子さんとその家族」が優先ですよ。で、その「お子さんとそのご家族」が取ってる席以外の、なるべく前方のセンター近いイスを確保しようとするわけです。

それで私のような「棋士目当てのミーハーファン」は、早くから来てるわけですよ会場に。前泊までして。私は開場の一時間前ぐらいに会場にいくと、わりと広いロビーがあって、ホールの入口に長机の受付がある。でも早めに来てる人はそのへんのイスにすわったり立ってぶらぶらしたり三々五々散ってるので、これはどうしたもんかと思い、受付の人にきいたら「開場時間になったらこのへんに並んでもらおうかと」。なんかボンヤリした回答だったんでやや不安になり、「このへん」が見える場所で待機することに。

やがて徐々に人も増えてきて、そろそろ先頭決めて整列させたほうがいいんじゃないかと思うが、受付の人は悠然と座ってるし、客はみなさんただぼんやりとそのへんにたたずんでいる。開場時間の少し前ぐらいにやっと、「えーとこちらに並んでください〜」と声がかかって、そのへんにいた人たちがわっと集まって乱雑な列をつくる。すると、スタートダッシュに遅れたお姉さんが「私、9時から来てるんですけど!」と抗議の声を挙げ、いちばん前に入れてもらい、係の人があたりを見回しながら「他にも早くから来てた人どうぞ〜」とか言い出すからわらわら人が前に押し寄せたところで、「あ、もうこのへんで」と締め切りになり、私も締め切られ、それでそのまま列は雑然としたまま伸びていくのだった。その列も2列だったり3列になったり4列になったりぐちゃぐちゃと混在して「整列」という概念がない。豊島糸谷目当てのファンはおっとりしてるのか、静かにぐちゃぐちゃしていたが、藤井聡太が出てる対局でこんな待機列つくらせたら血を見るぞと思うので整列の方法をもうちょっとなんとか。というお願いでした。岡山の時は会場についたらもう整列してたから並び始めがどうだったのかわかりませんが。

そんなことで血を見ないで私の将棋を見てください

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