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Comorisでの活動を通じて感じたこと
僕はテクノロジー(都会)と自然と文化(身体性)の架け橋となっていきたい。
そうすることで徐々に境界線を溶かし、持続可能な、愉快で感動できる世界にしていきたい。
そしたら認識が変わっていくと。
人の認識が変われば、ちょっとくらい世界は変わっていくかもしれない。
だけど、正確にどうなるかわからないし、正解もない。
だからこそ、その可能性の方に賭けてみようじゃないか、と思って活動している。
そんな中で、Comorisの活動には触れておきたい。
Comorisを簡単に説明すると「都会に森を作る実験」である。
アーバンシェアフォレスト、ともいう。
実はすでにいろんな声をいただいている。
とても良いね、素敵だね、というコメントはもちろんあるが、
一方では、
なんでわざわざ都会に森を作るんだ、だったら田舎に住めばいい、とか
虫が湧いたら大変、とか、
持続できない、とか。
ありがたいことに批判コメントもいただけるようになった程度には、
知名度も少しはでているのかなと。
一方で、このようなコメントをみていて、
やはり根本的な部分で、
自然があるからこそのわたしたちがある、という身体感覚が欠如している部分があると感じている。
この感覚があると、自然を資本とみなしてコントロールしたり、搾取したり無関心になったりするようなことはできないのではないか。
自然と自分たちを分離するような形で捉えてきたからこそ、
こういった身体感覚を養わずに、ついにここまで来たのが、
人類の現在地のような気がしている。
この状況に対して、
僕たちは何ができるのだろう。
Comorisのような活動を通して、
少しでも小さくても良いから自然に触れてもらい、
そして、自然の良さ、ちょっとした理不尽さを感じてもらうこと。
そうやってコツコツと自然に対する関心を抱いてもらうこと。
まずはそこから始まるような。
積み重ねた感覚の先に、
人々の、自然や世界に対する認識の変化があるのかもしれない。
認識が変われば、世界が変わる。
そうぼんやりと期待しながら、今日も水をまき、土を触るのだった。
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