小説「バナナ刑事」

 宝石強盗だ!

 強盗犯確保のために、警官隊が巨大な宝石店の中になだれ込む。
 警官隊の先頭を切るのは、バナナ警部である。

 バナナ警部は、これまで幾度となくヘマをやらかしてきた。
 万引き犯を捕まえようとして、バナナの皮で転んで、犯人を取り逃した。
 人質を盾に取る凶悪犯に銃を向けたとき、バナナの皮で転んで骨折した。
 赤信号を渡ろうとしていたおばあちゃんを助けようと走っていたとき、バナナの皮で転んでしまった(結局おばあちゃんは刑事がこけているのを見てその場で笑っていたので、車に轢かれずに済んだ)。

 せっかく親に金を出してもらい、いい学校に行って一生懸命勉強もして、国家試験を通過して憧れの警部になったのだ。毎回バナナで転んで仕事ができないなんて、情けなくてしょうがない。
 今回の事件こそは、絶対に犯人を捕まえて、みんなにおれのことを認めてもらうんだ!

 そしてバナナ警部の部隊が、宝石を飾っている大きな部屋に入った時だった。
 なんと、床一面に、大量のバナナの皮が敷き詰められていたのである!
 思わず転ぶバナナ警部、そして警部についてきた警官一同。
 「な、なんじゃこりゃーっ!」
 「ふふふ。バナナの皮さ」光の影になって顔がよく見えない宝石泥棒が言った。
 「そんなのは見たらわかるわっ!」
 「人間は愚かさ。そんな、バナナの皮なんかに転んでさ‥‥」
 「なにいっ、宝石泥棒め、きさまも人間だろう!」
 すると、宝石泥棒は悲しそうに言った。
 「いや、僕は人間じゃないんだ」
 「な、なに?」
 「というか、人間じゃなくもない。僕は、日本科学技術研究所クローン研究室哺乳類合体チームが遺伝子操作によって作り上げた光度知的哺乳生物、ゴリラ人間だ」
 「ゴリラ人間!?」
 「そうだよ。だから、人間の血、というか欲求が騒ぐと、こうやって宝石みたいなものがほしくなってしまうのさ」
 「お前のエゴでみんなが迷惑しているんだぞ!」
 「その僕を作ったのも、人間なんだよ。それに、僕は人間の心を持っているのに、それが叶えらないこともあるんだ」
 「宝石が盗めれば十分じゃないか!」
 「そんなことよりもっと大切なことがあるんだよ。僕はね、バナナ以外、何も食べられないんだ‥‥」
 「な、なんだと」
 「消化器官の合成がうまくいっていなかったらしくてね、肉も、米も、野菜も食べられない。ただ、バナナしか食べられないんだ」
 「だ、だからこんなに大量のバナナの皮を持っていたのかっ」
 「バナナ、食べないと死んじゃうからね」
 そのとき、バナナ警部の中では、二つの想いが葛藤していた。
 この怪盗ゴリラにしてやられてしまったら、また自分は手柄を逃してしまう。それは情けないから避けたい。
 一方で、人間の都合で勝手に人体改造されて、しかもバナナしか食べられなくなってしまったこの怪盗を理不尽に捕まえることもしたくない。こいつは、バナナしか食べられないが故の苛立ちから、犯行に及んでいる部分もあるのだろうから。
 それで、警部が出した答えはこうだった。
 「警備隊、いいかっ!?」
 隊員全員が返事をする「はい、警部!」
 「今からバナナを食う! 全員でだ!」
 「はい!」
 「バナナをやまほど食って、あの宝石強盗ゴリラへの同情を消したのち、奴を逮捕する!」
 「わかりました警部! ところでバナナはどこで手に入れれば!?」
 「スーパーで買ってこい!」
 「おっとその必要はないよ」とゴリラ怪盗が警部に言った。「バナナだったら、僕がいくらでも持っているから、あげるよ」とゴリラが背負っていたリュックを下ろして中を探ると、たくさんの宝石とともに、千本くらいのバナナが出てきた。
 「これでおたがいたらくふバナナを食べてから戦えば、公平ってことなんだろう?」
 「そうだ。おれは不公平は好きじゃない。同じ生物にはなれなくとも、せめてそれぞれがバナナだけを食べて戦うことで、少しは公平になると感じたんだ」
 「いいね。そういう考え方、僕は嫌いじゃないよ」そういってゴリラはバナナ警部に渡すべく、バナナを一房、彼に差し出した。
 それを受け取ろうと脚を一歩前に踏み出した途端、バナナ警部はバナナの皮で転んで頭を床にぶつけて、気を失った。

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