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笑わなかった日はなかったな

皆さま、はじめまして!私はユッキ。
日々、感情の大河にプカプカと流されている。

幼少期からごく最近まで、湧き上がる感情や自分の心の声を、
ずっと無視してきた。
嬉しいとか、笑うとか、機嫌のいい態度は、遠慮なく発揮。
怒ることもあるが、あまり周りに見せないようにしている。
いじめられても我慢。嘲笑されても耐える。
自分に過失や至らない点が見当たらなくても、
責められれば、演技で謝ることができる。
それらを繰り返すうちに、感情が溜まりに溜まって、
ダムの放水のように溢れ出たこともあったな。
友達に酷いことを言ってしまったり、人間関係に支障が出たり、
感情に振り回されて自分が起こした行動は、大体がさんざんな結末。

ほら、だから言ったじゃん。

自分を責める声には加勢し、一緒に攻める。
自分の心の叫びが、徐々に疎ましくなっていく。

しあわせ、安らぎ、自尊心。
心があたたまる「言葉」に免疫がない。
「自分にやさしくする」の捉え方も少しズレていて、
こうすればいいんでしょ?
と、どこかやっつけで向き合っている感じで。

身のまわりの何もかもに嫌気がさし、
すべてを投げだしてしまいたくなる…
これまで、たくさんのことを投げだした。
なかには「アレはもったいなかったな」というものも。
でも、ふと立ち止まり自問してみると、
そのプロセスをすべて経なければ、
いまの自分は、ここにない。
たとえ一時的な感情で決断したその判断が、
何かにとっては正しくなかったとしても、
行動がなければ、学びはないと思うから。
「得たものがあるなら」とケチになるのもいいし、
「何の意味もなかったな」と自省することで「得ている」じゃんか。

それなら、自分を罰するのではなく、自分を丸ごと採用する。
自分への接し方、扱いを変えてしまおう。
自分の感情を無視してしまうことも、
「自分にやさしくすること」がうまくできないことも、それがOK!
すべて最善の選択である、ということにしてみる。

何もかもが嫌になっても、すぐに決断せず、そこに放っておく。
自分の機嫌を取るのは自分だし、責任も自分にある自由。
それは、大体のことは「どちらになっても大丈夫!」だから。

いざ感情の大河に浸かってみると、毎日の生活や人付き合いが
新しいものとして目の前にあらわれはじめた。
その成果をご確認くださいませ。


喜(恥)

「喜び」という感情には、いつものおまけとして「恥」がついてくる。
スポーツ観戦で応援していたチームがシュート!
ついにゴール?と思ったら
ビデオ判定で無効になったときのぬか喜びに似ている。
褒めておいて貶す人とか、うまくいっていたのに土壇場で形勢が覆ったり。
ドラマや映画を観ていても、登場人物が主人公を裏切って
攻めてくるんじゃないか気になって、
ストーリーが入ってこないことが、たびたびある。
そう、私はポジティブなマイナス思考を持っているのだ。
喜びを一瞬で失う経験が多いと、疑心暗鬼になりすぎて、あまりよくない。
それでも、褒められれば
「ありがとうございます!」と嬉しそうに言い、
自分でも自分を喜ばせるように、ご褒美に海を見に行く。
海にはドンデン返ししかないから、逆に落ち着くのだ。

自分にとって一番喜ばしかったことは、いまから10年前の2013年、
私が書いた文章が一般流通する書籍に掲載されたことだ。
けやき出版が発行する「たまら・び」という雑誌がある。
東京・多摩エリアのまちを毎号、一市町村ずつ特集でピックアップ。
「プロ」としてではなく、「市民ライター」としての参加だったが
実際に取材のアポ取りから取材に赴き、何本か原稿を書いて記事にしていただいた。

インド屋のスパイスカレーや、タイ料理屋でパクチーに出会う。
ご紹介するお店のお料理に舌鼓。
お話をゆっくり伺ってみたかった方と、未来への展望をじっくりと見据える。
もちろん締め切りがあるし、働きながらの執筆はそれなりに大変だったが、
とても充実した日々を過ごせた。

実際に、ご本ができて書店に平積みに並ぶ様を見たとき、
私はあらためて、自分がこれまでにないほど
すごいことを目標に掲げ、それを達成できたのだと実感した。
献本で10冊頂いていたので、内容はチェック済みだ。
私がかかわったのは何十ページもあるうち
大小合わせて5〜6本の記事だけだったが、
友人のカメラマンも付き合わせて撮ってもらった
インタビューの写真が巻頭カラー見開きページで
ドーンと見応えも抜群!
書店に居合わせたお客さんや店員さんに
「このページの記事は、私が書いたんです!」
と触れ回りたくなるほど気分が高揚した。
実際には一人ニヨニヨしながら、一冊だけ買って帰った。

小学校6年間、徹底して夏休みの宿題は後回しだった。
でも、作文の提出だけは絶対に怠らなかった私。
むしろ、自らすすんで着手した宿題は作文だけというほど
「書く」ことが大好きだった。
5年生の時、詩のコンテストで賞を頂いてしまった。
大勢の人の前で自分が綴った詩を朗読する、なんて大役を担ったが、
思い返すと、あれはとんだ公開処刑だ。
審査員の大人たちに忖度して、構築していった単語の羅列。
親想い風のちょっと泣かせるような言語をならべたら、
それを評価してくれる…案外チョロいもんだな。
味をしめ、大人をナメる生意気な小学生がここに爆誕した。

精神的には生意気な小学生のままだが、私ももう年齢的には大人。
審査員に媚びるようなものは通用しない。
いまの等身大の私でコンテストに応募すればいいんだ!

先日、会社の先輩に
「ユッキさん、コーヒーが似合いますね」と言われて
とても嬉しかった。
コーヒーは私の大好きな飲み物だから、もうメッチャメッチャ嬉しい!
こういう、ちいさな発見に喜ぶことから始めて、
「自分」がどう感じるか、感じていいのだと決断する。
恥ずかしさも込みで喜ぶ。
どんなに照れくさくても謙遜しない。
人生なんて、恥か愛かしかないんじゃないの?

そんな感じでこうして書きはじめたわけだが、
喜ばしい出来事も、小っ恥ずかしいぬか喜びも、全力で味わおう。
どうせなら、笑顔でいたい。


私は、まだ私がゆるせないようだ。
たしかに、これでよかったんだ、なんて
ちっとも思えないし、腑におちない。
うまくいかないことを「それでよし」とできずにいる。
仕方ないのにね。

未だに私が感じている責任、背負っている十字架は父のことだ。
私の大事なお仕事、自分の予定を優先してしまったあの日。
コケて立ち上がれなくなった父を救急搬送しなかったこと、
父が「大丈夫」と言うから(言わせてしまったんじゃなかろうか?)と、
対応を後手に回してしまったこと。
救急車を呼ぶだけ呼んで妹に付き添ってもらうとか、
叔母を呼んで手を借りるとかできたでしょ、と
いつまでも、未来から、過去の自分を責めつづけている。
それが何にもならないとわかっているから、余計にくるしい!

それもあってか、お仕事でも私生活でも、
何かに対して後になってから色々言われると
めっちゃムカつくし、ゆるせなくて、その人を軽蔑する。
それはつまり、
未だに自分自身を軽蔑してゆるせない
ということなのだろう。
そんなことはもうよして、自分も心の底からゆるしたい。

あぁできた、こうしたらよかった…
できないっての。
いつだって、自分は「いま」にしかいないのだから。
起こること、それらへの対応。
その瞬間の選択がベストなのに、
後からベターを提案するのはズルいよな。
あの人たちと、やってること同じだね。
それでも…いっか。

その時はそれで十分だったんだって。
どんなに言い聞かせても伝わらないから、
いつか、腑におちるまで、ずっと伝えつづける。

もういいじゃん?
でも、自分がこだわりたいところには、
とことん付き合おう。
私は、私の味方だ。死ぬまでずっと。
もう、私を無視しない。
ゆるしてもらえずとも、つきまとってやる(笑)くらいの。

私がドンダケ冴えなくても、
私はみすてないで側にいてくれたんだ。

他所の人が、私なら「イヤだ」と思うことをしてきても、
この人はそういう人なんだよと
こちらから先手をうって対策すればいい。
しかも、その人はそれでいいと私が思えたならば、
生きていくの、もっとラクなんだろうな。


みんながやさしいと、泣いてしまう。
でも、大丈夫。それでいい。
どこにいても、誰といても、
自分のもつものは失われないから。

自分の哀しみにふれてみる。
過去の自分に寄り添うこともできたかもしれない。

うちは両親とも、甘えたりおねだりをしにくい相手だった。
抱っこも、お菓子も、疲れても、
大体「お姉ちゃんなんだから」を切り札に
「我慢しなさい」で押し通す。
酒乱の父、宗教と慈善ヲタクだった母、
母は父を支えながら救いたくて、
父は子どもにできることを模索していたが、
バカになるまでお酒を飲まないでくれればよかった。

母や祖父母や父のことを嫌なヤツ、苦手な人、キライ、
そう思いたかったのは、そうしておけば
自分がさみしいってことから目をそらせたから。
自分がさみしいってことに気付かずに済んだから。
嫌なヤツならば、無慈悲でいられる。
敵にしておける。
自分の中で、討伐していい存在にできるから。

でも、ほんとうは、条件なしに
みんなのことがだいすきで、
愛していたのかもしれない。

よその子がその父親や母親に愛され、
抱きしめられている様子を目の当たりにすると
やっぱり涙腺がバグる。愛には弱い。
私もぜんぜん、親に甘えたかったんだ。
「ありがとう!」「だいすき!」って伝えたかった。

自分の抱いた気持ちや抱えている想いを
誰かに勇気を出して伝えてきたとき、
「世界には、もっと大変な人がいる」とか
「親御さんも大変だったんじゃないか」とか
話題をすり替えられると、ものすごくガッカリする。
私のことを話したのに、はねつけられた感じ。
「そうだったんだ」と受け止めてくれるはずと
期待してしまってはいけないのだ。
そして、そいつにはもう二度と、こういう話をしないと誓う。
大体、もう会わなくもなる。
哀しいけどこれ、私の気質なのよね。

父さんも母さんも、私が求めるものをくれなかったけれど、
私も私で、きっと、父や母の求めるものを提供してはいない。
やっぱり、人間関係は期待するものではなく、
伝えていくためのもの、なのだろう。
いやになっちゃう。

「喜び」「嬉しい」「楽しい」「ラクちん」
こういうものが受け入れられるのならば、
「つらい」「かなしい」「さみしい」「しんどい」
心にかかる、うすい霧みたいなもの。
そういう気持ち、感情は、
どうしてまともにとりあってもらえなかったのだろう?
受け入れよう。
他者と一緒に実践できれば一番いいが、
自分で、やってみてもいい。

どこの誰にも、自分のつらい気持ち、感情を
ジャッジさせない。ジャッジは無意味。
自分もジャッジNGでいってみよう。
生じるものを、ないことにもさせない。
ないことにしては、いけないんだ。

「くるしい」「ゆるせない」「ねたみ」「うらみ」
「いつくしみ」「慈悲」ほか、
すべてが同立に自分のなかに芽生えて然り。
大切に包み込む。

私は、私の分をそうして
大切に包み込めばいいんだ。
いま違う世界にいる両親や
ご先祖さま達に「ありがとう」と言ってみる。

哀しみとは、いつも仲良くさせてもらっているが、
腐れ縁の付き合いは、まだまだ末永く続きそうだ。


楽(虚)

楽しい時間がもうすぐ終わりを迎える頃、
心のなかのどこかに「虚しさ」が、そろりと表れて居座りはじめる。
20代前半の一時期、誰かと思い出をつくることが、
とてつもなく怖かった記憶がある。
いまがこんなに楽しくても、この時間はいつまでも続かない。
それがうっすらと頭をよぎってしまった途端、
培ってきたもの、学んだこと、人づきあい、目標、夢、
自分のまわりの何もかもすべてが、
虚しいものに思えてきた。

出会っても、いつかはお別れするときがくる。
手にしても、失うだけ。
たしかに、人生はそんなことの繰り返しかもしれない。

出会って、いつかお別れしても、
その出逢いで自分がどんなことを感じ、どれほど変化があったのか。
手に入れたものを大切にして、いつか手ばなすときに、
心から「ありがとう」と言えるといいな。

それでもいいや、と思うことにしよう。
楽しいことを楽しもう。
ほんとうに好きだったんだろうな。
でも、いつまでも一人占めして
持ちつづけるわけにはいかない。
そう考えたとき、少しだけ捉え方が変わった気がした。

「いま」がかけがえのない「たからもの」になる。
自分の胸に大切にしまっておいて、
後日、眺めてみたら新しい発見があったりするかも。
あながち、わるいことばかりでもないか。
虚しさもセットで、大切にもっておこう。

出会いと別れ、楽しさと虚しさ、相反するようでひとつ。
今日もきっと、楽しい時間と虚しい瞬間を過ごすのだろう。
それでもいいじゃん、どうせ誰だって、いつかは死ぬのだから。
いまを、どんないまも楽しもう。虚しさも一緒に。

そんなふうに思えるようになったのは、
20代のあの時よりも強くなったから?
それとも加齢の賜物か?どっちでもいいやw


好(虐)

自分の好きなものを知られるのが嫌だった。
学生時代でいえば、周りから嘲笑されるか、
そのレベルで好きと言ってるの?とマウントをとられるか、
同担(アイドルなど推しが同じであること)が嫌で
「担降りるか(ファンやめるか)担変えして(別な人を推して)」
と言ってくる同担拒否。
なんだったら、わざわざ私の推しに担変えして、担降りを迫る奴もいた。
私から奪うみたいなことがしたかったらしいが、そんなの降りるわけないじゃん。
その人に関係なく推し続けたとさ。

いまでも、いち社会人ゆえ「推し」を自分から言うのは気が引ける。
こんな奴が推している対象の市場価値が暴落するのではなかろうか?と、
自意識過剰なまでに周りの反応を気にしてしまうのだ。
たとえば、メンタル部分で支障をきたしてしまい、
お仕事を辞めることになったとき、
あまりにもマニアックなものを好きだと知られていると、
その対象の推し=病んでいる人に好かれる
というレッテルを貼られてしまう、とか。
本当にどうでもいいよね、私はそんなふうに気にしちゃうって話。
何かを「好き」でいることにさえ、息苦しさを感じるなんて、へんなの。

言いたい人は、なんとでも言う。
誰のことも、誰の推しでも、何もかもについて言う。
それを気にして、自分が殻にこもらなくてもいいよね。
理解しようとしてくれる人もいるし。

自分が好きなものほど、大切に丁重に扱って然り…であるはずなのに、
逆方向へ突っ走ってしまう。
虐げたり、サゲたり、妙な謙遜で、それほどでもないものにする。
思春期の男女のいわゆる「アイツのどこがいいのよ」は、
「好き」という気持ちへの戸惑いを
自分に対して問いかけているようなものだろう。
好き、と自認できず
照れてしまったり、わざとちょっかいを出したり、
心にもないことを言ってしまう。

それは、自衛本能なのかもしれない。
自分の好きなものを、好きな人を
わるく言われたり、バカにされるのは、
自分そのものがそうされるよりも傷つくから。

でも、もう、そんなことしなくてよくなった。
時代が変わった、という側面もあるが、それと同時に自分も変わったようだ。
好きなものを好きと発する。
伝える。周知する。
それによって、好きになってくれる人が増えるかもしれない。
大切に扱ってくれる人だっている。
そうだけど、何か質問あればどうぞ?くらいの心構えでよいのだ。
好きなものを知らせておくと、誰かが耳寄りな情報を教えてくれることも。
嘲笑する人ばかりではない、と知ったことも大きい。
好きなもの=私 ではないし、社会的な評価は比例しない。
そりゃそうだわ。

ただ、私はヲタク傾向が強めなので、オフ会やイベントには
一緒に行けないこともありそうだ。
好きなものを共有して分かち合うのは、食べ物だけでいい。


私にとって嫌だったことの一つが、父の介護だ。
この件は、いまから5年ほど前の話。
割と自分軸で物事を考えるようになってきた頃で、
自分と妹の意思を尊重できた。
親の介護は私にとって「絶対にしないもの」だった。
父も、実際に介護が必要になるまでは、迷惑をかけないと言い張っていた。

朝の出勤前、自分の支度に時間を使いたいのに、
酔っ払って失敗したお手洗いを片付ける。
デート中に電話をかけて「お酒を買ってきて」と頼まれる。
正直うんざりだった。

そこへきて、介護までやれと?タダで?
どういう奴隷?
周りの人間が負担になるような介護をしないでいいように、
プロによる介護サービスがあるのだと
私は思っている。
実子だから何?妻だから夫だから?介護する必要ないじゃん。

ケアマネージャーの方にも「そればかりはとにかく嫌だ」と譲らずお伝えし、
ケアプランを作っていただいた。

大勢のプロの方々が、今日も技術やテクニックを磨いて
誠意のこもったサービスを提供してくださるのに、
家族だからって、素人がムリしてやることじゃない。
ただ、家族だからこそやりたい、っていうなら止めないよ?
それも一つの大切な価値観だもの。

実際に利用できたサービスは、訪問入浴とベッドのレンタル。
身だしなみは綺麗好きだった父も
自力でお風呂に入れなくなってからは、
長いこと、清拭やドライシャンプーで最低限に整える程度。
総勢4名のスタッフの皆さんに父の全身を綺麗にしていただき、
温かいお湯に浸かり、とても気持ちよさそうで、
少しだけ親孝行できたような気に、なってしまった。

綺麗事で結構だが、介護サービスというものは
「介護を受ける人とそのまわりの人が、
 これまでと同じように暮らすためにあるもの」であってほしいと、
心から願っている。

その人にはその人の人生がある。
お仕事があるし、デートや友達と遊ぶ約束も自由なのに
「家族の介護が〜」などというワードが出た途端、
なんだか気を遣ってしまう。それがもう嫌だ。
それはつまり前提として、家族(パートナーや子ども)が
介護者の人員にされている。
そのうえでどうするかという話が進んでいく。
お金を支払って受けるはずのサービスを、
家族だからというだけで、タダでやらせようとしないで!
などと私は一人、憤っているわけ。

私の思い込みか固定概念ならばそれでいい。
これこそが、そもそもの勘違いであってほしいのだ。

12月の寒かったある日、介護用のレンタルベッドが搬入された。
車椅子に乗る父の体に、ケアマネージャーがやさしく毛布をかけてくれた。
あの光景を思い出すと、いまでも涙が溢れ出す。
私は父に、あんなふうにやさしくしてこなかったな。
やさしくしちゃえばよかったんだ、自分から。
そんな発想はなく、後悔としていま提案されても。
だからそれは、ずるいってば。
これから妹にどれだけしてあげられるか?
そして、自分にどれだけしてあげられるか、そこにかけてみよう。


自分をキライ。なにがわるい?
自分のキライなところを好きになろうとするほうが、
精神衛生上、よくない。
キライで結構。
自分ではない誰かが、その部分を好きだったり、
いいねって思ってくれるかもしれないし。
他者にどう思われるかに囚われるのも
あまりよくない。
それなら(そうでなくても)、
自分のキライが覆るまでとことんキラって、
そうなんだな、と自分が自分をわかってやりゃいいじゃないか。

実はいま、私はこれまで数年間の夢だったお仕事に就いている。
でも、夢が叶うこととしあわせは同時に語るものではない。
しょっちゅう休みたくなるし、毎月「来月で辞める」と思っている。
そんな時は助っ人外国人のゲストミュージシャンになりきる。
夢に見た念願の来日!
こんな貴重な時間、もう来ない。
やる気がでなくても、でないことすら楽しもう。
いまは、いましか味わえない。
あしたは、また違ういま。
同じは、一つもない。
いやになってもOK!
しかし奇跡とモチベーションは別の話。
束の間のいまをどれだけでも味わう。

明日からもう会えないかもしれない、と思うときにも
精一杯のありがとうを伝えたい。
雇用契約期間は決まっていて長く勤められないし、
残りの時間を楽しみきって、周りも楽しませたいね。
急な感謝と敬意、書いていると情緒の動きもおもしろい。
このまま投稿しよう。



喜怒哀楽、感情が素直に表れはじめてカラフルになってきた。
いつだって、泣かない日はあっても、笑わなかった日は一日もなかった。
どんなにつらい日も、何もかもがイヤになった日も、だ。
怒ったり傷ついたり色々あるし、
どんなに悔しい思いをしたり、
誰かがゆるせなくても、
角を曲がると新しい世界に出逢う。
すると、人や生きものとの交流から、
必ず何かを受け取って自然と笑顔がこぼれてしまうのだ。
これは私の感受性もあるかもな。

いまつらいもんは、つらい。
そういうときにはちゃんと浸って
ビッチョリにならなきゃダメだよ?
ないことにしない。
誰かと比べない。
しんどいもんは、しんどい
つらいもんは、つらい
それでいい。
シンプルでいいんだ。

なるようになる。多分、そうなんだろう?
そこに身をまかせてみよう。

この世界は生きにくい。
まともだとか、おかしいとか、そんなのどうでもいい。
時々、人と会うのが億劫になる。
私、まともじゃなくてもいいです。
この世界にはいろんな人が、いろんな価値観が存在している。
みんな、そこで生きているっていうだけの話。
それが、いいじゃん。
それを正してやろうとか排除するとか、どうなの?
でも、まぁ、お好きにどうぞ。
それすら受け入れてやろうじゃないか。

いつでも、勇気をだして飛び込む!
それでいいんだ。
劣等感ものすごいし、なくなりそうにないけれど、
私は、私でいいのだ!

感情の大河にプカプカと流されてみよう。
思っちゃいけないことは、ひとつもない。
いい・わるいじゃないし、わざわざ口に出さなきゃいい。
どんな感情が自分の内からわき上がってきても、
すべて受け入れる。
「そうなんだね」は最強の言葉だ。

いまを最高の瞬間にしよう。
できる?できてる?できなくていいよ。
それなら、大丈夫。
必ずその日のどこかで笑顔になってみよう。
笑えたら、まだ生きていける。
笑えなくても、生きていけるのだが。
こればっかりは仕方ない。

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