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新しいものに心を開こう。

「大家さんって、どうしてあんなに素敵なんだろう・・・」

中庭でハーブを摘んでいる大家さんのことを、フー子は自室の窓辺から
憧れの目で見つめていた。

シルバーヘアをいつもきれいに整え
明るめの口紅を塗って、ビビッドな色のワンピースを着ていて
とても70代には見えない・・・。
フー子は、そんな大家さんのスタイルに憧れを抱いていた。

趣味も多彩で、料理もプロみたい・・・
そんな大家さんが、最近近所の大学に通う学生たちを
中庭に招いているのをフー子は見かけていた。

「大家さんの友達というには若すぎるし・・・
それに個性的な雰囲気の人ばかりだけど、一体何をしているのかな?」
 気になったフー子は、おやつに焼いたクッキーをバスケットに入れて
 中庭のベンチに向かった。

「大家さん、こんにちは〜」
「あら、フー子ちゃん!」
 学生たちも笑顔でフー子に挨拶をしてくれる。
「みなさんで何をしているの?」
「フー子ちゃんも一緒にお話ししましょう?
 ここにいるのは近くの大学の学生さんよ」


孫ほどに歳の離れている学生さんたちの会話は、流行りの音楽や
大家さんが育てているハーブのこと、最近話題のYOUTUBEやファッションのことなど多岐にわたっていた。

フー子の知らない話題も多く、話についていけないこともあったけれど
大家さんが会話の中心にいることにも驚いていた。

ーーーー大家さんって多趣味なのは知っていたけど
私が全然知らない話題にもちゃんとはいっていけている。すごい!

しばらくして、学生のひとりが「大家さんに似合いそうな服を見つけたの!」と持っていたカバンの中から、1枚のワンピースを取り出した。

「かなり個性的な柄だけど・・・」
 フー子がそう思ったのと同じタイミングで、
「素敵!」と大家さんが嬉しそうに両手を差し出した。
「よかった〜!このあいだ相談にのってくださったから、何かお礼をしたくて!」

受け取ってもらい、ホッとした表情を浮かべる学生を横目に
素敵だとは思うけど、ちょっと派手すぎないか・・・
と心配になってしまうフー子。

それでも大家さんは気にせずに「似合うと思ってくれたのなら、チャレンジしてみないとね」とウインクをして、着替えをしに自宅に戻っていった。

「このサングラス、あのワンピースと合わせたら可愛いと思う!」
 別の学生が、真っ赤なフレームのサングラスを取り出した。
「絶対似合うよね〜」
「大家さんが気に入ってくれたからプレゼントしちゃおうかな〜。どう思います?」
 ふいに聞かれたフー子が返答に困っていると
「どうかしら?」と着替えた大家さんがやってきて、ポーズをつくってみせた。
「やっぱり似合う!」「このサングラスも合わせてみて!」
そんなふうに盛り上がる大家さんと学生さんを見ながら、フー子は
「・・・確かに似合っているかもしれないけど、大家さん、学生たちに無理に合わせていない?」と心配になってきた。

「じゃあ、またお邪魔しますね〜!」
 みんなが帰ったあと、フー子は思いきって大家さんに聞いてみた。
「大家さん、楽しかったけど、私には今時の学生の感覚がわからないこともあったっていうか・・・」
「そうね。私もあの子たちの感覚を理解できないことも多いのよね」
 意外な言葉に、フー子はびっくりしてしまった。
「そうなんですか!?あんなに会話が弾んでいたのに」
「わからないこともあるけど、新しい感覚を取り入れるのって、発見が多くてすごく楽しいの」

そう言って、ちょっと来てと、大家さんはフー子を部屋に招き入れた。

引き出しを開けると、カラフルなフレームの眼鏡やアクセサリーが並んでいる。
「私も前は、歳を重ねると地味な洋服を選んでしまったけど、
学生さんたちの自由な発想に触れるとね。この年齢にはこれ、とか
自分で型をはめようとするのは楽だけど、窮屈なことなのかもって
気づいたの。自分で決めつけて・・・もったいないわよね」

夜、ダイジョーブタに大家さんとの会話を話すと、わかるなーと深く頷いた。

「新しいものに触れることは大事だよね。全部が全部理解できなくても
 感性ってそうやって磨かれていくものだから」

「そうかもしれない・・・。柔軟でなんでも受け入れてみようって思うことができるから、あんなに魅力的なのかも。わたしも大家さんみたいな大人になりたいな・・・」

そんなふうに思いながら、フー子は手作りのクッキーを頬張った。

                             <おわり>

イラスト:かわい ひろみ
物語作 :今西  祐子


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