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持ち替え楽器

 自分は普段はバリトンサックスというマイナー楽器をメインに活動している。
 ただ、ジャズやポピュラー音楽でのサックスプレイヤーは、どういうわけか他の種類の木管楽器も演奏できないといけないことになっており、結構な確率でフルートやクラリネットの演奏を求められる。
 別にこれは両方できる人がいたら頼む的なことではなくかなりオフィシャルな概念で、市販されているビッグバンドの楽譜なんかでもさも当然のようにサックスの譜面に「ここからはフルート」「ここからはクラリネット」と書いてある。こんなの吹奏楽では考えられない。
 自分の今日のリハーサルでは割と総動員、4種類の楽器を持っていった。

 左のケースの上に載っている長いのがバスクラリネット、真ん中のスチームパンク兵器みたいなのがバリトンサックス、銀の長くて立っているのがフルート、一番右の黒くて立っているのがふつうのクラリネットである。今日はビッグバンドのリハーサルで、約20曲くらい演奏する中にそれぞれ曲調に合わせて楽器を吹き替えるので、この本数が必要となる。

 で、そこまでサックス以外の楽器を演奏する機会があり、多くのサックスプレイヤーが持ち替え楽器を実際に演奏しているということは、みんなが思うのは、「サックスをやっていると簡単に他の楽器も演奏できる」んじゃないかということである。
 しかし声を大にして言いたい。それはとんでもない間違いである。
 はっきり言ってフルートやクラリネットを演奏するということは、全く別の楽器を一から習得しなければいけないのと同じことなのだ。

 なのにどうして、サックスプレイヤーだけがこんな負担を背負わないといけないことになってしまったのだろうか。一説には、サックスというのは発明されてたかだか100年程度の歴史の浅い楽器で、当時サックスを吹き始めたのがもともとフルートやクラリネット奏者だったひとが多かったから自然と持ち替えをするようになっただとか、また一説にはビッグバンドスタイルがメインの時に、わざわざフルート奏者やクラリネット奏者を雇っていては大変だったからだとかいろいろな都市伝説が存在している。

 そう、実際、先にクラリネットやフルートを専門でやっていた人が後からサックスに転向するのは割と簡単なようだ。これは、今の日本でもよくある話で、高校までは吹奏楽でクラリネットやフルートをやっていて、大学生になった時にジャズがやりたくてサックスを始める、という人は多い。そしてみな確かにそこまで楽器の習得に苦労しているわけでもなさそうに思う。
 これは理由があって、実際サックスの方が簡単なのである。つまり、先ほど言ったようにサックスはとても歴史が浅いので、そもそも簡単に操作できるように機能的に作られているのだ。
 それに比べるとクラリネットやフルートは良くも悪くも昔ながらの職人気質的な操作性がある。例えがあっているかわからないが、マニュアル車を運転できる人はオートマ車を運転できるが、逆は難しいの発想である。

 しかし、自分のように、そもそも音楽自体をサックスで始めちゃった人からすると、フルートやクラリネットの演奏は激烈に難しい。同じ音楽表現をするのに、簡単にできる楽器の方で習得してしまっていると、難しい楽器で演奏するのは本当に二重に厄介なのだ。
 まず、クラリネットは音を出す機構はほぼ同じだから、とりあえず音は出る。正しいかどうかはともかく、鳴らすことはできる。ただ指遣いが壊滅的に意味がわからないほど難しい。サックス属は基本的にリコーダー運指だが、クラリネットは、例えていうと「下オクターブはアルトリコーダーで上オクターブはソプラノリコーダー」みたいな以上な運指をする。だから、パッと譜面を見た時に覚えた指使いでは吹けないので、英語を一回日本語に翻訳して中国語にする、みたいな変換作業が必要になる。
 フルートに関しては、指づかいは近いのだが、そもそも音が出ない。論外である。譜面に書いてある音が全く出ないこのストレス。音質の違いが1音吹いただけでも一発でわかってしまってしまうので、うまくできる人との違いが如実に出てしまうのが特にフルートである。隣の人のフルートが異常に上手かったりすると本当に心が折れる。この楽器に関しては、クラリネット以上にうまく吹けるイメージすら持つことが難しい。

 こんな状態で、じゃあじっさいにどうやってあなたは演奏しているのかという話だが、単純なことでその分練習しているのである。がんばって練習してそれなりになっているのだ。
 だから、バンドでサックスの人がフルートやクラリネットを吹いていたら、ああ持ち替えなんだな〜じゃなくて、ああすごい練習したんだなという目で見てあげてほしい。ましてや、たまにうまく吹けなかった時には舌打ちじゃなくて、そこいいたるまでの過程を想像して温かい目で見守ってやってほしい。

ちなみにこんな大荷物になります


ちなみに昨日はアルトサックスとバリトンサックスの持ち替えでした。
同じ持ち替えでもサックス同士の持ち替えは演奏は正直大変じゃなくて誰でもできます。
運搬が大変なだけです。

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