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フランス南西部の街(18)Salses-le-Chateau(サルス・ル・シャトー)

サルスは正式名称サルス・ル・シャトーといいまして、直訳すると「サルス城」です。その名の通り大きなお城があることで知られています。
シャンティイにあるシャンティイ城、のようにお城に街の名前がついているのではなく、街の名前に「城」とついているというのは珍しい気もしますが、まあ、都城とか多賀城市みたいなもんでしょうか。

ペルピニャンの北側約15-20kmくらいの平原の中に突如として出現する要塞がサルス城です。電車も高速道路もすぐそばを通っているので、通りがかりにご覧になったことがある方もいらっしゃるのではないかと思います。
なお、ここのすぐ東にはEtang de Leucate ou de Salsesという名前の潟(湖?)があります。このあたりに多い、浜名湖のように海に面している潟のひとつですね。電車に乗っていると、サルス城を過ぎてすぐに電車が海のすぐそばを走り出しますが、それがこのEtang〜Salsesです。

周囲に何もない平原の中にこの乾いた土の色をしたお城が忽然と現れる様子はあまり他に類を見ず、そのたたずまいの力強さと往時を偲ばせる赤茶けてくすんだ様子から、ぼくはここをみるといつも「砂上の楼閣」というような言葉が浮かんできてしまいます。周囲の様子と砂が固まったようなその色合いから、まるで幻の城みたいな、風が吹いたらたちまちくずれてなくなってしまうような、そんなイメージですね。

サルスの街自体はさして有名ではなく、椎名誠風にいうなら、イトーに行くならハトヤですが、サルスに行くならサルス城というくらい、サルス城とサルスは完全に同義語とされています。
なお、ここはビルフランシュ・ド・コンフランやカステルヌーのように、お城に隣接して中世の街が残っているということはありません。サルスの街は少し離れたところにあるごく普通の今風の街で、サルス城は完全に独立したミュージアムとして存在しています。なのでもちろんお城の中には住んでいる人もいないです(知らないけど、いたらどうしよう)。

一方で、これまで見てきたカステルヌーなどの山間部とは違い、明らかにだだっぴろい平原、しかも海のそばの見晴らしの良いところというむちゃくちゃ攻めやすそうな地理上の条件下にありますから、なんといいますか、実戦での使用度合いの格が違うらしく、サルス城のリアルな迫力は、例え今使われていないとはいえ、一種凄みを感じるものとなっております。
その分、今は使われていないこのお城の赤錆を思わせる赤褐色の色彩、周囲のがらんとした風情が力を持って訪れる人々の心に直接響いてきます。

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では、実際お城の内部に入ってみましょう。
このお城は15世紀末から16世紀にかけて作られたようです。

城壁も迫力があります。近寄ってみると石組みの荒々しさがまた力を感じます。

立派なお堀があります。飛び越えられるようなちゃちなものではありません。このあたりからも、完全に戦いのためにできていることがうかがえます。

橋で堀の上を渡ると、要塞の入り口があります。

色といい、造形といい、この城門はすごいものです。確実に敵を拒むというか、捕らえられて喰われてしまいそうな力強さです。この迫力はなかなか他では見られないのではないでしょうか。

吸い込まれそうな城門をくぐると、中の広場が見えてきます。

これは見事です。ここに往時は甲冑姿の兵士やら馬やらがひしめいていたんでしょうか。

周囲は回廊が続いています。石組みが美しい。

これは入り口を裏から見たところかな?ちょっと記憶が定かでないのですが・・

広場の中心に井戸があります。

空の青と、石の赤とのコントラスト。

使い込まれたであろう、ベンチです。

回廊の向こう側はそれぞれ部屋になっていて、表札がかかっています。

で、例えばこのようにワイン貯蔵庫になっていたりなどしています。

回廊の光と影。かつての兵士もこのコントラストを眺めていたことでしょう。

城壁の上に登ってみました。

城壁の上から見た景色です。

なんにもない感が伝わるんじゃないかと思います。
日本ならば屋台やおみやげ屋が所狭しと並んでご当地まんじゅうやお好み焼きを売ったりしそうなもんですけれど、こちらはそういうの本当に全然ないんですよね。

城壁を見上げたところ。

これは、城壁の外側だったかな?なんだか、地下迷宮への入り口、ってかんじですね。

と思ったら、こちらの入り口は「DONJON」って書いてあるじゃないですか!ほんものダンジョンですよ!

ぼくら世代はRPG世代なので、ダンジョンと聞くと地下迷宮、その最深部にはボスキャラのドラゴンがいて・・なんていう世界を想像しますが、実際にはDONJONは地下牢、という意味のようです。ですが、辞書によっては「天守閣」と全然反対の意味が載っていたりして、どちらが正解かは未だにわかりません。ただし、この寂しげな入り口は、地下牢のような気もしますね。どちらにしても、ここに入っていくと冒険が始まってモンスターがいて・・なんていう想像をしてるのもそれはそれで楽しいかもしれません。

実際、写真にはないですが、このお城の入り口にはちょっとしたミュージアム兼売店のようなものがあって、ここは完全に中世の剣士やら鎧の騎士やらといったモチーフのおみやげ物を中心に世界を作っていました。いわゆる日本のファンタジー系ゲームの世界がリアルにここにある、といった感じです。

ちょっと話がそれるのですが、ドラゴンクエストでもなんでも、その手のRPGではだいたい主人公が出発する村があって、宿屋があったり教会があったりして、村を一歩出ると原っぱになっていてモンスターが出て、また次の村に到着すると同じように宿屋や教会があって・・・という作りになっていますね。
あの世界観は日本ではやや想像しにくいのですが、こちらのヨーロッパの田舎のほうにいくと、ああなるほどこういうことかというのがかなり正確に体験できます。
どういうことかというと、こちらでは町や村は今でもぽつぽつと点と点で存在していて、村と村の間は基本なんにもないんです。原っぱや畑や森ですね。
集落があって、次の集落まではひたすらぶどう畑しかない、なんていうのは普通です。その間は、家はもちろんのこと、レストランすらあまりありません。家は集落の中に必ずあるのです。
そしてその街の中には宿屋から教会から、また墓場まで必ず各村ごとにあります。
実際、道路標識でも「村の入り口」にはちゃんと村の名前を示す標識が出ますが、これを反対側から見ますと「出口」になっていて、名前に赤の斜線が入っています。それぐらい、「ここからは村」「ここからは村ではないところ」という境目がきっちり区分けされているんです。

これが入り口

反対側から見ると出口

この世界は、確かに村を一歩出るとどんな危険が待っているかわからない、森には精霊が住んでいる、といった世界観を醸成するのに十分な土壌があるような気がします。

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サルスは電車の駅もありまして、ペルピニャンからナルボンヌ方面へSNCFで二つ目です。
ペルピニャンからの所要時間15分くらいですから、横浜と戸塚の間くらいだと思ってくれればいいです。
街の中心部からお城まではやや離れていますが、数百mですのでおそらく徒歩で行けます。
自分は車で行ってしまいました。駐車場があんまりなくて、その辺の線路沿いの道にみんな車停めていました。

見ていただいたように、サルスのお城はお城マニアにもお勧めな非常に特徴のあるお城です。
同じ石造りでも、輝く白い石でもなく、鈍い黒色でもなく、また鮮やかな赤というわけでもないこの砂地色のまぼろしの城郭、ぜひその足で踏みしめていただきたい。
ごつごつとしたその感触が視覚的にも体感的にもリアリティをもってぐんぐんと迫ってくる、ひき込まれるような力。何か、かつての戦士たちが遺してくれたものをじかに感じ取れるような、そんな空気が確かにここには存在しています。

サルスは、明らかに、何者にも媚びていません。きれいに見せようとしているわけでも、着飾っているわけでもない。その目的のためだけに毅然として立ちつくすその姿が、ひたすらに美しい。そして、そのことが、訪れる人の心の奥底に強く訴えかける力になっています。

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現在の人、アンドレがいにしえからの回廊を歩くの図。

※この文章は2009年に書かれたものをリライトしたもので、現在では状況が違っている場合があります。ご了承ください。でも多分たいして変わっていないと思います。

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