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教職大学院において「論文執筆や研究指導を目的とした科目」を教職課程の科目として申請することは不適当か?


教職大学院改組による課程認定申請時の事務局指摘

 知人の勤めるある大学が教職大学院を改組し,課程認定申請を行いました。すると,事務局指摘で次のような指摘がありました。

「●●(授業科目名)」について,論文執筆や研究指導を目的とした科目に見える。これらの科目については,学生によって扱う研究テーマ等が異なり,学校教育に資する教科又は教職の専門性にどのようにつながるか不明であることから,教員免許取得のために必要な単位として適当とは言えない。このため,これらの科目については,教職課程の科目として位置付けるのかどうか,再度検討すること。

まぁそうか?そんなバカな?

指摘の根拠は?


 そもそも,この指摘の根拠はどこにあるのでしょうか?
教職課程の認定を受けるのに必要な最低の基準である教職課程認定基準には,授業科目の開設について次のように規定されています。

3 教育課程,教員組織(免許状の種類にかかわらず共通)
(1)大学…[略]…は,認定を受けようとする課程の免許状の種類に応じて,免許法別表第1…[略]…の第3欄に規定する科目の単位数以上の授業科目をそれぞれ開設しなければならない。


 …たったこれだけです。ここに「論文執筆や研究指導を目的とした科目を教職課程の科目とすることは不適当」との根拠を求めることは難しそうです。
 では,上位規程の教育職員免許法施行規則にはどのように規定されているでしょうか?

〔教育課程の編成〕
第二十二条 認定課程を有する大学は,免許状授与の所要資格を得させるために必要な授業科目を自ら開設し,体系的に教育課程を編成しなければならない。
2~4 略
5 第一項及び第二項の教育課程の編成に当たつては,教員として必要な幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い,豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなければならない。

 第五項は根拠になり得そうですが,指摘内容とはちょっと距離がありそうです。
 実は,この指摘は令和元年度教職課程認定申請に関する事務担当者説明会 資料3-4で示されており,令和4年度開設用の『教職課程認定申請の手引き』に収録される予定です。

Q 論文執筆や研究指導を目的とした科目を教職課程の科目として申請してよいか。
A 卒業論文,修士論文等の作成に関連した論文執筆や研究指導を目的とする,いわゆるゼミ形式の科目などでは,学生によって扱う研究テーマ等が異なり,学校教育に資する教科又は教職の専門性にどのようにつながるか不明であることから,教員免許取得のために必要な単位として適当とは言えない。


 しかし,これを指摘の根拠としていいのでしょうか?
『教職課程認定申請の手引き』Q&Aは「特に多い質問及びその回答について」(手引きp.200)掲載したもので,基準としての法的性格は有していません。また,回答内容がどういった手順を踏んで,どのレベルで承認されているものか,その検討プロセス等は申請大学には分かりません。最新版の『教職課程認定申請の手引き』にはQ&Aが123も掲載されていますが,このような判例,解釈の積み重ねとも言える基準でもって審査を続けていくことには限界があるような気がします。

そもそも教職大学院とは…


 事例に戻って,そもそも教職大学院とは,「学部段階で教員として基礎的・基本的な資質能力を取得した者に対し,さらに,より実践的な指導力・展開力を備え,新しい学校づくりの有力な一員となり得る新人教員の養成」(文部科学省)を行い,また,「一定の教職経験を有する現職教員を対象に,管理職候補者をはじめとする地域や学校における指導的役割を果たし得る教員等として不可欠な確かな指導理論と優れた実践力・応用力を備えたスクールリーダー(中核的中堅教員)の養成」(同上)を行う場であり,「教職修士(専門職)」の学位を授与する訳ですから,学位と教員免許が密接に結びついていると考えられます。
 教職課程をもつ一般学部では,卒業論文やゼミが専門学部の内容に特化し,「学校教育に資する教科又は教職の専門性にどのようにつながるか不明」なことは起こりうることで,その意味では妥当な指摘とも思えます。しかし,教職大学院の趣旨を踏まえず,一律にこの指摘を行うことには違和感を覚えます。

おわりに

 言いたいことはシンプルで,①明文化されていない内規や法的性格を有しない指導助言で課程認定審査を行うことは恣意的な審査にもつながりかねないので,審査基準は可能な限り具体化・明確化してほしい,②教職大学院制度の趣旨も踏まえた審査基準も検討してほしい の2点です。

 

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