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書評01_『大学改革の迷走』佐藤郁哉

 英語民間試験の活用と記述式問題の導入。大学入試改革の柱とされていたこれらが,受験機会の公平性や採点の正確性等を理由に見送りになったことは記憶に新しい。当初から数々の問題点が指摘されながら,なぜ議論されずにここまで進んできたのか?また,今年4月より「高等教育の修学支援新制度」が実施される。家庭の経済状況に関わらず意欲ある子どもたちの進学を支援することを掲げながら,対象要件を実務経験のある教員による授業科目の割合や学外者の経営参画といった機関(大学)側に設定するのは妥当なのか?

 このような,不可解で腑に落ちない近年の我が国の高等教育政策がなぜまかりとおったのか,そして大学側はなぜそれを拒否することなく受け入れてきたのか。本書は「改革」と銘打ちながら「迷走」を引き起こしてきた近年の高等教育政策の特徴と背景を丁寧に分析した著書である。
 著者は同志社大学商学部・教授の佐藤郁哉氏。社会調査方法論,組織社会学を専門としており,京都の暴走族(!)と1年間行動を共にしながら,暴走族の遊びの特徴を解き明かした『暴走族のエスノグラフィー』(新曜社)で有名。

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 本書の特徴は,これまでの改革政策を批判的に検証し,その問題点を浮かび上がらせた点にある。第1章ではシラバスを取り上げ,日本に導入された経緯を整理した上で教育実践上の「小道具」に偏重する我が国の傾向と改革の自己目的化に警鐘を鳴らしている。続く第2章ではPDCAサイクルを取り上げ,企業経営で有効とされている手法が大学改革においても真に有効なのか,それを推し進めてきた認証評価機関や国立大学法人評価委員会自身のPDCAサイクルの実態を炙り出し,高等教育行政との相性の悪さを主張する。第5章では大学院拡充政策を事例に,実証的根拠に乏しく財政的な裏付けもなく進んだ政策が引き起こした「失政」を指摘し,そこから何を学ぶべきか読者に問いかける。誰に失政の責任があるのか,その所在を明らかにする必要性を指摘しながらも,審議会(委員)や官僚の無責任体制という悩ましい問題も取り上げている。さらに第7章ではEBPMとは正反対のPBEM(政策を正当化するためのデータのつまみ食い)の横行を取り上げ,政策の成立過程や成果を徹底的に検証する意味でのEBPMの必要性を指摘し論を閉じている。

 著者は一貫して,国から大学にトップダウンで押し付けられる「小道具偏重主義」や企業経営からの「借り物発想」を批判的に検証し,確実な実証的根拠に基づいた改革努力の重要性を主張する。大学の主役ともいえる学生への影響やその姿の変化について,大学改革の文脈で著者がどのように感じているのか本書では言及がないものの,その点は今後の論考に期待したい。

 政策形成過程を丁寧に解きほぐし,分かりやすく現在の高等教育行政の窮状を訴えており,大学教職員のみならず,高等教育に接点をもたない一般読者にもお勧めしたい1冊である。

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