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晴読雨読

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晴レノ日モ雨ノ日モ、私ハ本ヲ読ム
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#つぶやき

あたまの中の栞 - 皐月 -

 川の流れる音が聞こえてくる。澱みなく、スラスラと落ちていく、川上から川下へと緩やかに。私は水の流れる音が好きで、その感触を確かめたくてそっと手を伸ばしたのに、その冷たさに思わず条件反射的に手を引っ込めてしまう。何事も手を伸ばさないと、その感触はわからないと思った。  鯉のぼりがゆらゆらとたなびく姿を見たときに、彼らがそのまま川に落ちて力強く泳ぐ様を想像し、空を眺めると川の色と違わぬ蒼、時折流れる雲の姿に水が流れていく景色を思い浮かべた。この季節はとても空気が変わりやすく、

あたまの中の栞 - 卯月 -

 4月になってようやくポカポカとした陽気に包まれ、ほっと一息ついていました。新しい年度に入ったことで心機一転。ちょうど友人たちから誘われて、桜を見ながらお花見をしたり写真を撮りに行ったりして、割と充実していた気がします。世間ではすっかり自粛モードは解除され、たくさんの人たちで花見スポットは賑やかになっていました。  この季節は「読書の春」と言ってもいいくらい、何かやる気に満ち満ちていて、心なしかいつもよりも本を読めたような気がします。大切なのは量ではなく質で、自分の中できち

あたまの中の栞 - 弥生 -

 春の麗らかな暖かさに包まれて、少しずつですがいろんなことへの気力が高まりつつあります。年度末と年度始まりは忙しくしていたのですが、それもひと段落し、あとは来週に迫った金色休暇に向けて準備を重ねています。今年は私の友人であるスケさんカクさん(水戸黄門はきっと別にいるはず)と、共通の友人カップルと一緒に東北へキャンプをしにいく予定。未来が楽しみばかりで、今からニヒヒと一人で笑っています。  もう気がつけば4月もあと少しで終わりですが、このタイミングで先月読んだ本の振り返りを行

あたまの中の栞 - 師走 -

 あっという間に、年が越えてしまった。私の気持ちを、置き去りにしたまま。新しい年を迎えるための、心の準備が整っていなかった。振り返ると、たくさんの人に助けられて、なんとかこうにか目を開けることができている気がする。  コロナが本格に流行した時期くらいからnoteを始めて、気がつけば文字を綴ることが自分の中で常態化して、これまではどちらかというと読む専門だった私が、まさしく自分の中でポンと新しく産声を上げた。最初どちらかというと自己満足に近かったのに、少しずつ読んでくださる人

あたまの中の栞 - 霜月 -

 本当に11月は私にとって鬼門となる月だった。たぶん、これから何十年と生きていく中でそれは単なる一コマなんだろうけれど、きっとあの時の自分が目の前にいたらピシャリと頬を叩いて正気に戻りなさい!と言うはずだ。残念ながら、過ぎ去った時間は戻ってくることがない。  ちなみに、これはもしかしたら好みの問題なのか、はたまた私が単純に慣れていないだけなのかはわからないが、個人的に今のnoteの仕様はあまり好きではない。ルビを振れるようになったところまでは良いのだが、どうも機能が多過ぎる

あたまの中の栞 - 神無月 -

 本当に10月の前半は秋とは思えなくらい暑かった。一体いつになったら涼しくなるのだろうとドキドキしているうちに金木犀は2回香り、弾けるように気がつけば匂いは消えていた。  空気が澄んでいるせいか、どこからか夕食の匂いがしてくる。ようやく緊急事態宣言が解かれて、図書館の平常通りに行けるようになりそれだけは私の中で小躍りしたい出来事だった。再び会社からは週に最低2日は出社するようにとお達しを受け、泣く泣く都心へと向かうバスに乗る。  流れるバスの窓の外から、遠くにスカイツリー

先の見えない山を見て、息切れする件について

 ついついぼーっとしていたら、親指の先を切ってしまった。パン切り包丁で。包丁とはいえ、切れ味はさほどではないと思っていたから迂闊であった。プツリと切れた指からは、するりと真っ赤な血が滴り落ちる。思わず流れ落ちた血をまじまじと見た。止めどない赤。 *  最近読み終わった本の余韻に後ろ髪を引かれている。  小説と一口に言っても、さまざまなジャンルに分岐していて、その奥深さを語るだけでも一晩以上はかかることだろう。それほどまでに思えば私は言葉の不思議に魅入られて、気がつけば物

あたまの中の栞 - 葉月/長月 -

 どこからか、美味しそうな香りが漂ってきた。グゥとお腹が鳴る。  じとっとした季節もいつの間にか通り越して、少し肌寒い季節がやってきた。私は暑い8月が好きで、お祭り拍子が聞こえてくるとどうしようもなくドキドキしてしまう。  イカを焼く香ばしい匂い、色とりどりに流れゆくスーパーボウル、海へと逃げるタイミングを逃したたい焼きたち。彼らは皆、私に夢を見せてくれる。  でもコロナによってイベントが悉く中止になり、夏休みも例年に比べると凡庸な過ごし方になった。  家でひたすら簿

理想の世界には程遠い

<2021年9月21日執筆>  いくばくかの小さな星と、大きな月が宙に鎮座している。 *  中秋の名月って、毎年満月の日に重なるものだと思っていた。  それはとんでもない間違いで、必ずしも満月の日に当たるわけではないということを恥ずかしながら最近知った。今年は偶然にも、たまたま満月にあたるということでちょっと話題になっていた。宙空にぽっかりと浮かんだ欠けることのない完璧な月は鈍く光り輝き、その存在感を示している。  昔から月が好きだった。というより宇宙という概念自体

『星のように離れて雨のように散った』

<2021年9月15日執筆>  ちょうど金木犀の花が咲き始めて、どこからともなく高貴な香りが漂っている季節に私はこの文章を書いている。気がつけばあれほど忙しなく鳴いていた蝉の声も収まり、代わりに柔らかい草木の匂いが立っている。  この時期、中編小説を書いている真っ最中だったわけだが、不思議と片手間で本を読みたい熱が沸々と湧き起こり、新橋駅からほど近い本屋さんに立ち寄った。しばらくウロウロした後、ふと一冊の本を手にとる。──早朝の7時のことである。人の姿は、まばら。  本

あたまの中の栞 -文月-

 どうやら7月は旧暦の名の通り、手紙を認めたくなる月らしい。以前イースター島で出会ったアンドレイという青年と気がつけば文通を交わすようになり、久しぶりに彼に宛てて手紙を書いた。心を鎮めてゆっくり丁寧に文字を綴っていく。不思議と気持ちが落ち着く。誰かに読んでもらうというだけで手が震える。  ようやく1年の折り返し地点。でもなんだかあっという間だった気もする。どこか遥か彼方で起こっている出来事のように感じても、今まさに私が住んでいる家の近くで各国がしのぎを削っている。そしてきら

新たな扉をそっと開くために

 最近、夏だからなのか色々モチベーションが上がってきている。やっぱり気温が高いと不思議と体もスムーズに動くものらしい。久しぶりに髪を切りに行ってショートカットにしたおかげでだいぶ心も軽くなった。冬は寒さ対策も兼ねて長く伸ばしているのだが、毎年この時期になると思い切ってぱつっと髪を切る。  自然とこれを機にいろんな本を読んで新しい考えや世界を吸収したろうではないか、という気持ちにもなってくるのだ。懲りもせずまた少しずつ小説を書き始めていて、どうしたらいろんなアイデアが湧いてく

狭間でゆらゆら揺られる

 最近、自分の中で何かが足りない。これがなぜなのか何とも表現するのがもどかしいところだけど、少し前まであった物事に対する高揚感だとか新しいことに挑戦する意欲だとか、そういったものがだんだん削がれていっている気がしてしまう。  その原因って、思い巡らすと頭に浮かんでくることがいくつもある。年齢を重ねて落ち着いたということも言えるかと思うし、コロナのせいで行動に制限がかかってうまく立ち回ることができないということもあるかもしれない。  きっとね、こういうのは積み重ねだと思う。

ショートショート:夜の陽炎

陽炎(名)・・・春や夏に、日光が照りつけた地面から立ちのぼる気。  夜の熱気を浴びて私は頭がクラクラした。  コロナで一時静まりかえっていた街も、気がつけば喧騒を帯びて再び活気を取り戻していた。辺りには酔っ払いの男どもが騒ぐ声。うるさいったらありゃしない。  昔は酒を浴びるように飲んで記憶を忘れるくらい騒いで朝に帰るというのが日課だったけど、さすがに三十路を越えたあたりから昔の悪い男たちの縁も切れた。最初は何か自分の一部を失ったかのようにちくりと胸が痛んだけれど、その痛