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晴読雨読

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晴レノ日モ雨ノ日モ、私ハ本ヲ読ム
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2021年5月の記事一覧

ナッツとクラッカー

人の小説や文章を読んでいるときに、なんとなく爽快というか形容しがたい滑らかな風がスッと目の前を吹いているときがある。そんなときには自分の世界がより広がったな、と思って嬉しくなる。 *  言葉をひとつひとつ丁寧に追いかけていったときに、果たして「良い本」の条件ってなんだろうと、一時期ぐるぐると自分の頭の中を掻き乱していたときがある。最近は少し見えたような、そうでもないような。それはきっと、読んだ人がその文章に対して、何か新しい宝物を発見したような気持ちになる文章。  ああ

歌えど騒げど

「目的地なんて堅苦しいことは抜きにして、さあ歌って騒ごうじゃないか」  と友人Aは口にした。思えば、あれは社会人になってから初めての夏休みのことである。その日は月が出ない宵闇で、点々と並ぶ盆灯篭や提灯だけが薄ぼんやりと存在感を主張するのだった。 *  同期同士で何かの拍子に四国を旅しようということになった。初めて訪れた徳島では、たまたまお盆休みということもあり、大仰な祭りが催されていた。もう全国各地で知られることになった「阿波踊り」を、その元祖ともいうべき場所でついに実

おもはゆい

 再び家で仕事をする時間が増え、通勤時間が無くなった分、以前よりも柔軟に時間を使るようになったのは喜ばしいことだ(いくつかの弊害はあるものの)。  世間では連日のようにコロナウイルスのワクチンの行方を巡って、ニュースキャスターが「これは深刻ですね」と原稿を読み上げる。いかにも由々しき事態が起きました、という顔つきだ。部屋から一歩も外に出ないことで、この世の中で起きている出来事がまるで映画の中のワンシーンの一コマではないか、といった錯覚に陥る。 *  小さい頃、私はいやに

とろけるものには毒がある

 今では遠い遥か彼方の記憶だが、よく休みの日になると親の車に乗せられて、植物に囲まれたシンプルながらも清潔さに満ちた家にお邪魔したことを思い出す。その時々によって違ったが、行くとその家に住む仕立ての良い貴婦人が近くの子供達を集めて、神秘的でワクワクするいくつかの物語を語って聞かせてくれるのだった。  驚くべきことにそれなりの長さにもかかわらず、彼女は全ての物語を暗誦していた。おまけに頭の中にある物語をそれはそれは情感たっぷりに語って聞かせてくれるのである。私はその時間を迎え

ストーリーの作り方(備忘録)

 気がつけばnoteを始めてから1年が経ったことに驚きを隠せないでいる。年々時が過ぎていくのが早くなっていく。思えば書き初めの頃は自分が一体何を表現したいのかがよくわかっていなくて、そして残念ながらいまだによくわかっていない(情けない……)。少しずつ小説的な何かを書くようになって、登場人物たちが思うように動いてくれずヤキモキしてしまう。  本当はどこかできちんと脚本術を習いたいな、と思いつつも一体どこで何を学べば良いのかと生まれたての子鹿のように暗中模索で手探りをしている。

あたまの中の栞 -卯月-

 4月は1年の季節の中でも1、2を争うくらい好きな季節かもしれない。何といっても日本人が愛してやまない桜を見ることができるし、気温も暖かくなって過ごしやすい。新しい年度始めの季節ということもあって、気持ちも新たに引き締まる。  去年の今頃は同じように緊急事態宣言が発令されていて、あの頃は状況が改善されていることを心の底から願っていたけれど、再びゴールデンウィークを迎えるにあたって同じビデオテープを再生しているような気にさえなってくる。どこかやるせなさも湧いてくるではないか。