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昔からの夢、叶った。

私は赤ちゃんのときから、両親が揃っておらず、いわゆる母の〝女手ひとつ〟で育ててもらいました。

母が働きに出ている間は、私と兄がいるのですが、保育園ではおばあちゃんが迎えにきてくれ、学校へ行くようになったらおばあちゃんの家に帰り、母が仕事から帰ってくると晩ご飯をいただいてから私たち家族は家路に向かうという生活をしていました。

私にとって、おおじいちゃん・おおばあちゃんは私の夢を持つきっかけになったといっても過言ではありません。

小さいときから、お世話になっていたからこそ、あっついお茶をおおじいちゃんの膝の中で飲み、暴れん坊将軍や遠山の金さんを一緒に見ながらお菓子をもらって長居したり、おおばあちゃんが退院してきた際は、私がおおばあちゃんのベッドにもぐりこんで昔話をしてもらったり、童謡を歌ってもらったりと、そういった日常が私からすると、子供は元気に外で遊ぶというような概念がなくなるほど、とっても普通なことで、学校から帰ってくるのが楽しみになっていたのを鮮明に覚えています。

それまで仲よく遊んでいた友達のお母さんが、私の母に、最近うちの子と遊んでないみたいなんだけど、なんかあったのかなと聞いたくらいだそうで。

まだ昔の私は将来の夢など、漠然としたものでしかなかったのですが、だんだん年を重ねるうちに、底に眠っていた気持ちが沸々と確信に変わっていきました。

そうだった!私、お年寄りに携わる仕事がしたい!!


〝女手ひとつ〟で高校まで出してもらった母に感謝をし、卒業してからはすぐに働くことにしました。

勉強が得意ではなかった私はパートとして9年間ほど働いていましたが、母が深刻な病気で亡くなり、そのあと私は結婚をし、子供を産んだあとに復帰したいと探していたところ、ちょうどいいタイミングで保育園が併設してる病院に出会うことが出来ました。


そここそが天職だと感じる今の職場となります。

資格も経験もない私が、働かせてもらえたこと、本当にタイミングもそうですが、感謝でしかありません。


社会復帰してから、今までの仕事とはまったく畑違いの仕事となり、右も左もわからない私でしたが、寝たきりの患者さんのオムツ交換だったり、ベッドから車イスへの移動(車イスからベッドの移動)、お風呂介助、食事介助など、総称して〝介護〟と言われるものを先輩たちが時には厳しく、ときには甘く、アメとムチで教えてくれたおかげで今の私があります。


いまだに資格取得はできていませんが、それもいつかの夢となり、そこに到達できるように頑張りたいと思っています。

母も天職に出会えた私のことを、ホッと上から見ていることでしょう。
天職に出会えて感謝!!

#天職だと感じた瞬間

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