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【コラム】 日立鉱山は都市鉱山へ

日立鉱山は、大煙突倒壊後は景観から見ると、小坂、足尾、別子のような、鉱山のまちというイメージはほとんどありません。しかし、まだ大煙突は生きています。

日本鉱業は昭和51年(1976)、銅の溶錬を佐賀関製錬所に集中したため、明治41年(1908)から続けられた日立での銅の溶錬に終止符が打たれました。

昭和53年(1978)には、産業廃棄物から有価金属を回収し、残りを無害化して再資源化するリサイクリング溶解炉の操業を開始しました。

現在はJX金属グループとして、非鉄金属資源の資源開発・製錬から素材の製造・販売、環境リサイクルまで一貫した事業展開をしています。日立事業所では、使用済みの家電製品や電子部品などのリサイクル資源から銅・貴金属などの有価金属を回収するリサイクル事業と、産業廃棄物を無害化して有価金属を回収する環境事業の2つの事業を行っています。この2つの事業については、二次廃棄物を出さない「ゼロエミッション」を基本に資源循環型社会に向けて取り組んでいます。

また、鉱工業で発展したまちとして、日立市民の環境に対する意識は高く、それは現在のリサイクルへの取り組みにも表れています。

日立市は「使用済み家電品からのレアメタル回収及び適正処理」のモデル地域として環境省・経済産業省から指定されています。日立市では、公共施設などに小型家電の回収ボックスを置くなど、効率的な小型家電回収システムモデル実証事業を実施し、その取り組みが小型家電リサイクル法につながりました。さらに、障がい者が福祉リサイクル工場で中間処理をするなど、先進的な資源循環の取り組みが行われています。

都市鉱山でも、日立は小坂と深い関わりがあります。小坂鉱山は、久原房之助が銅山として再生した明治時代から120年以上にわたり、黒鉱(複雑硫化鉱)製錬技術を開発し磨いてきました。黒鉱は一般的な銅鉱石と比べて、銅の含有率は低いものの、金銀や鉛、亜鉛、アンチモンなどの含有率はずっと高く、それを分離して処理するのは高度な技術を要します。

日立も小坂も、銅鉱山で培った製錬技術を活かして、廃棄された電子基板などを原料に金銀や銅、鉛、レアメタルなど多様な金属を回収する、国内有数の資源リサイクル拠点として、「銅鉱山」から「都市鉱山」への転換が図られています。

文=福地 伸

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