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断言は信じない、断言はしない

新型コロナウィルスが日本で話題になってから、私はいろんなツイートを見ました。目につくようになったのは2月の中旬からでしょうか。記憶にある範囲ではこんなところです。

2月の中旬「インフルエンザの方が怖いらしい」「暖かくなったら収束する」「日本では流行しない」「新型インフルの経験から、パニックを避けるため検査対象を意図して絞っている」

2月の下旬から3月の上旬「(2月の中旬にあった)Jリーグの開幕戦で感染した人が誰もいないのだから、サッカー観戦では感染しないことが証明された」「年間自殺者数や、交通事故で死ぬ人の方がはるかに多いのに、毎日コロナ感染者を報じるのはおかしい」「韓国では検査の数が多いので感染が広がってしまった。日本の(数を絞る)検査の方法により感染拡大が食い止められるので日本の方が優れている」

3月の中旬「満員電車で感染したという人はいないのだから、時差出勤やテレワークは意味ないのでは」「コロナ感染より、自粛の経済的なダメージの方が大きい」

さて、いまは4月12日です。上記のように断言した人は、そのほとんどが医療関係者ではなく、多くの人にリツイートされた「人気のある」素人の発言でした。彼らは自分の発言に責任を持たないために、過去のツイートを訂正もしなければ、認識が違っていたことを認めることもないでしょう。仮に訂正したとしてもそれは「面白くない」ので拡散されません。(私は彼らに「訂正して、謝罪しろ」と言っているのではありません)

ツイッターは数十文字分の情報量しかないために、上記のような意見や感想についてその根拠や、論理的な推論の過程が示されることはありません。しかしこういった根拠も前提条件もない断言口調のツイートの方が万人に受けやすく、共感を得やすいのですね。この傾向は、新型コロナの件に限らず、私が専門分野としている投資運用の世界でも顕著です。

例えば「今が相場の底だ」とか「この株は買えば必ずもうかる」ということを言いきってしまえるのは、たいていが投資理論のABCも知らない方々です。そういった人たちの発言を信じて自ら投資を行う人もいます。株価や金利、為替などは日々変動するもので、そこに自分のお金を投じるのは勇気がいることです。どうなるかわからない、という不安を打ち消すために、人は断言口調の「単純で、わかりやすい」アドバイスを求めるのでしょう。今の新型コロナウイルス流行についてもそうで、不安な気持ちが単純な意見に飛びつかせるのだとは言えないでしょうか。

金融の世界でも医療の世界でも、本当のプロは決して安易な断言はしません。新型コロナの流行が始まって私がフォローし始めた医療関係者の方々のツイートは、そのほとんどが前提を置いたうえでの「断言しない」発言であり、時には自分のツイートに対して複数のリプライを費やしてやっと自らの意見を表明している例も見られます。専門的な意見とはそれほどに、短いフレーズでは語ることのできないものなのです。

報道されている専門家の予測に対して「いつになったら収束するのか、いつになったら自粛が終わるのか、通常に戻るのか明確に言えないのに専門家と言えるのか」という怒りの声を耳にします。専門家は、より多くの知識をもとに、複数の前提やシナリオを頭に置いて話すために、明確なことを言えないことへのいら立ちでしょう。だからと言って、単純明快な素人の意見に飛びつくのは非常に危険です。耳ざわりがよく、少し聞いただけで納得でき、安心感が得られる発言や意見というのは、残念ながら前提や根拠に欠け、結局は頼りにならないものであることが多いからです。それは、冒頭に掲げた新型コロナウイルスに関する過去の人気ツイートが十分証明していると言えないでしょうか。

「断言を信じない、断言をしない」いま、自分たちができること、すべきことは、これではないかと私は思っています。



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