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「日本に借金などありません」というおかしな人たち

「自称リフレ派」は10年国債を買うか?

ツイッターには変な人がたくさんいる。「自称リフレ派」というド素人集団もそれだ。日本では経済・金融リテレシーがゼロに近い人が堂々と「日本には借金などありません」と言っている。景気のいい話は人気がある。なので与党・野党を問わず支持者はいるようだ。

積極財政が大好きで、財政と税金の話を好んでするこの人たちは、決まって国債の流通市場のことには全く触れない。
自分だったら日本の新発長期国債を買うか? と聞かれたら彼らは買うんだろうか?私なら、買わない。

2022年8月16日現在、10年物の金利は0.178%(財務省)。償還まで持ってる間に市中金利が上がれば、値下がりするし、金利が上がる中で10年後まで持つのもばからしい。もっとも、個人向け国債は変動利付で、(固定利付の)指標銘柄とは違う仕組みだけどね。

「国債バブルは無条件に永遠に続く」という主張

この人たちが果たして債券市場の最低限の知識を持っているかは謎だ。 なのに「国債バブルは(財政規律なしで)永遠に続く」とおっしゃる。
本人はそう言ってるつもりはないのかもしれないが「財政赤字など気にせず際限なく国債を発行しても問題ない」と言うことはそういうことなのだ。

「国債バブルって何?」という人は当たり前の真実から目を背けている。

需要<供給で価格は下がる

「需要より供給が増えると価格は値下がりする」は国債に限らないシンプルな原則。 原油、ガス、米、小麦粉、金、株式、債券、そして労働力(その対価は賃金)。ありとあらゆるものは需要と供給のバランスで価格が決まる。日本国債だって例外ではない。

いまは日銀が新発債の半分(それだけでも異例のことだと理解せねばならない)を買っているが、残りは他の投資家が買っている。 そのほとんどが金融機関などの「プロ」だ。彼らの一部でも「もう買いたくない」と買い控えるだけで、国債価格は暴落して利回りは上がる。そう。長期金利は日銀が上げなくても国債の売り超過によって「上がる」のだ。

自称リフレ派の素人は「金利も日銀がコントロールできる」と思っている節がある。もちろんある程度は日銀は市場に介入できるし、いままでもやってきた。しかしそれは一定の財政規律を前提にして日本国債が発行されるという、発行体(この場合は財務省と政府与党)への「信用」がベースにあるからだ。この状態で日銀が国債を買えば、市場参加者は安心して国債を買える。しかし財政規律を捨てればどうなるか。売りが売りを呼び、既発国債は暴落し、結果として長期金利は上がるのだ。そしてそこで市場と中央銀行が争っても中央銀行が勝つことはできない。

市中金利が上がれば、新発国債の利金も上げざるを得ない。こうして、現状の超低金利でも歳出の3割を占める国債費は年何兆というレベルで増えていく。分配や投資に回すべき税金が逆に借金返済に充てられることになる。

「デフォルトしない」を自慢げに言うな

「日本国債はデフォルトしない」もこの人たちの大好物である。確かに今の長期国債格付けはS&P, Moody’s, Fitchのいずれでも投資適格最下位のBBB-にはまだ余裕のあるA+, A1レベルである。この信用格付けが意味することは「利払いや元本の払戻が滞る見込みは少ない」である。

かつて日本の国債はAAAと最高の信用度を誇ったこともあった。いまAのレベルに落ちているのは、その間蓄積した財政赤字が理由に他ならない。これからさらに赤字を累積すれば、遅くとも十年後にはBBB-未満の非投資適格が見えてくる。なにしろ「積極財政」を強化しなくても日本ではこの先、自然体で赤字は増えていくのだから。

日本では少子高齢化が進み、労働年齢人口の割合が減っていくので、所得税や法人税などの歳入の増加額に対して、現在も歳出の3割を占める社会保障費はより高いペースで増えていく。何か手を打たないと累積赤字の対GDP比(現在でも200%超え)は増えていくし、時間の問題で格下げは起こる。

格下げがなぜ怖いのか。それは低格付けの債券ほど利回りが高くなるからである。現状、日本の国債は驚くほどの低金利だが、AランクからBBBランクに下がった後は、それだけ高い利回りがないと引き受け手がなくなる。

そして非投資適格に転落すれば、先進国国債としての扱いはなくなる。債券の世界は、信用度で投資する、しないが決まる世界だ。世界の先進国債券を集めたインデックスに入っている限りは、年金基金などのお金がコンスタントに流入する。しかし非投資適格に落ちれば、買い手が激減する。「円資産は日本人には必要」というが、海外の信用度の高い発行体に円で債券を発行させることも可能なのである。非投資適格になった日本国債を買う機関投資家は非常に限られたものとなろう。

そこから先は地獄

「買い手がなくなるはずがない。利回りがよければ個人だって買う」と思うかもしれない。だが日本のように大きな経済規模を持つ国が過去に非投資適格に落ちたことなどない。ベネズエラとは違うのである。個人マネーで吸収できるレベルではない。さらに利回りが上がれば国債費も増えるので雪だるま式に国債の発行量も増える。

積極財政論者が良く言うのは「日本国債は円建てでほぼ自国内で消化しているので問題ない」だが、それは現状の話だ。非投資適格に落ちれば日本の地銀や年金はルール上これまで通りには買えなくなるから、海外にも買い手を求めねばなるまい。つまり、いま新興国の多くがしているように、ドル建て(あるいはユーロ建て)の日本国債を発行せざるを得なくなる。ちなみに新興国というのは、債券の世界では「非投資適格な国債」であり、国の経済力は関係ない。

こうなってしまうと、あとは地獄へまっしぐら。人口減少下でこれまでの負債を返済して財政赤字比率を減らしていくのは至難の業なので、BBBの下からは転落スピードが速くなる。外貨で調達しなければならないとすれば、不確実性も高まる。

要は「国債がデフォルトしないので問題ない」ではなく「将来的にも投資適格を維持するよう努力がなされているので問題ない」と言えなければならない。そのためにこそ財政規律は必要なのである。国が本当に破綻しそうになってから軌道修正するのでは遅すぎる。

怖いのは円安>輸入インフレ

それでも「日本では金利は(さほど)上がらない」という意見もある。日銀が永遠に国債を買い続けるというのだ。私はこの意見にはうなづけない。中央銀行の主な役割は①物価上昇の抑制と②金融システムの安定(「最後の貸し手」としての役割)である。低金利時代に発行された長期国債はいま日銀の資産の70%以上を占める。金利が1%でも上がれば日銀は債務超過に陥るリスクがある。①の目的で政策金利を自ら上げに行くことができない。しかし市場の売りで長期金利が上がればどのみち債務超過に陥るのだ。こんな状態で②の役割が果たせるだろうか?

1990年代から2000年初頭に起こった不良債権問題等による金融機関の破綻処理には、日銀からの貸し出しが大きな役割を果たした。その際とリーマンショックの時期に破綻処理や破綻を防ぐフレームワークは整ったものの、だからといって今後、日本の金融機関が危機に直面しないという確約はない。きたるべき金融危機に備えるには、今後金利が低位安定した環境で積極的にテーパリングを行うしかないのだ。つまり一部の能天気な論者が言うような「日銀が永遠にすべての国債を買う」などは夢物語でしかない。そのような姿勢が市場に悟られれば、日銀も日本と言う国も「信用」を無くし、円の急激な減価が進むだろう。エネルギーも食料も輸入に頼っている日本にとって一番怖いのは円安による輸入インフレで、これは庶民の生活を直撃する。

それにしてもこんな当たり前のことを私が書かねばならないほど、日本の金融リテレシーはどうやら非常に低いらしい。困ったものだ。(終わり)

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