紫色から始まるⅡ①

水平線が明るくなり、夜の色をまとった雲が紫色に変わり始める。

「ヤー、夜が明けたね」

オレンジ色のライフジャケットを着たジン君が、ご機嫌な声で呟く。

バケツの中で魚が何匹か泳いでいる。

海釣りの船の上。

二人並んで釣竿を垂らし、ヒットを待ち続ける。

マクドナルドでの借りを返すために、ジン君に連れられて、初めての釣りに来たのが1ヶ月前。

夜中集合は正直面倒臭くて、止めれば良かったと後悔したけれど。

少し冷たい夜の潮風を頬で受けて、波の音を聴きながらボンヤリするのは悪くなかった。

その日は天気も良くて、金色に輝く月が海を照らしていた。

波音と潮風と月。

ジン君は退屈してるんじゃないかと心配してたみたいだけど。

ヒットを待ち続ける間、波に揺られながら色々な事を考えて、最終的に頭が空っぽになるのが心地良くて。

初めて魚を釣り上げた時は、大騒ぎしてしまった。

ジン「ヤー! かかってるよ!」

そう言われた瞬間、竿が引っ張られる感触が手に伝わった。

ジン「ゆっくりリール巻いて!」

リールを巻こうとするけれど、魚が逃げようとしてグイグイと引っ張る!

うわぁ、魚強い!

全力でリールを巻いていると、海面近くに魚の姿が見え始めた。

本当にかかってる!

釣り上げてみると、20cmくらいの小さな魚だった。

こんなに小さいのに、あんなに力強く泳ぐんだ。

なんか泣きそう。

感動する私の横で、ジン君が釣り針から魚を外してくれたり、新しい餌を付けてくれたり、色々とやってくれて。

釣れた魚をその場で捌いてもらったら、ビックリする程甘くて美味しかった。

思いがけず楽しくて、もう一回くらい来てみたい、とジン君に伝えたら、驚いた後に、本当に嬉しそうな顔で笑った。


今日は三回目の船釣り。

ハイペースじゃないかと思ったけど、ジン君は昔からそのペースで釣りに来てるらしく、

ジン「釣り友達が出来て嬉しいよ。皆一回は付き合ってくれるけど、二回目はなかったから」

と船に乗る前からご機嫌だった。

私も船に乗るまではご機嫌だった。

ジン「ユンジちゃん、少しは気分良くなった?」

ユンジ「うん……吐いたら少しは……面倒かけてごめん」

ジ「そんな事言わないの」

乗り物酔いの薬が切れていて、飲まなくても大丈夫だろうとタカをくくったのが間違いだった。

前回より高い波に揺れる船。

沖に出るまでの間にすっかり船酔いしてしまった。

船内のベンチに横になってみたけど、揺れのせいでぐっすり眠れもしなくて、うつらうつらしては吐き気で目を覚ますを繰り返した。

ジン君が付きっきりで面倒をみてくれて、トイレで吐いた後も、ずっと背中をさすってくれていた。

「私横になってれば大丈夫だから釣ってきて」

そう伝えたけど、ジン君は結局一回も釣竿に触らないまま船を降りた。

船宿で横になっている間も、ジン君が水を飲ませてくれたり、上着をかけてくれたり、ずっと介抱してくれていた。

心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいる。

ユンジ「本当にごめんなさい」

ジン「僕こそごめん。配慮出来なかった」

ユ「船酔いするかどうかなんて分からないでしょ」

ジ「そうだけど……」

上体を起こしてみた。

少しは良くなったけれど、電車に乗ると吐き気がぶり返しそうで、動くのはまだ無理そうだ。

でも、これ以上ジン君を付き合わせる訳にもいかないし。

ユ「私もう少し休んで帰るから、ジン君先に帰って」

ジ「女の子一人残して帰れる訳ないでしょ」

そう言いながら、外へ出ていってしまった。

しばらくして戻ってきたジン君が、

ジン「父さんに車で迎えにきて貰えるようにお願いしたから。家まで送るね」

ユンジ「……申し訳ない……」

ジ「具合悪い時は、そんなの考えないの。着いたら起こすから、もう少し寝てて」

ジン君のご家族にも迷惑をかけてしまった。

けど正直安心した。

これでジン君も帰れる。

ホッとしたからか、強い眠気に襲われて、引きずられるように深い眠りに入った。

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