紫色から始まるⅡ⑱
私とジン君の影が、夕暮れの駐車場に長く伸びている。
二人とも何も言わずに、黙ってお互いの目を見つめ続けた。
ジン君が無事で良かった。
それを伝えたいはずなのに。
何も言葉が浮かばない。
走り過ぎたせい。
そんなのは言い訳だと、もう一人の私が答える。
ジン君がふと視線を下げると、松葉杖を地面に置き、怪我をした足を庇いながら、ゆっくりと腰を下ろした。
ジン「血、出てる」
ユンジ「え? あ……さっき転んだ……」
自分を見下ろしてみれば、膝が擦りむけて血が垂れて、靴も制服も土まみれ。
顔もきっとホコリまみれになってる。
恥ずかしい。
ジン君がポケットからハンカチを出して、擦りむいた私の膝に触れる。
!
ジン「ごめん、痛かった?」
首を横に振る。
ジン「病院で消毒してもらえないかな」
そう言いながら、傷口に付いた砂をハンカチでそっと拭い取っていく。
ユンジ「足、大丈夫なの?」
ジン「うん、挫いただけだから。心配かけてごめん」
ユンジ「ううん」
ジン「テテが階段から落ちそうになって。受け止めたらバランス崩して自分が落ちたんだ。足挫いたくらいで済んだし、脳波も何とも無かったから。ホント、色々格好悪い」
ふふっと笑ったジン君が、ふいに顔を上げ、ハンカチで私の頬を押さえた。
ジン「だからもう、泣かないで」
ユンジ「……止まらないの」
さっきジン君の姿を見てからずっと、涙が止まらなくなっていた。
階段から落ちたと聞いて、最悪な想像ばかり膨らんでいた。
大怪我をしていたらどうしよう。
話せなくなってしまったらどうしよう。
会えなくなってしまったら、私、どうしよう。
病院の入り口から出てくるジン君を見て、張つめていた気持ちがプツンと切れて、体の力が抜けた。
ジン君、生きてる!
大げさだと思いながら、嬉しさと一緒に涙が溢れてきた。
良かった……。
そうして、やっと気付いた。
もう誤魔化す事なんて出来ない。
ジン君が優しい目で、私の顔を拭っている。
ジン「本当に止まらないね……ちょっと飲み物でも飲もうか」
立ち上がろうとするジン君の手を捕まえて、首を横に振った。
ユンジ「ここにいて」
驚いた顔をして、ジン君が再び腰を下ろした。
ユンジ「私のそばにいて」
ジン「うん」
ユンジ「ずっと、そばにいて」
ジン「うん……?」
ユンジ「ジン君と話したかった」
ジン「……うん」
ユンジ「ジン君とソフトクリーム食べたかった。ジン君と難しいね、って言いながら勉強したかった」
ジン「……」
ユンジ「ずっと、寂しかった」
ジン「それって……」
ジン君の目が、沈みかけた夕陽に反射してキラキラと輝き始める。
ユンジ「私、ジン君が好き」
ジン「!」
ユンジ「前に『本気だから付き合えない』って言ったの覚えてる?」
ジン「……うん。どういう事なんだろうってずっと考えてた」
ユンジ「あの時は、自分の気持ちが分かってなかった。真剣なジン君に、中途半端な自分が中途半端に付き合ったら失礼だと思った」
ジン「うん」
ユンジ「でも、お別れをしてから、ずっと寂しかった。寂しさの原因が分からなかった」
ジン「うん」
ユンジ「でも今は……ジン君の事が大切なんだって気付いた……気付けた」
体の奥から嗚咽が上がり始めて、また涙が溢れてきた。
ユンジ「……ずっと隣で、ジン君が笑ってるのを見ていたいの」
嗚咽に邪魔されて上手く話せない私を、ジン君が真っ直ぐな目で見つめている。
ユンジ「いつでも一緒に……そばにいたいの」
ジン「うん」
ユンジ「もう遅いかもしれないけど、私と付き合ってくれる?」
ジン君の目が潤んで、目の縁に光が溜まり始める。
ジン「喜んで」
あっという間に赤くなる首や耳。
照れ臭そうな、嬉しそうな顔で、ジン君が笑った。
太陽は最後の光を残して沈み、昼と夜の隙間を、紫色の空が埋め尽くしていた。
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