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Field Notes 01 : 信州打刃物のこと

*地場産業や伝統工芸に関しての個人的な調査の記録です。

2021.04.12
長野県 古間地区 |石田打刃物製作所


長野県を離れるまで、あと1ヶ月半。
せっかくこの地に来たのだから、地場の産業や工芸に関して、自分の身を以て体験したり調査する、ということをやっておきたい。
そして、自分なりに感じたことをちゃんと記録してきたいと思い始めた。

この個人的なリサーチは6月から拠点を置く仙台(宮城県)に帰った後にも続けていきたいことなので、記念すべき(?)走り出し、いや、歩き出しという感じだ。続けるためにも地道に行こう。

長野県には、「伝統的工芸品」として認定されているものが国指定で7品目、県指定で21品目ある。

1.木曽漆器
2.信州紬
3.飯山仏壇
4.松本家具
5.内山紙
6.南木曽ろくろ細工
7.信州打刃物

これらが、国指定(経産省指定)のものだ。(詳しくは以下)
https://www.pref.nagano.lg.jp/mono/sangyo/shokogyo/seikatsu/kogehin.html

伝統的工芸品:
日常生活の中で古くから使われてきた工芸品であり、今もなお伝統的な原材料を使い、伝統的な技術・技法により手工業的に製造されている工芸品


日々使っている「刃物」が気になった


さて、この中でどうしようかと思ったが、
まずは単純に興味の順からということで、毎日の炊事で使っている「刃物」が気になった。

特に「信州打刃物」って言う物自体が、自分の中で存在感が薄いというのもかえって現状を知ってみたいという気持ちになったのもある。

信州打刃物組合のHPには、コロナの影響から見学を一時中止していると書かれていたが、ダメもとで連絡をとってみたところ、快く工房見学をOKしてくださった。(一応、長野県在住で首都圏に1ヶ月以内に滞在記録なしと言うことは伝えている。)

信州打刃物の職人は、長野市よりも北にある信濃町に近い「古間」と言う地域を中心に現在は7軒の工房と5軒の問屋がある(職人曰く)。

無人の古間駅を降りると、あたりは山と田んぼに囲まれた長閑な地でコンビニは愚か商店的なものも見当たらない。駅前もひっそりと静かだ。

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信州打刃物の歴史は、川中島の戦い(1553-1564年)まで遡ると言う。
武具や剣具の修理のために、移住して来た鍛治職人に里人が鍛治技術を習って農具や山林用具作りに生かし始めたのが始まりだそうだ

そして、約200年前から(1804-1829年)一人の職人が「鎌」の研究に専念し、現在の「信州鎌」の最大の特徴である「芝付」「つり」と呼ばれる形状が生まれた。

また同時期に別の職人が鋼の研究により、薄くて軽く堅牢な薄刃型の鎌を開発。 それらが、受け継がれて、現在の「信州鎌」に至ると言うわけだ。

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てな訳で、信州打刃物とは言ってはいるが、メインの主力商品は今でも「鎌」であり「信州鎌」として商標化されている。

もちろん、鎌だけでなく包丁やそば切なんかも作ってはいたが、やはりメインは鎌なのだそうだ。

正直、包丁やハサミなんかは日々使っていて身近だったのだが、
こと「鎌」となると話は別で、全くと言っていいほど使わない。(笑)

うーん、興味を持ってみれるだろうか…
と若干の不安が過ぎりつつも、まずは素直に観ること・聞くことからだと思い返す。

石田打刃物製作所


今回、工房見学を快諾してくれたのは、
現在で2代目となる打刃物職人の石田俊雄さん。
石田打刃物製作所を営まれている。

以前は信州打刃物工業協同組合で理事長をされており、
また伝統工芸士にも認定されている凄腕の職人だ。
そして、7軒残る工房の中でも最年少だと言う。

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幼少の頃から先代の仕事を手伝い職人としての技術を磨いてきたそうだが、
石田さん自身、根っからの「ものづくり」好きで、
工房には石田さん自身で作ったプレス機
作業効率を高めるための金型
自作の回転バレルやサンドブラストマシン…!

故障した機械を自分で治せるように
各種溶接機やフライス盤などが所狭しと置かれていた。

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「これもね俺が作って、組合に提供したんだよ」

と言って、
打刃物が出来上がるまでの工程を、持ち運べて細かく解説できる
実物標本キットのようなものを見せてくださり、一つ一つ丁寧に工程を解説していただいた。(手の背景にあるものです。全体がわかる写真を撮ったはずが撮れてませんでした…。)

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県内のみならず、県外からの注文も多くあるようで、
その日も、千葉県の「房州型」と呼ばれる鎌と「信州鎌」の二つを
平行四辺形のただの板材から鎌の形になるところまでを実演していただくことになった。

千葉や茨城からもオーダーがあるのは、石田さんだからこそのようで
色々な型に対応して作れる技術があるからできること、なのだそうだ。


「これしか作れません、って言うんじゃダメだよね」

真っ赤な鉄と響き渡る轟音


打刃物(=鍛造刃物)は、焼き入れとハンマーの鍛造によって鋼を徐々に伸ばしていきながら形を作っていく。

石田さんの作業場はまるでコックピットのように、人一人が入れる程度のスペースの周りにコークス炉、スプリングハンマー、プレス機が並ぶ。

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はじめに、鉄と鋼をそれぞれ鍛接して母材を作るのではなく、効率の良さや品質の安定を考えて、すでに板状に加工されている状態の「利器材」から、必要な長さを切り出して炉に入れる。
鍛造時に鎌の形状になりやすくするために平行四辺形で切り出していく。

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全体では18〜20ほど工程があるが、この日は信州鎌のキモである
「芝付」と「つり」の制作工程を中心に見せてもらった。

細かな工夫に立つ鳥肌


「芝付」とは、鎌刃の根元部分(柄に入るあたり)を反らせて、僅かに角度をつけること。

それによって、普通の鎌(柄と鎌刃が直角)の場合は草を刈る時に刃先部分しか当たらないのに対して、芝付を行った鎌の場合は、その角度のおかげで自然と鎌刃全体で水平に刈り込むことが出来るのだ。

単純なことだけど、とても効果的で「なるほど!」と膝を打ってしまった。

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そして、信州鎌の隠れた特徴がある。
それが、「薄刃で大刃(幅広)」ということだ。

カミソリ刃と呼ばれるほど、刃の厚みが他の産地の鎌よりも薄く、刃幅も通常の鎌よりも広いことで、柔らかな草でも刈やすく、刈った後の草たちが掬われて刈り跡が散らかりにくいという効果もあるという。

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この薄刃で大刃を実現するための手業が「つり」だ。

普通、大刃で薄刃になればなるほど、刃自体がたわんだり、しなってしまうことで強度が保てず、力も伝わりにくい。
そこを、刃物の背中部分を肉厚に鍛造することで背骨を入れた構造にし、また、若干内側に湾曲するよう、車のボディのようなプレスラインを鍛造によって作り上げることで、薄刃でも強度を保ち、たわみを防ぐことを実現しているのだ。

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これは完全に震えるディティール…!
当時の鎌の世界ではものすごいイノベーションだったに違いない。

鍛造をしている風景を見ていると、
スピーディーに動くハンマーの動きに合わせて、目測のみで厚みや幅を判断して行き、一度ソリを作ってから反対側から打ち出してプレスラインを仕上げているのだが、絶対に簡単ではない…というのがヒシヒシと伝わってくる。

もちろん、石田さんは軽くやり遂げてしまうのだが、
「簡単そうに見えても、難しいんだよぉ〜これが。」だって。

ですよね。。。笑


信州刃物のこれから

芝付やつりの加工はともかく、そもそもとして地金を均等の厚さで叩き伸ばしながら、形を成形していくこと自体が職人としては非常に難しい行程になるという。

石田さんは幼少の頃から父の仕事を手伝っていたからこそできているが、
その習得には時間も忍耐も必要となってくる。
それが価値になるのが工芸でもあるが、現代で新しい担い手を獲得するためにはなかなかそこがハードルにもなってくる。

石田さんは持ち前の器用さと、信州刃物への誇りと責任から、どうやったら効率的に経験の浅い職人でも信州刃物を作り続けられるかを日々考え、実行に移している。

厚みを整える製造工程や成形の一部を省略できるように、プレスで途中段階まで打ち抜いたものを使うことや、芝付の角度を一度でつけられるようなベンダーなども自分自身で開発して職人仲間に提供もしている。

「これを使えば技術が浅い人でも作ることが出来る。機能的にも問題ない」

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今でも、年に数人は職人を目指したいと相談にくる人もいるとのこと。
それでも、なかなか定着までには一筋縄ではいかないだろうが一つの希望ではある。

と同時に、最年少という石田さんにも後継がいるわけではないので、技術を学び習うにもタイムリミットはそう遠くない。

鎌自体の需要がどうなっているのかは正確にはわからないが、
最盛期には数十から数百軒近くあったという鍛冶屋が今では7軒ほどになっているということからも、需要が衰退していることは事実ではある。

それでも、庭先でのガーデニングという行為はなくなることはないだろうし、地方移住や2拠点生活をする中で、自分たちが食べられるほどの畑を持ちたいという人も徐々にではあるが増えていく兆しもある。

その時に、ホームセンターで売っている安価な鎌を選ぶのではなく、
信州鎌を買う、ということを僕ならば選択したい。

それはまわり回って、打刃物文化やそれをつくる素晴らしい手業を繋ぎ、農業や畑仕事といった地域の風景や「打刃物なら研ぎながら使い続けられる」という価値観にも繋がっていくはず。

コロナウイルスによって自分たちの暮らし方や足元を見直す必要に迫られている今だからこそ、
自分たちの住む地域に目を向けて、その土地から生まれるものたち、培われている手業の数々に触れてみるということをオススメしたい。

ものづくりのスケール感、匂い、音、振動、言葉や思い、細かな職人の手業の数々…それらは絶対にyoutubeや文章だけでは味わえない部分がある。

この記録を最後まで読んでいただいた方ならば、ぜひとも訪ねてみて欲しい。鎌で感動する体験は、きっと他ではなかなか味わえないと思います。


それでは。

(見学は https://shinsyu.biz/ のお問い合わせからメールで行えます。)

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