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絶対に笑ってはいけない盲腸24時後編

~前回のあらすじ~

 盲腸の診断を受け、手術台で一瞬にして眠りに落ちた。

 あーよいしょよいしょ……


月曜夜 罪と罰と罰と罰

 私は夢を見ていた。なんだか心地の良い夢だった気がする。薄まばゆい光の向こうから、こうもりの美しい旋律が聴こえてくる……。
 ドゥイドゥー……ドゥイドゥー……あーよいしょよいしょ……

「出口さーん、出口さーん」


 誰かに呼ばれている、起きねば……。合宿で明け方まで飲んでたのに朝食のため叩き起こされたような感覚で、私はゆっくり目を開いた。


 そこはもう病室の天井だった。私のベッドは武井(仮)、カンナム(仮)、その他複数の看護師に囲まれていた。武井(仮)が得意げな表情で語り掛ける。

「出口さーん、終わりましたよ~。このまま朝まで安静にしておいてくださいね~」

 あれ、なにも言われてないけど、これ成功したんよね?いけてるよね?大丈夫よね?

 返事を試みたが、ァ……とカオナシのような吐息が漏れるだけで、武井(仮)は微笑みながら大丈夫、いうような仕草をして去っていった。

 私は起き上がろうとしたが、まだ麻酔が残っており自由が利かず、手足もベッドにがんじがらめに縛られているようだった。そして徐々に意識がはっきりしてきた私はある違和感に気付く。

 股間が、痛い。

 傷口なんかより断然股間が痛い。痛い痛い、ほんまに痛い!ちょっと!尿道がバーニング!

 ……はっ、これはもしや……!


「噂の……カテーテル……?」


 手足を動かすことが出来ず、顔には呼吸器、全身には布団を被せてあるので確認は出来ないが、間違いない……!しかも痛みだけでなく、常に放尿を寸止めされている時のおぞましい嫌悪感が四六時中続く、悪魔の管……!


カンナム(仮)「それじゃ出口さん、もし痛みが強くなったら鎮痛剤処方するんで言ってくださいねー」


 私は2分後にナースコールを押した。


月曜深夜 夜は長し歩けぬオヤジ

 その晩は、辛かった。そもそも多動性の気がある私は、仰向けで手足の自由がきかないというだけで発狂しそうになる。また腹を中心に、上半身の神経が逆撫でされたような鈍い痛みが広がっていた。そしてなにより、管を突っ込まれた尿道が悲鳴を上げていた。

 強制排泄とはこうも人間の尊厳を踏みにじるのか。排泄は生命にとって根幹となる生理現象だ。我々が呼吸をし、心臓を動かすのと同様に、生きるために当然の如く行う行為。誰しもが持った権利。その生命としての最低限の権利を奪われ、望まざるタイミングで我が尿を絞り取られる屈辱は筆舌に尽くし難い。

 さらに言えば、麻酔で意識のない間に我が愚息をいじられ、異物を挿入されている場面を想像してみてほしい。いや、やっぱり想像しなくていい。想像はしなくていいが、知らぬ間にそんなことが行われていたなんて、やはり赤面物の恥ずかしさではないか。もちろんプロの仕事だ、我が愚息をいじりながら邪な思いや嘲笑など起こらなかったと信じてはいるが、やはり赤の他人に知らぬ間にいじられ喜べるほど私の羞恥心は成熟していなかった。

 蓄尿バックにポツンと尿の滴る音だけが、静かな闇夜に響き渡る。尊厳と羞恥心と痛みと異物感の狭間で悶えるうちに、激動の一日は幕を閉じた。


火曜朝 容疑者Kの無献身


???「出口さんおはよーございまーす♪」


 朝を告げる声に目を開けると、ダンディズムを絵に描いたような中年看護師が側にいた。服装からして地位の高い看護師のようだ。


「もう大丈夫だからねっ♡」


 おねぇや!先生この人絶対おねぇです!

 クリス松村似の看護士は、一挙一動、話し方、全てからおねぇの香りを漂わせていた。そっと服をめくられ、聴診器を優しく腹に当てられたときは、妙に意識してしまった……。

 その後、粥を食べて一息ついていると、カンナム(仮)が飄々とした調子でやってきた。


「そろそろカテーテル抜きましょっかー」


 ついに……!あまりの歓喜に内心タコ踊りをする私。しかしこのとき私は忘れていた、カンナム(仮)の恐ろしき特性を…。

「じゃあ大きく深呼吸してくださいねー。せーの、あーよいしょよいしょっ」ズボボボッ!!

 ひぎぃぃぃぃ雑すぎィィィィ!!!!

 カテーテルが勢いよく引き抜かれ、私は声にならない雄叫びを上げた。人間本当に痛いときは瞬間的に声が出ない。これテストに出ます。

 その後CTをやたら挙動不審なオバチャン看護師(新人)と撮りにいく。術後の経過も順調のようだった。

 ナースステーションを横切ると、武井(仮)がナースに囲まれていた。


退院 病人失格


 カテーテルを失った私は重病人から病人に成り下がった。そして夜、ついに点滴も外された。点滴を失った私は、最早ただのニートだった。一日中ベッドで寝ているか、ベッドに座って楽譜を開くか、日がな一日持て余した生活を送った。水曜にはようやく自分で起き上がれるようになり、カメのような速度だがおじいちゃん歩きも出来るようになった。


 重要度が下がるにつれ、看護師達が病室に訪れる頻度は目に見えて減った。武井(仮)の最後の回診は、カーテンから顔を覗かせ「大丈夫?うん、じゃっ(ニコッ)」。カンナム(仮)にいたっては、カテーテル事件以降会わなくなった。クリス(仮)だけはいつまでも優しかった。


 毎日の健康チェックは日に日にやっつけ仕事に。木曜、こうして私は押し出されるように退院した。


日常 初夏の夜の夢


 その後は腹筋使用禁止というウルトラ難度の縛りプレイの中、少しずつ社会に復帰していった。退院直後は自立歩行も手すりを掴んでやっと。くしゃみをする度に絶叫。ちょっとでも笑うと激痛が走る中、笑わせにかかってくる奴らには「いつかケツバットをお見舞いしてやる」と誓いながら腹を抱えて悶えた。

 尿道は変わらず排泄時に痛んだ。

 あっという間の入院生活は、日常が戻れば戻るほど実感を失っていった。いま思えば40日以上休日のない生活を続けていた最中、神様から与えられた休暇だったのかもしれない。もしくは夢だったんじゃないだろうか、とさえ思える。

 そんなときはふと、お腹の傷口をさすってみる。すると魔法のランプよろしく出会った彼らの顔が、病床で見た景色が、あのときの感情が、煙と共によみがえってくるのだ。この腹の傷だけは、様々な思い出と一緒に、いつまでも私の中に残り続けるに違いなかった。


ー完ー

病院関係者の皆様に感謝の意を捧げて



番外編 水曜朝

 緊急手術から二日経ち、幾分か穏やかな朝。(我がギャランドゥを刈った)天使が爽やかな調子で病室に入ってきた。


「出口さんおはようございまーす!お体の調子はどうですかー?」


 実に晴れやかな朝である。


「お腹の音聴くので、服めくりますねー…あれ??」


 天使(仮)は私の胸を見て、気の抜けた声を上げた。服をまくられ一人はにかんでいた私も、思わず天使(仮)の視線の先へ目を向ける。私の可愛らしい二つのTikubiの少し上に、もう二つポッチリが付いていた。

「これ…心電図のパッチですね…笑」


 ちょっとなんでそんなもん取り忘れてんの!ていうかカンナム昨日あーよいしょよいしょ言いながら体拭いてたやん!気付けよ!!


 退院後、寝転がるとやけにモゾモゾするなーと思っていたら、背中にもう一つ取り忘れられたパッチを見つけた。なんだか勿体無くてしばらく剥がせずにいる。

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