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讒文芝居

■読んで書の如く

●京極夏彦「ヒトごろし」

随分前に読んじゃ居たのだが、内容の大英断振りに
凡夫にゃ恐くて却却に明言出来なかったのだった。
明瞭云って、維新に浪漫を求めるヒトには全く御薦めし無い。
翻って、竜馬やら新選組の扱いは、古参や頭の固いファンは
怒るヒトすら居るのでは?と震えすら覚える。
其れ程、今作は、恰好悪く無様で「リアル」だ。
浪漫は意図的に排除然れて居る。
が、只の中身の無い逆張りでは無いから一読の価値は在る。何故乎。
平身低頭乍ら、深慮遠謀の末、描く事は書く。断言する事はする京極先生
の只今が在る、御作が選ばれるのは然う謂う明晰な頭脳に裏打ち然れた
大勇気を感じられるから、信じられるからで在ろう。

「書楼弔堂シリィズ」で勝海舟はまあ、胡麻を擂って居た京極先生だが
「人斬り以蔵」に就いては新解釈。「実は本心では殺しは厭だった」と
中二病的に「殺人鬼」「異常者」として「健常者諸君の蚊帳の外」として
追い遣って居たお子様っぽさから御然らば。
「ヒト」として以蔵を描いて居て、大変感心した。

今作では
土方歳三は「根回しが巧いサラリーマン殺人鬼」
新選組は「ダメ会社は疎かダメ体育会系ダメ同好会の様相」
伴って「新選組の隊士服は恥ずかしい」
坂本竜馬は「莫迦」
沖田総司は「貧相で根っから厭な奴」

等等の今迄誰も云わなかった突っ込み明言満載!
(鉤括弧内は筆者の意訳)

此れを、普通の筆力筆致で遣ると
単なる即席なラノベ風とか、
「おじゃまんが山田くん」に為り然うだのだが
其処は京極マジックで、きちんと史実に則った上に重厚感も崩さず、

「中二病的殺人鬼の本音で在り乍ら、其の上を行く
混沌と虚無の権化=『現実』の非情さ、殺人に然え特別さを抱く人間の
豊潤な感受性=弱さ」を味わい且つ、
本当に新選組を運営して居る乎の様な視点で、
「誰乎」に感情移入するのでは無く、新選組と謂う組織、
明治維新周辺と謂う異常な時代にして仕舞う稀有な作品で在る。

最終的に感傷だとは明瞭描いて居ないが
「殺人に然え特別さを抱く人間の豊潤な感受性=弱さ」っぽい
青春の幼年期の終わりの様なラストに
鬼の副長でも殺人鬼でも心が無い訳は絶対に無く
人間なんだなぁと美化でも綺麗事でも御題目でも無く
愚かで可哀想な我我人間の実感として、
書楼シリィズの以蔵描写と同じ芸風を其処は彼と無く、感じるのだった。
(只、まあ、土方は大半を「殺し度くて殺して居る」が……)