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【小説】別れの電話


知らない部屋で目を覚ました。

隅には黒い電話があり、ベルが鳴り響いている。

そのあまりにも煩いボリュームに、僕は苛々して電話をいささか強めに叩いてしまった。

当たりどころが良かったのか悪かったのか分からないが、電話は鳴り止んでくれた。
衝撃で落下した受話器がだらんと吊り下がっている。
伸びきったコードによって、床につきそうでつかない様子がもどかしい。

すると、何やら受話器から、微かな声が漏れてくる。
電話は切れていなかったようだ。

他に誰も出る人がいなかったので、仕方なく僕は受話器を耳に当てる。

「こんにちは」
電話の向こうで声がする。

「こんにちは」
僕は言う。

「今日、とても辛いことがあった」
電話が嘆く。

「どんなことだい」
僕は聞く。

「私の大切な人が亡くなったんだ」
電話がひどく落ち込む。

「それは、とても残念だよね。言葉では言い表せないほどに」
僕は慰める。

「でもなんだって、よりにもよって、私の大切な人なのだろう。他の人だって山ほどいるじゃないか」
電話が投げやりになる。

「それが運命というものなんだよ。その人は亡くなるべき時に亡くなった、今はそう思うしかない。それに、その人が亡くなった後も、その人と過ごした想い出が無くなる事はない。そうだろ?」
僕は慰めようとする。

「キミの言いたいことも分かるよ。いまは気持ちの整理がつかないだけでね。でもキミは私を慰めようとしてくれる。それだけでも少しずつ私の心が溶けていくのを感じるんだ。ありがとう」
電話が感謝する。

「何を言っているんだい。困ったときはお互いさまだよ。キミの心が少しでも健やかになることを祈っているよ」
僕は言う。

「これは初めて話すことだけれど、その人を亡くした私という存在は、無価値そのものなんだ。その人がいることで私の存在価値は無限に広がっていた。それこそ革命的にね。」
電話が少しくどい。

「だからといって、仕方がないじゃないか。亡くなった人は戻らない。キミはキミで、これからを生きていかなくてはいけないんだよ。大丈夫、僕だっているじゃないか。これから助け合ってやっていこうよ。」
僕は半ば呆れて提案する。

「本当かい?これほど嬉しいことは無い。てっきり私はキミに見放されているのかと思っていたんだ。」
受話器の声が踊る。

言葉の綾ではなく、まるで受話器そのものが踊っているかのように、僕は感じた・・・

「なんだか様子がおかしいぞ。待ってくれ。この電話の声、受話器そのものが喋っているのか。ということは亡くなったっていうのは。」僕は驚く。

「そうさ、私は受話器。ほら、ここを見てくれよ。ダイヤル部分、すっかり壊れて使えなくなっているだろ。キミは私の大切な相棒であるダイヤルを殺してしまったんだよ。衝動的な行動とはいえ、到底許されるものじゃない。どうやら見たところ、キミはこの部屋に閉じ込められてしまったみたいだね。ついさっき目を覚ましたキミは私の誘いのベルを聴いて気が狂い、そうしてダイヤルを叩いて壊した」
受話器がニヤついている。

「やっと思い出してきたぞ。変な男たちに変な臭いを嗅がされて意識を失ったのだ。そして気がついたらこの部屋の天井が目に入った。扉にはもちろん鍵がかけられていて、電話はこの通り使い物にならない。僕はいったいどうしたらいい」
僕は嘆いた。


「何をいってるんだい?私たちはこれからずっとずっと一緒なんだろう?」


受話器の奇妙な笑い声が、湿り気のある壁に反響している。

ベルのようなその音色が、僕と外界との永遠の別れを予感させた。


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