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フォロワーさん400人突破感謝企画・白と黒の百合祭/黒曜

 ───ようこそ、こちらはフォロワーさん400人突破の感謝企画として、同じ29のお題で「明るく切ない“白”の百合」と「暗く爛れた“黒”の百合」を書くというものです。
 こちらは“黒曜”……黒に当たります。血臭漂う殺伐の百合をお楽しみください。


【ミルフィーユはいかが?】
お題:「過去に付けられた傷」

 パイと、クリーム。順番に挟み込んで、縦に並べて。
 そこに突き立てられた旗をよく覚えている。
 覚えている等と言いながら、その菓子に旗を立てることはあまりないということで、あるいはお子様ランチの類についてきた菓子とごっちゃになっているのかも知れない。
 それでもやはり、私の心を掴んで離さないのは、幾重にも重ねられたそれが、串刺しにされていた光景なのだ。

 伏見は元々、私の母の護衛を務めていた。
 私の側にいる間にもその異常とも言える優秀さはよく理解できるので、彼女が母から引き離されたのは、何かしら特異な理由があってのことなのだろうと思う。
 母はその僅かな間に、新しく付けられた護衛5人ともども惨殺された。伏見がそのまま護衛に付いていればという声は当然上がったが、それが上の都合で離されただけの伏見自身を罵倒するような形でかけられることがあるのは、正直なところ理不尽を感じる。
 もっとも、伏見はその言葉を誰よりも強く信じて受け入れているので、殊更「そんなこと無いよ」等と言ってやるつもりは、私にはない。
 ダジャレみたいな話になるが、伏見はとにかく死なない。
 切られても、刺されても、殴られても、撃たれても。何なら爆発に巻き込まれたり、車に撥ねられたとしても。すぐに起き上がり、必ず相手を殺してみせる。血は出る、傷も付く、骨だって折れる。殺せるはずだ。けど、それを実行できた奴はいない。

「お母様から頂いた“守り傷”のお陰だと思います」

 興味本位で聞いた私に、伏見は少しはにかむようにして、どう考えてもその表情とは合わないエグい話をしてくれた。
 まだ伏見が普通の(暴力を伴わない)母に仕える世話係だった頃。割れた陶器の破片が胸に刺さり、そこそこの出血をしたことがあったという。伏見自身は冷静に処置をしようとしていたそうだが、血に狂ったのか、それとも伏見を失うことの恐怖で壊れたか、母が鋏を持ち出して胸の傷を深く抉ったというのだ。

「私が!塗りつぶしたから!悪い傷は塗りつぶしたから!伏見は死なない!死なないの!」

 こんなことを叫んでいたという。我が母ながらイカれた女である。
 だが、伏見にとってはそれは極めて深く思うところのあった出来事らしく……以降、伏見は死ななくなった。
 全身はくまなく傷だらけ。顔も元はそこそこ綺麗だと思うものなのに、縦横無尽に傷が走り過ぎて慣れた者にしか表情すら読み取れないほどだ。
 傷に、傷を幾つも重ね、けれど胸の傷だけは。そこの周りだけは綺麗なままだ。いや、綺麗と言っても傷を塗り潰すように傷があるのだけれど。

「お嬢様がもし私を不要だと思うようになれば、どうぞお手にかけてください」

 どうやったら伏見は死ぬのか。これも興味本位で聞いてみると、こんな答が返ってきた。
 私も母と同じで敵が多い。死にたい訳では無いから、伏見に頼る日々はしばらくは続くだろう。
 けれど、正直なところ、母と私を重ね続けられるのは極めて気分が悪いから。
 その日が来たら、母の傷の更に上から、胸を貫いて串刺しにして殺そう。
 伏見はきっと、その時になってようやく私が母ではないことに気付くだろう。抵抗をされるかも知れない。本気で拒まれたら、私に実行の術はない。
 けれども、夢想するくらいは許されるはずだ。クリームとパイを重ねたお菓子を貫く旗のように。彼女の生き方を決めた二重傷を貫く一撃を。
 伏見は今日も、私を守ってくれる。母の代わりに、母を重ねて。
 最近は、そのことがそこまで嫌でなくなってきた気もする。
 来るべき終焉を期待してのことでは、あるのだけれど。


【夢の国へは帰れない】
お題:「軍人×お姫様orお嬢様」

 ……お目覚めかな、姫様?
 そのように大声を出すものではないよ、一国の姫の品位が疑われる。もっとも、私は貴女の性分をよく知っているので、むしろ好ましいと思うがね。
 ああ、ようやく思い出して来たかな。その通り、私たちが貴女の国を攻撃した。焼いて、壊して、殺して、侵した。男は全員家畜の餌、女は軍人に褒美として均等に分け与えられたよ、私にとっての貴女のように。
 おっしゃる通り、一国の姫を軍人の褒美になど馬鹿げている。
 けれど、その国はもう無い。王は死んだ。王子も殺した。王妃は我が国の女王の捧げものになったよ。何かしら因縁があるようだが、あまり踏み込むのも野暮だろう?ああ、けれど、残党狩りの報告に行ったら、随分と甘い声を上げるようになっていたな。あの美貌と艶で二児の母というのだから素晴らしいものだ。
 おっと、まさか不意を打てば頬をはたく位はできると思ったのかな。残念ながら、目を瞑っていても貴女を抑え込むくらいなら容易いよ。けれど、あまり暴れるなら……腕の1本なら無くてもいいかも知れないな。いや、けれど、完全な形だからこその魅力もあるので、うーん、悩ましい。
 大人しくなって何よりだ。先も言ったが、天真爛漫で活発なところは好ましいので、あまり媚びたり卑屈になられても困るのだけど。
 寝ている間に辱めるような趣味はない、本人に許可を得ずにことに及ぶこともね。
 おや、意外だったかな。もちろん、勝算があるからこそではあるけれど。
 もちろん、私は貴女を私のモノにしたい。その愛らしい瞳が私以外を映さないように、涼やかな声が私以外を呼ばないように、その細い指が私の肌に優しく触れるようになってほしい。けれどそれらは、自発的に、貴女から行ってほしいんだ。
 そうだね、私は憎き祖国の敵、家族の仇。そんな相手とことに及ぶものかと、実に勇ましいことだ。
 どうして性別に触れなかったのかな?
 そんなに意外なことを言ったつもりはないよ。私は女、貴女と同性、見れば分かるだろう?というより、貴女も国が焼かれている時に見ただろうが、我が国の軍務は女仕事だがね。
 女同士でなど、と言った類のことを貴女は一度も言わないね。母親が女王に陵辱されて陥落されたと聞いた時も、汚らわしいとかそんなことは一言も言わなかった。それどころか、ふふっ、喉を小さく鳴らしたように見えた。
 分かった、そこは私の見間違いでいい。ただ、これから言う事は撤回しないよ。
 1週間後、貴女を隣国の王子への貢ぎ物として送り出す。
 そう、貴女の婚約者だった男だ。もっと言えば、貴女を“極上の穴”としか見ていない男だね。
 もう一戦したところで我々は負けない、いや我々を負かすことのできる存在など地上に存在しないが……わざわざ殺戮を繰り返すこともない。私への褒章が失われるのはとても惜しいことだが、戦争を回避できるとすれば安いものだ。貴女はきっと、夫となる男を動かして争いを仕掛けるだろうけど。
 さあ、選ぶといい。貴女の人生の岐路だ。
 父や兄、失われた国民の命に報いる為、豚のような男の下に組み敷かれるか。
 それとも、ずっと王女の宿命と諦めていた婚約の楔を、私に焼き切るように嘆願するか。
 自分自身の欲の為に、散って逝った命を捧げて私に手を伸ばすか?
 選ぶのは貴女だ、そして私は選ばれる側だ。
 ともあれ、時間はまだ1週間もある。まずは温かいスープでも用意させるとしようか。
 どうか賢明な判断を、囚われのお姫様。
 貴女の明日を守れるのは、貴女以外にいないのだから。


【頂点の崩壊】
お題:「三角関係」

 要するに、私は不要な点なのだ。
 天美と郁乃は互いを想いあっている。
 天美はある時、郁乃に更に激しい愛情を抱いて欲しいと考えた。そこで間女として選ばれたのが、私。2人の愛を燃え上がらせる薪に過ぎなかった存在。
 けれど、郁乃の愛情はおかしな方向へと燃え上がった。天美の愛情を取り戻すのではなく、私の愛情(そんなもの無い)を天美から奪い取るという方向に。
 整理しよう。
 天美は郁乃が好き。だけど私と付き合っている。
 郁乃は天美が好き。けれど私と付き合おうとしている。
 私は2人とも嫌い。天美に告白されたから付き合ったけど、2人の関係を知ってからは吐き気がするほど2人を軽蔑している。
 私を開放して、さっさと2人でくっついてしまえと心から思うのだけれど、もう事態はそんな悠長なものではなくなっている。
 そもそも、こんな馬鹿なことを実行する時点で2人は互いの想いに絶望的に鈍く、また自身の都合のいい想像を妄想と切って捨てようとする。なので、私が2人が両想いであるとぶちまけても、どちらも信用しな。
 先も言ったが、2人の愛情は私には無い。そんな“装置”に過ぎない私の方が2人を理解しているということを、絶対に認めようとしないのだ。
 じゃあ天美をフッてしまえばいいんじゃないか。そうすれば、郁乃からの空々しいアピールも止まる。
 それも無理だ。散々2人を愚かだと罵ったが、私だって別に頭がよくない。郁乃が私に言い寄ってくるまで、2人の正式な関係を把握していなかったのだから。
 天美をフッた時点で、天美は私が郁乃を選ぼうとしていると考える。先も言ったが私の主張は通用しない。何とも思っていない相手が好きな人を毒牙にかけようとしている、そう考えた時に相手の主張など考慮するか?短い付き合いだが、天美はしないと言い切れる。
 同時に、郁乃の計略は上手くいった形になるが、そうなった場合に邪魔になるのは私だ。郁乃は私が欲しいのではなく、私に誑かされた天美を取り戻したいのだ。私がカノジョ面をして側にいるなど(する気はないのだけれど)絶対に許容しない。そして、彼女が私を平和的に扱うには、天美との交際期間……つまり郁乃の殺意を高める期間が長くなり過ぎた。
 私はこの物語に必要がない、むしろあってはいけない点だった。そして、無理やり駆り出された上で、今、舞台の上から主演達に排除されようとしている。打つ手は、何一つない。
 携帯が振動する。ここ数日は、双方からネガティブな内容しか送られてこなくなったそれを、処刑を待つ気持ちで確認する。

『今から殺しに行くから』

 それがどちらから送られてきたものなのか、名前を確認する意味を私は感じないまま、どっと重い息を吐きだしてから画面を閉じた。


【好きを見せたら、はい、おしまい】
お題:「年の離れた会社の先輩と後輩」

 ───素直で大人しい貴女だから、きっと簡単に罠にかかるのでしょうね。

 その日、小林美衣はとても大きなミスを犯した。
 入社してからそれなりの時間が経ち、新しい仕事を任されるまで信用された直後の出来事。
 直属の上司で指導係でもある海埜が直前に気付いたので事なきを得たが、こうして定刻を大幅に過ぎた後も、2人で並んで黙々と補填の作業を続けている。
 海埜は、美衣よりも10ほど年上で、これまで基本的に美衣にたいしては優しく、ミスがあっても声を荒げたりすることなく懇々と注意をすることが多かった。
 それが、今回は何も言わない。怒鳴ったりしないのはいつも通りだが、労いや慰めすらない。いっそ大きな声を出された方がマシまである空気の中、ただ黙々と作業の音だけが響いている。

「あー……ちょっと早かったかなあ」

 海埜がようやく口にした言葉に、隠しきれないほど滲む落胆。美衣はびくりと肩を震わせ、ほとんど聞き取れないほど小さな声で「すみません……」と口にする。

「ああ、違うの。小林さんを叱りたい訳じゃなくてね。むしろ、私がちょっと期待し過ぎだったかなーって」

 消え入りそうな声をしっかりと拾い上げた上で、海埜は聞きようによってはただ責めるよりもずっと酷な言葉を敢えて紡ぐ。美衣はますます委縮したように小さくなり、もう一度「すみません……」と呟いた。

「すみませんって“済まない”って言葉から来てるんだって、知ってた。これじゃ終わらない、済ませられないって意味ね」

 いつも優しかった海埜のねちねちとした物言いに、美衣はほとんど音を成していない、震えに等しい声で「どうしたらいいですか……」と発した。
 ほぼほぼ作業は終わっていたが、それと関係なく海埜の手が止まる。卑屈な様子でそれを伺う美衣に向かって、海埜は立ち上がると、驚くほど近くまで距離を詰めて来た。

「どうすればいいと思う?」

 吐息のかかるほどの距離。温和な印象の海埜だが、この時は疲れもあってか、意地の悪いの表情での問い掛けになっていた。美衣はどうすればいいのか分からないのか、顔を赤らめて口をぱくぱくさせるばかり。

「甘いものって、実際は疲労回復にあまり良くないんですって。消化でエネルギーをむしろ消費するから」
「そう、なんですか?」
「でも、甘いものを食べた時の多幸感や、痛みや疲労の緩和には有効ともされるから、結局気分一つだと思うの」

 唐突に始まった無関係な雑学の披露。しかし、それこそが本題に繋がるものだと、美衣も薄々気付いている。

「小林さんの息……とっても甘い香りがするわね。もらっていい?」
「もらうって……」
「そうしたら、これからも庇ってあげるし、ミスしたら手伝ってあげるんだけどなー」

 とても穏やかな、世間話でもするような、脅迫。
 美衣は本当に少しだけ、戸惑うように目を閉じたり手をもじもじさせたりしていたが、やがてゆっくりと海埜の口に自分の唇を重ねる。すぐ離そうとした意識は、頭の後ろをかき抱かれ、唾液を交換するほど激しい交わりの中で溶け消えた。
 やがて、口づけとは違う水音が2人きりのオフィスに響き始める。聞こえる吐息は甘く、そこに拒絶の色は無かった。

 ───あんなミス、本当にうっかりですると思ったのかな。
 でも、そんなちょっと抜けたところのある海埜先輩も、可愛くて大好き。


【お前が死んでも私は、私は、私は】
お題:「犬猿の仲百合」

 殺し屋というのは、1人か複数かがもっとも良い人数だと言われている。
 超一流と言われる殺し屋は大抵は単独で行動する。実力が十二分に足りており、少なくとも実は1人で行うのが証拠を少なくする最善手と知っているからだ。
 逆に、チームの殺し屋というのも信用できる。単騎の実力は最上位とされる者たちには及ばないが、自分たちが弱者であるという立場からくる臆病さは慎重さにつながるし、それは複数の個性を尖った部分を生き残るために消し去り、ひと塊の有機物へと変わることに大きく作用する。
 もっとも信用できない殺し屋の組み合わせは、2人組だ。
 互いを信頼しきっているならば隙が大きくなる。ビジネスライクな付き合いなら死角が増え報酬の件で揉めることも増える。いがみ合っているなら最悪だ。ひどい時には現場で標的そっちのけで互いに殺し合いを始めることすらある。
 最初は“オルトロス”と呼ばれたその2人組も、現場で殺し合ったものだと思われていた。方針の違いか、報酬の関係か、狙撃を担当していた“ストレート”と呼ばれていた女を、近接を担当していた“スピード”と呼ばれる女が殺害し、その後で返り討ちにあったのだと。
 しかし、その後の調べで“ストレート”は“スピード”が殺害されてから、自死を遂げていたことが分かった。
 相手は業界でも有名な小鳥無家の令嬢の護衛“不死身の伏見”。信じられないことだが狙撃に何らかの手段で耐えきった上で、令嬢の方を始末に来た“スピード”を縊り殺したらしい。
 だが伏見はあくまで護衛だ。狙撃者をわざわざ探し出して殺すことを優先はしない。後から調査や追及の手が伸びるとは言え、“ストレート”には十二分に逃げ切る余裕があったはずなのだ。
 2人はそれはもう、何故組んでいるのか分からないほどに仲が悪く、依頼者の前で殴り合いを始めるほどの問題児であった。互いが競い合うように口にしていた口癖は「お前より1秒でも長く生きてやる」だったという。
 2人がどうしてコンビを組んでいたいのか。そして「1秒でも長く生きてやる」というのは「お前が居ないと1秒も生きていられない」という意味だったのか、2人とも死んでしまった今となっては分からない。
 2人組の殺し屋は信用できない。そんな常識にまた実例が加わった。それだけのこと。


【奔れ正直者】
お題:「幼馴染み百合」

 恋人と別れる原因は色々あると思うけれど、私の理由は最悪なものの1つだと自信を持って言える。そんな自信、持ちたくも無かったけど。
 安那、私の大切な親友。幼稚園に通っていた頃からの幼馴染で、私の憧れ。
 付き合ったばかりの相手が私に言い出したのは、彼女が私の酷い噂を流しているから距離を置いた方がいい、というものだった。性格が悪いとか、男のうわべしか見ていないとか、告白されたらすぐに付き合う居尻軽だとか。もちろん、悩む時間すら無く別れた。

「そう、また上手くいかなかったんだ」
「最悪だよ……今度こそはって思ったのに」

 放課後、もうお約束になった安那との語らい。楽しい話題だけ語っていたいのに、私が失恋する度に最低の相手について話さなきゃいけない。じゃあ話さなきゃいいじゃんというのは極めて正論なんだけど、それはそれで毒が体の中に溜まるような気がして嫌な気持ちになる。

「きっと、今回も縁が無かっただけだよ。杏のこと好きになってくれる、それも全部好きになってくれる相手がきっと居る」
「安那は毎回そう言ってくれるけどさー、もうそんな相手どこにもいないんじゃないかなーと思えて来た。安那以外」
「じゃあ、私と付き合う?」

 ここまで、お約束の会話。私の答も、いつも通り決まっている。

「安那のことは大好きだよ。でもね、安那と付き合ったら“親友で、幼馴染で、ずっと一緒だった安那”は居なくなっちゃう気がするんだよね」
「まあ、距離感とかは多少変えていかないといけないかもね」
「恋人ならではのイベントとか、今のままじゃ出来ないじゃない?それはちょっと寂しい」

 「安那が2人居ればなあ」と言う呟きに「馬鹿なこと言わないの。私が嫌だわ」というお約束の答。これで、今回の恋は本当におしまい。また私の一番は安那な日々が始まる。それはそれで、上手くいかない恋愛なんかよりずっと魅力的で価値あるものだとは思うけれど。
 2人で廊下を歩きながら、安那に聞いてみる。

「ねえ、安那も私のこと好きだよね」
「もちろん、大好きよ」

「───性格が悪くて、男を顔だけで判断しては後悔して、その癖いつまでたっても告白した相手にすぐ尻を振る阿婆擦れの杏のこと、大好き!」

「えへ、えへへへ」

 いつも自分の意見をずばずば言える安那。最低な性根の私を見透かしたうえで、一緒に居て好きだと言ってくれる安那。本当は、恋人にするには憧れが強すぎて眩しいのもあるのは、絶対の秘密だ。
 これからも、正直者の安那とずっと仲良しで居たいと思う。
 少なくとも、私の性根を“悪口”なんて捉える奴らより、この素敵な幼馴染はずっと魅力的に私の隣で微笑んでくれるから。


【黒穴】
お題:「ノンケの幼馴染の女の子が好き過ぎるあまり、彼女の想い人の共通の幼馴染の男の子を寝盗って三人で致そうとしたら、二人から軽蔑され心に深い傷を負った倫理観が壊滅してるバイの女が、別の女の子を代用にして寂しさを紛らわそうとして「最低ね」と言われ、涙を拭ってもらいながら致させてもらう話」

 覗きをしに行こうと和美が言い出した時、俺は彼女の頭がどこかおかしくなってしまったんじゃないかと思った。
 先日、俺たちは幼馴染を1人失った。失った、とは言っても死んだワケじゃない。信じられないほど下劣なことを言いだしたので、絶交した形になる。

「私、和美とエッチしたいの。でも和美と浩太くんは付き合ってるでしょ。だから、浩太くんと私が付き合ってあげる。そこに和美を混ぜて3人でしようよ!」

 思い出したくもないのに何度も反復してしまうのは、あまりにも意味が解らな過ぎるからだ。ずっと一緒にいた女がこんな頭のおかしいことを言いだしたら、想い出までまとめて陵辱されたような気持ちになる。
 それで、和美もおかしくなってしまったんじゃないかと思った訳だ。和美の目はいつも通り平静で、でもそれが“覗き”という言葉と合わせると逆におかしな雰囲気を纏っていて、俺は結局何も言えずに和美に付いていくことにした。
 和美が向かったのは、小さなアパートのような建物だった。別に変な気配は全然ない。そこそこ小ぎれいな建物だった。
 その入り口の辺りを隠れてじっと見つめている和美。やはり心の均衡を崩しているんじゃと思い始めた俺の視界に、見覚えのある姿が過ぎった。
 大河内巳春。俺と和美の、元幼馴染。それがべそべそと泣きながら、見覚えのない女性に連れられてアパートに消えていった。
 和美はこちらに声すらかけず、アパートの階段を慣れた様子で上がり、ある部屋の前まで来るとノックをした。中から見知らぬおじさんが出てきて、彼に和美は一万円札を握らせる。おじさんは俺の方を一瞥すると、そのままふらりと姿を消した。何が起こっているのか理解できない内に、和美はおじさんの部屋へと入り込んでいく。
 部屋は一人暮らしの男性らしく薄汚れていたが、和美は気にもしていないようで、片方の壁に張り付く。見れば小さな穴があいているようで、そこから何かを覗いているようだった。俺の中で、急速に不安が膨れ上がっていく。
 壁の向こうから僅かに聞こえてくるのは、性的な行為を思わせる声と、水音。思わず和美に「何見てるんだよ!」と叫びかけた瞬間、こちらを振り返った和美が、今日初めて俺の方を見た。
 殺されるかと思った。声を上げたらただでは済まさない、それが目から伝わってきた。生まれて初めてこんな顔を見た。本当にこれは、俺の幼馴染の、恋人の和美なのか。
 壁の向こうから「最低ね」という声が聞こえた。とても優しい声音なのに、俺は吐きそうになって汚れた畳へとうずくまる。
 やがて、すぐ近くで水音が聞こえ始める。和美が自分を慰める音。まだそういった行いなど考えたこともない、キスしたことすらない恋人の自慰の音が、隣の情事の音と混ざり合う。
 勝手に涙があふれだしてきたが、それを拭ってくれるものは自分含めて誰も居なかった。


【終点ロマンス】
お題:「ハーレム百合」

「久しぶりに散歩をしませんか」

 主様がそう誘ってくださったのは、私があまり部屋の外に出たがらないのを気遣ってのことだと思います。
 内装はいつの間にか綺麗になってしまうというのはよくよく解っているのですが、それでもどうしても気になってしまうのです。けれど、主様に声をかけられたからにはそれ以上に優先することはありません。
 屋敷の中のはいつもと変わらず、多くの女性が働いたり、散歩をしたり、女の子同士で遊んだりしています。あまり外に出たがらない私のことも皆さん受け入れてくれていて、気安く挨拶をしてくれます。

「今日は主様とデート?羨ましいね!」
「明日は私に付き合ってくださいよ、主様!」

 緑色になって膨れた顔の沙穂さんと、首が天井に付くくらい長い李子さんは、この屋敷の古株です。つまり、ご主人様の正妻のような立場の方々なのですが「この屋敷にはそういうの無いよ」と優しく受け入れてくださいました。
 主様は笑って2人に手を振ってから、私の右手をそっと握ってくれます。お召し物が汚れますと、慌てて離そうとするのですが、主様はこういう時はとても頑固で、スカートが真っ赤になってしまうのも気にせず、恋人つなぎを続けます。

「実は、また新しく女の子がここに来るかもしれないんです」
「そうなんですか?それは、また……悲しいような、喜ばしいような」
「今回は、寧々さんも一緒にお迎えをしてくれませんか?そろそろ貴女もこの屋敷の古株ですし」
「え、っと……」

 困っている私に、主様は「すぐに決めなくていいですから」と言ってくださいました。
 正直、私が気にし過ぎているだけというのは解っていますし、そのこだわりが他の女の子を愚弄するような意味合いになってしまいかねないのも理解しているつもりなのですが……難しいところです。こういった結末を迎えた身の、性分とでも言いましょうか。

「寧々ー!」
「あ……國枝さん」

 國枝さんは私たちの中では年齢が下の方なのもあって、みんなからとくに可愛がられています。まだ幼いので、時々他の皆さんとご主人様の寵愛(まんべんなく注がれているのですが)を巡って争ってしまうこともありますが、控えめな私にはこのように懐いてくれています。

「寧々もコーハイを迎えるの、一緒にやろ!私も今回はやるんだよ!数が多いから、大勢がいいだろうって!」
「そう、でしたか……」
「國枝、あまり無理を言ってはいけませんよ。寧々さんには寧々さんの考えがありますから」

 そう言って主様が半分砕けた國枝さんの頭を撫でると「はーい」と少しだけ拗ねたように返事をします。ご両親に巻き込まれる形でここに来た國枝さんとしては、自分の意見が通らないのは主様相手とは言え不満なのかもしれません。

「その、出来るだけ努力はしますから」

 そう言って、傷の無い方の左手で頭を撫でてあげると、片方しかない國枝さんの目が笑みの形になりました。こうやって、私が何かをすることで気持ちよく過ごせる人が増えるのなら……頑張ってみてもいいかも知れません。
 廊下の奥で、調理係の真幸さんが手を振っています。食事の準備が出来たようです。ずっと火の消えない真幸さんは、声が出せないので大変ですね。

「行きましょうか、寧々さん」
「はい、主様」

 いつの間にか周囲に集まっていた女性たちと共に、主様と手を繋いで食堂へ向かいます。
 廊下には、右手からとめどなく溢れる赤が引く線。それを塗りつぶしていく腐汁や脳症など、もろもろの体液。
 どうか、この楽しい時間が続きますように。けれど、この時間に来る人が少なくありますように。
 そう祈ってから、私は次の住人になるであろう方に想いを馳せました。

『9月××日、午前7時ごろ、〇〇駅で人身事故がありました。
 被害者は牧村羽刈さん(24才)で、全身を強く打ち、死亡が確認されました───』


【ノット・エスケープ】
お題:「寝ている間に起こる百合」

 本当は、結構“イケる口”だ。
 けれど、一度飲んでいる最中にねちねちと「これは俺の稼ぎの一部だ」と言うようなことを言われ続けてからは、お酒を飲むことは無くなった。それを言った当人はというと、毎日浴びるほどお酒を飲んで、片付けもせずに寝てしまう。
 あの人よりも早く起きて、あの人よりも遅く寝る。お仕事が大変なのだと長らく我慢していたけれど、実は随分前にリストラにあっていて、退職金と失業保険を「給料を減らされた」と言って今も渡してくる姿は、流石に色々と来るものがある。かと言って、自分から気付いていたことを告げるのは恐くって、そんなことを思っている間に時間が経ってしまった。

「お母さん」

 びくり、と体が勝手に撥ねる。本来なら、何も身構える必要のない声。娘に怯える母親なんて、そうは居ない。まして沙織は成績も素行も良いし、暴力やらにも縁のない“良い子”だ。
 ……良い子、だった。

「お父さん、今日も寝ちゃったね」

 それが、2人の時間の始まる呪文であるかのように。
 沙織は最初に私を押し倒した夜から、必ず行為に及ぶ前にそう言って確認をしてくる。
 あの人の虫の居所が悪くて、ひどく殴られて。隣で眠ることが苦痛過ぎて、今でめそめそと泣いていた時。慰めるでもなく、夫に怒りを燃やすでもなく、沙織はそっと私に近づいて、あっという間にことを終えてしまった。
 あの人と最後に体を重ねたのは何時だろう。沙織が生まれる前かも知れない。その時もひどく簡素な行為で、義務を果たしているだけだという印象を強く受けたものだった。
 対して、沙織のそれは……言葉にするにはまだ羞恥心が捨てきれないのだけれど、すごかった。あまり読まないのだけれど、何かの拍子で買ったレディースコミックの、一番過激な漫画よりも更に激しい痴態。それを自分が繰り広げ、あんなみだらな言葉を吐き出すなんて思いもしなかった。

「沙織……もう、やめにしましょう?こんなのいけないわ、きっと沙織にもいい人が出来るから……」
「じゃあ、それまではお母さんがいいなあ」

 自分でも白々しいと思える薄っぺらい拒絶の言葉を更に軽く返されて、首筋を撫でられただけで体が娘に屈服していくのを感じる。
 きっとこれは、母娘の愛情の延長にはない行為だ。沙織がどう思っているのかは分からないけど、きっと私は、夫への復讐心や自身の人生への鬱憤をぶつけているだけなのだ。
 それは一体、何に対する言い訳なのか。自分でも解らないままに、今日も娘にされるがまま、明け方近くまで行為は続く。

「昨日、なんかうるさくなかったか?」

 起きて来た夫がそう言いだした時、危うく皿を落とすかと思うほど動揺した。

「そう、かしら。気付かなかったわ」
「まあ、お前は愚図だからなあ」
「私も寝てたから分かんなかったー」

 私と違い、ほんの僅かにも動揺を見せずに沙織が言う。
 ただ、こちらに向かってちろりと見せた舌。きっといたずら程度の意味しかないそれに、僅かに下半身が熱くなり、もう自分が引き返せないところにいると改めて悟った。


【排除の理】
お題:「主従百合」

(とある事件の重要参考人との対話風景)

「ですから───私が殺めたのだと申しております」
「それはもう、大体解ってるから。聞きたいのは動機の方」
「これも何度も説明しました。私は花開院英様に仕える内に、侍従としては許される恋情を抱くに至りました。それは彼の方が殿方へと嫁ぐ段になって抑えきれぬものとなり、浅はかな嫉妬と独占欲から相手の男性を害するに至ったのです」
「あくまで自分自身の判断によるものだと?」
「それ以外に、どのような理由がありましょうか」
「例えば、そう。主人が何時もその婚約、そして婚姻について不満を漏らしていた。この場合だと、教唆や示唆の形になるかも知れない」
「いいえ。あくまで自身の意思、抑えきれぬ欲望によるものです。考えても見てください、従者が人殺しになるのです。本当に主のことを思うならば、そのことがもたらす不利益についても理解していて然るべきのはず。それがなされていない時点で、主への好意は一方的で考え無しな邪恋であったと明言できるはずです」
「もし、そこまで考えの内だったとしたら?」
「……どういう意味でしょうか?」
「自分自身の恋情を邪恋と呼ぶということは、それが主に害であると考えていたということ。つまり、主にとって自身もまた害ある人物だと考えるようになっていた」
「……」
「つまり、一件の殺人を以て主人が嫌っていた婚約相手と、主人の為にならない存在の自分自身をまとめて消す。それならば、一見すれば主への悪評を考えていない愚か者を演じた方がいい」
「買いかぶり過ぎです。それに、それこそ殺人以外の手段も幾つもあったはずです。それを選んだ時点で、もはや無理やり擁護する理由などないでしょう」
「そうなのかな」
「絶対に、そうです」
「分かった。また明日も話を聞かせてもらうね」
「もちろんですとも。満足がいくまで、何度でも」
「……1つだけ言わせて」
「……何か」
「多分、貴女はこれからそれなりの時間を塀の中で過ごすことになる。けれど、もしその期間を主が心変わりせずに待っていられたら、彼女の元に戻って欲しいの」
「……あり得ません。あっては、なりません」
「……また明日。忘れないよ、私はね」
「忘れてください。警察官が犯罪者に言ってよい言葉ではないと、最後の老婆心としてお聞き届けくださいませ───花開院英警部補殿」


【紅い糸と赤い遺人】
お題:「バイトと店長」

「あー、あの娘だね。隣に居るのは彼氏……じゃないね、身のこなし的に“守り屋”かな?」

 プロレスラーのような体系の男性を見ながら、店長はニコニコと笑顔を絶やさない。この人の笑っている以外の顔を、私はあと2つしか知らないのだけれど。
 多重債務者の確保。要するに、ヤクザの下働き。それが私のバイト先。
 かく言う私も、親が散々借金した上で自分たちだけ自殺して置いて行かれた形となり、黒服のお兄さんたちに怒鳴られながら「やべー、これ絶対AVか風俗だよ」とか妙に冷静に考えている時に、店長に拾われた形になっている。
 同じ穴の貉を追い立てるのは気持ちのいいものでは無いけれど、生きる為には仕方ないことだ。生きていいことあるのかと言われてると、まあ店長が優しくしてくれるくらいなんだけど。

「私があっちは片付けるから、萌香ちゃんはちょっと下がっててね。それとも、車の中にいる?」
「いえ、私も下ります」

 私にできることなんてほとんど無いんだけど、あんまり優しくされすぎると多分、私は幾らでも堕落していくタイプだと思うので。店長が私の何処を気に入ってくれているかは分からないけど、そこの期待を外して捨てられるのは嫌だった。
 店長の運転する車が、2人の前に滑り込む。流石プロと言うか、男の人が咄嗟に身構えるのが見えたけど、運転席から飛び出した店長の動きはそれよりずっと早かった。
 前転するように放たれた踵落としが、相手の股間を下に凪ぐ。私は女なのでイマイチ分からないけど、地獄だろうなというのは表情から分かった。そのまま、今度はサマーソルトキックの要領で下がっていた顎を刈り取り、とどめに倒れることすらまだ出来ていない男の人に向かってロケットキック。3発で守り屋さんはコンクリートに沈んだ。

「えぇと……抵抗とか、逃げるのとか無しの方がいいですよ。ギリギリ生きてれば、こっちはいいんで」

 店長の活躍のお陰で生まれた説得力によって、女の人はへなへなと座り込んでしまう。こうしてまた1人、同類を地獄に突き落として私は生を僅かに繋ぐ。
 店長がこっちに向かってVサインしている。空気読んで欲しいなあとは思いつつ、愛想笑いで手を振っておいた。

「君、死なないためなら何処まで出来る?」

 黒服のお兄さんたちを横に除けるようにして現れたお姉さんは、ニコニコ笑顔でそう聞いてきた。私はまあ、想定通りにAVとか風俗とかいけますよと答えた。処女だけど。いや、むしろ価値があるのだろうか。

「ふーん、でもその程度じゃお父さんたちの借金、一生かかっても返せないね?努力した“フリ”はされても意味ないの。さて、何が出来る?」

 処女だから一部に人気、とか言わなくて良かったと思う。後に店長から聞いたところによると、別にそこまで商品価値はなくて、むしろ面倒くさがられることのが多いという酷い現実がそこにはあった。
 代わりに私はこう答えた。

「自殺の名所に連れて行って貰えます?」
「……へえ、なんで?ご両親の後を追うの?」
「いえ、死んだ人の財布とか装飾とか集めて売ればそこそこになるかなって。年間自殺者3万人とかでしたっけ?食いっぱぐれないかなあと」

 私の浅知恵を聞いて、店長はみるみる目を丸くすると、普段のニコニコ笑顔ではない、心から面白がっている顔になっていった。

「君、いいね」

「何時まで経ってもなれないね」

 店長は優しくそう言いながら、私の背中を撫でてくれる。やることはやるけど、それが平気かは別の話だ。仕事の後に吐いては、店長に背中を撫でられる日々。この時に見せてくれる優し気な顔は、嫌いじゃない。

「やっぱり、慣れた方がいいですか?」
「……いや、慣れないでほしいかな」

 それってこれからもしんどい想いしろってことですか、とは言わず、私は大人しく店長に背中を撫でられながら、生の実感という奴を感じていた。


【コレクション】
お題:「男装女子と姫系女子」

「悪いけれど、偽物には興味が無いの」

 男の子っぽい台詞回し、中性的な服装、あとはちょっとした立ち振る舞い。それだけで、どんな女の子あっという間にボクに夢中になってくれた。
 余木氷華と出会うまではそうだったんだ。

 はっきり言って、ボクは育ちが悪い。
 親はどちらも10代半ばで結婚し、中絶できる期間があることを知らないアホだったからという、それだけの理由でボクを生んだ。どちらもまだまだ遊びたい盛りで放置され、ボクが施設に引き取られるまで生きていたのは奇跡に等しいと思う。
 この施設というのがまた、色んな意味で悪名高いところで、お金を何処からも引っ張れないボクは徹底的に冷遇された。そのお陰で発育も悪く、骨だけが筋肉に追い付かないまま成長して、背ばっかりが高くなった。もっとも、そのお陰で男連中の“興味”から外れていたお陰で、処女のまま今の家に引き取られたのだけれど。
 新しい家は恐ろしいくらいに快適だった。両親になった2人も懸命に愛情を注いでくれて、塾や家庭教師までつけてくれたお陰でそこそこの学校に通えるまでになった。
 だから、今の両親は全然悪くない。悪いのは、両親に注がれた愛の味を知ってしまったせいで、それを過剰なほど求めるようになったボクのいやしい性根だ。
 言葉遣いを、立ち振る舞いを、制服が自由なのをいいことに身の丈を偽って、ボクは学校で人気者になった。どんな女の子もボクに夢中になった。幾らでも、浴びるように愛を貪ることができた。
 けれど、余木氷華にはそれは通じなかった。
 天下のお嬢様学校である大花都女学院から転校してきたという彼女曰く、本物の“王子様”を知っているとのことで、単なるオトコモドキに過ぎないボクは彼女から見ればさぞ滑稽に見えただろう。
 やがて、彼女がボクになびかないとなると、女の子たちもたちまち正気を取り戻し、気付けばボクは単なる痛い奴になっていた。両親は変わらずボクを愛してくれていたけれど、ボクはもう、元の生活に戻れなくなっていた。
 愛情の禁断症状。まるで危ない薬でもやっているかのような衝動に駆られ、震えているボクの前に、余木氷華は再び現れた。

「偽物に、何の用?」

 もう偽る余裕すらなく、素の性格のまま刺々しく問う。けれど、余木氷華は意外なことを言った。

「あら、貴女は偽物なんかじゃないわ。少なくとも、今はそう」
「……どういう意味?」
「だって貴女……本物の、負け犬じゃない」

 怒るべきだったんだろう。怒鳴り散らすべきだったんだろう。けれど、病みかけていた心は、妙に優しく語り掛ける余木氷華の言葉を受け入れてしまった。

「私は、どんなものでも本物は好きよ。貴女の欲しい愛情を、今ならあげても構わない」
「……」
「返事は?」
「……わん」

 ───ボクは今でも、元のままの演技を続けている。余木氷華と打ち解けたことで、現金なもので周囲も再びボクを受け入れてくれた。けれど、もう彼女たちから注がれる愛情に、ボクは価値を見出せない。
 本当のボクは、余木氷華だけが知っている。ボクは、もう満たされてしまったのだから。


【楽園への連鎖】
お題:「青肌悪堕ち百合」

「ここを開けて……ねえ、開けてちょうだい……」

 思えば幼い頃からずっと、私は彼女の存在を感じ続けていました。
 窓の外に、鏡の向こうに、あるいは夢の中にまで。
 人ならざる青い肌、優しげなのに何処か淫らさを感じる笑み、未成熟な私のそれとは異なり母性すら感じる豊満な体。雌雄の差など無意味なのではと思わせるほど、人間の本能に語り掛けてくる、そんな欲望の化身。
 仮にも神に仕える修道女ともあろう者が、淫魔を幻視するなどあってはならぬことです。だからこそ、私はずっと彼女の存在を秘密にし、誰にも明かすことが出来ませんでした。
 そのように秘密を抱えていたからでしょうか、同じ修道女たちからも何処か私は当たりがキツく、神父様も他の修道女たちを構うことの方が多いので、孤独を感じることも多々ありました。
 言わば孤独の原因だというのに、こんな時ほど“向こう側”の彼女は、優しく語り掛けてくるのです。

「笑ってちょうだい……幸せな笑顔こそ貴女には似合うわ……ずっと愛してあげる……永遠をあげる……ここを開けて……」

 ああ、親を無くし、身を寄せた教会でもまた孤独。そんな時にこのように問いかけられ、まだ××才に過ぎない私がどれほど耐えられましょうか。
 ふとした拍子に扉を開いてしまいそうなほど追い詰められた私は、遂に神父様たちにそれを打ち明けることにしました。恐るべき(そして、それを超えるほどに魅力的な)淫魔に幼き日より取り憑かれ、その呼び声に苛まされていると。
 神父様はしばらく悩んでおられるようでしたが、やがて「まだ早いと思っていたが」と言って、私や他の修道女たちを伴って教会の地下へと向かわれました。
 私以外の修道女たちや神父様は頻繁に出入りしているそこは、私の孤独の理由の1つでもありました。もしや、悪魔祓いなどを行っている場所なのでしょうか。
 そう呑気に思っていた私は、清純などではなく、愚かに過ぎなかったのでしょう。
 獣臭にも似た悪臭が立ち込めるそこでは、姿の見えなかった修道女たちが怪しげなパイプをふかし、男性の方とまぐわっていました。いえ、実際にまぐわいなど見たことがないので、そうなのかも知れないというだけなのですが。
 咄嗟に逃げ出しそうになった私の頬を、神父様は強めに張り飛ばしました。餓鬼の癖にサキュバスの夢を見るような淫乱だったとは、もう少し育ててからのつもりだったのにと、酷く口汚く言い放たれ、修道服を乱暴に破かれます。
 必死に抵抗をしますが、所詮は子供。馬乗りになって殴打され、目もほとんど見えなくなった頃には、もう指1つ動かす気力も尽きていました。
 この教会には、最初から神様は居なかったのです。真の孤独の理由を知り、私は神父様の男性器を顔にこすりつけられながら、この世の全てを呪いました。修道女?裸の修道女などいるものでしょうか。信仰とは衣の上に纏うものでしょう。

「私を呼んで───」

 今までで一番、大きく彼女の声が聞こえました。

「ここを開いて───」

 もはや、その声に抗う理由などありません。いえ、元々無かったのです。

「お姉様と、呼んでちょうだい───」

 だから私は、切れた唇で無理やり紡ぐように、ずっと呼び掛けていた彼女の名を、まるで家族のように親し気に呼んだのです。

「イリスリブお姉様……ッ!」

 破壊、破壊、破壊。
 お姉様が顕現された衝撃だけで、神父様の体が粉微塵に消し飛びました。
 私の体をそっと抱き上げ、幼い日より私を呼び続けていた方が、あの美しい人が私を見つめていました。
 お姉様は私の唇を優しく奪います。すると、神父様に打たれた体がみるみる治っていくのと……同時に、まったく別のモノへと変わっていくのを感じていました。
 ああ、なんという幸せな感触でしょう。何故これを拒否してきたのか理解できません。これこそが救い、幸福の真理では無いでしょうか。

「で……可愛い私の妹ちゃん、“アレ”らはどうするの?」

 見れば、男性だけが綺麗に肉片となり、修道女たちは部屋の隅でガタガタ震えていました。今更神の言葉を唱えているお馬鹿さんも居ます。救いなど、貴女方にもたらされるとでも。
 けれど、私は幸せなので。

「彼女たちも、私と同じにしてください」
「なんて優しい妹なのかしら!任せてちょうだい、この世界ごと救済してあげるわ!」

 ここから幸せの連鎖が始まる。その先駆けとなる喜びに身を浸しながら、私はお姉様の胸にそっと顔を埋めました。

「ところで、可愛い妹ちゃん。貴女の名前を聞かせてほしいわ」
「知らないんですか、お姉様?」
「知ってるけど、改めて聞きたいの」
「お姉様と同じモノになった今、人の名前が何処まで意味があるかとも思いますが……“リリサ”です」
「うん、改めて素敵な名前。もうすぐ私の側近たちもこちらに来るから、軍団名でもつけようと思ってね……“リリサの味方たち”───“リリサイド”なんてどうかしら……」


【そして、私は満たされる】
お題:「身長差百合」

 目が覚めると、幸歩が目の前に居た。
 いた、幸歩がいること自体はいい。けれど、何と言うか、サイズがおかしかった。何倍も、何十倍も私より大きい。口を一杯に開けたら、私を丸呑みできそうなくらいに大きかった。

「……幸歩、身内に巨人でもいたの?」
「親戚の巨人、なんちゃって。居ないよ、そんなの」

 下らない冗句を笑って流そうにも、大音響で鼓膜が裂けそうになる。頭を押さえて蹲る私を見て、幸歩はそっと声を抑えた。

「私が大きくなったんじゃなくて、凛音が小さくなったんだよ」
「な、なんで?」
「さあ?私が神様に『凛音が小さくなりますように』ってお祈りしたからかな」

 なんだその神様。間違いなく邪神の類だろう。
 小さくなった私を黙って見つめていた辺り、幸歩は私を戻す気はないだろう。不思議と気持ちは落ち着いていた。単にヤバいことが置き過ぎて麻痺しているのかも知れない。

「なんで、私を小さくしたの?」
「小さくしたのは神様だってば、多分だけど。えぇとね、凛音、ここから正直に答えてね?」

 凄まじいスピードで、実際には大きさの差かそう思える速度で、幸歩の腕が伸びて来て、指先で私の手を丁寧につまむ。かかる力が強すぎて、正直痛い。

「凛音は今、恋人がいる?」
「はぁ?居たら、一番に幸歩に言ってるってば!」
「じゃあ、凛音は女の子もイケる人?」
「なにその質問。考えたことないよ」

 腕が捻り潰された。
 痛みというより、体のどこかが爆発したような衝撃。けれど、暴れてしまえばそのまま腕が抜けてしまう気がして、震えながらへたりこむしか出来ない。下着が汚れる感触が嫌な感じに伝わってきた。

「正直に、慎重に、答えてね?女の子同士もイケるよね?」
「ひ、ぎっ……イケ、ます……」
「なんで敬語?似合わないなあ……で、そうなると当然私もその範疇だよね?」

 私はもう声を出すのが辛過ぎて、ひたすら頷くことしか出来ない。
 次の瞬間、本当に軽く指ではじかれ、足が逆方向にひっくり返った。

「あ、今のは念のためね?小さくて、か弱くて、しかも片手と片足が使えないならさ、もう私に頼って生きていくしかないよね?つまり、もうお付き合いしてるようなものだよね?大丈夫だって言質も取ったし、私も範疇内だし」

 痛すぎて気絶して、すぐに痛みで目覚める。それを繰り返して、脳が焼き付きそうなほど痛くなってくる。
 壊れかけた脳の片隅で、馬鹿なことを祈ったのを少しだけ後悔した。
 “どんな形でもいいので、幸歩だけのモノになりたい”。
 ……少しだけ。


【貴女は月の底】
お題:「SM逆転主従百合」

 本当は、月の満ち欠けなどに大した意味は無いのでしょう。
 けれど、何かしらの意味を探す時、身近過ぎず縁遠過ぎないものとして、天体が一番都合が良かったのだと思います。
 満月。月が綺麗な真円を描く夜、お嬢様は狂いだします。
 私が自身の部屋に戻ると、既にお嬢様は部屋の中で、荒い息を抑えようともせずにこちらを見つめていました。
 私のお仕えする天上院家の長女・天上院凪子様。平素は常にしとやかで、黒く長い髪が風以外ではほとんど揺れぬほど。そんな凪子様の、昼間は理性の光を宿していた黒い目には、血走った欲望の赤が混じっていました。

「遅かった、遅かったわ、白瀬さん」
「申し訳ございません、お嬢様。仕事が幾つか立て込んでおりまして」

 ふー、ふーと獣の赤子のように吸うより吐息の方を多くしながら、お嬢様は四つん這いで私の足元へとすり寄ってきます。これも、普段のお嬢様なら決してしないことです。

「白瀬さん、ああ、白瀬さん。もう待てないの。我慢したわ、一杯我慢したから。だから、早く。早くお願い!」
「お願いと申されまして。私は学も無い単なる侍女、言葉もなく察することが出来るほど賢明ではありませんので」

 少し意地悪くそう言うと、お嬢様は目に薄く涙を溜めて私を見上げます。それが極限まで焦らされてまだ“待て”をされたからなのか、それともそれすら快感に変えての結果かは、私には正確に読み取れません。

「お嬢様、さあ、どうされたいのか、白瀬に何を望むのか、その可愛いお口でハッキリと告げ」
「踏んで!顔、踏んで欲しい!舌をね、指でいじめて!舐めさせて!」

 最後まで私が言葉発する前に、被せるように叫ばれる懇願。なんと卑しく、可愛いお姿でしょうか。
 私は靴下をゆっくり脱いで、寝台に腰かけると、足を組んでお嬢様を待ちます。お嬢様は先ほどよりも必死で、それこそ飢えた肉食獣のように私の元へ駆け寄ると、私の足をがぽぉっと音がする程の勢いで口に含みました。じゅぷじゅぷ、ぐじゅりと舐め回す音、指の隙間に舌を這わす音が狭い部屋に響きます。
 ぐりっと顔の右半分を残った足で躙って差しあげると、お嬢様は恍惚とした表情で一旦舌を止め、すぐに先ほどより激しくしゃぶり上げ始めました。ぐりぐりと力を込めるほどにお嬢様の表情は蕩け、所作は品のない物へと変わっていきます。
 それを咎めるように、指先を操ってぎゅうと舌をつまみ上げます。爪で傷を付けてしまわないようにするのは、これで中々にコツがいるのです。かつては舌を傷付けてしまい、それはそれでお嬢様は絶頂するほど悦ばれましたが、翌日は熱いものが食べられないと悲し気にしておられました。

「あひゅっ、ひへっ……ひらへ、ひゃっ……しゅごっ、いっひゃう……」
「───許可しますよ、果てなさい、凪子」

 敢えて名前を呼び捨てて、躙っていた足を軽く引いて痕が残らぬよう蹴りつけると、お嬢様は手を自身の股間に添えて、何度も何度も体を震わせました。
 舌を掴んでいた指を離すと、まるでそこだけで支えられていたかのように頭が下がり、こんっと軽い音を立てて畳みで跳ねます。涎がとろとろと染み込んでいくのを見ながら、また休日に掃除しなければと何処か余所事のように思いました。
 ───お嬢様のこれが、果たして鬱屈した本性なのか、それとも完璧を強要される日々の反動なのか、はたまた単なる趣味嗜好なのか、私は特に踏み込もうとは思いません。
 ただ、口を半開きにしたまま放心しているお嬢様を抱き上げ、浴場へと運ぶ間に思うのは、次の満月のこと。
 それを指折り数えている私が居る、それだけで私とお嬢様にとっては十分なのではないでしょうか。


【罪業の車輪は回る】
お題:「おねロリ」

 あれは愛だと思っていた。愛情に禁忌など無くて、年の差など大した問題にはならず、お互いの気持ちは通じ合っているのだと。
 けれど、違った。背が高くなり、胸が膨らみ、生理が来て、化粧や装飾品に興味を持つと、あの女はあっさりと私を捨てた。捨てておきながら、育っていく私をなじるような言葉さえ吐き、被害者であるかのように振る舞った。
 あの時、私は決定的に壊れたのだと思う。
 幼い体に仕込まれたあれこれは、情欲の炎として燃え上がり、まだ未発達な自我を焼いた。当時は年上が、あの女くらいの年頃の女がダメになったのだと信じていたので、何も知らない同級生たちや、少し大人の世界を知りたい上級生たちに忍び寄り、その体を貪った。
 そうやって、少しずつ年を重ねていくうちに傷も癒え、いつかは少しばかり色事の好きなだけの女になれるのだと、無邪気に信じていた。自分を蝕む呪いの重さを、まるで理解しないままに。

「また昼間からねてるー。お仕事いいの?」

 キンキンと頭に響く高い声。ベッドからのそりと顔を出すと、愛らしい梢の顔が見えた。梢は私が借りているアパートの娘で、勝手に部屋の管理キーを持ち出しては私の部屋に侵入してくる。きっと将来は立派な悪人になるだろう。

「いいの。締め切りはあれど、叱ってくる上司がいない。それが作家の唯一の美点だから」
「締め切りいつなの?」
「今の流れでそれ聞いてくるのは、本当にひどいことだから改めようね」

 ベッドの脇まで来てにへへーと笑う梢。その(色々と既に萌芽はあるものの)純真無垢な顔立ちをしていると、ふと強い性欲を感じた。
 私が「おいで」と言って布団を開くと、梢は少しだけ照れながら迷ったようだけど、すぐに服を脱いで布団に潜り込んできた。
 その小さくて、体温の高い体を抱いていると、心の底から充足していくのが解る。砂漠で何日も歩き続けて、ようやく一滴の水を口にしたような感動。けれども、それは一滴ずつしか零れてこない。貪るようにすすっても、癒されるのは寸刻みだ。
 同時に、胸の奥で消えることなく渦巻いている黒い汚泥がぶくぶくと毒の泡を立たせるのも感じる。自分自身への軽蔑、倫理や良心からの糾弾、僅かに残った理性からのサイレンのように激しい警告。
 ……私が“ダメな年齢”は、ずっと変わらなかった。高校生だったあの女と同い年になると、同年代すら抱けなくなった。成人した頃には制服を着ているだけであの女と区別がつかなくなり、触れただけで嘔吐するようになった。その癖、幼い頃から猿のように盛り続けた結果、自重できない性欲だけが残った。
 私の胸をふざけて口に含んでいる梢を撫でてやりながら、この子もあと3年で制服を着るようになるのだなと思う。その時、多分私はこの娘を捨てるだろう。あの女がやったのと同じように。なじる言葉さえ吐くかも知れない。

「お姉さん、いつか梢をお嫁さんにしてね!」

 そう言われて思い浮かぶのは、今の梢がウェディングドレスを着ている、ひどくグロテスクな光景で。
 「大人になったらね」と悪魔の様な言葉を吐きかけながら、私は未来から全力で目を背け続けた。


【犯した罪に追いつかれしは魔女】
お題:「魔女」

 この世は、善良であったとしても必ず報われるとは限らない。
 それは酷いことなのだろうが、しかし同時に素晴らしいことだ。ただ人が良く、努力家で、強い心を持っている“だけ”で成功が向こうから舞い込んでくるのは、きっと地獄なのだと今なら思う。
 かつて暖炉の側で寝起きをし、名前のエラに“灰”をくっつけて“シンデレラ”……“灰被り”と呼ばれていた頃。出会った魔女が全てを狂わせた。
 彼女は様々な魔法を使って私を助け、望むものを与えて夢を叶え、遂にはハッピーエンドにまで辿り着かせてくれた。そして……それだけだ。
 毎日灰にまみれて働けば、舞踏会で王子に見初めらるのか?
 誠実に日々を生きていれば、身分を超えて王妃の立場になれるのか?
 普通は、なれない。自身の尽力の枠を超えた幸福が舞い込み続けた結果、私はようやく自分が異常な状況に置かれていることに気付いたのだ。
 ガラスの靴を履く為に、足を切り落とした義姉たちを見て、むしろあれこそが努力なのだと思ってしまった。愚かであろうと、行いに相応の報いが返ることこそ、健全な人生であるのだと。
 ……私は今、共も連れることなく、秘密裏に調べさせた魔女の住居を訪れていた。
 あの日、私の前に現れ、人懐こい笑みで「貴女を幸せにしてあげる」と言った女。私を、幸せという牢獄に閉じこめた女。
 彼女を殺めれば、あるいは魔法で得たものは全て失われるかも知れない。あの暖炉の脇で、今度は若さを大分と消費した状態で目覚めるかも知れない。それでもいい。私は、自分の行いの結果が欲しいのだ。それが不幸であろうとも、それこそ価値あるものなのだ。

「───古の魔神・イリスリブの名のもとに誅を下す!」

 家の中から聞こえる破砕音。私ではない。私はまだ何もしてない。
 窓が破れ、魔女がそこから飛び出す。彼女ではない、知らない魔女だ。私の方を興味なさげに一瞥して、そのまま飛び去って行く。
 慌てて家の中へ飛び込むと、顔以外の個所がほぼ肉片になってしまった彼女が、私の魔女が死を迎えようとしていた。

「ああ、エラ姫……どうしてここに……?ひどい姿を見せてごめんなさい……」

 まだ喋れるのが奇跡のような姿で、彼女は私に謝る。私を気遣う。

「私はかつて、大罪を犯しました……世界を壊す術式を赤子に施し……その罪の意識に遅まきながら、贖罪の場所を探していたのです……そこで貴女と出会った……ごめんなさい、あなたが頑張っていたとか、気立てが良いとか、それは全部後付けで……本当は、ただ幸せになってほしかったのです……そうすれば、私も、何か変われるのかと……」

 幸せにしたことを彼女は詫びる。ただ私を思っていたことを、贖罪のためだったと詫びる。

「あの魔女……マレ……ン……ト……貴女にかけた魔法だけは、勘弁してくれました……これからもどうか幸せに……貴女が、私の生きた意味です……」

 そして、魔女は、私の幸せの源は、コップ一杯分ほどの血を吐き出して死んだ。
 私は彼女を呪ったのに。自分の手に余る幸福を不幸と呼んだのに。殺意まで抱いたのに。最後まで私を気遣って。
 自分が絶叫しているのだと気づいたのは、喉から血が滲みだしてからのことだった。
 シンデレラ、魔女の力で幸せになった女。後世で、成功の象徴と呼ばれるかも知れない。
 その醜い心の中を、努力や達成感に憑かれた邪悪な心根を、誰か覚えていてください。そう願いながら、私は叫び続けた。


【ダーク・チャンネル】
お題:「ネットから始まった恋」

 アニメや漫画、ゲームの影響だと言われればそうだったようにも思えるし、時代劇や何なら国選図書の影響だと言われればそんな気もする。要するにそれらは本質的な理由ではなく、私の本性をこじ開けた鍵に過ぎないということだろう。
 気が付けば、私は同性が死ぬ姿に恋情を抱く人間になっていた。欲情ではない、性衝動とそれは直結しない。加虐心でもない、興奮しないとは言わないが損なわれてしまうことに関しては悲しいことだと感じる。
 死ぬ瞬間。時には肉体がへしゃげ、時には表情が恐怖や絶望に染まり、あるいは必死に生にかじりつきながらその思いが無に帰した時、私は女の子に恋をする。その人と一緒に様々なことを体験していくのを夢想し、相手の全てを肯定したくなる。
 当然、相手はもう死んでいる。私の恋は実らない。いっそもう死んでいる少女ならと思って死体を掘り返してみたり、幽霊ならと心霊スポットを回ったりもしたが、どちらも駄目だった。既に生命が消え果ている物体には痛々しさしか感じなかったし、幽霊とは出会えなかった。いないのかも知れない。
 けれど、この世には常識では計り知れない存在が確かに居て、彼女は私の恋心を唯一向け続けることができる存在だった。
 カコガワと名乗っているが、本名かは分からない。見た目は中肉中背の、高校のクラスで4~5番目に可愛い女の子といった風情。“だーく☆ちゃんねる”という特設配信チャンネルで、彼女は自分自身の死を配信している。
 自分の死だ。彼女は自分を刃物で刺し貫き、毒薬を煽り、塩水を被ってから電気を流し、何度も、何度も絶叫を上げて死ぬ。そして、翌日の配信の際には傷1つなく復活している。
 トリックだ、CGだという声は勿論あったが、何度規制されようと何事もなく始まる配信や、あまりにもリアルな体液や臓物の様子から、私には本当に毎回死んで生き返っているよう見えた。
 私はたちまち彼女に夢中になった。過去まで遡って動画を全て確認し、熱心にメッセージを送り、彼女がリクエスト募った時には必ず考え抜いて、一番見たい死の情景を送った。

『は~い、今回は乾さんからのリクエストで、ガソリンを被っての焼死です!ガソリンだと燃えきれないかも知れないので、独断でロケット燃料に変えてみました!乾さん、なかなか死ねなくて苦しむ姿が見たかったならごめんなさい!せめて、出来るだけ派手に、綺麗に散りますね♪』

 乾というのは私のハンドルネームだ。私はサディズムには適性が無い。ガソリンは、単にそれがよく燃えると思い込んでいたからだ。真摯に提案した死へと向き合い、改良まで加えてくれる。私の中の恋心はますます激しいものとなっていく。
 ……実は、このリクエストを送った時、カコガワちゃんからDMが届いていた。

『乾さん、いつも応援ありがとうございます!1つお聞きしたいんですが、乾さんはわたしを殺してみたいですか?』

 憧れの人からのメッセージに舞い上がりかけながらも、私は少しだけ悩んでから、こう返信した。

「いいえ。カコガワちゃんが自分で死ぬ姿にたまらなく惹かれているだけです。私がそこに付け加えることは、何もありません」
『良かった♪わたし、死にたいだけで殺されたい訳じゃありませんから。乾さんと気持ちが通じ合っていて、うれしいです♪』

 ただのリップサービスかも知れない。けれど、今この瞬間は、確かに心が通じている可能性が存在している。
 カコガワちゃんが激しく燃え上がる。気道が焼かれるので悲鳴すら上げられず、のたうち回って動きが鈍くなっていく。
 胸いっぱいのときめきを抱いて、私は焼けて人型を保たなくなりつつある愛しい人を微笑みながら見送った。


【限りなく近く果てなく遠く】
お題:「長距離恋愛百合」

 目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。
 粗末な寝台。その下に放り込まれているパンパンのバッグ。小さな洗面台。その下の、腰が痛くなりそうな便座。そして、目覚めた時みつめることになった壁にかかっているモニターのようなもの。
 それ以外は何にもない。窓もなければ出入り口もない。換気扇すら見当たらないが、今のところ息苦しさは感じなかった。
 狼狽えている暇もなく、正面のモニターに香子が映し出される。私の恋人、今は離れて暮らしている相手。その顔は何処か沈痛だ。

「か、香子……何なの、これ?声、聞こえてる?」
『聞こえてるよ、華絵。本当に残念、久しぶりのお話がこんな形だなんて』

 香子は何かしらの事情を知っているというか、何ならここに私を閉じ込めた側であるかのような言葉を紡ぐ。意味が分からない。

「こ、ここどこ!?なんでこんなことになってるの!?」
『百原流伽さんだっけ。会社の先輩さん』

 香子は質問に答えなかった。けれど、まだ口に出していないものも含めて、全ての疑問に答えてもいた。

『今月末には久しぶりに会えるねー、なんてメールしてた時、華絵は誰と一緒にいたの?会ってお話もしたいし、えっちなこともしたいなってメールした時は?誰の隣で寝てたの?』
「ち、違う、あれは違うの」

 何が違うのか。自分で言っておいて言い訳が通らない。
 遠距離恋愛に疲れて。中々会えない香子への不満をつい漏らしたら、先輩が親身に聞いてくれて。正直、4割くらいは乗り換えることも考えていた。それくらい、先輩と過ごした時間はそこそこ長く、関係も親密になっていた。

『華絵は、1人にしておくとひどいことをするって分かったから。ここで、私の目に届くところでこれからは暮らしてね』
「待って!意味が分からない!いや、分かるけど……分かった!謝る!謝らせて、お願いだから!」
『私も会えないのは本当に悲しいけれど、改めて“距離を置いて”考え直そう?大丈夫、食べ物は大事に食べれば2か月くらい持つから』

 香子は一切こちらの言うことを聞く気はないらしい。こんなものどうやって作ったのかとか、出る方法は無いのかとか、どう考えても口に出しても事態が悪化する言葉ばかりが浮かんでは消える。

『そうそう、先輩さんの方はもう、何も心配しなくていいからね?』
「……!?先輩に、何したの!?」
『それじゃ、また話したくなったから通信するから』

 一方的にミニターが消され、後は何の音もしない。早くも正気の心棒がズレ始めるのを感じながら、私は床に蹲った。
 いいや、浮気をしてしまった時点で、既にズレ始めていたのだろうか。

【ご依頼の件、完遂しました。もう貴女の前に松国香子が現れることはありません】

 素性を隠して連絡を取り合っていた百原流伽にそう返信すると、香子は携帯をゴミ箱に放り込む。金目当てではない、報酬の振り込みなどどうでもよかった。
 頑丈ではあるけれど、実際は小さなコンテナの中に過ぎないそこで、蹲る華絵をカメラ越しに見やる。
 酷い女に引っかかってしまった華絵。それはそれとして許せない裏切りを働いた華絵。
 開いてしまった心の距離は縮まるのか、この行いが更にそれを広めてしまうのか。香子にはまだ分からない。


【他人の宇宙】
お題:「双子百合」

 今日は私と楓が付き合い始めた日。そして、私にとっての命日。

「ねえ、本当にいいの?」

 何度も何度も優しい楓は聞いてくる。けれどこれは、私たちに必要なこと。いつかこんな日が来るかもなと、薄々感じてはいたことだ。
 楓には紅葉という、そっくりな双子の姉がいる。2人は端から見ても非常に絆が強くて、少し下世話な見方になるかも知れないが、相思相愛だった。私はずっと、そんな2人を間近で見て来た。
 けれど、紅葉に恋人が出来た。楓も覚悟はしていたのだろうけれど、その衝撃はやはり強くて、ここからじわじわと開いていく2人の差に怯えていた。
 だから、私が提案をした。私が楓の恋人になる。そして、楓の紅葉になると。
 容姿を徹底的に整形して。身長は私の方が低くて融通が利くから骨を足して。言動や性格を催眠や脳波コントロールで制御して。
 私は、私からもう1人の紅葉に変わる。楓だけの紅葉に。

「けれど、貴女のことも大事だったよ。ホントにホントに、大事だったよ」

 最後までそんな嬉しいことを言ってくれたけど、過去形なのが彼女の決意も決まったことを示していた。
 次に話をする時は、もう私は紅葉になっている。呼び方はお姉ちゃんにする?それとも名前だけは元のまま?そうおどけるのも、これが最後。
 最後に楓はそっと手を握って「大好きよ」と告げてくれた。
 それは私の墓標と門出の、どちらにも似合う素敵な言葉だった。

 そうして、私は紅葉になった。
 今日は楓ちゃんと一緒に、もう1人の(本物の、というと楓ちゃんが可哀そうでしょう?)紅葉とその恋人に出逢う日。
 楓ちゃんは、ここに来たるまでのことを、当然紅葉……元の紅葉には伏せている。怒られたり嫌われたりしないかと不安なんだと思う。私のことだからよく解る、そんな心配はきっと無いって。けれど、もしもの時はしっかりと彼女を支えてあげようと決めた。
 決めたのだけれど。
 いざ顔を合わせた時、私たちの口から洩れたのは苦笑いだった。

「まさか、こんな形になっていたなんて」
「本当に姉妹ってことなのかな」
「これじゃ、どちらが先に付き合ってもこうなったかもね」
「あんなに一杯悩んだのに、馬鹿みたい」

 互いに顔を見合わせ合う、2組の紅葉と楓。
 もうニューロンの彼方に消えてしまった前の人格に聞いてみれば「何処かでこうなるような予感があった」とでも言ってくれるだろうか。
 そこにあるのは深い理解。互いへの、揺るがない理解だけ。


【タナトスのマリオネット】
お題:「先生と生徒」

 人生というのは、何処に落とし穴が開いているかが分からない。
 先生にとってはきっと、私と出会ってしまったことが落とし穴に落ちた瞬間だったと思うし、私にとってはあの不用意な一言が、奈落へと滑落する原因だった。

「ここで大声を出したら、どうなると思う?」

 京野先生との、学校での秘密の情事。何処か控えめで、あまり自己主張をしない先生は、私が押せば押しただけ下がっていき、成し崩しで付き合って今がある。
 本来真面目な先生が、こんな風にまだ生徒も大勢いるなかで、私とことに及ぶくらいに。意外と、こういう悪いスリルに身を任せてしまう人なのかも知れないな、と付き合い始めてから思う。
 だから、こんな風にからかって、いつものように少し慌てた可愛い顔が見たかった。年上とは思えない、余裕を失って目線を泳がせる時の顔が好きで、本当にそれだけだったのに。
 笑いながらはだけていた服を直そうとした私の手を、いきなり京野先生が掴んできた。
 怒らせてしまったかな、と思って彼女の顔を見ると……今まで見たこともないくらい、彼女はにこやかな笑顔だった。

「それ、とってもいいね」
「いいって、何が?」

 すぅ、と京野先生が息を吸い込む。
 そして、間近にいた私の鼓膜がイカれてしまいそうな大声で叫んだ。

「香椎さん、お願いだから静かにして!!」

 私は、もちろん大きな声なんて出していない。
 恐らくは廊下や、他の教室にも聞こえるような大音量。それを証明するように、足音が無数に近づいてくる。

「ちょっ、えっ、あ……先生、何やってんの!?」
「どうなっちゃうと思う?今、この状況、見られたら。先生が無理やり、香椎さんの服を脱がせたみたいに見えるかな?」

 今まで意識しなかったけど、先生の力は私よりも遥かに強い。まったく抵抗ができないまま、足音が扉の前までやって来る。

「先生!先生ッ!シャレになんないよ!?」
「いつもね、こういうこと妄想してたの。何処かでバレちゃってね、私がボロボロにあちこちから叩かれるの。大丈夫よ、香椎さんは一時だけだから。すぐにみんな、同情して受け入れてくれるよ」

 悪いスリルに身を任せてしまう人。
 私の想像を超えて、先生は破滅の快楽に取り憑かれた人だったということだろうか。私の冗談めかして一言が、その本性を露わにしてしまったと。
 扉が開きかけるのが見える。もう、どんな言い訳も通じないだろう。むしろ、言い訳をすればするほど先生の立場は悪くなり、彼女の快楽は増すはずだ。
 私のこと、快楽を得るためのスパイスとしか見ていなかったのだろうか。
 それとも、少しは好いてくれていたからこその行動なのか。
 それを確認するだけの時間はもうなくて、ただ私は結構本気で先生と幸せんなりたかったんだなと、どうしようもない断絶だけが頭の隅を過ぎっていった。


【嘘つきは身を滅ぼす、具体的には半年後に】
お題:「余命半年の子と余命1年の子の病室での百合」

 その頃の私は自分の病状を正確に理解していなくて、単なる経過観察程度の意味合いで入院しているのだと思っていた。
 だから、割と気軽に病院内を歩き回っていたし、持て余した退屈を晴らす方法を色々と考えていたりもした。
 尚子と出会ったのも、そんな散歩中のことだった。
 本来は面会謝絶で、扉に鍵もかかっているらしいのだけれど、その日は新人の看護師がうっかり施錠を忘れたとかで、半開きになっていた。そこから一瞬覗いた“白さ”に心を奪われ、誘われるように中へと入った私は、尚子と出会ったのだ。
 髪も、肌も、すべてが真っ白。目の色だけが赤くて、何かの童話のキャラクターみたいに見えた。私の登場に驚いたようだったけど、すぐに彼女はあの、何度となく色んな人に見せることになる“諦めからの余裕”を私に見せた。

「ここに来てはいけないわ。感染る病気では無いけれど、先生たちに怒られるかも知れないわよ」

 彼女は、なんたらかんたらという長ったらしい病気で、1年後に死ぬのだということを告げて来た。
 その時、訳もなくカチンと来たのだ。マウントを取られているように感じたのかも知れない。先に死ぬ方が偉いなんてありえないのに。

「だから何?半年後に死ぬけど、私はこの通り歩き回ってるわよ」

 嘘を吐いた。いや、本当は嘘ではなかったのだけれど、私の中では単なる口をついて出た出鱈目だった。思えば、病名と一緒にそれを告げたらいとも簡単に尚子が信じたのは、彼女はその病気が意味するところを理解していたのかも知れない。
 こうして、私たちは知り合い、ちょっとだけ私の方が偉そうに振る舞う関係になった。本来なら他所の患者と接触させない、余命短い患者と話をさせることを、私は呑気に「その方が病気にいいか、最後の思い出作りだろう」と無責任に考えていた。その責任は、本当はすべて私の肩にかかっていたのに。

「尚子はなんか、こう、喋り方が腹立つのよ」
「は、腹立つ?そうかしら、出来るだけ優しく穏やかに接するようにしているんだけど」
「それよ。どうせ死んじゃうんだから、我がまま言わずにいい子でいようみたいな考え?私、嫌いだな。私を見なよ、こんなに好き勝手にやってるわ」

 とにかく私は、それなりに納得と覚悟を以て生き方や言動を定めて来た尚子のあれこれを、徹底的に否定してかかった。暇つぶしという意味合いが一番強かったけれど、そこそこ親しくなってからは、その諦めきった姿勢が気に障るというより単に嫌だったのでは無いかと思う。
 私の方が先に死ぬんだぞ、もっと可哀そうだけど不幸に負けてないぞ、という演技。それを尚子は毎回大げさなくらい感嘆してくれて、それが承認欲求を満たしてくれるのもあった。尚子からすれば、私はちょっとしたスーパーヒロインだったのかも知れない。

「貴女は、本当にすごいし、強いわ。どうしてそんなに前向きでいられるのか分からない」
「いい、尚子。死ぬのなんて怖くないのよ。周りが怖いものだって、厳粛で避けなきゃ駄目なんだって言い聞かせてくるだけ。私が笑って先に逝ってあげるから、あんたも堂々と笑って死になさい」

 この言葉とか、最高にキマったと思っていた。私の感覚だと次の週には退院しているくらいの気持ちでいたので、後は野となれ山となれの感覚だった。なんなら、これで少しでも尚子が前を向いてくれたら万々歳だなんて、美談のように感じてすらいたかもしれない。
 その翌日、私は集中治療室に入り、歩けなくなるくらい体の中身を摘出した。この時はじめて、母は私に、余命を泣きながら告げた。
 このまま私は、2度と尚子を顔を合わせることなく死んでいくのだろう。散々彼女のことを否定して、何処かで馬鹿にしていた罰なのだろうか。天井を見つめながら思うのは後悔と恐怖と生への渇望。あれだけ流れるように出ていた言葉は、全て嘘として私を苛んでいる。
 けれど、もし、看護師さんやお医者さんが、少しでも気を遣ってくれるのなら。
 私は最後まで笑って死んだと、尚子に伝えてくれないだろうか。それだけが私の希望だった。


【そして、誰かの嘘になる】
お題:「部活の先輩後輩」

「私がやりました」

 あの時の大峰さんの顔を今でも思い出す。
 夏休み前、3年生最後のコンクール。それに出品するための絵が無残に引き裂かれ、意気消沈していた私の目の前で、あの子は「この程度のことがなに?」と言わんばかりの鉄面皮で、犯行を自白したのだ。
 そこから先は、どれだけ問い詰められてもだんまりで。結局、彼女は部活を辞めて、学校も何処か遠くへと移って行った。
 私は流石に描き直す気力は沸かず、進学先のランクを幾つか落として受験に専念した。
 思えばあの時、絵を破かれたことよりも、その犯人が大峰さんだったことの方にショックを受けていたように思う。
 大峰さんとの仲は、悪くなかったと思う。高校に入学してから絵を始めたという話で、センスはそこそこあるようだけど、とにかく基礎がダメだった。
 私が色々と絵画の基本を教えても、大峰さんは基本的に表情を変えない。けれど、次に絵を描く時には指摘した個所はしっかり直っていた。そのことを「偉いね」と褒めると、右の頬をつねるのが癖だった。今思うと、アレは笑おうとしていたのかも知れない。
 一晩だけ、2人でこっそり学校で過ごしたことがある。
 大峰さんがどうしても明日までに仕上げたい課題があると言い出して、私がちょっとした裏技を使ったのだ。
 美術準備室の奥の窓。それを塞ぐ棚には無数の彫刻が並んでいるけれど、実はすべてが発泡スチロールの模造品で、簡単に動かすことができる。見回りの間だけ窓の外に退避することで、徹夜を可能とする伝統の裏技だった。
 考えてみると私まで泊まる必要は無かったのだけれど、なんだか楽しくなって私も付き合った。お菓子やジュースを出しても黙々と食べるだけで、世間話の1つも無かったけど、不思議と楽しかった。

「先輩は、誰かの永遠になる方法ってあると思いますか」

 ぽつりと投げかけられた、問いなのか、独り言なのか分からない言葉。
 私は少しだけ悩んでから「無いよ」と答えた。絵も、彫刻も、芸術の全ては永遠ではない。物が残っても評価が激変してしまうことがある。実物が失われて、評価だけが変質して一人歩きすることもある。永遠なんて、何処にもない。
 何故かその時、大峰さんは傷付いてるように感じたけれど、聡くもない私が解る訳もないかと流していた。もしかしたら、このことをずっと恨まれていたのかも知れない。

 それから数年後。
 私は結局、大学で美術を辞めてしまった。無難にOLをしているが、特別何かが心に残ることも無い日々。
 そんなある日、たまたま帰りの電車の中で読んでいた夕刊に、大峰さんの名前を見かけた。
 いつの間にか名前の売れた新鋭の画家になっていて、今度、小さなものだが個展をするらしい。その個展名が、目に焼き付いた。
 『永遠の虚偽』。
 本当は何処かで分かっていたのかも知れない。大峰さんは本当の犯人じゃなかったことを。けれど、何故自分がやったと言い出したのかが怖くって、そこに踏み込めなくて。
 もしも、美術を続けていたら、個展に私は向かったのかも知れない。そして、大峰さんと再会して、あの日の真相なんてそっちのけで、2人で学校に泊まった夜の話をしたかも知れない。
 けれど、ごめんね。私は、もう下りてしまったから。
 新聞をゴミ箱に投げ捨てると、アパートへと寄り道せずに歩き続ける。
 明日も早い。想い出に浸る時間も無いくらいに。


【雪に埋もれる】
お題:「童話キャラクターを用いた百合」

 美しい姫と、それに嫉妬する王妃。
 王妃は魔女で、あらゆる手段で姫を殺そうとするが、姫は全てを回避し、遂に王子と結ばれる。
 ……ところで、王妃は何処へ行ったのだろう?

「お母様、ごきげんよう」

 闇の中、小さく蠢く女の姿。
 地下に監禁されて長いというのに、未だにその目は意思の光を弱らせることはない。
 その強い瞳で見つめられるだけで、彼女は体の芯が火照るような気がする。

「雪白……!」
「はい、貴女の娘の雪白でございますよ」

 この国の前王妃。雪白の実母。針仕事の時に怪我をして、ふと祈ったら生まれたのだといつぞやか聞いたが、そのような奇跡を起こしてもおかしくないと思えるほどの美貌の持ち主。
 そして、かつて何度も何度も、雪白の命を狙った毒婦……と、いうことになっている。

「お母様の揺るぎのない心の強さは、私、本当に尊敬しておりますの。けれど、そろそろ少しくらいは隙を見せてくださらないと、面白みがありませんわ」
「黙りなさい……!ねえ、雪白、お願いだからこのようなことはやめて。貴女はもう、夫のある身。私を追い落として、この国を治める立場にもある。どうか王族に相応しい品格を」

 説教は、かつてよくある母娘であった頃から延々と受け続けてきた。そして、母に構われる喜びこそあれど、雪白の心にそれが届いたことは一度たりとてない。
 雪白は実母に覆いかぶさると、弱々しく抵抗する母の首筋に吸い付き、跡を残す。所有の証。自分自身の持ち物である証明。

「お母様は、いつもそう。良識とか、常識とか、そんなつまらないものばかりに縛られて。それでも古の仙女の1人なのですか?魔神と契って魔力を手に入れた、そんな奔放さは何処へ置いてきたのです?」
「そんなものは迷信よ。仙女……魔女というのは……そんなことを話しても仕方が無いわ。お願い、もうやめて……私は、絶対に貴女を受け入れない」
「この世に絶対はありません。幾度、私の命を狙いましたか?最後の最後、うまくいったはずなのに、死体愛好家の変態が通りがかっておじゃん、それが世の理です」

 自身の夫である相手に酷い罵倒を浴びせる雪白。それも已む無し、性癖はその通りであるし、彼女の愛は幼い頃から母1人に注がれている。

「お母様の肌……このように酷い状況に置かれているのに、ずっときめ細やかで、ずっと触っていられますわ。それに、最後に水浴びをしたのはいつか分からないのに、体臭も何かのお花のよう」

 腋の下に顔を埋め、好き勝手なことを宣う娘。赤面する母。しかし、それは同時に心臓の近くに容易く触れられるほど、互いの関係にゆるぎなき強弱が存在することを意味する。

「さあ、今日の分を始めましょう……何かの奇跡が起こって、お母様が身ごもれば、少しは態度は変わりますかしら?私、絶対にあきらめません。この世に絶対は無いのなら、夢は努力で叶えるものですから」

 言葉はとても立派なのに、行いはと言えば、母との姦通。
 やがて聞こえてくる苦しげな声、そして熱さを感じさせる水音。

 ……とある解釈においては、白雪姫に王妃が食べさせた林檎は「母からの愛情を忘れさせる」毒が入っていたという。
 だからどうだ、という話ではないのだけれど。


【呪言の唄】
お題:「双子姉妹百合」

 お姉ちゃんのことは好きだけど、時々おかしくなるお姉ちゃんは好きじゃない。
 今日もものすごく不機嫌な顔で帰ってきて、私の顔を見るなり「今すぐ部屋に来て」とだけ告げて階段を昇っていってしまう。これはお願いじゃなくて、命令。効かなくても酷いことはされないけれど、実行するまでずっと、ずーっと嫌な目つきで睨まれてしまう。普段のお姉ちゃんが好きだけに、それは絶対に嫌だった。

「お姉ちゃん、来たよ」

 一応ノックしてから部屋に入ると、お姉ちゃんはベッドに座って、もうとっくに準備を終えていた。
 私がひょこひょこと近づくのをじっと待って、目の前まで来ると素早く両腕で捕まえてくる。まるで蜘蛛みたい、といつも思う。
 顔をおへその辺りに埋めて、何度も何度も深呼吸しながら、お姉ちゃんはぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……」

 また、男の子に何か言われたのだろう。
 双子だから、顔はよく似ていると思うんだけど、何故か昔からお姉ちゃんは容姿のことで色々言われることが多い。
 胸がどうしたとか、スカートが短いとか、付き合いたいとか、エッチなことをしたいとか。
 言われた時は苦笑いをして受け流すお姉ちゃんだけど、家に帰って来ると途端におかしくなって、私を抱きしめてずっと同じ言葉を繰り返す。正直、君が悪いし、怖い。でも、これをしないと多分、お姉ちゃんは壊れてしまうんだと思う。

「ひかる」
「なに、お姉ちゃん」
「私以外に、絶対に体を触らせちゃ駄目だからね」
「そ、そんなことしないよ」
「もししたら、殺すからね。ひかるじゃなくて、その相手を」

 お姉ちゃんは、もしかしたら、私を使って“みそぎ”をしているのかもしれない。自分の体に染みついたあれこれを、私を使って洗い流そうとしているのかも。それは、私も汚れてしまうことにはならないんだろうか。お姉ちゃんの中では、ならないんだろうけど。
 やがて、1時間くらいで“儀式”が終わると、お姉ちゃんはいつもの優しくて大好きなお姉ちゃんになっている。さっきまでのことなんて何もなかったようにニコニコ笑って、「おやつにしましょうか」なんて言ってくれる。
 だから、私は嬉しくなって。
 お姉ちゃんの隣に座ると、肩に顔を埋めて、そして同じ言葉を繰り返す。

「お姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好き……」

 お姉ちゃんも、私のことをちょっと気持ち悪いと思っていたりするのかな。
 けれど、受け入れてくれている間はそれでもいいや、と思い直した。


【そこにいる、ずっといる】
お題:「王子様とお姫様」

 鳳凰寺さんは、今でもずっと、隣に真姫さんがいるという態で日々を過ごしている。
 幼馴染だった2人。鳳凰寺さんは真姫さんをいつも守り、常に盾になって、どんな悲しいことも辛いことも彼女に届かせないという、強い意志を持っていた。その姿に、私を含めて大勢の同性が魅了されていたと思う。
 けれど、真姫さんはもう居ない。鳳凰寺さんでもどうにもできない大きな力によって、彼女は永遠に隣から去ってしまった。
 そして、そのことを鳳凰寺さんは受け入れられなかった。強い人だと思っていた彼女は、実はずっと傷付き続け、その器には消せないヒビが入っていた。
 以来、鳳凰寺さんにはずっと、私たちには見えない真姫さんが見えている。
 今日も電車の中で、鳳凰寺さんが目の前の座席が空いているのにずっと立っていた。そこまでは、個人の趣味だ。問題は、そこに座ろうとした男子生徒と喧嘩を始めたことだ。

「君は目が付いているのか?真姫が優しいからって、そういう態度は許せないな」

 勿論、本当はそこには誰も居ない。男子の表情が怪訝なものから怒りに変わり始めた辺りで、私は慌てて飛び出した。

「鳳凰寺さん!次の駅で降りようか!美味しいクレープのお店があるんだ!真姫さんもいいよね!?」

 そのまま鳳凰寺さんを引きずるようにして電車を降りる。
 鳳凰寺さんは真姫さんがいないことを受け入れられないだけで、別に常識とかが無くなってしまった訳じゃない。私の行動の意図をちゃんと理解してくれる。

「ごめん、気を遣わせたみたいだね。最近は、どうも気が立って……真姫も喧嘩が嫌いだって解っているのに」
「いいんです、鳳凰寺さんの気持ちも解りますから。さ、クレープ食べに行きましょう!」
「え?口実じゃなかったの?」
「女子高生たるもの、駅ごとに美味しい甘味は抑えておくものですから」

 そのまま改札に向かおうとして……咄嗟に、鳳凰寺さんの手を握ってしまう。鳳凰寺さんは戸惑ったようにこちらを見つめてくる。
 結局「すいません……真姫さんも、ごめんなさい」と謝って手を離したけど、お陰で鳳凰寺さんの目に、彼女が映らずに済んだ。
 本物の、真姫さん。明らかに性質の悪い男に引っかかり、学校もやめてしまった。何度も何度も説得しようとした鳳凰寺さんに酷い言葉をぶつけ、彼女が守ってきた全てを否定した人。
 今はその男性にも捨てられて、怖い薬を売りさばいていると噂で聞いた。美しかった容姿は見る影もなく、その噂を肯定しているように見えた。

「さ、気を取り直してクレープ屋さんに行きましょう、お2人とも!」

 もしも、真姫さんが死んでしまったのならば、私は鳳凰寺さんに前を向いて欲しいと言うだろう。
 けれど、これまでの行いの全てを否定された人に、そんな残酷な正論を吐けない。
 私は、お姫様にはきっとなれない。この人のお姫様は、ずっと埋まったままだ。けれど、王子様の心を少しでも長く守りたい。

「……すまない」

 小さく鳳凰寺さんが何かつぶやいた気がしたけど、よく聞こえなかった。もしかしたら真姫さんにかけた言葉かも知れない。特に気にせず、私は笑顔が強張らないように気を付けながら、少し前を歩きだした。


【最初の文字だけ読み直せ】
お題:「お家デート百合」

 同性の恋人が私にできるなんてねえ……あ、みんな、久しぶり!
 うん、心配かけちゃってるとは思うんだよねー。
 勝手なことばっかりで悪いんだけど、実は私、彼女が出来たんだ!
 近所を散歩してる時に出逢ってね、すごく情熱的で。
 ずっと一緒にいたい、一時も離れたくないって。
 いやー、最初は正直、あまりの熱量に押されちゃったんだけどさ。
 点と線っていうの?小指と小指がくっつくっていうの?
 つい絆されたと言うか、私も気付けばすっかり魅了されてたというか。
 彼女があんまり外出とか好きじゃなくて、ずっとお家デートばっかりで。
 また激しくてさ、家だと、連絡する余裕がなくって。
 ついついこうして、報告するのが遅れちゃいました、ごめんね!
 手間がかかるけど、こうして動画メールで無事も連絡できたし。
 ルール違反かも知れないけど、しばらくは許してね!それじゃ!


【変貌のプロセス】
お題:「元引っ込み思案な主人公と元活発な幼馴染」

 きっと、そこそこの葛藤や罪悪感なんかはあったのだと思う。
 ずっと囲っていた相手を放り出すこと。それまで自分無しでは生きられないように躾けていた相手を捨てること。
 諸々悩んだ上で、きっと「まあ、よし」となったんだろうなと。
 貴女にとっての私はその程度の存在だったけど、私にとっての貴女は違った。貴女は私の世界の神様みたいなものだったから、冗談抜きで私の世界は滅んでしまったんだよ。
 復讐。復讐のつもりは無いかな。けれど、貴女が私にしたことをなぞってはいるかも知れない。
 丁寧に、周りとの絆を断ち切って、関係性をでっちあげて誇張して、不和を煽って愛想を尽かせる。実際にやってみるとすごく手間がかかったよ。すごいね、これをあんな小さい頃にやったんだから。貴女は、本当に賢いよ。
 それで、まあ。
 ようやくって感じだよね。それくらい貴女は賢くて、行動力があって、しかも自分の行いを肯定できるタイプの心の強さも持っていたから。こうして、外の全てが怖くて布団の中で震えるくらいまで壊すのは、苦労した。
 それでも、昔の私よりはマシなように見えるね。私がこういうの性に合わないのか、貴女が凄すぎるかどっちかな?
 うん、もうしっかりと。職場には業者を使って一方的な辞表を出しておいたし、周りの人には絶縁状を叩きつけたし、身内はもう居ない。そう、居ない。当時は小さかったからかも知れないけど、貴女は家族にまで手は出さなかったよね。でも、私はきっちりやったよ。貴女はもう、社会的にひとりぼっち。
 だから、復讐じゃないってば。恨んでない、本当。むしろ今も変わらず大好きだよ。
 ……ちょっとだけ嘘吐いた。恨んでた時期もあったし、原動力にもなったよ。けれどね、何度も繰り返すけど、貴女のやり口が本当にすごいなって思えたから。そう、私はね、貴女を破滅させる過程で、信仰を取り戻したんだよ。
 こうして神様をお迎え出来て、本当に嬉しい。触れてもいいのかな。貴女は嫌がるだろうけど、私が貴女に配慮する必要は特にないよね。神様だからって、死ぬんだよ。殺さないけどね。比喩だよ、比喩。
 とりあえずは、私が貴女に捨てられてからの数年、どれくらい変わったのかを少しずつ見せてあげたいな。ああ、これぞ女の子ってくらいか弱いね、簡単に折れそう。だから折らないよ、比喩だって。
 折っていいのは、心だけ。それはもう、終えたから。


【黙示の影呼ばうは魔法少女】
お題:「魔法少女」

 ただ一人に必要とされるだけで、時には残酷な世界に立ち向かう力が湧いてくることすらある───。

 魔法少女。
 宇宙からの侵略者、異次元からの怪物、あるいは古代から復活した超存在、それら敵性存在に立ち向かう為に複数の国家が協力して生み出した防衛力。
 その起源は東洋の小さな島国に何処からか流れ着いた魔女だったと言われており、様々な神話や伝説において悪魔や魔王と呼ばれる旧い魔神たちの力を借りて、使い手に守るべき約定を条件付けすることで世の理を書き換え、悪鬼羅刹や凶災を祓う。
 ───そんな魔法少女たちが次々と個別撃破され、重症を負うという事件に対して、管理機関が取った対策は速やかで、力ある魔法少女たちで調査チームを組むという極めて理想的なものでもあった。魔法少女同士が組んだ場合に問題となる条件付けの問題に対しても、最大限の配慮が行われた上での実行。
 それでも実態は掴めぬままに、不気味な事件は続いていた……。

「ミスティ、デートに行こう!」

 世間を騒がす魔法少女狩り事件(と言っても、基本的に魔法少女の敗北は世論に配慮して流されないのだけれど)に、最も縁遠いとは分かっていても根が臆病なので怯えてしまう、そんな私ことミスティクロックの元にやって来た相棒は、いつもと全然変わらない様子でそんなことを言って来る。
 大体この娘は、その、デートという言葉の意味を正確に理解して使っているのだろうか?いや、どちらであってもどんな顔していいか分からないから聞かないけれど。

「嫌だよ、怖いもん。魔法少女狩りとか横行してるんだよ?私の条件付けしってるよね、どんな生命にも攻撃できないの。誰よりもあっさり狩られちゃうって」
「大丈夫、ミスティは狙われないよ」
「それは私は狙う価値もないってことですか、マゼンダさん?」

 魔法少女チアフルマゼンダ。「魔法を使って直接的・意識的に生命を奪ってはいけない」とかいう、戦う魔法少女につけちゃいけない条件付けの課せられた私に対して、彼女のそれは「人に尽くす」という単純明快なもの。
 それこそ、ごく普通に魔法少女として侵略者と戦うだけでも満たされる。だからこそ、私の様な落ちこぼれではなく、一流魔法少女の彼女が狙われてしまうんじゃないかと不安になる。彼女が負けるとは、微塵も思っていないけど。

「魔法少女なんて狙って何の意味があるんだか……」
「? 意味、あるんじゃないの、敵からしたら」

 ちょっと口を滑らしたかも知れない。けど、この位なら、それもマゼンダにならいいか、と私は自説を展開する。

「魔法少女を直接狙うのは、侵略者たちからするとあんまり意味がない。すぐに戦力が補填されるし、場合によっては強力な討伐チームが組まれる。勝ったり負けたり、程ほどに戦うのが最近の敵組織の基本スタイル」
「なんだかそれもどうなんだろうって感じだねぇ」
「侵略者側に言ってよ、もっと気概を持てって。だから、魔法少女だけを狙う、それも討伐チームの追撃を逃げ続けてるのは、身内……魔法少女がやってるとは思わないけど、その関係者みたいに情報が得られる立場かなって思う」

 私は世にも悲惨な戦えない魔法少女なので、それこそ戦場でどうやって役に立つかを色々考えて、こういう頭脳派タイプなんかでやっていこうと思ったこともあった。アカシックレコードにアクセスできるとか、身体強化で脳活性化とかできる魔法少女に勝てないからやめたけど。

「───動機は何だと思う?」
「え?この話続けるの?……そうね、誰か今は輝けてない魔法少女を活躍させたいとか?どうしても今は火力特化の魔法少女が前面に出てて、アタッカーとサポーターの私たちすら新進気鋭みたいな扱いじゃない。だから、日の目を見ていない魔法少女に相性差でわざと敗れるつもりとか……無いか、それにしては数を狩り過ぎだもんね」
「それと、生命じゃなくなりたいんじゃないかな」

 わざわざ話を区切るようにしたのに、何故かマゼンダは更に話題に追従してきた。

「生命じゃなくなる?」
「魔法少女って、人理の守護者だけど、扱いはかなり宙ぶらりんだよね。魔神の代行だけど魔神じゃない、人の守護者だけど人じゃない。それでも、一応人間ってことにはなってる。そこから逸脱して、魔神寄りになれば、通常の生命の軛から外れられる……そんなことを考えてるのかも、ね」

 あまりにも突拍子もなさ過ぎて、急な妄想にしか思えなかった。
 マゼンダらしからぬ話し口だけど、そうなるとつまり、日の目を見れていない魔法少女というのは、通常の生命を殺められないと言った類の───。

「ミスティ、ごめん、嫌な話題続け過ぎたかな?」
「へ、あ、いや、そんなことは」
「それじゃあ、今日はボクがおごってあげよう!大丈夫、ミスティの笑顔で代価は十分さ!」
「だから、出かけたくないんだってば!家で一緒に居ればいいでしょ!」

 我ながらちょっと大胆なことを言ってしまったかも知れない。
 マゼンダは顔を赤らめて、こっちに上目遣いを向けてくる。やめて、その恥ずかしいのやめて。
 世間は大変なことになっていても、私たちの関係は変わらない。願わくば、それがずっと続くように。
 そこまで考えたところで、魔法少女狩りが現れたらマゼンダに守ってもらおうと、とても無責任なことを私は考えていた。

 魔法少女狩りはこの後も終息することはなく、やがてこの世界そのものを揺るがしていく。
 その果てに待つ世界の命運をかけた戦いを、ミスティクロックとチアフルマゼンダは共に体験することとなる。
 それが、どのような形であるかは、まだ誰にも知られないままに。

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