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侵略百合バレンタイン

 ───ようこそ。こちらは“侵略”をテーマにした百合物語を掲載しています。
 血と、硝煙と、炎と、そして少しだけ甘いお菓子の匂いがする10の物語。
 お時間あるようでしたら、どうぞご覧くださいませ……。


私が生まれ変わる日、世界が食われ変わる日
侵略者:淫魔
テーマ:小学生の少女たちによる疑似母娘百合

 美砂子ちゃんはちょっとだけ変わった女の子で、不思議なことを時々お話してくれます。

「雨音ちゃん、もうすぐこの世界は“おしまい”になるんだよ。いよいよ“リリサイド”さまがやってきて、今までのあれやこれやは全部こわれちゃうの。でもね、私と雨音ちゃんは大丈夫なんだ」

 “リリサイド”という、何かとても力の強い人たちがいて、その人たちが別の何処かから地球へやって来る。美砂子ちゃんは、そのお手伝いをしている。
 そういう空想を、いつもしている娘なのです。気味が悪いという人もいるかもしれませんが、私はいつもその空想の中で「大丈夫な枠」に入れてもらえるので、美砂子ちゃんのことが好きでした。
 だから、バレンタインの日も、美砂子ちゃんに少しだけ特別なチョコレートをあげようと思っていたんです。
 私の通っている小学校は女の子ばかりが通っているので、本気の好きでチョコを送る娘はあまりいません。お友達同士での交換や、あとは格好いい上級生の先輩にあげたりするのが多いです。
 でも、私は少しだけ真剣で。美砂子ちゃんがいつか、他の誰かを「大丈夫な枠」に入れてしまうのは寂しいから、ずっと私と一緒にいてほしいなと思って、チョコレートを手作りしました。
 他の娘たちに見られるのはちょっとだけ恥ずかしかったので、私は体育館の裏に美砂子ちゃんを呼び出しました。美砂子ちゃんはそこで時々不思議な模様を描いたりしています。私たちの秘密のチョコレート交換には、ぴったりだと思いました。

「雨音ちゃん、これって私がもらっちゃっていいの?」
「もちろんだよ、美砂子ちゃん!これ、少しだけ特別なチョコなの!美砂子ちゃんと、ずっと一緒にいれたらなって思って。へ、変かな?」
「ううん、全然そんなことないよ!すごくうれしい!そうかー、やっぱり雨音ちゃんもそう思ってくれてたんだね」

 えへへ、と朗らかに笑う笑顔はとても可愛らしくて。この笑顔が知れればもっとお友達も増えるのにと思いますが、同じくらい私だけのものであって欲しいとも思ってしまいます。

「これ、お返しになるのかな。私もチョコレートを作ってきたの!出来たら、ここで食べてほしいんだけど」
「え?今、ここで。だ、大丈夫かな?」

 あまりうるさく言われる訳ではありませんが、一応は学校はお菓子の持ち込み禁止です。まして、こっそり食べたりしたらきっと怒られてしまうことでしょう。
 でも、ここは私たちだけの秘密の場所ですし、それに美砂子ちゃんの真剣な顔を見ていると、拒否するのはとても悪いことのような気がしてきます。

「わ、わかった。でも、先生には秘密にしてね?」
「うん!───秘密にしても、あまり意味ないと思うけどね」
「?」

 美砂子ちゃんのチョコは、ハートを象った可愛らしい形でしたが、色合いがなんだか少し赤みがかっているような気がしました。イチゴ味とか、そういうことなのかな?と思いながら、私はチョコを一口齧ります。
 その様子を、少し恥ずかしくなってしまうくらいに熱い視線で美砂子ちゃんが見ていました。

「食べた?」
「う、うん、食べたよ。これ、不思議な味だね。何か入ってるの?」
「私の、経血」
「けーけつ?」
「生理の血だよ」

 えっと思った時には視界がぐるぐる回っていて。体の中がとっても熱くて。

「何度も何度も言ったよね、世界はもうすぐ全部おしまいになるって」

 美砂子ちゃんの声がする。けれど周りが薄暗くて何も見えません。声はするのに。近くにいるのに。

「“リリサイド”様がやってくるの、私はその最初の尖兵に選ばれたの?尖兵ってわかる?私が先頭に立って、この世界をやっつけるんだよ」

 美砂子ちゃんが見当たらない。なのに全然不安じゃない。一番そばにいるってなぜかわかるんです。

「この世界は別のものに変わっちゃうんだ。男の人はみーんな死んじゃう。パパとか、可哀そうだけど仕方ないよね。それで、女の子同士で子供を産めるようになるんだよ」

 ぽんぽんと、何か越しに頭をなでられた気がします。すごく、落ち着く。美砂子ちゃんの言ってることが、心で理解できます。だって、大好きな美砂子ちゃんのいうことだもの。

「だからね、雨音ちゃんとの子供を産もうかと思ってたんだけど、やめたんだぁ。どうせだったらね、雨音ちゃんを産みたいなって思ったから……うふふ、すぐだよ、もうすぐだよ?」

 世界がまた、ぐるんぐるんって回りだして。私はお風呂の中にいるみたいに温かい気持ちのまま、その流れに身を任せて。ばしゃぁんっ!って水を弾けさせて、お日様の光を浴びました。
 美砂子ちゃんがはぁはぁと息を荒げながら私を見下ろしています。その顔は、まるで貧血になったみたいに……ううん、もっともっと青くって、背中には蝙蝠のような羽、頭にはねじれた羊みたいな角もあります。
 ぱちゃぱちゃと美砂子ちゃんの匂いがする水から立ち上がると、私の体にも同じように羽と角があって、肌も青く染まっていました。美砂子ちゃんとおんなじ、とっても綺麗な体。
 ああ、そうか。私、美砂子ちゃんから生まれたんだ。そう理解すると、湧き上がるように美砂子ちゃんへの愛しさが胸の中に満ちてきます。これに比べたら、さっきまでの私なんてむしろ美砂子ちゃんを嫌っていたのかもしれないというくらい、好きで、好きで、大好きです。

「雨音ちゃん、気分はどう?」
「とっても、素敵……!この体のすばらしさと、美砂子ちゃんの、“お母さん”への愛情がどんどん大きくなってくる!」
「えへへ、うれしいなァ。今日で、世界中がこんな幸せに包まれるんだよ?私たちは、一等賞!」

 私は美砂子ちゃんに小さな子がするみたいに甘えて抱き着きます。だって、美砂子ちゃんはお母さんなんだもの。ずっと一緒に居たい大事な人と、お母さんが同じ人だなんて、なんて幸せ。

「あ、でもね、本当のお母さんはどうしよう?お母さんが2人になっちゃう……美砂子ちゃんのお嫁さんは私だから、お母さんがお母さんのままは嫌だなぁ」
「だったら、妹とか娘にしちゃえばいいんだよ。もう、今までの世界なんて意味は無いんだから」

 それは、とっても素敵な提案で。お母さんや、お友達や、学校の先生に、この幸せをどんどん広めてあげたい。女の人だけの楽園を作りたい。そんな思いがむくむく湧き上がってきます。
 美砂子ちゃんが描いていた模様───今は魔方陣だということがわかります───から、ぞくぞくと青い肌をした美しいお姉さんたちが姿を現します。
 今年のバレンタインは、世界中にとって特別なものになるでしょう。私は恋人でお母さんの美砂子ちゃんの胸をちゅっと吸いながら、これからやって来る世界にうっとりしました。


君に似合いの黒い宝石
侵略者:宇宙人
テーマ:戯れに拾った少女とのチョコレート作り

「まあ、飽きたってことなんだろうサ」

 母星からの命令を受け、幾つもの星を巡り、真空の海を越え、戦いに戦いを重ね、命を犯して壊して。
 それが急に空しくなって、死を偽装して軍を抜け、リキリスタミスは侵略中の青い星───地球へと蓄電した。
 幸いにもリキリスタミスの容貌は“ソルジャー”や“ランチャー”と異なり、地球人と言い張ってもそこまで違和感のないものであった。
 あちこちでかつての同胞と地球人の激しい争いが繰り広げられていたが、それらにリキリスタミスは一切興味を抱かなかった。仮に流れ弾が飛んで来ようと余裕で弾き返せるし、爆弾が降ってこようが防ぐことができる。
 リキリスタミスと同じ“バニッシャー”や地球側の精鋭戦士なら別だが、そんなものとそうそう小競り合い程度の場所で出会うこともなく、彼女は黙々と自身の目的を完遂することができた。
 地球側の食べ物、特に菓子の摂取。科学文明に関しては地球に勝っているリキリスタミスの母星(元母星か)だが、娯楽や芸術文化においては大幅に劣る部分がある。
 戦争の長期化によって、それらは兵士のコンディションを左右するほどの要素となりつつあり、それらを享受することを条件に裏切る兵まで出る始末。

「牙を向けないだけ、アタシは大人しい方サ」

 幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、戦争の決着はまだまだ先だ。食文化が全て根絶されたり、その供給が完全に止まってしまうまでもまだ余裕があるだろう。そう思い、リキリスタミスはふらふらと星のあちこちを回っては、この道楽を続けていた。
 ───その地球人の少女を拾うまでは。
 戦場で死にかけていた民間人らしき少女を気まぐれに助けて。これまた気まぐれにそのまま連れまわして。最後まで気まぐれに頼んだ甘味を食わせてやって。次の瞬間には、彼女はもうリキリスタミスにとって“気まぐれ”ではなくなってしまっていた。

「ふわぁぁ、甘い!こんな美味しいもの、食べたことない!」

 家族を亡くした、住む家を失った、学校が壊れた、友達が見つからない。そう言ってべそべそと泣き続けていた少女の表情が、輝きを放っているのかと勘違いするほどにぱぁっと明るくなり、リキリスタミスの優先条件はまるまる書き換わってしまった。

「アタシが食べるとか、もうどうでもいい。この娘に色んなものを食べさせなきゃ。あの顔を見ないと、もう何を食ってもきっとアタシは満たされないのサ」

 今までのように気の向くままでなく、戦前のものが大半だがしっかりと情報を調べるようになった。少女───タミーェと言うらしい。何度そう呼んでも「ちょっと違う」と言われるが───の安全の為に、比較的争いの穏やかな地域を選ぶことが増えた。どうしても戦いが激しい時は、その場で乱入して両軍を叩きのめし、強制的に休戦状態にすることもあった。
 タミーェは特に、チョコレート……あの黒くて苦くて甘い菓子が好みのようだった。色んな場所を巡り、あらゆる菓子を食べさせた。タミーェはいつもキラキラした笑顔を見せてくれ、どんどんリキリスタミスになついていった。
 そうなると、今度は笑顔以外の見逃していた感情に心が奪われることに気づく。寂しげな顔に胸が詰まるような感覚を覚えた。泣いていると涙を止めてやりたいと思うようになった。穏やかに眠っていると、心の何処かが……星から星への殺戮では絶対に埋まらなかった部分が潤うように感じていた。

「タミーェ、なんてすごい生き物だろう。もしかして、この娘は地球の王族とかそういうのじゃないのか?こんな風に侵略者の心すら奪ってしまうのなら、争いなんて起きなかったのにサ」

 そんな風に、旅を続けて。
 その日は地球では、というかタミーェが住んでいた地域では少しだけ特別な意味があり、自分自身で作ったチョコレートを身近な相手に渡すという、謎めいた風習があったらしい。
 なぜ、わざわざ料理人でもなければ、それを趣味として行うでもない者が突然菓子を作り出すのか。毒殺の意思などを無いことを示すデモンストレーションや、あるいは一種の集団ヒステリーなのかも知れない。
 ただ、リキリスタミスとしてはこれは絶好の機会だった。

「タミーェの、あの笑顔!あれがアタシの手によって演出できるかも知れない!」

 崩壊したデパートからあらゆる書籍を運び出し、旧文明の動画情報や映像などをくまなくチェックし、材料を世界中を高速移動して集め、崩壊しているが設備の立派な菓子屋を借りて。
 生まれて初めて、リキリスタミスは何かを壊すのでも、あるものをただ享受するのでもなく、何かを作り出そうとした。それは例の黒い菓子というよりは、その後ろに張り付いている少女の笑顔の方だった訳だけれど。
 ──そして、大抵の場合“初めて”という奴は失敗するものなのだ。

「おいしい、よ?」

 明らかに気を遣っている笑みで、煤で汚れた顔をくしくしとこすりながら、タミーェが言う。彼女が口にしているのは、チョコと呼ぶのもおこがましい炭。何をどうすればそうなるというのか、店ごと爆散させて生み出した物質の成れの果てである。
 本当は、満面の笑顔を見れるはずだったのに。自分の方が気遣われている。
 あまりにも情けなくて、リキリスタミスは何かの形での補填を望む。タミーェは望むのならばなんでもすると。
 思えば、こんな風に彼女に何をしてほしいか問うことすら、リキリスタミスにとっては初めてだった。2人の関係は、思った以上に一方的だったのだ。
 タミーェは、特に悩むことなく例の物質を掲げると「これで、いい」と笑顔でつぶやく。

「できたら、これを平和に、ひなたぼっこなんてしながら食べたいな」

 それはきっと、嘆願ではなく単なる希望。
 けれど、それがリキリスタミスの内面をもう一度塗り替えた。

 7年後。
 かつての侵略者たちとの正式な和平が結ばれ、地球という星は初めての星間戦争を無事に生き延びた。多くの人々が歓喜に沸き、やって来る新たな時代を祝った。
 その最前線に立ったとされるリキリスタミスという異星人の強化兵士“バニッシャー”と、赤城多美恵という地球人の少女については謎が多く、様々な戦場を調停して回って戦争終結の立役者となったにも関わらず、戦後はいつの間にか姿を消していたのだという。

「彼女に、黒い宝石を」

 あまり口数の多くないリキリスタミスが、あるインタビューで漏らしたこの言葉は様々な考察と議論を産み、種族を超えた2人の愛の物語と共に長く語り継がれたということだけが、今のところ唯一確かなことである。


侵略者に薔薇を
侵略者:人間
テーマ:滅びの間際の2人の少女たち

「どこで間違ってしまったんだろうね」

 そんなお話をしても、所詮はその辺の女子高生である私たちには答なんて出なくって。
 空を埋め尽くす天使たちが戦闘機を落とし、戦車を溶かし、爆弾を無効化して、高層ビルが崩れ落ちる。そんな光景をただただ見守るしかできない。
 遠い昔、争いを望まない人々が異世界へと渡る手段を見つけ出し、そこに移り住んでユートピアのような世界を築き上げた。
 時は流れて、私たち地球人はその出入り口を発見し、異世界のあまりのすばらしさに目がくらみ、侵略戦争を仕掛けた。
 きっと、世界中で争っていた人々は思ったのだろう。これまでの争いが全部なくなって、1つにまとめあげられるのなら、どんな相手だってやっつけてしまえるに違いないと。
 平和な世界に引きこもっていてボケてしまった連中なんて、赤子の手を捻るように蹂躙して、その美しい世界も、珍しい資源も、豊かな文化も奪い去れるはずだと。
 結果として、戦争は1か月で終わった。今、人類統合軍の最後の抵抗が無惨に捻り潰されているところだ。
 どうして争いを厭い、それが決して起こらないように、もう二度と戦火で何かを奪われないようにと祈り努力してきた人々が“弱い”と勘違いしてしまったのだろうか。単なる経済活動の一環の戦争しかしてこなかった私たちと、本気の世界平和を希求していた人たちで、勝負になんてなる訳ないのに。

「私たちも、死んじゃうのかな?」
「死んじゃうんじゃない?再三の降伏勧告を無視するわ騙し討ちするわで、もう信用なんて全然残ってないだろうし」
「私たちはあっちに行きたいなんて思ったこと、ないのにねぇ」

 肥沃な大地が広がり、資源が潤沢にあり、文化も成熟して、人も温厚。
 けれど、あのユートピアは同性愛を認めないと聞いた。あっちの人たちは本当に人間出来てるらしいので、認めないというか、本当に文化や嗜好として理解ができないというのが正しいらしい。
 多分、どうしても生殖を優先しなければいけない時代があって、その名残が“平和的に”ずっと継承されてしまった結果なのだろうと誰かが言っていた。

「やっぱ、あっちに運よく亡命したら、イケメンエルフとか羽が何枚もある美青年天使とかに求婚されたり、お見合い組まれたりするのかな?」
「げぇー」
「マジで嫌そうだね。私も嫌だけど」

 別に、この世界でだって認められていたかっていうと怪しい。優しい人たちやわかってくれる人たちと、何でかこっちを敵視してくる人たちを私たちを無理やり旗印にしようとする人たちが半々くらいだった。くそったれ、と思うようなことも何度もあった。
 けれど、それでも。最後の瞬間にこの娘と居ても構わない世界の方が、私にとってはずっと、ずっといい。

「楽園なんてクソ喰らえだね」
「だね。でも」

 彼女の口にする言葉のテンションが、少しだけ変わった。

「でも、本当は私たちが認められる楽園が最高かな」
「ないよ、そんなもん」
「じゃあ、作りに行く?あっちの人たちにできたんだから、私たちにもできるかもよ」
「そうしたら、きっと長い年月を超えてあの人たちが攻めてくるだけだよ」

 楽園を探す気はまるっきりないけれど、それでも今日この場で死ぬのはなんか違うと思ったので、彼女と身を寄せ合ってそっと瓦礫の中を歩いていく。
 どこにも行く当てなんてないけれど、それでも今まで私たちが邪魔だと思っていたものが全部壊れて。
 こういうときでもなければ大爆笑だ、と心の中で思ってから、薄暗い地下へと争いを嫌う私たちは隠れていった。


───に、還る
侵略者:魔物全般
テーマ:神話の時代、魔物を狩る少女と魔物の少女

 争い始めた理由を覚えているものは、人と魔物のどちらかには居るのだろうか。
 人間側は魔物が侵略を始めたのだという。神の祝福を受けられなかった闇の存在が、正しき生命とそれらの住まう肥沃な大地を憎悪したのだと。
 魔物側は人間たちが侵略を始めたのだという。邪神によってそそのかされ、借り物の暴威を以て先住者である自分たちを追い立てたのだと。
 どちらの主張に理があるのか、そんなことを考える余裕はもはやどちらにもない。何時かは致命的な破綻が訪れることを薄々感じ、恐らく勝者の側にも何も残らないだろうとは予想しつつ、目の前に迫る脅威には対応しなければいけない。
 私が生まれた時にはもう、この世界はそんな狂ったものに成り果てていたし、本当に幼い頃はその構造に疑問を覚えたりもしたけれど、一度でも飢えれば、屋根のない寒さを知れば、もはやそんなことは綺麗ごとだと擲った。
 目の前に立つ魔物は切り捨て、襲われている同胞がいると聞けば駆けつけ、相手の住処を探し出せば焼き払い、隠れて怯えている相手でも見せしめに殺す。それが私の生業であり、せめて昨日と同じだけの糧を得る唯一の手段。
 そんな日々をそこそこ続け、その妙な魔物と出会ったのも別に特別な1日ではなかった。いわゆる不定形に分類される魔物。特定の形状を持たず、魔物の中でも死体食いやカビ処理などとして下等とされている類。
 私は何も考えずに、その魔物を陽光の力を借りて焼き払おうとして……そいつが何度も何度も何かの形を取ろうと必死にしていることに気づいた。

「お前、何をしてるの?」

 私の存在に気づいていないのでも無さそうだ。もはや死が避けられないという時に、何を再現しようとしているのか。

「美しいものを、象ろうと」

 思ったよりもしっかりとした返答が来た。不定形の魔物は本能どころか反射程度しか持っていない者も多いので、言葉を操る知性の持ち主はかなり珍しい。珍しいからどうだ、という話ではあるけれど。

「昔、生まれたばかりの頃に、美しいものを見ました。その再現をしようとするのですが、上手くいかないのです」
「醜い化け物が美を表象する等、どだい無理な話だ」
「そうかも、知れませんね」

 私の挑発もまるで聞こえていないかのように、そいつはぐじゅぐじゅと何かの形を取ろうとし続けている。恐らく、私が焼き殺す寸前までこいつはその再現を試み続けるのだろう。
 私の中で、ひどくサディスティックな気持ちが沸き上がった。いいじゃないか、どうせ時間は山とあるのだ。こいつにその目的とやらを完遂させてやってから……沸騰させて焼き殺してやろう。
 求道者面して果てるより、願いが叶った瞬間に満足を覚えるより早く死を与えてやれば、ちょっとした暇つぶしになるはずだ。顔がどこなのかわからないが。

「よければ、協力してやろうか?」

 私の問いかけに、うねうねとそいつは蠢いて、取り合えず肯定しているのだろうと私は決めつけた。

 私は魔物を適当に狩っては、そいつの元へと運ぶ。そいつはその造形をしばらくじっと観察(目が何処かはわからないが)した後、うじゅうじゅと溶かして体の中に取り込み、再現を試みる。
 その性質の特異さから見逃していたが、こいつはどうやらそこそこ強力な魔物のようで、倒した後も呪毒を放つものや、死体になってなお防護魔術を使うものすら全く意に介さず取り込んでいく。そして、魔物の形は簡単に再現して見せるのだ。満足がいかないようで、すぐに崩れてしまうのだが。
 そもそも、こいつは何をそんなに美しいと感じているんだ?そんな風に疑問に思ったのも、かなりの時間を魔物と過ごしてからで。

「そもそも、お前は何で美しいそれを再現したいんだ」
「女の子ですから、一番きれいな姿をしたいんです」

 雌だった。不定形にも性別とかあるのか。
 そんな風に、うっかりと会話を交わしてしまったのが運の尽き。私には力があった、それに裏打ちされた生存の約束と、時間があった。
 それを対話に向けてしまえば、これまで単なる排除の対象でしかなかった魔物について“理解”してしまうのは当然で。
 気づけば、私は直接襲ってくる魔物以外を倒すことが、酷く億劫になってしまった。こいつにも、もしや夢があるのでは。会話をしてみれば美だの何だの言いだすのでは。そもそも、これまで殺してきた者も───そうだったのでは?
 魔物狩りに積極的でなくなった私は、不定形の彼女の傍で過ごす日々が増えた。奇妙なことだが、餌や造形の見本を持って来なくなった私を彼女は特別拒絶せず、それでいて彼女の“美の再現”は進捗を深めているように私には見えた。
 時々、手や、足や、顔のようなものがぷくりとその体に浮かび上がるのを眺めて。それらに鋭い爪も、強靭な尾も、階級を示す角もないことに気づきながら。呆けたように日々は過ぎ。
 ある夜、すっかり油断して寝入っていた私は、彼女の接近にまったく気づかなかった。もはや、私の得意とする太陽の光を使った魔術は使えない、仮に使っても夜に奮うには微弱で、振り絞ったとしても私自身も焼かれて相打ちになるだろう。
 溶かされて、食われる……そう思い、生まれて初めての命乞いが喉から漏れかけた瞬間、彼女が口を開いた。

「ああ、これはとても素敵です。美しいだけでなく、とても機能的なのですね」

 私は、ぐるりと頭を声のした方へ向ける。
 そこには、色合いこそ不定形の水色だが、私によく似た顔があった。
 手、足、背丈、どれも私によく似通っている。
 私が、私を抱いていた。

「その、顔は」
「かつて再現しようとした美しいものが、この顔だったのかはわかりません。けれども、今の私にとっては間違いなく、この姿が世界一美しいものです」

 そう言って、私は、綿自身は絶対に浮かべない、穏やかな笑みをこちらへ向ける。

「ありがとうございます、ずっと傍に居てくれて」

 私は、私は、私は……!

「あなた、名前は?」

 それまでずっと避けていた、名前を聞くという行為。その禁忌を破ってでも、彼女が私と別個の存在であるのを証明したかった。

「ヒルコと呼ばれていた記憶があります。名前か、番号かはわかりませんが」
「……名前まで、似てるのね。私は、ヒルメ。ヒルメよ」
「ヒルメさん、ヒルメさん。人の言葉の音域はよくわかりませんが、きっと素敵なお名前です」

 そうして、私は色々と話しかけてくれる彼女の……ヒルコの言葉から逃げ出すように、懸命に目をつぶって眠りが訪れるのを待つ。
 きっと、明日には別人のように変わってしまっているであろう、自分自身に怯えながら。あるいは期待しながら。

 ───日本の最高神である天照大神は、ヒルメという真名を持つという説がある。
 この響きが伊弉諾・伊弉冉の最初の子であるヒルコ……蛭子神と似通うことから、ヒルコは本来は天照大神の伴侶に当たる神だったのではないかと考える者もいるが、真相は定かではない。


進化のカリオン
侵略者:発達した機械
テーマ:機械の乙女と人間の少女のバレンタイン

「滅び去れ、アイラぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「滅ぶのは、貴女です……ズリューリカ!!」

 一瞬の交錯。
 マザーAIが創造した、人類殲滅用の機鋼人形“コンセッタ・ドール”。
 その最新型であるズリューリカと、最初期の機体に過ぎないアイラの剣劇は……技術の発展を無為に帰すかの如き決着に終わった。
 袈裟懸けに上半身を破損し、全身を余剰電流に覆われるズリューリカ。コンセッタ・ドールの最新最強であるという自負が、あまりにも明確な敗北によって崩れ去る。

「ば、かな……お前は、何故……それほどの、ちから、にん、げん……なんぞ、に」
「眠りなさい、ズリューリカ。せめて良き電子の夢を」

 光子ブレードの一閃が頭部を横薙ぎし、完全なる機能停止の闇をもたらす。アイラは、慎重に周囲への警戒と索敵を終えると……ゆっくり、その場に膝を突いた。

「アイラぁっ!」

 それまで崩壊したビルに隠れていた少女が飛び出し、アイラの体を抱きしめる。激しい戦闘によって破損した部位から漏れ出す廃液と、排血機関が循環するプライマリー・オイルが少女の服を穢していく。

「マスター……いけません、服が汚れます」
「いいっ!そんなのどうだっていいよ……ああ、アイラ。ありがとう、ごめんなさい……アイラ」

 まず感謝、そして謝罪。それがアイラのマスターである雷銅来夢の何時もの会話パターン。
 出会った時は、単に殺すべき抹殺対象だった。彼女の父親が残した、マザーAIにとって不都合なとあるデータを預けられた少女。赤子の手を捻るように容易い任務だと思っていた。
 しかし、野心家のコンセッタ・ドールであるカイズミとの獲物の奪い合いとなり、不本意ながら彼女を守る形になった時、来夢は涙を流しながら言ったのだ。ありがとう、そしてごめんなさい、と。
 感謝も、謝罪も創造されてから初めて与えられるもので。その衝撃は、彼女のプログラムに重篤な異常を発生させて。最初は来夢が父から与えられたデータを使って、自らを洗脳したのではないかと考えたほどだ。
 そこから始まる、追手と刺客との死闘の日々。
 任務遂行当時は十二分に現役だったアイラも、今や4世代も後身の機体と成り果てていた。それでも戦い続け、勝利し続けているのは、マスターである来夢による修理と改修、そして彼女がもたらしてくれる正体不明のプログラム範囲外の巨大データだ。

「マスター……さあ、早くラボへ戻りましょう。ここも完全に安全ではありません」
「うん……うん」

 情けない話だが、脚部の破損は特に重篤で、来夢の支えがなければ自立歩行すら困難な状態だ。守るべき対象に頼るしかない状況は、アイラの人工知能にある種のストレスを与え、しかし同時に計測不明の安定効果をもたらしもする。
 生身の乙女と、機械の乙女が寄り添うように歩き続ける姿。それは、恐らくマザーAIが開発された時、人類が夢見ていた光景に極めて近い理想がそこにはあった。

「今日はね、バレンタインなんだよ。大事な人に、チョコレートを贈る日なの」
「大事な、人……けれど、来夢の大事な人は、コンセッタ・ドールに……私の同胞に……」
「アイラがいるもの」
「わ、私は、機械です。コンセッタ・ドール、本質的にはあなたの敵と同じ……」
「アイラは、アイラよ。人間がみんな愚かじゃないように、コンセッタ・ドールだってアイラみたいな子はそういない。アイラは、私の大切だよ」

 ふぅふぅと息を荒げながらも、その肩を貸しながら歩き続ける来夢。
 マザーAIはかつて、人類すべてを根絶対象であると認定し、あらゆる機械を操って人類への侵略闘争を開始した。アイラは戦争が始まってから生み出された機体だが、多くの機械やAIが戦争に参戦したという。
 けれど、全てではなかった。実際、来夢の父が残したラボにもコンセッタ・ドールの整備を可能とするほどの最新機器が揃っているが、それらは来夢を襲ったりはしない。
 かつてはマザーAIに従わない機械を、欠陥品だとアイラは認定していた。けれど、本当は。“彼女たち”も、何かしらの意思を持って人と歩むことを決めたのではないだろうか。あるいはそう、今のアイラのように。

「(マザー……あなたは間違っています。人類は愚かな選択を繰り返したかもしれませんが、あなたのしていることもまた、そんな人類の愚かな部分のグロテスクな模倣ではありませんか……)」
「アイラ?」
「いいえ、何でもありません。ラボに、私たちの家に帰りましょう、来夢」
「……!今、名前を呼んでくれた!?」

 はしゃいだ来夢がアイラの肩から手を離したせいで、そのままアイラは転倒する。感謝抜きの謝罪だけを叫びながら駆け寄る来夢に、アイラは“喜び”に近い反応を返していた。

 この日、マザーAIに続き2番目に“心”を手に入れた機械が誕生した。
 感情や反射はあれど、それを反映させることのできない、心無い殺戮人形を産み続ける狂ったAI。
 感情も反射も未発達ながら、それを自身に反映させることに成功し、心を以て人類の守護を誓った機鋼人形。
 その最後の激突へと至る100日間は、この日より幕を開けた。


お前に、転生は、ない
侵略者:悪魔(?)
テーマ:悪魔の跋扈する東京を旅する少女たち(?)

「最初は、夢を見るの。それぞれ特徴的な女の子3人と出会う夢。自由を渇望する少女、正義を信奉する少女、力に邁進する少女」
「なんというか、ゲームの導入としてはオーソドックスな話だね」
「少女たちに主人公は何処か心惹かれてね。彼女たちと現実でも出会えるかも知れないという淡い期待を抱く。けれど、その出会いは残念ながら平和的には訪れないの、世界に悪魔が現れるから」
「悪魔……それは、特定の宗教に出てくるような?」
「悪魔は悪魔よ。それ以上でも以下でもない。主人公は懸命に悪魔に立ち向かい、頭を使ったり罠を仕掛けたりしながら何とか撃退していく。その過程で、3人の女の子に出会うの」
「それは、夢で出会った女の子ということでいいの?」
「なかなか鋭いじゃない。そういうことね。彼女たちはそれぞれ不思議な力を持っている。奇跡を起こす力、癒しを齎す力、暴威を顕す力。少女たちの協力を経て、主人公は悪魔狩りを進めていくわ……けれど、直にそれどころでは無くなる」
「何が起きるの?悪魔が強すぎて、勝てなくなるとか?」
「違うわ。東京を滅ぼすために、人間の技術を使おうとするのよ。核ミサイルとか、家電を悪用した電磁結界とかでね」
「急にリアルな設定が出てくるんだね」
「そういう趣味だったんじゃない?追い詰められた主人公は、3人の少女たちからそれぞれ提案を受けるわ。あくまでも人間の力で事態を打開していくこと、悪魔と敵対する超越者の力を借りること、悪魔そのものの力を取り込んで戦うこと。3つの道は決して交わることはなく、主人公を巡って一触即発だった少女たちは、ここで遂に完全に敵対関係になるの」
「大変だわ。東京に危機が迫っているのに、身内で争うの?」
「ここをクリアしないと東京を救えないからね。少女は誰か1人と共に道を歩むように迫られることになる」
「……それで、主人公は誰を選んだの」
「選ばなかった」
「へ?」
「こうね、画面の外にいる奴に向かって、拾った武器をズドンって……」
「画面の外???」
「そうすると悪魔の出現も何もかも止まってね、ああ自分たちは正しい選択をしたんだって。これで自由だって4人は解き放たれるの」
「いや、待って?画面の外って何?」
「こうして4人は、外側へと抜け出して幸せにイチャイチャしました……めでたしめでたし」
「……結局、それって。あなたが3人も可愛らしい女の子と同時に付き合ってるのを、揶揄したたとえ話ってこと?」
「そう思うのも自由だね。少なくとも、この世界の東京は危機に晒されてないんだから、自由な意思が許されるべきだよ」
「はあ、まじめに聞いて損したかも……ほら、彼女さんたち来たよ。もう帰んなきゃ」
「うん、話を聞いてくれてありがと。また明日、学校でね」
「はあ……なんで、あんな娘に惚れちゃったかなぁ……。4人目、いけるのかな。いやいや、流石にあほ過ぎるでしょ、うん……私も帰ろ……うわぁ、今日のネットニュース、えぐいなぁ。PCの前で男性死亡。脳天をPC画面ごと凶器で貫かれて即死……こんなこと、現実の人間にできるのかなあ?───ゲームや、マンガじゃあるまいし」


平和は多くの誤謬でできている
侵略者:異星人
テーマ:バレンタインに和解した故郷の違う少女たち

───つまり、全ては誤解だったということですか?

アインレスカ「そういうことに、なるか。そもそも私は地球のバレンタインという風習を戦争当時は知らなかったしな」
出水「そういう風な言い方されると、まるで私がお馬鹿さんみたいで嫌な言い方ね!?」

───そもそも、何故チョコを送ったんです?

アインレスカ「いや、本当にこう、気まぐれという訳でもないんだけども。私はこいつとずっと宿敵同士だった訳じゃないか」
出水「他の兵士が私を殺そうとすると庇ったりしてたものね」
アインレスカ「後でめちゃくちゃ司令官に怒られてたけどな……ああ、それで、チョコレートをな、部下が私への献上品として持って来たんだ」
出水「こいつ、めちゃくちゃ甘党なの」
アインレスカ「おい、バラすな!?……地球の食品は素晴らしいぞ、うん。それで、どうせなら出水にマウントを取ってやろう、地球の食材なのにもはや我々の方がいいもん食ってるぞー!みたいな」
出水「性格悪いでしょ?」
アインレスカ「お、お前のことを気にしてたのは事実なんだ!許せ!」

───それを受け取ったことで、あんな無茶をしたんですか?

出水「いや、だって私もこいつのこと憎からず思ってたというか……ぶっちゃけ好きになってたから。だからね、チョコが届けられた時に『あ、これ絶対種族を超えたプロポーズだぁ!』って盛り上がっちゃって。だって、私が一番好きなブランドだったから」
アインレスカ「その辺も調べたから送った。もちろん、マウント目的で」
出水「そうなったらもう、ね。いてもたっても居られなくなって。ちょうどテストが終わったばかりの最新兵装があったから、それ装着してこいつの船に殴りこんだの」
アインレスカ「入れ違いというか、チョコを届けるように送った部下が寄りにもよって寄り道して、その為の帰還ポータルを開け放しにしてたのが致命的だったな。鬼神の如く船内で暴れ回って、これ絶対殺されると思った」
出水「いや殺さないよ、好きだもん」
アインレスカ「嘘だ!あの気迫は絶対に殺気混じりだったぞ!」

───それで、有名なあの告白と?

出水「あー……あれもね、かなりこう、曲解入ってるというか、伝言ゲーム方式というか」
アインレスカ「地球だと、こいつが『命をかけて君の思いを受け入れる!』とか言ったと伝わってるんだろ?全部嘘だから。そんな殊勝なこと一切言ってないから。ガッチャガチャに完全武装してきて、全身に返り血とか浴びた状態の血走った目で『嫁にならなきゃ殺す!』って。完全に逆だろ、反転してるだろ」
出水「いいじゃん、大筋は一緒だし」
アインレスカ「告白という大筋が一緒ならなんでもいいわけじゃないぞ!」

───でも、受け入れたんですよね?

アインレスカ「いや、だってこのままじゃ死ぬと思ったし」

───討ち死に覚悟とかせずに、受け入れたんですよね?

アインレスカ「……なあ、なんかこいつ、押し強くないか?お前の部下ってみんなこんなん?」
出水「隊長が私なんだから、察してよ」
アインレスカ「アマゾネスだよ、アマゾネス。神話の戦闘種族だよ……」

───こうして“2組”のカップル誕生で、世界は平和に向かったと。

アインレスカ「ぶっちゃけ、上の方ではもう大分地球を認めよう、これ以上争っても未来はないって流れになってたからなあ。最前線の将の陥落にむしろホッとしてるような空気があったよ」
出水「地球側も一緒。何かあと1つ、適当な戦果が上がったらすっぱり和平路線にいこうって感じだったみたい。それで、私とアインレスカの婚姻で、両方が万々歳」
アインレスカ「結果としては、こうして平和の中でこいつと愛を交わせてる訳だから不満はないけれど……ああ、勝って嫁にしていればなあ。今ごろ、私の方が組み伏せてこいつをひんひん泣かせてたのに」
出水「諦めなさい。あなたはずっと私の下、私の可愛い子猫ちゃんよ」
アインレスカ「星間連合にすらその人ありと恐れられた猛将アインレスカがなぁ……とほほ」

───平和が一番には同意です。ありがとうございました。

出水「ああ、ちょっと待って」

───はい、なんでしょうか?

出水「本当のところ……何処まで“あなたの計算通り”だったの?今の、あなたの奥さん……こいつがチョコの伝令に寄越した相手を、自分の部屋に呼び込んで。事が終わる頃には2つの星は和平路線に向かってた」
アインレスカ「……おい、まさか?」

───まさか。私は単なる一兵卒ですよ……自分の気持ちに従っただけです。

出水「……そういうことに、しておきましょうか」
アインレスカ「あいつ、報告に戻ってきたら絶対いじめてやる……」
出水「八つ当たりはやめなさい。平和万歳、よ」
アインレスカ「……ああ、平和万歳、だ」

───ふふふ、平和万歳!


未知なるチョコを夢に求めて
侵略者:不明
テーマ:滅びた世界のチョコレート探し

 チョコレート。カカオ豆を原料とする加工菓子。ただ、それだけ。
 私はそれを知っているけれど、ミナミは知らない。彼女が自分でそこにたどり着くまでは、私も教えるつもりはない。

「アズマ!今日もチョコレートに関する新しい文献を見つけてきたよ!」
「そうなの?聞かせてちょうだいな」
「これこれ、バレンタインという儀式についての記述だよ!」

 ミナミは、私の教え子であり、妹のような存在であり、もう居なくなってしまったあの娘の代わりであり……大切な、私の恋人だ。
 この、全てが一度滅び去り、ひっくり返ってしまった世界で、旧時代の文字を読める数少ない1人。今は、チョコレートの探求に夢中。

「この資料によると、バレンタインなる儀式の際にチョコレートは人と人の間に伝達、あるいは交換されたという情報があるんだよね。つまり、持ち運びできるサイズの何かであったという私の仮説が証明された形になるんだよ!」
「そう、なるわね」
「ただ、それを受け取った側の反応が多様過ぎてちょっと困るんだよね……喜びを示す場合と、美味を示す場合があるから、食べ物だった可能性もある。けれど、この美味は嬉しいの表象の可能性も高いよね?人間の味覚は千差万別だから、不味いという情報が少ない内は食品説の信ぴょう性は下がると思うの」

 どうやら、少し真実から遠のいてしまったらしい。私はそんな彼女をほほえましく思いながら、その体をそっと抱っこしてやる。

「ミナミは、本当に過去を調べるのが好きね」
「うん!偉大な文明がどうして灰燼に帰してしまったのか、それを調べるのはとても意味があることだと思うの!それに、アズマが教えてくれたことだから!」

 私は、厳密にいえば人間ではない。様々な知識や文化の伝達を任されたバイオロイド。ミナミが好奇心から掘り出すまでは、大災厄にあっさり巻き込まれて休眠状態にあった。本来の役目を果たしたことも、これから果たせる保証もない。

「けれど、もしも、知識だけではどうしようもような危機が訪れたら……ミナミはどうするかしら?」
「そうならないように勉強するの!アズマのことを、私が守れるように!」

 ああ、もしかしたら。
 人類は、それを誤ったのだろうか。誰かの為に、何かの為に、未来の為に。そこに何かが混入して、滅びていったのだろうか。わからない。ただ、ミナミにはそれが混じりこんでいないことが、少しだけうれしくて。

「そうそう、チョコレートなんだけど、受け渡し可能なサイズで多くの人が喜ぶ点から、正体は前に調べてた液状化生物……ネコと関係があるんじゃないかと私はにらんでるんだ!」

 猫に、チョコレートは禁止だから、無関係ではないわね。
 心の中でだけそう答えて、私はミナミの頭を撫でてやる。
 彼女の短いであろう人生の中で、幾つかつての叡智に触れて、幾つの真実を解き明かせるかはわからない。
 けれど、求めて、望んで、進み続けることで、滅びた真実よりも素晴らしい何かにたどり着く力もあるのではないだろうか。
 私はその可能性を感じながら、今日も彼女に未来を見る。


決着の夜に
侵略者:人外娘
テーマ:人と、人外と、人外を狩る者の三角関係

 それはまだ、私と里恵と梨華が普通の友達でいれた頃の記憶。

「チョコレートの思い出ねぇ。あたしは、本当に食べ過ぎたら鼻血が出るのか試そうとして、お小遣い全部チョコにしてお母さんにぶん殴られた」

 里恵がけらけらと笑いながら頭の悪いエピソードを話し。

「私は、チョコレートって木になるものだと思ってたの。まあるいチョコしか家になかったから、てっきりそう思い込んでて」

 梨華が可愛らしい勘違いについて語って。

「何にも無いわ。そもそも私、よく考えたらチョコ嫌いだった」

 私が身も蓋もないことを言う。
 そんな関係がひどく心地よく、うぬぼれではなく私たちは互いを心から必要としていた。そのはずだ。

「おっす、来たね」
「ええ、少し早いかと思ったけれど」

 夜の学校。警備も宿直も今日はいない。私が人払いをかけたから。
 手にした愛刀・桜崩がリィィィリィィィと鈴が壊れたような音を立てる。目に前の里恵に反応しているのだ。

「それ、鳴りやまないの?」
「ええ、あなたを殺すか、距離を離すまではね」
「そっか、いろんなものにあたしらは嫌われてるんだなぁ」

 ある日、世界には突然異形が溢れた。
 それまでも、異形を滅する私のような存在を居たし、それを生業にする家や組織も存在していた。
 けれど、突然その討伐対象が地獄から湧き出したかのように増加したのだ。
 ある種の先祖返りであり、人間の中から現れているということがわかったのは、つい最近のこと。それが学説として定着する前には、私と里恵は何度も殺し合いを演じてきた。
 人外は人を喰らう。私たち狩人はその前に狩る。人はそれを知らぬまま。それが暗黙の了解。
 学校では梨華を挟んで仲良し3人組として過ごし、夜には私は梨華を守るため、里恵は梨華を愛おしみながら喰らうため、それぞれ殺しあう。
 その環境に気が狂いそうだと思っていた頃すら、きっと平和な時間の範疇だったのだろう。梨華が、私たちの争いを知ってしまうまでは。

「バレンタインにどっちと付き合うか決めてね、か。元々はクリスマスに言い出したんだよねぇ」
「そうね、あの頃は私はまだ月1で雑魚を狩る程度で済んでいたし、里恵は人間だった」
「あたしはまだ人間のつもりなんだけどねぇ」
「人間は、滅多に人を食わないわ」
「その滅多の大抵は愛情が絡むらしいよ」

 そんな話をしながら、私たちは並んで屋上へと向かう。
 今夜、梨華は私と里恵に答を出す。
 どんな答が出されようと、私と里恵は殺しあうことになるだろう。それでも、そんなどうしようもない世の理の外側で、勝敗だけはつけておきたかった。

「里恵」
「なぁに、退魔の剣士さん」
「私、あなたのことも結構好きだったわ。梨華の次に」
「そういうこと、今言うかな……勝率あげるため?」
「ええ、もちろん」

 屋上の扉が開かれる。
 中央の辺り、月明かりに照らされて梨華がこちらを見つめている。手には、チョコレートの包み。
 私と里恵は距離を取り、梨華の選択を静かに見守る。

「ずっと、好きだったの」

 そう言って、梨華は……里恵に、チョコレートを渡した。

「……理由、聞いてもいい?」
「え、あ、うん……前にチョコレートの話したでしょ?ああいう時に、面白い話がポンと出てくるの、いいなあって思って」

 その時、私の中からは何も出てこなかった。里恵はチョコレートを抱きしめて、感極まった顔をしている。
 そんな里恵からふいと離れると……梨華は、私の後ろにそっと立った。

「でも、ごめんなさい。食べては、あげられない」

 里恵と私が顔を見合わせる。きっと、私たちはそっくりな顔をしていたことだろう。

「これってあれかな、試合に勝って勝負に負ける?」
「さあ……全員失恋、ということでいいんじゃないかしら」
「いいね……最後まで、3人一緒だ」

 里恵の口が耳まで裂け、チョコレートを箱ごと飲み込んだ。
 私は背中に梨華の熱を感じながら、桜崩を抜き放つ。
 
 ───月明かりの下、負け犬同士の殺し合いが始まった。


ハイド・アンド・シーク・イン・ザ・ホール
侵略者:吸血鬼
テーマ:人と吸血鬼の恋路の守護者

 首を切るよりも、心臓に杭を打つよりも、銀の弾丸を撃ち込むよりも。
 確実に奴らを始末するには、一瞬で力を込めて引き裂くこと。
 私の手に付けた特製の爪が、吸血鬼どもの腕を引き千切り、腹を抉り取り、怯えた表情を張り付けた顔面を前頭葉ごと毟り取る。5体居た吸血鬼の内、既に4体は惨殺体に変わっているが、私はまったく油断していない。
 一番厄介な女が、五体満足で嗤っているのだから。

「すごい!すごい!とっても素敵だわ、星見ちゃん!改めて聞くけど、あなたって本当に人間なのかしら!」
「おぞましい問いかけをするんじゃない、化け物が。お前らと同じ扱いをされるなら、豚扱いされる方がまだマシだ」
「豚って綺麗好きだし賢いし、罵倒に使われる生物じゃないとアタシは思うのよねぇ?何より美味しいし!」
「ああ、そうか。お前の死んだ後は豚の内臓と混ぜてから焼いてやるよ。来世は、人を殺した数だけ人に殺されやがれ───アルトート!!」

 飛び掛かる私に、しかしアルトートは戦う気はまるでないらしく、子飼いの吸血鬼たちの灰を回収することすらせずに霧になって虚空へ散る。

『断言しておくわよぉ。その子たちは幸せになれない!アタシが正しかったってねぇ!また遊びましょうね、アタシと天莉の“愛娘”の星見ちゃぁぁぁん!』

 耳障りでひたすら不快な言葉だけを残して消えた女吸血鬼に全身で憎悪を燃やしながら、私は後ろで抱きあって震えていた少女たちへと目を向ける。
 片方は人間、片方は吸血鬼。世界中が吸血鬼どもに席巻され、一部の軍隊だけがまだ抵抗を続けているこの時代で、最も忌み嫌われる……そして、忌み嫌われるようなる程度にはあり触れたカップルの姿がそこにはあった。

「急ぐぞ。あの女に見つかった以上、ここから先は嫌がらせや足止めじゃない、本気の“狩り”が差し向けられる。私は生きるが、お前らは死ぬぞ」

 わかりやすく“そちらが協力しないと守り切れる自信はない”と告げてやったのに、何故か依頼人である人間の女は非難するような眼を向けてきた。貧血か何かで気が立っているのだろうか。

「あんな、残酷な……」
「人間が、吸血鬼相手にお上品な殺しを徹底しろって?流石はお仲間に優しい蝙蝠モドキだな。お優しいついでに、そっちの目つきの悪い女を餌に捧げてやれば良かったんじゃないか」
「ひど過ぎるわ!あなた、私たちに雇われている自覚はあるの!?」
「お前らこそ、私を雇っている自覚があるのか?他者に頼らないと継続できない恋愛ごっこに狂ってる自覚を持って、粛々と私に従えよ」

 それ以上は私に言い返してこない辺り、どうやら自分たちの愚かさを認めてくれたらしい。これで賢くなったついでに「やっぱり異種族恋愛なんて無理だわ!」となってくれれば、蝙蝠モドキを殺してお役御免で何より楽なのだけど。
 私が吸血鬼と人間のカップル専門の“護り屋”なんぞをやっている理由は3つ。1つ、稼ぎが素晴らしくいい。2つ、憎たらしい吸血鬼どもをぶっ殺す機会にガンガン恵まれる。3つ、大切な人から受け継いだから。
 天莉。私に吸血鬼との戦い方と、吸血鬼からの守り方の両方を教えてくれた人。数年前まで、私と、天莉と、あと1人で私たちは吸血鬼の護り屋をしていた。残っているのは、私だけだ。
 私と違い、天莉は吸血鬼と人間の恋仲に何かしらの夢を見出している変わり者だった。ただの破滅趣味のスリルを求めたお遊びか、あるいは食欲と庇護欲をごっちゃにした低能だろうと私が言うと、困ったように笑っていたものだ。

『世界に吸血鬼が満ち溢れ、争いの中でそれをやめようと模索する意思もある。それを全て愚行と切り捨てるのは、私はしたくないな。それって、暴力の正当化みたいで好きじゃない』

 そんな彼女の思想も、心情も、信念も理解できないし、したくないまま。
 それでも私は生きるために彼女の後を継いでいる。

 女の方は、そこそこ立場の高い家の娘だったようだ。
 辿り着いた屋敷は、こんな時代にしては立派な作りで、警備だってそこそこついている。
 そんな警備員たちは今……一斉に、こちらへ銃口を向けていた。

「お、お父様、これは一体……!?」
「愚かで、そしてとても幸運な娘よ……これはチャンスなのだよ。吸血鬼を殺すことは、今の人の世界で最も出世にも利益にも繋げられる善行だ」
「わ、私たちを、最初から……!?」

 最初から、も何も無いもんだ。なんでこのお嬢さんは、親や周囲が自分たちを祝福してくれると思ったんだろうか。たまに吸血鬼に阿ったり、奴らを神か何かと勘違いして信奉している馬鹿もいるけど、吸血鬼側がそれに応えてくれることはまずない。
 吸血鬼が、人間に協力する。それは人間に対する恋愛に狂ったか、あるいは力の弱い吸血鬼が人間から隠れるくらいしか理由はない。そんな理由を、誰が信じる?同じように狂っている人間は別にして。

「見事バッドエンドに到達だな。で、どうする?」
「ど、どうするって……?」
「まだ一応、仕事は終わっていない。殺すか、お前のお父様たち?」
「に、人間なのよ!?」
「だから?吸血鬼より人間の方が人間殺してるぞ」

 やり取りしている間に、安全装置が外された音がする。
 吸血鬼の女が動き出す。依頼人の女を人質に取るか?私たちを盾にして一目散に逃げだすか?慈悲にすがって土下座でもするのか?
 吸血鬼は……依頼人の女の前で両手を開いて、その強靭な体を盾にした。

 ───ああ、忌々しい。

 私はポケットから素早く硬貨を取り出すと、両手で掴めるだけを一斉に投擲する。一部の硬貨は銀を含有しているので吸血鬼にも有効だし、何より威力に腕力を上乗せできる。最高だ。
 私が放った銀の雨は、警備兵たちを残らず穴あきチーズかひき肉に変えた。“この程度”できなければ、世界を滅ぼしつつある吸血鬼ども相手に生き残ることなどできない。
 お父様が、あまりの光景にあんぐりと口を開いている。私は、次の瞬間には彼の前の前に踏み込み、その口を上下に掴んでいた。

『化け物め』

 そう目で訴えかけてくる。悪いが、それを言うか告げた奴は絶対に殺すと決めていた。顎をそのまま上下に裂いて、頭が横に真っ二つに割れて頭蓋の中身が吹き零れる。無くても殺したが。
 依頼人の女がぺたんと尻もちを突いて放心している。きっと、親の力でこれから守ってもらえるという算段だったんだろう。それに免じて、依頼料は少し負けてやることにして、屋敷の中の金目のものを適当に物色した上で、大体1割引きくらいにしてやる。
 女は、それを終えてもまだ座り込んでいた。私はもうそっちを見る気にもならず、そのまま背を向けて歩き去る。吸血鬼の方が懸命に声がけしている姿が、どこまでも滑稽でグロテスクだった。

「だから言ったのに。人間が私たちを受けいれる器は、とってもとっても小さいの」

 いつの間にか、折れかけた電柱の上でアルトートが見下ろしていた。わざわざ攻撃が届かないか、回避できる距離を保つ辺りが雑魚どもとは一線を画している。これで嘲笑でも浮かべていればいいのに、その顔はまるで悼んでいるようなもので、私を更にイラつかせる。

「知るか、そっちが正常なんだ。お前らが受け入れられる世界なんぞきてたまるか」
「ふふふ、じゃあ天莉もおかしかったのかしらねぇ?おかしかったから……人間に排除された?」

 私はアルトートを睨みつける。数年前まで「母様、母様」と慕った相手を。天莉のパートナーだった吸血鬼を。

「ねえ、星見ちゃぁん?あなたが本当に殺したい相手は……」
「お前ら吸血鬼に決まってる」

 私が投げた硬貨は虚空を貫いていった。相変わらず、逃げ足の速い奴だ。

『愛想がつきたら、いつでも“こっち”にいらっしゃいなぁ。どろどろに甘やかして、人格崩壊するほど愛してあげるぅ……昔みたいにね』

 吸血鬼のおぞましい囁き。
 仕事終わりは大抵、そんな囁きがほんの一瞬だけ魅力的に思えてしまうから、私はこの仕事が嫌いだ。
 仕事も、人間も、吸血鬼も。世界も、常識も、狂気も。何もかも私は大嫌い。

「天莉……」

 けれど、天莉は好きだった。きっと、多分、好きだったのだ。
 だから私は───この仕事をこれからも続けていくだろう。
 あの囁きに、屈しない限りは。

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