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モンスター娘・人外娘百合祭/魔宴

 ───ようこそ、こちらはフォロワーさん500人到達感謝企画の一端としてお題を募集させて頂いたものです。
 人と人外、人外同士、超常の存在から機械の乙女まで、10の百合物語をどうぞお楽しみください。

【天征き、地奔り、愛紡ぐ】
種族:ペガサス×ユニコーン

「いろいろなことがありました。誤解も、諍いも、忘れられない恋も」
「ええ、けれど今、全ては清算される。貴女は私のモノよ、メデューサ」
「はい、貴女に永遠の愛を誓います、女神アテナ」

 戦神にして知恵の女神アテナと、怪物と呼ばれし蛇神メデューサの婚姻。
 その美しさを鼻にかけ、恋に奔放ゆえにアテナの怒りに触れたメデューサが、まさか長い時を経て女神の寵愛を手にするとは一体だれが想像しただろうか。
 それは同時に長く続いたギリシャの神族と怪物たちとの和解の一歩とも言え、双方まだ完全なる融和は難しいものの、今この場においては身分も種族も関係なく、誰もが祝福を叫んでいた。
 そんな喧騒から少し離れた場所で、頭に立派な浄化の角を携えた少女が主の晴れ姿を眺めている。
 ユニコーン。処女にのみ心を許すとされる人馬にして聖獣。処女神でもあるアテナに長らく仕えて来た重臣でもある彼女だが、この婚姻に祝福の意思と複雑なものを同時に抱えている一柱でもあった。

「こんなところで何してるんですか~?」

 ユニコーンの放つ気配は何処か他者を拒むものだったが、そんなもの全く通用しない者も居る。背中に美しい翼を備え、手足の先のみが馬の蹄になっている少女、ペガサスもまたそういった類だった。

「ペガか。ご主人様の側にいなくていいのか?」
「コブ付きアピールする必要もわざわざ無いかなーと思って~」

 ペガサスはメデューサの流した血から生まれた神獣であり、広い意味ではメデューサの娘に当たる。主従として普段は振る舞っているが、その絆の深さについてユニコーンも知っていた。この二柱、同じ神馬系統の聖獣なのもあり、それなりの付き合いがある。

「それで、ユニちゃんはどうしてこんなところで黄昏てるんですか~?神々の黄昏ですか~?北欧に鞍替えですか~?」
「お前は、そうやってすぐに知識をひけらかすのがお寒いぞ。別に何か不満がある訳じゃない」
「てっきり、まだご主人様がポセイドン様とどったんばったん大騒ぎしてたのが許せないのかと~」
「あれは生涯許さんからな。むしろなんで主人は許せたんだ、愛の力か」

 人馬らしく鼻息を僅かに荒くしてから、ぽつりぽつりとユニコーンは複雑な心情を語り出す。

「主人アテナもこれで妻帯者になった訳だ」
「おめでたいですね~」
「そうなると当然、婦婦の営みというものが必要になる」
「んん~?なんだかユニちゃん、発想が飛躍してませんか~?」
「万が一、主人が処女神で無くなったら、私は誰の膝枕で寝ればいいんだ!?」
「新妻さんの膝で毎日寝るつもりだったんですか、この処女厨~」

 割と辛辣なことを言いつつ、ペガサスが何かを思いついたようで、ペタンと座り込むと自身の腿をぺちぺち蹄で叩きだす。

「何の儀式だそれは、豊穣とかか」
「違いますよ~、ペガのお膝でこれからは毎日寝ればいいんです~。お二方が一緒に暮らすなら、従者も一緒ですし~。ペガも処女ですよ~」

 ニコニコしながらさも名案のように告げるペガサスだったが、ユニコーンはふいと顔を背けてしまった。

「それは嫌だ。困る」
「え~。ペガちゃんショック~。処女厨なんかに優しくするんじゃなかった~」
「いや、その、嫌とかじゃなくて。お前の膝だと、逆によく眠れない。恥ずかしくて」

 耳と角先まで真っ赤にしているユニコーン。
 ペガサスは笑みをよりいっそう深くすると、ふわりと飛び上がってユニコーンへと抱き着く。

「い、いきなりくっつくなあ!」
「えへへへへ~。ユニちゃん、私たちも結婚しましょうよ~」
「こ、こいつ、立て続けにすると準備が大事だろう!半年は待て!」

 ほとんど告白しているも同然のことを言いあいながら転げる二柱。
 幸せに満ちた女神たちが、その光景を微笑まし気に見つめていた。

【ツキガワラッテイル】
種族:ウェアウルフ(元人間)×人間

 その日、勇者の故郷であるミスタリオの村は炎に包まれた。
 勇者の幼馴染であるミカシャは、一応は故郷に当たる村が焼かれ、人々が殺戮されていく様を冷めた目で見つめていた。
 自業自得だ、と。
 勇者と魔王という存在が、ある種の“調節のシステム”であることが解き明かされた結果、人類と魔物の関係は不平等なものへと変貌した。
 勇者の誕生サイクル、魔王の転生のタイミングなどを試算できるようになった人類はその戦いを優位に進め、散々魔物から搾取してから勇者によって魔王を討伐するという、ある種の円環を完成させたのだ。
 ミスタリオの町も数多の魔物たちが奴隷として使役され、食料として浪費され、慰み者として消耗される、ありがちな陰湿さに満ちた村だった。
 ミカシャは生まれつき顔に大きな痣があり、それを理由に「魔物の子」と侮蔑され、暴力と罵声に晒されて生きて来た。優しくしてくれたのは幼馴染の心優しき少女エリアナだけ。そんな彼女も勇者として選ばれ、魔王討伐に派遣されたことで、ミカシャは本当に1人ぼっちになった。
 いっそ、本当に魔物なってしまえれば楽なのに。魔物たちの仲間として復讐してやるのもいい、最後はエリアナの手にかかるならもっといい。そんな薄暗い妄想だけが糧となる日々。
 そんな中での、魔王軍の大規模攻撃。エリアナが旅立ってから、大きな国や町が明らかに組織だった魔物の攻撃で壊滅するという報せが幾つか届いていたが、小さな村が攻撃されるとは予測しているものは少なかっただろう。
 ミカシャからすれば、勇者の故郷を掲げて近隣の村や領主に無理難題を通そうと悪目立ちを繰り返すこの村が狙われるのは、当然の帰結だと考えていた。
 やがてあらかたの住人が惨殺され、ミカシャを始めとした若い女たちだけが魔物たちの大将の前に引きずり出された。周りの娘たちはめそめそ泣きながら、ミカシャが犠牲になればいいと口を揃えて呟いていた。別に魔物に慰み者にされることに今更不満は無いが、こいつらの身代わりは嫌だなと思っていたら。
 まず、ミカシャを捉えて引きずっていた魔物が鉄拳を喰らって吹っ飛んだ。血を吐きながら何度も何度も頭を下げている。
 続いて、女たちが次々と引き裂かれて、内臓を吹き出して倒れ込んでいった。自分を苛め抜いていた女たちの唐突な死に困惑する。
 そして、魔物の大将。どうやら女性と思わしきウェアウルフは、返り血を拭う時間も惜しいとばかりに、ミカシャに抱き着いてきた。
 ふわふわの毛皮、張り詰めた筋肉、獣臭と華の匂いと汗を混ぜたような癖になる体臭。それらは全て覚えのないものだったけど、それでもミカシャは一瞬で理解した。

「エリアナ、なの?」
「そうだよ、ミカシャ。ミカシャを迎えに来たんだよ!」

 エリアナは語った。魔王討伐の旅の中で、散々人間の醜さと魔物への暴虐を見て来たと。魔王の元に辿り着いた時には戦う意欲は失せており、それでもミカシャの元に帰るために戦いを挑んだと。
 結果は惨敗。けれど、エリアナの中で燃える人間への怒りと恋心に気付いた魔王───魔王様は、エリアナを魔物へと変えて、人類殲滅の尖兵に任じた。醜い人間たちを討伐し、虐げられた愛する者を救い出せと。

「エリアナ、私の為に?私の為にここまで人間と戦ってきたの?」
「こんな姿じゃ怖いかな、ミカシャ。出来たらこれからもミカシャの為の戦いたい。ミカシャとずっと一緒に居たいんだ」
「こんな姿だなんて。エリアナだと思ったら、とっても格好良く見える。いや、可愛いかな?」
「て、照れるよ、ミカシャ」

 はっはっと狼の吐息と共にかけられる愛の告白。元より人間扱いなどされてこなかったミカシャに、否があろうはずもない。
 その鼻先に口づけをし、大きな口の中に頭を潜らせるようにして舌を舐めあい、その夜の内にエリアナとミカシャは燃え盛る村を背景に結ばれた。

 ───勇者と魔王は、世界の調整システム。
 その理を破壊した罰か、それとも新たに現れた魔王が強すぎただけか、勇者エリアナの旅立ちと裏切りから僅かに半年後、人類は地表から居なくなった。
 地上には長く虐げられた魔物たちの解放の歓声が響き渡り、種族の壁を越えて抱擁が行われ、勝利の唄が鳴り渡った。
 人類殲滅の尖兵として活躍した元勇者の人狼エリアナは、その後多くの種族を治める一国の長となり、その慈愛に満ちた執政は代々「王女たるものかくあるべし」と語り伝えられた。
 その妻となった最後の人間ミカシャとの愛は後世においても非常に人気が高く、2人の数奇な運命と生涯に渡って変わることのなかった婦婦仲は、絵本や歌劇となって長く魔物たちに愛され、種族を超えた愛の象徴となったという。

【さらば戦神、また会う日まで】
種族:精神寄生型超時空生命体(IN幼馴染)×人間

 人類が、全ての生きとし生ける者が、ただ“生きている”という理由の元に共闘し、力を束ねて最後の抵抗を行っている。
 虚空龍。外見は神話や伝承に現れるドラゴンや、あるいは特撮映画に出てくる怪獣などを思わせる、あらゆる生命の半存在。
 侵略でも無ければ捕食のためでもなく、ただそこに生命があれば攻撃して抹消する。交渉も降伏も不可能な可視化された滅亡。
 それに今まで人類が、この星が抵抗することが出来たのは“ユーミル”がいたからだ。女性を思わせるボディライン、光り輝くその姿、見ているだけで「何かを成し遂げてくれるかも知れない」と希望を呼ぶ巨大なる戦神。彼女は虚空龍を追うようにこの星へ現れ、時に人類を守り、時に共闘しながら戦い続けて来た。
 しかし、今ユーミルは居ない。最強の虚空龍バイアティース。まるでユーミルの姿を真似たかのように、巨人と龍を混ぜ合わせた外観の恐るべき敵の前に敗北し、今は体を休めているからだ。
 私の前で、幼馴染である藤乃綾子の姿に戻って。

「戦いに、戻らないと」
「駄目だよ!今度こそ死んじゃう!」
『そうだ、アヤコ。残念ながらアキの言うとおりだ。奴は虚空龍の最期の1体。あまりにも強い』

 無理に体を起こそうとする綾子と、それを止める私こと南亜紀。それに、まるで腹話術をしているようにキンキンと響く綾子に似た声。この声の主こそユーミルだ。
 ユーミルは超時空生命体とか、平行世界に同時存在する意思の具現とか、とにかくそういうもの。元々は紀元前の時代にこの星に訪れ、人間に叡智を授けた逸話が北欧の神話に残っている、要するに神様みたいなものと私は解釈している。
 しかし、ユーミルが知性を与えた世界に次々と虚空龍が襲来して食い荒らし始めた事から、彼女(らしい)は抵抗を開始。この世界ではユーミル単体では活動することが叶わず、最初に虚空龍が現れた時に私を庇って倒れた綾子と同化するというハプニングはありつつも、これまで戦い続けて来た。
 これまでも深く傷ついたり、時には強大な敵を相手に撤退することになったりはあった。その度に私たちは徹底的に相手を分析し、時には軍隊の協力を受けながら、最後は勝利してきた。
 けれど、今回現れたバイアティース、あいつだけは違う。まるで“命が増え過ぎてはいけない”とでも言うかのように、命の守護者となったユーミルを真似た体で、とてつもない暴威を奮う最悪の怪物。
 人類統合軍の最期の抵抗も、恐らく後数分持つか、持たないか。核兵器すら無効化する怪物への決断の時は迫っている。

『虚空龍は倒す度、戦う度に強大になり、こちらの戦い方を覚え、対策してきた。私たちはそれを、奴らに知性の類がある結果だと考えてきたが、正確には違ったのかもしれない。虚空龍とは“現象”であり、全てが1体の怪物なのやも。つまり、最後の1体は最強の力を、これまで敗れて来た、エネルギーを割く必要もなくなった個体の分の出力も乗算されているのではないだろうか』
「そんな考察、何の意味があるのよ!このままあいつを放っておいたらみんな死ぬ!亜紀も死ぬ!それを放っておけって言うの!」
「綾子、でも!」
『解っている。私だってこの星の人間を、とりわけアキを失いたくはない』

 私たち3人は、秘密を共有する仲間としてこれまでずっと虚空龍と戦い続けて来た。私は直接戦うことはできないけれど、それでも幼馴染の綾子を、この星を守ってくれるユーミルを、大切に、愛しく思っている。けれど、私を理由に死地に向かおうとしているのなら、それはやはり止めるしかない。

『───1つだけ、奴を確実に、100%葬り去る方法は、ある。あるいはバイアティースが最後ではなく、それに倍する更なる敵が現れてなお、恐らく圧倒できるはずだ』
「え!?ほ、本当?」
「ここまで言い出さなかったってことは、都合のいい方法って訳じゃ無さそうね」
『アヤコの言うとおりだ。アヤコ、アキのことが好きか?』
「愛してるわ」

 あまりにも情熱的な告白。こんな事態なのに、私は赤面してしまう。

『私もだ。炭素結合生物の恋愛感情など生殖の為の脳分泌物によるもの、そんな私の前提を君たちは覆し、そして大いに私に影響を与えた』
「ユーミル相手でも、亜紀は渡さないわよ」
『それだ。私たちはアキへの想いと言う共通項を持ちながら、それを共有できないことで完全なるシンクロができない状態になっている。アヤコ、君と一体になることで、私単体で引き出せる能力の何倍もの力を発揮することができた。この想いすら完全に同機することができるなら、戦神ユーミルとしての力は更に数倍にまで跳ね上がるだろう』
「つまり」
『私と、精神まで完全に同化する。私も君も居なくなり、新たな人格が生まれる』

 あまりにも衝撃的な提案に、私は言葉を失った。綾子とユーミルが消える。まったくの別人になってしまう。それは、私にとっては地球を失うのと大差ない悲劇だ。

「やる」
「綾子!?なに考えてるの!綾子じゃなくなっちゃうんだよ!これまでの綾子、消えちゃうんだよ!?」
「私の一番大事な感情は、亜紀を好きなこと。それが残って、記憶も残るなら、それは別に私が消えたことにはならない」
『多少の混濁はあるが、記憶や価値観は共有されるはずだ。アキを愛するという一点のもと、私たちは1つになる』
「やだ、やだ!おかしい!そんなのおかしいよ!どっちも一緒にいてよ!そうだ、ユーミル、あなたの力で逃げちゃおうよ!私たちだけで、別の世界に!」
『それは、できない。君が一番大事でも、私はこの星を捨てられない』
「そこは私の勝ちね。私は地球も大事だけど、亜紀のが大事だから。これ、合体したら意外と私だけ残ってたりして?」

 もう完全に覚悟を決めてしまっている2人に、私は話題の中心のはずなのに完全に置いて行かれていた。涙が止まらない。2人を止める手段が、戦えない私には根本的には無いのだと気付いていたからだ。
 綾子がゆっくりと窓を開ける。遠く、バイアティースと人類の最終決戦が映る。

「まさか、亜紀より先にあんたにプロポーズされるとはね」
『やめてくれ、相棒としては尊敬しているが、君をそういう対象と考えたことは無い』
「はは、フラれちゃった。それじゃあ、亜紀」

 振り返ったその少女は、一体誰だったのか。まだ綾子だったのか、ユーミルが表に出ていたのか、それとも私の知らない、私を愛する誰かだったのか。

『「やっつけてくる」』

 綾子だった体が光に呑まれ、窓から飛び出すと共に巨大化を開始する。
 光の使者、神秘の巨人、地球最期の希望、そして、愛の戦士。
 マッハを超える速度で飛び去る背中に、なんと声をかけるべきだったのだろう。どちらの名前を呼びかけるべきだったのだろう。
 決定的に何かを喪失した感覚を覚える私の視線の先、地球の命運をかけた最後の戦端が開かれたのが見えた。

【職場とオフとは分けてます】
種族:アラクネー×アルラウネ

 魔物学会でもタブーというか、穏当にやっていくなら触れない方がいい話題というのはあるもので。
 例えばかつて存在し消滅したとされる勇者システムとは何者が設定したものだったのかとか。人類種が滅亡する際にどのような殲滅手段が取られ、それが現在の法規に当て嵌めると問題はあるのか否かとか。
 そんな禁断の議題の中でも最たるものが、かつて存在していた魔物の敵性種族・人類との戦いに終止符を打ったとされる伝説的魔王アスモディアについてだ。
 僅か79歳と言う若年ながら魔物学会への出席、発言、そして研究発表を許されているアルラウネのラフレンツァ教授はこう主張する。

「アスモディア王は人類殲滅に尽力した幹部たちに領地や国土の支配を譲り、自身は別の世界へと去っていったと伝えられています。これは“リリサイド型神話”と呼ばれる定型に属し、私が研究を進めている界面干渉学においてはいわゆる異界との接触、干渉、知識の譲渡などが引き起こされた思わしき転換点における出来事と共通します。アスモディア王は、ここでは便宜上“リリサイド”と呼ばれるある種の旅団のような次元移動組織に所属していた構成員あるいは幹部格であったのではないでしょうか。我々、純正な魔物は持ち合わせていない種族変更を行ったとされる記述も、リリサイド型神話には散見される描写です」

 オカルトの極致、とんでも理論を更に飛躍させたような超理論である。
 対して、魔物学会創設メンバーの1体であり、齢1200歳を超えるアラクネーのトゥモエ教授はこう主張する。

「実際には複数の王や領主、それこそ“狼女王の誉れ”と呼ばれた人狼エリアナのような英傑たちの逸話や活躍を統合したのが“大魔王アスモディア”であり、確かに彼女の原型となる人物が人類種廃絶後の安定期に存在した可能性はあるが、その逸話のほとんどは後の領地の正当性や自身の血筋の証明の為に神話の英雄を利用する、貴族主義の生み出した虚像に過ぎないのではないか。我々に出来ないことを彼女が出来たのは創作の人物だから、界面ナンタラなどという趣味の範疇を出ない飛躍を持ち出さなくても、生物学と神秘学と物理学の範疇から歴史を推察すれば、残るものが真実だろう」

 こちらはこちらで現実的でこそあるが、世が世なら不敬で処罰されそうなことを平気で言う。
 斯様にラフレンツァとトゥモエはどちらも優秀ではあるのだが、顔を合わせれば激論を交わし、相手の理論の穴を突き、揚げ足を取り、2人が揃ったが最後「他はもう昼寝でもしておいた方が有益だ。発言どころか発声の機会すら、最後の会歌斉唱まで無いよ」と言われるほどであった。
 宿命のライバルとも言える2人。この2人を初めてみた者は、ラフレンツァの幼さを残しつつ可憐な容姿と、トゥモエの妖艶な魅力を放つ多脚にまず目を奪われ、2人が交わす激論に大いに面食らい、そして最後に肺血機関が誤作動を起こすほど驚かされて終わることになる。
 2人は一緒に暮らしている、恋人同士であると。

 ラフレンツァの朝は早い。まだ太陽が昇る前から起き出して、触腕を器用に使いながら朝食の準備を始める。
 最近は色んな界隈がうるさいので普段はフェイク・バグを使っているのだが、今日は休日。せっかくということで冷凍しておいた本物の、まるまる太った食用幼虫をサンドイッチに挟み、固い頭部はスープに入れる。
 できるだけ静かに家事をするよう心掛けているラフレンツァだが、同居人は朝が弱いくせに神経質なので、このくらいの時間にのそのそと起き出してくることが多い。

「おはようございます、トゥモエさん。今日はなんと、本物の食用幼虫を使ったサンドイッチとスープですよ!」
「体液、たっぷりの?」
「噛むとあふれ出すほどたっぷりです!きゃっ!」

 自信満々に料理をプレゼンしていたら、わしゃわしゃとトゥモエの多脚に後ろから押し倒される。付き合いたての頃は“そういう”行為の合図だと思って慌てたものだが、実際には愛情表現程度の軽い意味合いだ。寝ぼけていると特に、加減を忘れて神経節とお腹の産毛で以て恋人を感じたがる。

「あー、ラフレンツァー、ラフレンツァすきー。ごめんね、ごめんね、いつもいじめて。嫌わないでー」

 何ならこのまま力を入れればどうとでもできる姿勢でしか謝罪できない。不敬も畏れぬ学会でのトゥモエしか知らぬものは驚くだろうが、本来の彼女は非常に気が弱く繊細だ。嬉々としてラフレンツァと論戦しているように見えて、いつも嫌われないかと不安がっている。

「もう、何度も言ってるじゃないですか。トゥモエさんの全力をぶつけて貰って、喜ぶことはあっても嫌がるなんてありえないって」
「だけど、だけどね、うー」
「むしろ、トゥモエさんの方が私みたいな子供、すぐに飽きて羽の綺麗なハーピーとか鱗も艶やかなラミアのもとに行っちゃうんじゃないかって」
「しない!絶対しない!私、ラフレンツァと添い遂げるの!のー!」

 魔物学会でのハキハキした物言いは何処にいったのか、ほとんど幼児退行してラフレンツァを抱きしめ続けるトゥモエ。ラフレンツァもこの時間が嫌いでは無いが、せっかくの料理が冷めてはと、触腕で丁寧に多脚を解いていく。

「続きは、食事を終えてから。ちゃんと食べたら、今日はトゥモエさんのやりたいことに付き合ってあげます」
「ホント!?じゃあ、本屋!本屋に行きたい!」
「またオカルト本ですか?私が言うのもなんですけど、平行世界では人間が繁栄していたーとか、伝説の聖獣ユニコーンとペガサスのカップルを見たーとか、何が面白いんです?」
「ぞくぞくするじゃない、もし本当に人間がうじゃうじゃいてこの世界に侵略してきたらどうしよーとか」
「その時は、私がトゥモエさんを守りますよ」

 ずっと年上なのに、そんな一言で「あう」と呻いてもじもじし出すトゥモエ。
 ラフレンツァは可愛いなあと悦に入りながら、触腕で赤紫に染まった頬を撫でる。
 こんな時間がいつまでも続きますようにと願っているのに、トゥモエとの激論もまた楽しみにしているのは矛盾しているだろうか。そんな風に想いながら、ラフレンツァは恋人の為にスープをよそった。

【ふかもふ戦争】
種族:狐娘×鷹娘

 天狐の杜綱と迦楼羅の阿鷹は、元はインド出身の神使(神族の騎乗獣やメッセンジャー)である。
 それが遠く日本に流れて来た結果、それぞれが神として祀られ、信仰を集めることとなった。人に崇められるのは悪い気持ちでは無いし、そこそこの神威はあるので支障も無い。
 けれど、それはそれとして二柱はそれぞれに対して不満があった。

「ごちゃごちゃ言うのもどうかと思ってずっと黙っておったがのぅ、元々は単なる乗り物であったおんしが、今や五穀豊穣の神と祀られるわらわと同格とはどういうことじゃ?」
「他の獣と間違われて取り上げられた結果メジャーになっただけの妖獣の癖に何を調子に乗っているのですか?私の病魔退散・毒蛇除去の神威は元よりですよ?」

 杜綱の神社に神酒を持ち寄っての飲み会。二柱とも酒癖が良いとは言えず、酒が入ると隠していた本音が溢れ出す。とは言え、別に嫌いあっている訳でも無いので、争いごとは何やら妙な方向に転がり始めた。

「んっ、く、ふっ……こ、これは、確かに……す、すごいのぅ……」
「あ、あなたも、んんっ、なかなか柔らかくて、温かくて……くふっ……」

 二柱は身に纏っている衣服を投げ出すと、杜綱は尻尾で、阿鷹は羽で互いの体を撫でまわし始めた。何故そうなったかというと、どちらも術の類を行使する際の部位だからとしか言えない。それがどっちが凄いのかと言っている間に、気付けば斯様に睦み合う結果となっていた。

「ふ、あ、あ……み、耳、耳は……」
「やめてほしいんですか……?」
「や、やめなっ、んぅっ……」
「それじゃあ、私も……くっ、うぁ……そこ……」
「ふ、ふふふ……腋で喜ぶなど、変態鷹めぇ……」
「み、耳が弱い陰獣は……あなたでしょう……」

 もう、どっちが優れているかではなくどちらの弱い所を突けるかに完全に置き換わってしまっている。杜綱は耳や尾の付け根を触られては身を震わし、阿鷹は羽の付け根や顎の下を触られては甘い声を出す。

「はぁ、はぁ……な、なあ、阿鷹よ、わらわのこと、どう思う……」
「い、いきなり何ですか……その、古なじみですし、気の知れた相手だと思っていますよ……」
「いや、そのな……正直、このままでは生殺しじゃし、一線超えてしまおうかと思うのだけれど」
「とんでもないこと言い始めますね、この狐!?」
「でも、な、何とも思っていない相手とするのは不義理じゃろう?」
「爆弾発言と純情アピールの温度差が大きすぎですよ……」

 その間にも杜綱の尾はさすりさすりと阿鷹の腋下をくすぐり続けている。じわりと湧いてくる汗が、暑さ故だと思うほどは阿鷹もすれていない。

「……好きですよ、可愛いと思ってます。インドに居た頃から気にしてました。なのに、日本にやって来たら偉い神様の眷属で、こっちの主人はほとんどが仏教系。なかなか声かけられなくて、30年くらいはうろうろしてました」
「ほ、本当かえ?本当にわらわのこと好き?両想いかえ?」
「え、両想い?」
「あ。……いやさ、わらわだって昔から気にかけておったのよ。天を行くおんしの姿、とてもきらびやかで美しかった。なのに、こちらに来て再会してからはずっと距離がある感じで……そかそか、こんぷれっくすとやらを抱えておったとなぁ?」

 ドヤ顔で勝ち誇ろうとする杜綱を羽で抱き寄せ、耳に舌を入れて黙らせる阿鷹。
 突然の阿鷹の行いに驚きつつも、尾を阿鷹の全身に巻き付ける杜綱。
 攻守入れ替え、互いの想いを伝えあうための時間は3日3晩に及び、終わった時にどちらも言葉を交わすのも億劫で、神酒の残りを適当に飲ませ合う始末であった。
 ───このような経緯があって、元は稲荷社であったこの社には、迦楼羅の神像が祀られることになったということだ。
 この神社で時折巫女のような恰好をしている2人の女性が話してくれる逸話であるが、どちらに聞いても「稲荷の方が優勢」「迦楼羅の方が優勢」と譲らず、とりあえず合わせて聞いて仲睦まじいと思っておくのがよさそうである。

【狼なんて嘘さ】
種族:人狼

 こんにちは、旅人さん。
 女性の1人旅ですか?珍しいですね。
 このまま進むと山の中で日が暮れますよ。よければ泊っていきませんか?御覧の通り、幾らでも空き家はありますので。
 なにがあったのか、ですか。
 旅人さんは人狼ってご存知ですか。そうそう、狼男とか狼女とかそういう類です。噛まれた人間も人狼になる?へえ、そんな吸血鬼みたいなお話もあるんですね。
 この村にね、人狼が出たと。噛み殺されたような死体が見つかってね、もう大騒ぎ。
 普通なら人狼なんていきなり言い出さずに野生の獣の仕業だと思うでしょう?仮に人狼が実在したとしても、山の中とかに隠れ住んでいて、今回たまたま里に下りてきて人を襲ったとか、そういう話になるのが自然じゃないですか。
 何故か違ったんです。村の誰かが人狼に違いないと。成り代わっているという話だったのか、それとも元より潜んでいて本性を表したという話だったんですかね。とにかく、何故か分からないけれどそんなお話になったんですよ。
 もう分かるでしょ。村人同士で殺し合ったんです。最初は変わり者や、身寄りのない年寄りが、次に若い女性が嫌っている手合いが、もうその後は女も子供も関係なしでした。
 何で1人だけ殺した時点で「もう人狼はいない」って話にならなかったんでしょうね。こういう話って、人狼に殺されたと思わしき死体も出続けるものじゃないんですかね?なのに、ずっと、ずっと、犯人捜しだけ続いた。被害者は出ずに、容疑者だけ殺されていくんです。滅茶苦茶ですよ。
 で、結局私と後1人だけが村の生き残りって訳です。ああ、家に居るんです、もう1人。私のパートナーです。あんまり外に出たがらないのでね、私1人でずっと死体を埋めたり、生ごみを片付けたり。捨てられないんですね、村その物を。もう滅んでしまっていて、よい想い出なんて最後の狂乱で吹っ飛んでしまったのに。不思議とね。
 ああ、それでね。怖がって放置されていた、最初に人狼に殺されたって言われていた死体、腐りかけのそれを見る機会がありましてね。あれ、釘です。釘かなんかを刺された痕ですよ。なんでそんなもので、という不思議はあれど、普通の殺人です。喧嘩かなんかでしょうね。
 旅人さん、人狼に噛まれると人狼になるなんて、さっき言ってましたね。もしかしたら、そう、みんな人狼になっていったのかも知れませんね。心の隅を、なにかこう、悪心に噛まれて、それが伝染病みたいに広がって、ね。
 本物の人狼は増えたりなんてしないのに。もしそんな方法で増えられるなら、私たちだってずっと人間のフリして静かにひそんだりしませんよ。
 ……今の話を聞いても泊っていくって、なかなか豪胆ですね、旅人さん。もちろん、もてなさせていただきますよ。他所の人の話を聞けるのは久しぶりですから。
 ただ、うん、少しだけ距離を置いて……嫉妬深いんです、彼女。はい、同性のね、番って奴で。旅人さんは平気でしょうが、私が噛まれてしまいますから。

【ちからずく】
種族:機械人形×人間

 これは過ちの記録だ。
 私は間違いを犯した。1人の女性を不幸にし、2つの魂を傷付けた。
 いつかそれが風化してしまうことを恐れ、これを記している。

 ラキアというのが、その機械人形の名前だった。
 私の世話役として購入された時点でかなり古い型であり、お世辞にも高性能とは言えない機体だった。
 とにかく、彼女は頭が悪い。計算などは得意なはずなのに、何故かいざ行動に移すととんでもないことをやらかす。
 料理を作って欲しいというと、冷蔵庫の中身を全て使い尽くして最高級の料理を家族の人数分以上用意したり(味は美味だった)。
 寒いと言ったら躊躇なく何処であろうとも抱き締めてきて、そういう時だけ熱源センサーで体温の上昇を認めるまで離さなかったり。
 ベッドを整えておけと命令すると、シーツなどを綺麗に畳むまではいいが、何故か自分も寝床で待っていたり。
 時に致命的ともいえるようなドジややらかしが許されていたのは、私の両親が裕福で大らかで、そして私自身はその愚かな行動を好ましく思っていたからだろう。
 互いに格付けをしあって裏で牽制しあいながら、俗悪な会話で取り合えずの盛り上がりを得ているクラスメイトたちに馴染めない私にとって、愚かではあっても賢明なラキアは見ていて安心のできる存在だった。
 いつしか私は、ラキアがミスをしても叱ることはせず、布団に潜り込んで来ようとも抱き返すようになっていた。
 ある時、私には愛する人が出来た。自分自身をひけらかさない、控えめで大人しい人だった。同性のパートナーに対しても両親はとても大らかで、私は幸福の絶頂に居た。
 愚かだったのだ。ラキアを愚かだ、愚かだと言っておきながら、私は自身の愚かさについて理解していなかった。ラキアをどう扱っているのか、ラキアの視点から考えるということを私はしていなかった。所詮機械などと考えていたのかもしれない。
 彼女を両親に紹介した夜。寝室のドアが開いたのは、てっきり別室で眠っている彼女が入って来たものだと思っていた。
 ラキアだった。最初から寝室にいることはあっても、こうやって夜中にいきなり入り込んでくるというのは初めての経験だった。一体なにごとだと問いかけた私に応えることなく、ラキアはいきなり襲い掛かって来た。
 そういった機構のない機械人形でも、ある程度までは外観などは性別に準じたものとなっている。私の上で腰を上下に動かしながら、ラキアは言った。
 どうして新しい人形を家にいれるんですか。ラキアがいるじゃないですか。こうやって満足させてあげなかったのがいけないんですね。ラキアが満たして差し上げますね。
 絶叫した。身を包む恐怖に耐えきれず、声を出してしまった。両親は仕方ないとして、彼女が駆けつけてくるということは予測して然るべきだったのに。
 ───深い心の傷を負った彼女は入院し、私に何度も何度も謝罪するままに疎遠になった。ラキアは、電源を切られて倉庫に入れられた。破壊したり、業者に送り返すには過ごした期間が長すぎたし、愛着も深すぎた。
 何故ラキアを家族だと認識していたはずなのに、配慮ができなかったのか。感情を持つ機械人形を手にしたのなら、道具として行使する以外の責任が発生することを何故理解しなかったのか。愚かな私の罪をここに記す。私自身が、これを忘れないように。

 ……嘘だ。そう、全部嘘だ。
 あの手紙は両親が読んで、姿を消した私の事情を察してくれるように作ったカバーストーリーに過ぎない。
 いきなり機械人形が性的な行為を働くことなどあり得る訳が無い。そういう用途の人形でもないというのに。誰か教え込んだ人間がいなければ、決して。
 私は、私を愛してくれた相手を人形扱いした。それは事実だ。
 けれど、それはラキアではない。ラキアを相手している内に、人と交われなくなったらどうしようと怯えた私が見つけた、真っ当な恋愛相手というお人形。
 私の隣で、ラキアは機械人形特有の笑顔で寄り添っている。
 罪は決して風化しない。これからも重ね続けていくのだから。

【優しい堕天計画】
種族:悪魔×天使

「天使ちゃん、天使ちゃん」
「悪魔ちゃん、どうかしましたの?私、今から人間さん達が戦争するように吹き込みにいかなくちゃいけないのですけど」
「そんな下らないことやめようよ。ほら、こっちに来てテレビゲームをしよう」
「また地上に勝手に降りたのですか?悪魔王様に怒られても知りませんよ」
「天使界と違って、悪魔の世界は自由奔放だから、それくらいで怒られたりしないよ。ほら、これとか前に天使ちゃんが楽しみにしてた奴の新作だよ。もし天使ちゃんが遊ばないなら、無垢な見習い天使たちをテレビゲーム漬けにして堕天させちゃうよ」
「───こほん。なるほど、そういうことでしたら、私がその企みをくじく必要がある訳ですね。受けて立ちましょう!」
「じゃあ協力プレイにしようね!」

「天使ちゃん、天使ちゃん」
「悪魔ちゃん、また遊びに来ましたの?私、今から地上に飢餓を広めて万単位で死者を出さなければいけないのですけど」
「そんなつまらないことやめようよ。それよりこっちで美味しいお菓子を食べよう。ジャック・オー・ランタンが、地獄に帰る前に余ったお菓子をくれたんだ。珍しいお菓子がいっぱいだよ」
「またそんなに1人でお菓子を抱えて。食べ過ぎて真ん丸になってしまっても知りませんよ」
「悪魔の世界では歯磨きさせすれば何をどれだけ食べても怒られないもん。もし天使ちゃんが食べないっていうのなら、このお菓子は上級天使どものお茶会のお菓子とこっそり取り換えて、ジャンクな喜びを教えて天界パティシエを困らせちゃうよ」
「くっ、そんなことになったら薄味になれきった大天使様たちが大変なことに。仕方ありません、受けて立ちましょう。あら、これ美味しい」
「でしょー。人間は娯楽に関しては完全に神魔越えてるよねー」

「天使ちゃん、天使ちゃん」
「…………」
「どうしたの天使ちゃん、随分と暗い顔をして」
「ああ、悪魔ちゃん。私、自分の仕事になんだか自信が無くなって来てしまって」
「えっへっへぇ、私に毎回邪魔されてるからね!」
「それもありますが、人間を苦しませたり、困らせたり、殺したり。そんなお仕事ばかりです。天使は人間を守護するものでは無いのでしょうか」
「違うよー。天使は人間に神の偉大さを知らしめる代行者だよ?」
「それ、は」
「だから怯えさせたり傷つけたりの方が楽で派手でしょ?極論、人間がみんなガリガリで病と飢餓に苦しみながら新生児がボロボロ死んでも、神様を崇めさえしてればオールオッケーだからね!」
「やめて!」
「……ごめんね、悲しませたかった訳じゃないんだよ。ね、そんな仕事やめようよ。天使ちゃんは十二分に頑張ったよ。だからね、こっちに来よう。私と365日遊んで暮らそうよ。少し、少し休むだけだから」
「…………」

「天使ちゃん、天使ちゃん」
「悪魔ちゃん、どうしましたの?」
「結局、天使は続けるんだねー」
「あの時は気が弱っていましたが、悪く言おうとすれば幾らでも、どんなことでも悪意的に解釈できるものです。人が神様を信じるのは、どれだけ厄災がもたらされようと、それを乗り越える力を信仰からもらえるからのはずです」
「詭弁くさーい」
「それに、どうせ悪魔ちゃんは私が堕天してしまったら、他の天使を堕天させようと声をかけにいくんでしょう?」
「いひひひ、どうだろうねー、悪魔だからねー、何しろ」
「まったく、可愛い顔をして恐ろしいこと」
「今日はこれから仕事?」
「ええ、そのつもりですか」
「じゃあ、そんなつまらないことやめて、遊ぼうよ!」
「はあ、また断ったら何処かに迷惑をかけるのでしょう。受けて立とうではないですか!」

【月と太陽と空と海と】
種族:太陽神×月の女神、人魚×ハーピィ

 遠い昔、人魚とハーピィはセイレーンと呼ばれて同じ種族だったという。
 呪力を込めた歌で以て、船を迷わす力を両方が持つのはその名残。今となっては人魚は空に焦がれ、ハーピィは泳げぬ自分の身を嘆くしかない。
 人魚のカイナもまた、空に───より正確に言えば、空を行くハーピィに恋い焦がれる1体である。
 幼い頃、人間に不死の妙薬となるとして捕えられ、震えることしかできなかった所に颯爽と鍵爪と歌を武器に救い出してくれたハーピィのソラハ。どちらかと言うと大人しいカイナと騒々しいのを好むソラハだが、不思議と気が合い、関係は今に至るまで続いている。
 けれど、2人が触れ合えるのはこうし小さな岩礁に身を預けている間だけ。カイナは飛べない、ソラハは泳げない、その狭間の場所で僅かに歌を阿わえることだけが、2人の共有できる時間だった。

「“月が綺麗ですね”と東洋の国では告白に使うと聞いたことがあるわ。いえ、あれは誤訳なのだったかしら……?どちらにしても、月には手が届かないものだわ」
「そうでもないぞ」

 まさか独り言に返答があるとは思わず、慌てて声の方を向いたカイナは、危うく岩礁から滑り落ちそうになるほど驚いた。
 狩人を思わせる男装と、それでは隠し切れない美貌。何より海に映った月の陰の上に立つという、人どころか並の人外であろうとも叶わぬような離れ業。このようなことをできる存在を、カイナは一柱しか知らない。

「あ、アルテミス神……?狩猟と貞淑の女神の?」
「そうだよ。毎日毎日月に向かって切ない歌など歌われては、気になって下りて来たくもなるものさ」
「し、失礼を致しました。どうか、どうかご容赦を!」
「ボク、そんな怖いイメージかな?そりゃあ疫病広げたりもするけど」

 カイナとしては謝りついでにさっさと逃げ出してしまいたかったのだが、アルテミスの方は何やらカイナと話し込むつもりであるらしい。近くの岩礁に気取った調子で腰かけて、またその様が実に惚れ惚れするほど美しかった。

「ハーピィとの種族違いの恋か。知恵の女神と蛇の化け物に比べればまだまだ距離もないと思うけどね」
「??? す、住まう場所は絶対かと思います。それこそ、神ならぬ身であれば」
「そうでもないよ。ボクもそこそこ苦労した」

 アルテミスの恋物語と言うと、有名なのは猟師オリオンとのものだろうか。人間と女神、確かに人魚とハーピィよりも隔たりがあるかも知れない。
 けれど、アルテミスは何処か困ったような顔をして首を横に振った。

「彼とは、本当に猟の腕で競い合うのが楽しかっただけで、そういうのとは違うよ。周りが盛り上がっただけ。そっちじゃなくて、ね」

 そう言って、アルテミスは当然カイナも聞いたことが無い、荒唐無稽の恋物語をしてくれた。

 ───ボクがあの娘と初めて出会ったのは、トロイア戦争が終了したばかりの頃のことだった。
 応援していたトロイアが滅び、お父様に泣きつくという醜態まで晒したボクは、自らを鍛え直すために東の国へと修行の旅にやって来ていた。
 この国は国土は小さいのに、ヒドラに匹敵するような大蛇や、星に乗って飛来する悪神などが跋扈する土地であると聞いて、修行をするにはぴったりだと思ったからだ。
 とは言え、怪物退治ばかりをしているとお腹がすく。狩りで仕留めた獲物を焚火で炙りながら、その日の簡単な寝床を用意していた時だった。

「とても、弓を引くのが上手なのね」
「分かる?」

 急に話しかけられたとしても、弓の話となればすぐに反応するのがボクだ。ニコニコ笑顔で振り返って。
 お父様の雷霆で撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
 美人だとか可愛いとか、そういうレベルじゃない。母性というんだろうか、とにかく問答無用でこちらの心を安らがせて来るような、そんな“穏やかな容姿”。
 この国の一般的な神々の衣装と比べると遥かに豪奢な造りの服と装飾から、彼女がこの国の神々の王族か、あるいはもっと立場が上だと一目で分かる。その癖、偉ぶっているというか、人を拒むような空気が全くなかった。

「こんにちは、ああ、もうこんばんは、かしら。貴女は異国の神族かしら?」
「あ、うん、いや、はい。アルテミスと言います。オリュンポスから来ました」
「ああ、とても有名な月の女神様。ふふ、私の妹にも月の女神が居るの。とても恥ずかしがりやな子だけど……初めまして、ヒルメと言います。神名はアマテラス」

 日本の最高神といきなり遭遇するなんて思っても居なかった。いや、近く挨拶に行こうとは思っていたけどさ。
 アマテラスはとにかく、距離の詰め型の上手い人だった。ボクが呆気に取られている間にサクサクと話を薦めてしまって、気付けば彼女が用意したお酒を飲みながら一緒に食事をすることになっていた。
 米を発酵させているという変わったお酒は、意外と肉の味とよくあった。「私の口で噛んで、発酵させたの」と言われて変にドキドキしてしまったのを覚えている。
 ボクはトロイア戦争のごたごたのせいで当時女神連中と険悪になっていたし、アマテラスの方はそもそも女性の神格が少ないということで、話し相手に飢えていたボクらはすぐに意気投合した。
 楽しい会話、うまい酒。そうなると、話は次第に深いところまで進んでいく。

「アマテラスは、なんでこんなところウロウロしてるの?」
「えへへ、逃げちゃいました」
「逃げた!?なんで!?」
「───恋人が、殺されたんです。弟に」

 それは、オリュンポスでもよく聞く類の、けれど決して慣れることはない系統の話だった。
 久しぶりに会いに来た弟の暴虐を必死に庇い続けた結果、弟の増長は頂点に達し、皮を剥いだ馬をアマテラスの恋人がハタオリ(編み物みたいなものかな?)している場所に放り込んだそうだ。怖くて怖くて、驚き過ぎて、彼女はそのまま死んでしまった。

「最後の言葉は、私へ助けを求めるものだったそうですよ。“姉様、助けて”と」
「それは、うん、辛いね」
「私はその時、他の神々に言われて弟のことを弁明している最中でして。もう、私は何をやっているんだろうと、何もかも嫌になってしまいました」

 アマテラスはずっと笑顔を絶やさない。その笑顔は感情の表出では無く、きっと最高神として感情を表に出さないようにし続けた結果の、仮面の様なものなのだとボクは悟った。
 ボクの兄など酒乱で細かいことを気にしない太陽神なのに、この人はなんて繊細なのだろう。政争に負けて他所の国に来たボクと比べるのは失礼かもしれないけれど、今寄り添えるのはボクだけかも知れないと思った。
 そっと、失礼に当たらないかと不安に思いながら、彼女の肩に手をかける。アマテラスは少しだけ驚いたように目を開いたけれど、そのままされるがままに身を預けてくれた。

「どうか、軽い女だと軽蔑しないで下さいね」
「しないよ。絶対にしない」

 そのまま、一晩中彼女の肩を抱いて過ごした。星は国が変わっても変わらず美しいんだなと、そんなことを思っていたのを覚えている。

「それで、彼女を連れて逃げようとしたら東の国が闇に閉ざされちゃって、悪霊相手に大暴れとか色々あったんだけどね」
「あの、端折った部分の方が大事ではありませんか?」

 カイナの言葉もどこ吹く風、アルテミスは思い人の感触を思い出しているのか、虚空を柔らかな曲線を描くようにして撫でる。

「恋愛ってさ、きっと本当は必要なのは相性だけで、性別も種族も住む場所もそんなに大したことじゃないんだよ。けれど、恋愛は恋愛だけで解決しないから、色んなことが巻き込まれてどんどん純度が下がっていく」
「純度が……」
「だから、まず気持ちを伝えて、互いの相性を確かめて。問題に立ち向かうのはそれからでもいいと思うよ。大丈夫、他所の主神とだって最終的には何とかなったんだから」

 そう言ってアルテミスが見せた薬指には、桜色の貝殻が付いた指輪が光っていた。

「おっと、どうやら思い人が来たみたいだね。お邪魔虫は消えるとするよ」
「あ、ありがとう、ございました」

 空の向こう、ソラハの姿が見えた。こちらに向かって一直線に飛んでくるのは、少しくらいは嫉妬しているのかもしれないが、相手がアルテミスだと気付いたのか大きくバランスを崩していた。
 アルテミスは既に姿を消していて、水平線の彼方に月と交代で日が顔を出し始めている。本当はまったく違う場所にある者同士が、まるで顔を突き合わせているように見えて、カイナは少しだけ笑った。

【そして、今夜も蕩けていく】
種族:スライム娘×魔王

 今の時代、魔王なんてただのお飾りに等しい。
 人間族が滅亡してから千年以上経っているし、当然敵対者である勇者も生まれて来ない。前の魔王の政策を受け継いで善政を敷けば、そうそう反乱や革命なんて起きないし、神界の連中も口出しをすっかりして来なくなった。
 私は支配者じゃなく、平和の象徴みたいなものなのだ。それはそれとして民たちが幸せなのは嬉しい限りだけど、魔王と言う立場になった途端にこれまでと周囲の扱いが変わるのに、じゃあ魔王らしい振る舞いができるかというとそうじゃない、そんな状況は正直ストレスが溜まる。
 だから私は、今日も仕事(とは名ばかりのサインとハンコ)を終えて、彼女の元へと向かう。従者や秘書も、この時だけは傍には置かない。本当に私1人きりだ。
 秘密の部屋に設置されたそれは、大きめの浴槽か小さめのプールか意見の分かれるところだろう。そこで水に浸って伸び伸びすごしていたのであろう彼女は、私の気配を感じ取るとすぐに自ら上がり、形を取った。

「まおうさま、おつかれさまでえす」

 ピンク色のゲル状の体を持った、年頃の女の子。スライム族は自分が好意を持った種族に擬態をすることが多いけれど、彼女は自分自身の固有の姿を持っている珍しい種だ。と言っても、自我が確立しているかというと怪しく、褒めれば笑って叱れば泣く、そんな子供の様な性格をしている。

「ただいま。今日も、いいかな」
「もちろんでえす。それじゃあ、きょうはおふく、ぬぎますか。それともそのままですか」

 本当はこの魔王の鎧を身に付けたままが一番ドキドキするのだけれど、汚してしまうと綺麗にするのにとても時間がかかる。いそいそと全ての着衣を脱ぎ捨て、生まれたままの姿に。彼女はにぱーと顔(を模してる部分)を笑顔の形に変えて。
 一気に広がって私を飲み込んだ。
 肺の中まで一瞬にして彼女に満たされ、魔王の強靭な体でなければ即死しそうな苦しみが包み込む。苦しい、苦しい、苦しい。そう思ってもがく私に、教えた言葉を彼女は囁いてくれる。

「こんなざこどうぜんのスライムに、めちゃくちゃにやられてはずかしくないの?よわっちいざこおんな、まおうしっかく、わたしがいがみたらぜったいけいべつする」

 散々並べ立てられる罵倒。悔しさと苦しみで涙が溢れ出す。

「けど、わたしだけは、そんなさいていのまおうさまでも、ちゃんとあいしてあげるからね」

 ごばあっと体から解放され、一気に酸素が体内に取り込まれる。魔物たちの中でも決して強壮とは言えないスライム族の娘の足元で痙攣する自分、そこに感じる悔しさや羞恥が、私の濁りかけていた意識をすっきりとクリアにしていく。

「まおうさま、だいじょぶ?げんきさん?」
「し、心配しなくていい。むしろ、さっきまでより調子がいいくらいよ」

 きっと魔王である自分がこんなことに耽っていると知れば、多くの民から軽蔑されるだろう。私は別に、民からの軽蔑が欲しい訳では無い。それはある意味で、彼女たちの平穏を乱すことにもつながるからだ。だから、これは私と彼女しか知らない秘密だし、知らなくていい秘密だ。

「まおうさま、いいこ、いいこ」
「きゅ、急にどうしたんの?」
「むかし、こういうこと、おかさんにされた、きがする。おねえちゃんだっけ、あやふや」

 ふにふにと程ほどの強度を保った状態で膝枕をされ、頭を撫でられる。
 これは、また。窒息とは違う、良さがある。これからは、毎日これもしてもらった方がいいかもしれない。

「まおうさま、だいすき。これからもなかよく、してほしい。だから、がんばりすぎないで」

 それは、私が教えていない言葉の羅列。彼女自身が思ったことなのか、この場に相応しいと思って言ってるだけなのかは分からないが、それでも涙が出そうなほど身に染みていく。
 魔王としての仕事など、これからもきっと無いのだろう。私は肥大化した英雄願望とこれからも戦い続けていくことになるはずだ。
 けれど、彼女と一緒なら、きっと普通の魔王くらいにはなれるはずだ。そう思いながら、私はあまりの心地よさにとろとろと目を閉じた。

「───だいすきな、まおうさま。これからも、わたしに、どんどんいぞんしてね。ぜったい、ぜったい、はなさない」

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