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幻の昭和歌謡ZINEを偲ぶ。

誰も知らない、昭和の"懐メロ"同人誌のこと

昨日は、暗澹たる大学生活1年目について書いた。
いまだにものすごく長い歳月のように感じているが、実際には大宮通学はたった1年。2年生から卒業までは水道橋にあるキャンパスに通った。
水道橋。
結果から言えば、このロケーションがその後の人生を決めたとしか言いようがない。
いちお位置関係を説明しておくと、水道橋というのは東京ドーム(当時の後楽園)の最寄駅としても有名だが、地下鉄三田線でいうと神保町にかなり近い隣駅だ。そして、わが学部は水道橋といってもほぼほぼ神保町という場所にあった。
神保町といえば、本と中古レコードの街。さっそく、講義の合間の空き時間ができると水道橋から神保町、さらにはお茶の水まで足を伸ばすレコード屋めぐりの旅が始まり、やがては、学食に行ってごはん食べてからレコード屋(または本屋)に行き、途中でちょっと学校に戻って荷物を置いてまた神保町に出撃して、夕方、水道橋のやる気茶屋で友人たちと合流する…というクズにもほどがあるキャンパス・ライフ(キャンパスじゃねぇよ)が形成されていったわけである。
新入生の時に「なんでこんなところに来てしまったのか」と大宮の夕焼け空を見上げて泣いていた私だが、その選択には間違いなく何かしらの意味はあったのだ。

いまだに「大学はどこにあったんですか」と訊かれてうっかり「神保町です」とマジボケしてしまうほど、日々、たいがい神保町にいた。それが私の人生の土台を作ったのは疑いない。特に、当時いちばん学校に近い場所にあったのが富士レコード社で、たぶん学校に行った日数と同じくらいの日数は通わせていただいた。結果、歌謡曲、アイドル、ディスコものの良盤に強かった富士レコード社に、ある意味、大学のかわりに就職指導までしてもらったといっても過言ではない。フランク永井や島倉千代子の美麗な10インチ盤が学生のお財布でもふつうに買えた、いい時代だった。そして、もうひとつ、ブームが過ぎ去ってほどよく値崩れした時期のディスコ盤も欲しいものはたいがい手に入ったのは幸運だった。

おまけに、だな。
通学に片道2〜3時間かかった1年生の時とは違って家から近い。
そして、レコードばかり買ってお金はない。
さらには、友達が少ない。

という、3つの条件が揃った、あるものと言えば暇だけの大学生。そんな大学生は、こんな時に何をするでしょうか。
答えは、「あまりにも暇ですることがなくて、同人誌を作った」。
いや、正確には「同人誌を作りたかったが、一緒に作る同人もいないのでひとりで5役くらい名前を使い分けたニセ同人誌を作った」ですが。

たぶん84〜85年の間に2冊だけ作った、そのニセ同人誌の名は『花小鉢Special』という。だが、正直あまりにもアホすぎるひとりよがり本という記憶しかなくて、これもまた思い出したくない思い出のひとつだった。なので、去年、大掃除アンド断捨離イベントの際に発掘されたものの恐ろしくて中身を読む勇気がなくて、古本と一緒にそーっと積んでおいたのだ。

が、昨日、大宮通学の話とか、フランク永井を一緒に見に行った友達の話を書いていたら懐かしくなってきて、おそるおそるページを開いてみた。
そしたら、自分で言うのも何ですが、これがなかなかよくできているではないか。いちおう、今、プロの端くれになっている私の目から見ても、そこそこ面白かった。ので、しばし読み耽ってしまった。ただ、よくもわるくも衝撃だったのは、今と全然変わってないんですよ。芸風も、言わんとしていることも、好きなものも。

デビュー曲にはそのアーティストの“すべて”が詰まっている、と申しますが。私も同じだった。なんだよ、最初から“自警団新聞”だったのかよ(笑)。みたいな。

えせサブカルちゃんだったので、当時は『よい子の歌謡曲』や『東京おとなクラブ』のポップにマニアックな感じにあこがれていて。ただ、内容的には当時の自分がすごく好きな文化が取り上げられているわけではなくて、で、創刊まもない『レコード・コレクターズ』はロックの名盤と同時にディック・ミネの特集をしたりしてる幅広さがクールでカッコよいと思っていたけど、創刊早々だというのに、当時から今ひとつオッサンくさいのがどうも…(笑)。というわけで、今、未来のオトナ目線で分析してみるとだな、たぶんわたしは“ポップなレココレ”(笑)みたいなのを作りたかったんじゃなかろうか。ひえー。

というわけで、これも何かのご縁ということで、せっかくなのでちらっと公開いたします。昭和の女子大生が作ったZINE、つーことで失笑しながらおつきあいいただければ幸いです。しかし、それにしても昭和のうちに昭和歌謡…とは、やっぱりちょっと早すぎましたな。つか、当時は逆に「遅すぎた」のか。

●花小鉢Special

【表紙】

▲創刊号。
いきなりお嬢、美空ひばり特集。
表紙の絵は、友達が描いてくれた。この絵だけが、唯一ほかの人に手伝ってもらったもの。うまい。

▲第2号。
フランク永井特集。最大の特徴としては、1号の時には手書きだったのが2号では進化してワープロを導入している。が、そう考えると、現在『ノンサッチ自警団』では再び手書きに退化しているという点はひじょうに興味深い。

【創刊号より】

▲巻頭・とじ込みふろく。
「君は何派か?」チャート。
先日、弥生美術館の“田渕由美子展”に行き、自分がいかに『りぼん』の影響を受けていたかを知ったことにより、今、生まれて初めて気づいたことなのですが。この、巻頭にふたつ折りの口絵的なもの…という仕様は、たぶん『りぼん』の影響ですね。子供の考える“ポップなレココレ”とは、この程度(笑)。

▲そして巻頭は、美空ひばり特集。
もう、若さってこわい。偉そうすぎて恥ずかしい。写真は昔の芸能誌とか、ソノシート・ブックからのコピーですね。これも神保町コレクション。

▲“ポップなレココレ”を標榜する本誌(嘘)たるゆえん、再発ボックスもとりあげている。しかし、誰の影響なんだか(笑)ちょっと毒っぽく書くのがカッコいいと思っていたのか。「ビクター音楽産業内でも表彰クラスのヒット」とか、オマエ何様だ、つか、どこの事情通なんだよ。

▲あと、おそらく、こういう同人誌には辛口コラムを入れないといけないと思っていたらしい。特に怒ることもないので、なんか、“にわか”とか“かたり”にネチネチ言っている(笑)。女子雑誌の「こんな男にご用心!」みたいなマニュアル記事のパロディのつもりかも。
わかんねーよ、昔のオレ!
でも、この時点ですでに大川栄策が歌った「緑の地平線」に注目していた点は、昔の自分をほめてあげたいくらい感心した。

【第2号より】

▲巻頭特集はフランク永井ストーリー。
ちなみに「佐久間みかん(本誌)」を含めて、書いているのは全部自分です。5〜6人で執筆している風を装っています。ひとりでいろんな名前を使うというのは大瀧詠一さんと一緒ですが、この頃はまだそんなことが“大滝さんっぽい”とは知らず。ひとり遊び好きというか、友達少なめというか。やっぱり、もともと昔から大滝さんと性格が似ていたようだ。

ちなみに、この巻頭特集はめちゃくちゃ力が入ってますよ。いわゆるバイオグラフィー記事(笑)なんですが、冒頭には古い記事ではなく、当時のテレビ番組『今夜は最高』でのタモリさんと矢野顕子さんとの会話を引用してくるあたり、俺だなーと思いました(笑)。これもたぶんポップなレココレ、みたいな意識。

▲64年のライヴでのMCを引用するなど、これは神保町コレクションのレコードからの収穫と思われる。こういう記事、当時の専門家は大宅文庫に行って資料を探したりするのが基本だったんですが、図書館通いなどは全然せずに作った。資料はすべて水道橋〜神保町間で調達した。

▲レアな写真が多いのは、レアな10インチ盤をたくさん手に入れた直後だったからです。写真集がついてるやつ。

▲ほら、ポップなレココレもデータが大事なのは理解していて、気持ちばかりのディスコグラフィーまでつけてやがるぜ(穴だらけの)。

▲“懐メロ”誌なので、古い歌謡曲だけではなく古い洋楽もとりあげます。とはいっても70年代ロックとかではなく、ディスコ。これも、単に神保町でめちゃくちゃディスコ買っていたからなのだが、偶然とはいえ“ディスコ”っていうのが“歌謡”っぽいから妙なトータル感は出ているなー(感心)。これもレココレとかミュージック・マガジンの影響があるのかな、昭和歌謡と同列でディスコをとりあげるのがカッコいいだろ!的な。ちなみに、対談ですがひとりで架空対談です。痛すぎる。

▲そして、なぜか巻末にカセット・インデックス(爆笑)。忘れてたよ。ここにはFM誌の影響だな。アホすぎるな。これじゃ友達できねーよ。

▲裏表紙。
2号共通の裏表紙。これはちょっとかわいいですね。、

今だったら、ネットを通じて同じ趣味の仲間を見つけることは難しくないし、こんなZINEができたらどこかで売ったりする方法もいろいろあるはず。が、当時は仲間もいないし、誰かに読んでもらう方法なんて思いつきもしなかった。
しかし、まぁ、せっかくなので何十部かを大学前の1円コピー屋(というのが昔はあった)でコピーして作って、製本テープで製本して、手あたり次第に学友とか友達に渡して、みんな優しく「すごいねー。ありがとう」ともらってくれたものの、「読んでもらえたー?」と訊くと「……はぁ」みたいな感じで………。いや、そうなんです、そりゃそうなんです、こんなもの「はぁ?」としか言いようがないです。これで「ああ、こんな同人誌が欲しかったんです!」と握手を求めてくるような人がいるとしたら、それは仲間どころか私のドッペルゲンガーとしか思えない。
まぁ、若かったし、サブカル上等だったし「大衆音楽を愛しているのに、大衆の支持を得られないオレかっこいいー」くらいの明るい方向性で少しは落胆したものの、ものすごく熱中できることを見つけられて嬉しかったし、誰かに読んでもらうというよりも作り終えた喜びというのが自分にとってのゴールだったのだと思う。
それはつまり、作ってみたはいいけれど喜んでいる読者は自分だけという結果だったわけですが。もし、今、私が誰かにこの(ひとり)同人誌を渡されたとしたら、これを作った人をすごくほめてあげると思うし、励ましてあげると思う。
当時は「…はぁ」としか言われなかった作品を、今、未来の自分がほめてあげている。そして、ここまでご覧いただいた方々にも見ていただけたことになる。それって、ちょっといい話ではないですか。昔の自分を励ましてあげられることってあまりないけれど、やっと励ますことができたな。よかった。

と、そんなことを書いていたら、メアド登録だけで無料で読める電子音楽誌『ERIS』の紙本版が届いた。今号ではレギュラーの連載ページにて、米国大統領就任式で詩を朗読したアマンダ・ゴーマンと、作曲家キャロライン・ショウがソー・パーカッションとコラボしたニュー・アルバムについて書いた。口絵がわりに「ノンサッチ自警団新聞」を載せてもらったのだが…おいおい、冗談じゃなくて、これじゃ「花小鉢Special」ではないか。
ああ、昔の自分が見たら「まだこんなことやってんのかよ。ぷ。」と言われるだろう。絶対に見られたくない(笑)。

↓メアド登録するだけで毎号無料で読めてしまう、ボリュームたっぷりの電子音楽雑誌『ERIS』。3月11日発行の最新号、巻頭は佐野元春2万字インタビューだよ。他にも豪華執筆陣のすばらしい読み物がもりだくさんですので、よかったらぜひ。詳しくは下のリンクからどうぞ。
ちなみに私の連載『オレにいわせりゃクラシック』も、ついに第15回をむかえました。ので、ついでにご覧いただければ光栄です。あまりに内容が充実しているので、これで無料だと逆に「何かあやしい仕組みがあるんじゃないの?」と疑われたりもするのですが、理想の音楽雑誌を作りたいという発行人様の情熱から生まれた雑誌で本当に無料なのです。佐野さんも、実は創刊以来の読者だそう(!)。


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