パンダとあそぼう
朝テレビをつけたら、動物園の特集をやっていた。お天気キャスターがパンダを囲う柵の前で「可愛いですね〜!」と言っている。可愛いな、パンダ。観に行くか、パンダ。そう思い立ち、リュックにカメラだけ詰めて、家を後にする。風が強い。
連休初日に沸き立つ家族連れやカップルに混じって入場券を買い、人の波をすり抜けてパンダのコーナーに向かう。柵の上にはプラカードが吊るされていて、「パンダとあそぼう」の文字。パンダはどんな遊びが好きなんだろう。UNOとかするのかな。笹が好きだから、ワイルドカードが出ると必ず「緑!」って言うんだろうな。可愛いな。
のそのそと笹をむしって食うパンダを遠巻きに見ていたら、強い風がビュウと吹きつけた。周りの人々がキャァ〜〜と声を上げている。あらまぁと思っていたら、マジックテープを剥がす時のような音が頭上から聞こえてきた。ふと顔を上げると、「パンダとあそぼう」の「パ」の半濁点がボコリと歪に浮き出している。強風に気を取られて誰も気づいていないらしい。「え、パ、ちょっと皆、パ」とキョロキョロしていると、パンケーキの生地を裏返した時みたいな優しい着地音と共に僕の真横に゜が落ちてきた。クリスピー・クリーム・ドーナツのオリジナル・グレーズドに大きさも色もそっくりで、なんなら砂糖をまぶしたかのように表面がてらてら光っている。咄嗟に拾い上げ、周りに気づかれないようリュックにしまう。ふとパンダの柵を見ると、パンダの姿がない。代わりにタンクトップ姿の初老男性がぽつりと立ち尽くしている。微動だにせず虚空を見つめるその姿を目の当たりにして、観覧客の誰かが悲鳴をあげる。それを合図とするかの如く、辺りは大騒ぎになった。多分あの人、半田さんっていう名前なんだと思う。言う相手もいないので頭の中で呟いて、取り敢えずカメラを出して男性の写真を一枚撮っておく。
夕方ごろ家に帰って、することもないのでテレビをつける。「パンダ突如失踪 謎の男性が柵の中に」のテロップが目に飛び込んでくる。映像が切り替わる。号泣する男の子を見つめながら、半田さんが頭を掻いている。手持ち無沙汰なので、拾った゜をリュックから取り出し手の中で転がす。中国の由緒正しき陶器を愛でている気持ちになる。真ん中の穴に腕を入れて、フラフープの要領で腕を回してみる。吹っ飛んでいきそうで怖くなり、4周くらいではたと止める。テレビに目を向けると、見覚えのある男女が眩いフラッシュの前で涙ながらに頭を下げている。画面の下には「人気歌手と清純派女優 まさかのW不倫」の文字。ふと思いつき、手に持っていた゜をテレビ画面の前にかざす。「W不倫」の「不」の右上に狙いを定めて、卵を割るつもりで液晶をコツコツと叩く。3回目くらいで、泥でいっぱいのバケツに腕を突っ込むようなぬぷっとした感触と共に゜が画面に吸い込まれる。画面が切り替わると、男女が白いテーブルを挟んで向かい合い、中央に置かれた巨大なプリンの両壁をスプーンで削っている。
腹が減ってきたのでテレビを消し、キッチンに向かう。冷蔵庫から冷奴を取り出し、皿に移して麺つゆと胡麻油をかける。あのパンダは家族と今頃UNOでもしてるんだろうか。ぼんやり考えながら、冷奴をスプーンで口に運ぶ。
明日、半田さんの写真を現像しにいく。
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