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【小説】グラディアトリクス #3
〈トーキョー・プライズリング〉で、イセマルが最初に与えられた役割はダンスだった。
綺麗に化粧をして、美しく装飾されたドレスを着せられた。ドレスのすそには、模造品の宝石がちりばめられて、色とりどりの照明に照らされてきらきらと輝いた。
男の娘になったばかりの子どもは、選手が入場する前、音楽に合わせて〈舞台〉の上でささやかな演舞を行う。
戦いが始まる前の儀式のようなものだと聞かされた。
イセマルからすると、服も、音楽も、儀式も、華美なばかりでちぐはぐに見えた。
「これは何のまねっこ?」
そう尋ねると、オノキはとてもうれしそうに笑い、「新しい、遠くの、知らないことだ」と答えた。
「ここでは、まねごとのほうに価値がある」
〈プライズリング〉に、反則はない。直径25フィートの円形の〈舞台〉の上で、拳を傷つけないための薄いグローブとレガースを身に着けて、互いに素手で戦う。
代わりに〈舞台〉の脇には、負傷や結果の明らかなことを理由に試合を止める権利をもつレフェリーがつく。
ラウンド制ではなく、どちらかが倒れるまでインターバルはない。それも30秒間だけ、それを、どちらかが立ち上がれなくなるまで繰り返す。
「それじゃ、殺し合いになるよ」
はじめてそのルールを聞いたとき、イセマルはあきれて言った。
ここで自分は殺し合いをするんだな。と思った。そのために買われたのだ。と。
「いいや、そうはならないよ。ここにはここの流儀があり、マナーがある」
棒切れを持ってライオンと戦うような時代とは違うのだ。というふうにオノキは言った。
そして、イセマルと並んで試合を見ながら、解説を交えていくつかの不文律について説明した。
曰く、頭突きや目突き、急所や明らかに障害の残る部位への攻撃は、互いの価値を削ぐ恥ずべき行為である。
曰く、審判を欺いたり、互いの掌のなかで応酬されるような、客席から隠された技を競うべきではない。
エトセトラ。
「石器時代の殺戮ショウに満足する客は、ここにはいない。重要なのは、『技術』と『知性』を見せることだ」
オノキが鼻息荒く熱弁する。
〈舞台〉の上では、きらびやかなドレスを纏った少年たちが、スカートを閃かせながら闘っている。
跳んだり跳ねたり、回ったり、イセマルの目には、無駄に思える動きも多い。
2人で行う舞踊のようだな。と思った。
「――そして『美』を」
オノキはそう言って、素早い連打の応酬を見せる2人の剣闘士を、うっとりと眺める。
それで、イセマルにはこの場所のからくりが分かった。自分がかつていた場所では、無個性と従順こそが価値だった。ここでは技術と知性と、彼の言う『美』こそが価値であり、価値のある商品は守られる。
価値を証明できなければどうなるのか、イセマルはわざわざ聞かなかった。聞くまでもないことだと思ったからだ。
どこでも、何をしていても、それはきっといっしょだった。
◆
やがて、1年ほど拳闘を習い、あるいはカラテやジュードー、レスリングをやり、イセマルははじめて、〈舞台〉に上がることになった。
「殺すな、傷つけすぎるな」
最初の試合のとき、オノキは言った。
「いい闘いをしろ」
「勝てばいいの?」
イセマルは不安だった。自分が守るつもりでいる、いくつかのきめごとを、相手も守ることが信じられなかった。
オノキは答えた。
「負けてもいい。頑張れ」
背中を押されて、ようやく〈舞台〉に上がる。
客席をぐるりと見渡すと、明らかな上流階級と思われる男女が、品定めをするような眼で、イセマルを見ていた。
緊張はない、自分でも驚くほど冷静だった。
試合の相手となったのは、やはり今日デビューした、イセマルと同じくらいの年頃の少年だった。
かすかに垂れ目の、優し気な娘で、そういう趣の化粧なのか、ずっと困った顔をしているように見える。
一礼すると、長いまつ毛をぱちくりと動かし、初々しく笑んだ。
イセマルは拳を、握って、開いてみる。グローブは薄い綿入りの手袋のようなもので、ほとんどドレスの一部と言ってもよく、指の動きはほとんど制限されない。
眼を突くことも、耳を掴むことも、指を折ることも、きっとできるだろう。
だがそれはすべきではない。
(かわいい、かわいい、去勢された闘争)
そうして、おれ自身もまた、去勢されている。と、イセマルは思う。
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