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後ろ向きになってしまうよ

スッ……スッ……ギィ…………………

ガタッ


ドライブは楽しい。
日々の疲れを癒やしてくれる。
それに、今日はいつもより幾分か気分がいい。
俺は鼻歌を歌いながら車を走らせた。


俺がドライブをするとき、大抵普段は通らないような道を使う。
普段使わない道は、いつも俺に新しい記憶をプレゼントしてくれる。
そうなると俺のフロンティアスピリッツは満たされ、今日一日の幸福度を上げて眠りにつける。
それがたまらなく心地よい。
「今日はこの道を通ろうかな」
そう口に出す。
車は大通りを外れ小道へと歩を向けた。

外れた小道の左側。
ふと目に留まったもの。
光る赤提灯と少し色あせた暖簾。
それらはラーメン屋の装飾達だった。
ラーメンは大好きだ。
仕事の昼休憩はいつもラーメンを食べる程に。
…こんな小道にあるラーメン屋、やっていけるのだろうか。
もしやっていけなくて、近いうちに店を閉めてしまうなら。
残念だな、と、行きもしないのに馳せた。


行きたい場所があったことを思い出す。
我に返った俺はドライブを一時中断し、そこへ直行する。
駐車場を見つけた俺は、エアコンのよく効いた店内に入る。

ホームセンターなんていつ振りだろう。
大学時代は小さなアパートを少しでも有効活用しようと、専らDIYに勤しんでいた。
年をとって変わったな、俺。
今じゃそんなことする時間なんて無い。
昔の記憶は心を傷つける。

「お会計990円になります」


仕事終わりの飲み会に呼ばれなくなったのはいつからだろう。
車に乗り込んだ時、不意によぎった。

今の仕事は多分俺には向いてない。
俺に任されたプロジェクトが失敗する度、そう思った。
それの尻拭いをするのは課の全体。
自分で言いたくはないが、俺はお荷物だ。
それでみんなに恨まれて、陰口を叩かれた。
その頃だな、誘われなくなったのは。

忘れたい。
冷ややかな視線も、陰口も、全て悪い記憶だから。
くそっ、嫌な記憶思い出しちまった。
少しでも良い記憶は無かったか。
頭の中の引き出しを開け続ける。


まだ新入社員だった頃を思い出した。
あの時は同じヒラだった同期と仕事について語り合ったなぁ。
お互い軽口叩きあって、今日はこんなミスしちゃった~って笑いあった…
懐かしい…懐かしい……

忘れたい。
屈託のなかった笑顔も、なんてことない居酒屋のメニューも、良い記憶だから。
…どうしようもないな。
こんなこと忘れて早く家に帰ろう。


「君さぁ、何回同じミスすんの? やる気ある? 無いよね? やる気ないから何時までもおんなじミスしてるんだろ?」
「クスクス…またあいつやらかしてるよ」
「マジ勘弁してほしいんだけど…あいつの尻拭いをするの後輩の俺らだぜ? もう何も仕事すんなよ…てか、邪魔だから早く辞めろよな」

これが俺の日常。
脳裏に焼き付いてしまう程体験した。


毎日が憂鬱だ。
俺がミスしない日なんてない。
昨日も、今日も。
恐らく明日も何かしらやらかすのだろう。
はぁ…明日なんて来なくていいのに。
そうすれば、俺は一生ミスをしない世界に行けるのだから。

……いや、駄目だ。
挫けちゃいけない。
幾ら日々の生活が苦しくとも、自ら命を絶ってしまえばそれでおしまい。
今は駄目でも、いつか報われる日が来る。
その日を信じて、がむしゃらに生きる。

ただ…ただ少し…ほんの少しだけ…


後ろ向きになってしまうよ


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