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『ダブドリ Vol.14』インタビュー04 ドナルド・ベック × ジョーダン・ハミルトン(熊本ヴォルターズ)

2022年5月27日刊行の『ダブドリ Vol.14』(株式会社ダブドリ)より、ドナルド・ベックHCとジョーダン・ハミルトン選手のインタビューの冒頭部分を無料公開します。なお、所属等はインタビュー当時のものです。

日本で10年以上の指導経験のあるドナルド・ベック、そして日本人に帰化した兄を持ち、元NBA選手でもあるジョーダン・ハミルトン。日本と深い関係にある両者に、成長過程にあるバスケットボール界の現状を語ってもらった。(取材日:3月3日)

玲央 ハミルトン選手はコーチが熊本と契約してからの契約でしたが、彼の獲得にはどれくらい影響したのですか?
ベックHC 彼は私の第一希望だったんだ。このチームを作り始めたとき、チームからビジョンを伝えられた。しかしB2の選手や競争力がどれくらいなのか、まるで知識を持っていなかった。新型コロナウイルスの影響で、ビザを持つ選手が限られるなど、獲得できる選手が少なかったが、彼に関してはB1での活躍を見て私はとても評価していた。
玲央 一方で、ハミルトン選手は昨季滋賀でかなり活躍していたこともあり、色々と選択肢もあったかと思われます。なぜ熊本に?
ハミルトン コーチと話したのが大きかったね。電話で話したときに聞いた内容がとても良くて、日本だけでなく、世界中でトップレベルのチームやトップレベルの選手をコーチしてきた経験を持っていることも魅力的だった。それが熊本に来た大きな理由のひとつだ。
玲央 彼のスタイルやコーチングについてどれくらい知っていたのですか?
ハミルトン 彼の元選手から色々聞いたりしたね。彼がコーチしたことのある伊藤大司とは一緒にプレーしたことがあるので、コーチングについて色々教えてもらった。彼も僕も何かを証明したいという思いが強い。目標は優勝を目指すことだから、そう言ってくれたことで、決断を下すことができた。
玲央 シーズンも半ばですが、チームの印象や、自分がどうフィットしていると感じているか教えてください。
ハミルトン 序盤はチームに怪我人が多くて、僕も手を骨折して9~10試合ほど欠場している。ベン(ベンジャミン・ローソン)が怪我していたりで、多くの試合で外国籍選手が1人か2人でプレーすることが多かった。ただチーム全体で考えれば、特に我々が集中力を高められているときは、倒すのが難しいチームだと思っている。とにかくチームとして健康であり続けるよう努力する。そうすれば、きっとうまくいくと思う。
玲央 開幕前からジョーダンには多くを期待していたと思いますが、ここまでいかがですか?
ベックHC 彼は本当にマルチなスキルを持った男。ある試合ではポイントガードを務めながら、ディフェンスでは相手の5番(センター)を守ったりする。それはとても珍しい才能だ。彼はとてもユニークでオフェンシブな選手なので、彼が最も効果を発揮できるようにプレーさせるのは、ひとつのチャレンジとなっている。それは楽しいことでもある。彼のスタッツを見ると、得点、リバウンド、アシストと、あらゆる面で貢献してくれている。彼をコーチできてとても嬉しい。
玲央 ベックさんのスタイルとしてよくあげられるのがタイムシェアとボールシェアですが……。
ベックHC いや、それは日本のメディアが思っているだけなんだ。
玲央 最高の回答です(笑)。
ベックHC トヨタ(現・アルバルク東京)にやってきたとき、同じくらいの能力、同じくらいのエナジーを持ち合わせた選手が10人揃っていた。それを上手く利用したんだ。その影響もあって、ボールシェアをするコーチというイメージがついたのだろう。あそこでコーチしたことは、コーチとして最高の経験のひとつだったよ。トヨタのカルチャーを変えようと試みて、トラップディフェンスを利用する高いオフェンス能力のあるチームから、きっちりとマンツーマンで、厳しいディフェンスを仕掛けるチームに変わっていった。優勝したり、決勝まで進んだりしていたときは、常にディフェンスでもリバウンドでもトップ3に入っていたはずだ。
玲央 ではチームの人材に合わせてスタイルは変えているということですね。
ベックHC そうだね、そうしなければならないと思っている。

日本でのキャリアを選んだことは、プロとして最善の決断。(ベックHC)

玲央 そもそも日本にはどういった経緯で来られたのですか?
ベックHC 私がドイツでコーチしていたとき、同じくコーチにジョン・パトリック(元トヨタ自動車アルバルク東京ヘッドコーチ)という男がいたんだ。私はドイツ、ベルギー、オランダで14年間コーチしていて、オランダのチームをシーズン半ばで離れたときに、彼からトヨタの話を持ちかけられた。自分にとって、とても良いポジションだったので、そこから日本でのキャリアが始まったんだ。
玲央 それからずっと日本にいるわけですが、なぜこれだけ日本でキャリアを続けることを選んだのですか?
ベックHC これはジョーダンもよくわかっていることだと思うが、ヨーロッパでプレーしたりコーチしたりすると、経済的な面で少しばかり厄介なことになったりするんだ。契約が想定していたよりも保証されていなかったりする。幸い、私がコーチしたドイツ、ベルギー、オランドではあまり問題はなかった。そんな中、日本ではトヨタのような企業チームに行けば、そういった心配は一切しなくてすむ。私がドイツで7年間コーチしたTBBトリアは、在任中に3回も倒産している。日本ではそういった心配がない。安定性は大きな要素のひとつだね。
 そして日本バスケットボールの方向性も大きかった。私が来た頃はまだ bjリーグとNBLに分かれていたのだけど、合併する流れがあり、日本でバスケットボールが伸びる可能性を感じていた。そして実際にB.LEAGUEが誕生し、さらに八村塁と渡邊雄太が現れたことで、一気に加速していった。日本でのキャリアを選んだことは、プロとして最善の決断だったと感じている。
玲央 選手としても同じことを感じていましたか?
ハミルトン 間違いないね。ヨーロッパの中でも、トルコなんかはそういった契約を守らないことで知られている。僕自身も経験していて、そういったことにうんざりし始めていたんだ。そこで兄のゲイリー(小寺ハミルトンゲイリー、琉球ゴールデンキングス)と相談していたら、日本はどうかと勧められた。僕の代理人が最初に連絡をしたのがショーン・デニスHC(当時・滋賀レイクスターズのHC)で、僕がこっちに来てプレーすることを歓迎してくれた。元選手や、現在日本でプレーする選手からも、チームがとてもプロフェッショナルで、約束したことは絶対に守ってくれると聞いていた。今のところその通りになっているし、とても楽しめているよ。
玲央 お兄さんから日本について話を聞くことはあったのですか?
ハミルトン 話はたくさん聞いていたよ。ただ自分が日本でプレーする姿はあまり考えていなかった。自分が若い頃は、NBAに行くことが目標で、行ったら行ったでずっとここでプレーするんだという想いだった。しかし人生には転機が訪れることもある。今こうしてプレーできていることをとても嬉しく思っているよ。NBAを除けば、自分がこれまでプレーしてきた場所で最も好きな場所のひとつとなっている。
玲央 お兄さんがもう10年以上日本にいることを考えると、こっちに来るのは遅かったくらいじゃないですか?
ハミルトン そうだね、でもやっぱりずっとNBAの夢を追いかけていたんだ。特に二十代の頃はね。ユーロカップに出場するようなチームからのオファーもあって、そっちに行きながらも、NBAに戻ることを望んでいた。NBAの下部リーグからのルートを模索し、何度かリーグに呼ばれたりもしたけど、そろそろ自分のキャリアが次の章に進むときが来たんだというのを察知した。コーチとも先日話していたけど、日本でキャリアを終えたいと思っている。
玲央 異国でキャリアを送るというのは、どのような感覚なのですか?
ベックHC 時にはとてもチャレンジングであり、時にはとてもやりがいのあることだ。どの国もそれぞれの文化があるので、慣れるまでの大変さはある。日本に関しては、集団的な思考プロセス、集団的な努力を持って仕事をするという文化がある。チームスポーツでもそれが根付いている。トヨタでは、トヨタ式という考え方があって、従業員でも物事の進め方にある程度発言をすることができる。そういった集団的な考え方が私は大好きだったんだ。日本でコーチするにあたって、そういったカルチャー面をとても気に入っているというのは大きな要素だ。選手たちも必死になってやってくれる。そして女子チームを担当したら、それらを全て凌駕するものだった。彼女たちは誰よりも一生懸命やってくれる。それは自分にとってとてもポジティブなことだったね。そんななかで、フィットしてくれる外国籍選手を探すことも、またひとつのチャレンジとなる。ヨーロッパであまり活躍できなかった選手が、こっちでは大活躍することがある。そのバランスを探すのはとても面白く、楽しい作業だ。
玲央 逆の可能性もありますよね。海外で活躍した選手が、日本に来ても活躍できない。
ベックHC もちろんだ。日本ではサイズのある選手を欲しがる市場となっている。それによって色々と選択肢が絞られてしまうことはある。私がコーチしてきたドイツ、ベルギー、オランダなんかでは、元々サイズのある選手が多いので、ガードやスモールフォワードの外国籍が多かったりする。そういった差も影響していると思うが、まだ明確な答えは見出せていない。ひとつ言えるのは、性格がとても重要ということ。契約したけど、結局うまくやっていけない選手なんかがいるのをたまに見る。性格や人間性はとても重要なので、私はそこを見るようにしている。

もっと海外に向けても発信すべきだと思っている。(ベックHC)

玲央 B1とB2の違いに関してはいかがですか?
ベックHC これは答え方に気を付けないといけないな(笑)。B2については、あまり知識を持たない状態でこの仕事を始めたので、色々と学んでいる段階ではある。しかし、選手がB2にいるのには理由があり、B1にいるのにも何かしらの理由がある。それはスキルの差かもしれないし、エナジーかもしれないし、プロ意識かもしれないし、色々とあるだろう。B2はB1よりも、外国籍選手が占める役割とその重要性が高いと感じている。良い外国籍選手がいて、健康であれば、成功できる可能性が高まる。そしてさらに、優秀な日本人選手とマッチングさせることができれば、成功するチャンスは大いにある。
玲央 日本でバスケットボールが成長していくのを10年以上見てきているわけですが、過去にありえないなと感じたことは何かありましたか?
ベックHC まず、B.LEAGUEが成長していくのを見られるのは、とても、とても良いことだ。それは大前提として、批判的な話をすると、いくつかこのリーグが持っている優先順位を見直すべきだなと感じる箇所がある。例えば、冬に暖房が無い体育館ではプレーすべきではない。女子でコーチした1年目にあったことなのだが、これは絶対にあってはならないと思ったよ。会場に関して、B1はまだ良いのかもしれないが、こんな場所でプレーするべきではないと感じる場所がまだ多い。佐賀でやった天皇杯の試合は、普段使用されてもいないような体育館で行われた。その辺りの優先順位はもっと整理されるべきだと思っている。プレーするにも練習にも、一定の基準を満たしている会場であるべきだ。冬のアウェイ戦で暖房の無い会場でプレーするのは論外だ。何かしらのルールが必要だ。B1ではあまり経験しなかったことを、B2に来て経験している。成長自体は素晴らしい。ファンも興味を示してくれている。ソフトバンクのおかげで、試合を不自由なく見ることができるのも素晴らしい。ただ、もっと海外に向けても発信すべきだと思っている。アメリカやヨーロッパから日本の試合が見られないケースがとても多いんだ。何度も言うが、全体的な成長はとても素晴らしい。新型コロナウイルスの影響がなければ、今頃月に到達しているくらい成長していたとすら思っているよ。
玲央 10年前と比べては?
ベックHC そもそも私は環境の良いトヨタにいたからね(笑)。
玲央 あ、そうか(笑)。
ベックHC 最初の8年間をトヨタで男子と女子をコーチしたのだが、女子の施設の方が男子の施設よりも優れていた。だから、今あげたような課題を感じるようになったのは富山に行ってからだね。最初富山に行ったときは、ちゃんとしたロッカールームすらなかったんだ。だからそういった細かいところだね。全体的な流れには文句はないが、細かいところをどんどん改善していくべきだと感じている。
玲央 日本と海外で施設の差はどれくらい感じますか?
ハミルトン 場所によって違うかな。南アメリカは夏にちょっとやりに行く程度だったけど、施設は全く良くなかった。トルコはまあまあだったかな。僕が所属していたのは中位から下位のチームだったことも影響しているだろう。強豪のフェネルバフチェやアナドル・エフェスなんかは立派なアリーナを持っていた。イタリアはかなり良かったかな。練習用の体育館、試合用の体育館、ロッカールームなどが揃っていた。日本は頑張っている方だと思う。もちろん不満なんかもあるが、直せないようなことではないと思うし、今後改善されていくだろうとも思っている。
玲央 会話はほとんど英語で行われるんですか?
ハミルトン そうだね、コーチに通訳がつくことはあまりなかったかな。一度だけ、ロシアでプレーしたときはロシア人のコーチで通訳がいたけど、それ以外は英語だったかな。今も英語だし、昨季もショーン・デニスHCだったので、どちらも英語を喋るコーチ。日本人選手たちに通訳がついている状態だった。
玲央 コーチは日本に来て言語面で問題などありましたか?
ベックHC 全くないね。常に素晴らしい通訳を用意してもらえているので、問題を感じたことはない。レフェリーに関しても、英語が共通言語なんだ。上でやりたいと思っているレフェリーは、英語が喋れなければならない。選手たちもバスケットボール用語の多くが英語だ。NBAをフォローしている選手も多いので、若い頃からそういった英単語に慣れ親しんでいると言うのは大きいね。簡単に克服できる問題だと思っている。
玲央 レフェリーと言えば、英語が喋れないレフェリーもたくさんいると聞きました。英語が通じないとコミュニケーションを取るのも難しいのではないですか?
ベックHC 毎度のことだよ(苦笑)。
玲央 どうすべきだと感じていますか?
ベックHC このリーグに関して、一番の不満があるとすればそれはレフェリーなんだ。私は世界中で、もう40年以上この仕事をやっている。リーグの会議にヘッドコーチとして参加するたびに、レフェリーの教育レベルを向上させなければならないと主張してきた。B1でさえレフェリーが試合の決め手となってしまうケースがあり、B2となればもっとだ。この分野に関してはずっと話し続けていて、レベルを上げるためにもレフェリーの教育にもっと投資しなければならないと思っている。私がトヨタにいた2年目は優勝しているのだが、決勝戦ではヨーロッパからレフェリーを連れてきていた。レベルの高いレフェリーがそういう場面で笛を吹いてくれるというのは、かなり良かったことだったので、最近はやらなくなってしまい残念に思っている。しかし良くなってきてはいるよ。チームもだいぶ増えて、試合数も増えてきているので、難しい面があるというのは理解できるが、やはり改善事項としてかなり優先すべきだと感じている。
大柴 一番の差は何ですか?
ベックHC 質だね。水曜日にあった佐賀の試合でファウルだったことが、金曜日に福岡ではファウルじゃないなんてことが多い。
玲央 コーチにとっては死活問題ですからね、勝つか負けるかで自分の次の仕事があるのかが決まる。
ハミルトン 選手もだよ。

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