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「おけパ中島があまりピンと来なかったけど考えた」2020年7月4日の日記

・きのう、起きたらタイムラインが「おけけパワー中島」という単語で埋め尽くされており、そういうコンピュータウイルスに感染したかと思った。実際はそういう登場人物が出てくる短編マンガがウイルスのような規模で拡散していたのだった。

・すでに読まれた方も多いかと思うのですが、上記のマンガを読んでどう思いました!? 私は「面白い!! こういう考え方の人間もいるのか!!」みたいな感じだったんだけど、感想サーチしてみた限りだと「わかる……!」という反応がかなり多い。つまり登場人物の心情にシンクロしている人が多数だった。そうか、これはポピュラーな感情の動きだったのか……!

・特に共感を集めていたのが、バズワードにもなった「おけけパワー中島(人名、以下おけパ)」の存在だ。おけパは自分が崇め奉っているクリエイターに馴れ馴れしくリプライを飛ばし、親しそうに交流した挙げ句、自分の好きなジャンルへ誘導したりもする「陽」のオタクで、主人公は顔も知らないおけパに憎悪と対抗心とあとなにか黒くてネットリしたものを分泌する。

・このおけパについて「おけパ、いる~!」「おけパは悪くないというのわかっててなお憎いのも含めて全部わかる」「すみません。私がおけパだ」みたいな証言を山ほど見かけた。この盛り上がり方が半端じゃなくて、それこそ初めて人間失格を読んだこじらせ中学生のごとき「これは私の物語だ」がおけパ中心に繰り広げられているのだった。

・で、私はみごとにこれがピンとこないんですね。

・いやわかるんですよ。意味はわかる。その感情の流れみたいなものも、マンガがとても巧みに描かれているおかげで、とてもよくわかる。面白かったし。でもそれは「咀嚼(わか)り」という感じで、なんていうのか、うまいこと意味を噛み砕いて飲み込むことができました、という「わかり」なんですね。タイムラインの興奮が示すおけパへの「わかり」は逆で、自分の中にあったネットリ不定形ななにかに「おけパ」という名前がつきモンスターとして実体化し、ついに喉の奥から出てきた! みたいな、内発の「嘔吐(わか)り」だと思ったのです。私は吐くような「わかり」を経験していない。そういう意味で、やっぱわかってないんです。

・どうしてこんなギャップが生まれるのか気になる。

・厄介なのは、おけパ(というよりアレを取り巻く愛憎)が芯から「わかる」人と「わからない」人のどっちが合理的かといったら、たぶん私を含む「わからない」人のほうが合理的なんですね。作中で苦しむ主人公も、それが理不尽な宿怨だとわかってたから尚のことレイヤー数枚重ねの苦悩に陥ったのだろうし。間違っているがしかし切実な感情のねじれみたいなものは、やっぱり論理で理解しようとするとどこかで限界に突き当たる。百聞は一巨大感情に如かない。

・で、わかりたくて感想をいろいろ見てみたら、男性には私のように「意味はわかってもどこかピンと来ていない人」が結構いるようだ。そうか……私があまりピンと来てなかったのは、私が男だからか……。でも、性別だけがフィルターかっていうとそうでもなさそうなんですよ。憶測の域を出ないけれど、ここには「立場の近さ」「創作ジャンル」「性別」あたりが共感度に大きく関わってくる気がする。

・元となる作品は同人二次創作小説界隈の話で、当然この界隈に親しんでいる人のほうがグッサリ刺さりやすいはずだ。二次創作小説は女性向けとされる作品が活発で、書き手や読み手にもおそらく女性が多い。pixiv小説の新着やランキングを見てもそんな感じだった。なので「女性だから」わかるというより、「同人二次創作小説に馴染み深い人に女性が多いから」と表現したほうが正確なんじゃないか。

・ただ、マンガの内容は「二次創作小説」というジャンルにそれほど依存しているわけではない。創作ジャンルが違っても自分のジャンルに引き寄せて共感できそうに思える。私は同人コミュニティに明るくなく、その界隈に人づてもないから、テーマを抽象化してピンとこないのは男女差以前に当然だったのかもしれない。

・でも、私も同人コミュニティを遠巻きに眺めるくらいのことはしている。その印象でいうと男女でコミュニティの雰囲気はだいぶ違う。おけパへの複雑な思いが湧き上がってそうな雰囲気があるのはやはり女性中心のコミュニティだと感じる(文章はこのあたりからさらに印象論の色が濃くなる)。

・もちろん「男にこの感情はわからない」というのは絶対に言い過ぎだが、男女で傾向の差がある気はする。男女関係なく「嫉妬」「崇拝」「ライバル視」「自己嫌悪」……といった心の動きは持ち合わせているし、その機微の発生に大した差はないと思う。だけど、その機微をどう育て、連鎖させ、反芻し、行動へ影響させるか、みたいな部分での傾向は大きく違う。

・そういえば、私が少女漫画を読んでいて感じる共感ギャップはそこにある。キャラクターが抱く感情の機微そのものには共感できるし身に覚えだってあるんだけど「えっ、その機微ってそんなに育つの!?」と驚くのだ。こちらが勝手に「完熟トマト」くらいのサイズで感情に共感していたら、マンガの中ではその感情が「全米おばけカボチャコンテスト優勝作」くらいに肥大している。

・さらに話は逸れるけど、男性が描いた少年向けマンガがときに女性から絶大な二次創作人気を獲得するのはそういう側面もあるんじゃないか。男性作家が生み出した機微の苗に女性同人作家が肥料と水をめっちゃ与えてデカくするみたいなことが起きている。

・話を戻します。男性中心のコミュニティでは、そういう「大感情」が生じても言語的な通貨として使えない。たぶん男性の中にも「わかる」人と「わからない」人が混在しているんだけど、公には「わからない」が正しいとされる空気があるし、たまに表出すれば「ただの嫉妬」「相手は悪くないじゃん」という対抗カードがかなり強い力を発揮する。男性は女性に比べて無神経だとよく言われるが、実際にそうであるか以上に「無神経しぐさ」みたいなものがなんとなく共有されているところが違う。無神経しぐさが共有されている場では、内心はともかく合理性が優先されるから、理不尽巨大感情は早々に処理される。ときには男も男に毒入りのマシュマロを贈るが、それがコミュニティの形状に変化をおよぼすような連鎖を生むことはあまりない。

・女性中心のコミュニティでは、そんな内面の大嵐が「出すのはダメだけど、ある」ものとして予め共有されてる印象がある。そこが何より大きな傾向の違いかもしれない。描く作品のジャンル毎にアカウントを分けるような配慮などもそうで、その配慮の元をたどれば「理不尽に不快になるどこか誰か」がいるし、その「理不尽に不快になる誰か」は私かもしれない、という暗黙の了解もある。だからこそ男性コミュニティではあまり発生しない読み合いや独り相撲、匿名で綴られる8000文字の怨嗟が生まれる。

・どちらにも固有のしょうもなさがあるし、そもそもこの傾向が性別に由来するのかも実際はわからない。今はなんとなく男女でそんな傾向があるというだけで、今後は融合するかもしれないし、年代とか納税額とか別の属性で分断されるかもしれない。「おけパ」概念の普及や「巨大感情」というワードの浸透は、この男女差をある程度溶かしている気もしている。

・そう考えると、私もいずれおけパを腹の底から理解できるかもしれないって気になってきた。おそらく私がこれまでに属していたコミュニティの雰囲気が、おけパ的な存在へのアンビバレントな感情を曇らせてきただけなのだ。男だからとおけパを諦めるのはつまらないじゃないか。ちいさな機微の芽に肥料と水をやれば、誰でも立派に理不尽な感情を育てられるはずだ。

・……いや、インターネットは健やかに使いたいな。



・あとはただの日記です

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