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「サイバーくんと学ぶSNSのリスク」2020年6月6日の日記

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マリコ「うーん……」


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たかし「どうしたの? なんだか悩んでいるみたいだけど」


マリコ「あっ、たかしくん。実は、少し悩んでいることがあって……」

たかし「なにがあったの?」

マリコ「最近、SNSで仲良くなった女の子がいるの。好きなアイドルの話で意気投合して、よくメッセージを送りあってたんだけど、昨日その子に『今度、会って遊ばない?』って誘われたの。でも、ネットで知り合った人と会うのってなんか怖い気がして」

たかし「そうだね。怖いと言えば怖いし、怖くないと言えば怖くないね」

マリコ「あっ、返答に身が入ってない」

たかし「SNSのことはよくわからないから、あらゆる責任を負いたくないんだ」


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サイバーくん「マリコちゃん、困っているみたいだね」

マリコ「あなたは?」

サイバーくん「僕はサイバーくん。SNSの危険性を伝えるために、インターネットワールドからやってきたんだ」

たかし「サイバーくん。こういうときってどうすればいいの?」

サイバーくん「うーん……。いかんともしがたいよね」

マリコ「意外なことに、こっちも返答に身が入ってない」

たかし「いかんともしがたいって何?」

サイバーくん「まあ、一概に答えを出せることじゃないと思うんだよね。場合によるんじゃないかな」

マリコ「その名前は何? お飾り?」

サイバーくん「それを言うなら、マリコちゃんにはマリコという名を背負える覚悟があるのかな?」

たかし「物騒なことを始めるなら外に出てくれないかな」

サイバーくん「じゃあ、一緒に考えてみよう。SNSで知り合った人と実際に会うことは、どんなリスクをともなうだろう?」

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マリコ「うーん……」

たかし「SNSで知り合った人と会うリスクかあ……」

マリコ「さっぱりわからないわ」

たかし「僕も降参だ。何も思いつかないよ」

サイバーくん「不甲斐ない青少年だなあ」

マリコ「もういいから、そのリスクってなんなのか教えてよ」

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サイバーくん「さっぱりわからないな」

たかし「答えがあっての質問じゃなかったの?」

サイバーくん「僕にだってわからないよ。だから一緒に考えてみようって言ったじゃないか」

マリコ「その名前と風貌、登場タイミングからして、私たちになんらかの知識を授ける役割なのかと思いこんでいたわ」

サイバーくん「本当に何もわからないんだ。SNSのリスクのことを考えても、まるでイメージがわかない」

たかし「もっと考えてよ」

サイバーくん「いや、何もわからないんだ。深い眠りに誘われるときのように、自我の手綱を手放して楽になりたい。そう思うことがここのところ、増えてきた」

マリコ「悩みでもあるの?」

サイバーくん「いや。悩みがあるわけじゃないんだ。ただ『俺には何も無い』という感覚が、年を経るごとに大きくなっていて、いつか自分を内側から飲み込んでしまうような気がしてるだけなんだ」

たかし「虚無感ということ?」


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サイバーくん「客観的に見て、僕は幸せな奴だと思うよ。妻は僕を愛しているし、僕も妻を愛している。4歳になる娘は、義母に買い与えられたバンビのぬいぐるみに『ラザルー』と名付けてかわいがっている。今日も、妻の焼いたアップルシュガートーストの匂いで目を覚ましたよ」

たかし「でも、サイバーくんは幸福ではないと?」

サイバーくん「いや、幸福さ。間違いなくね。でも、なぜだろう。家族で食卓を囲んでいるとき、突然立ち上がって、『馬鹿野郎が!』と叫び、妻や子を張り倒したくなる。そんなこと、僕だって望んでいないのに」

マリコ「そう考えてしまう原因に、なにか心当たりはある?」

サイバーくん「僕の父は昔ながらの猟師だった。左目の下に油染みみたいなアザのある、共和党支持の気むずかしい男さ。父は僕が11のときに死んだ。自殺したんだ。原因は僕にある。父はよく鹿撃ちに僕を連れて行った。僕は厳格な父のことがあまり好きじゃなかったけれど、鹿撃ちに行くのは好きだった。一人前の男として認められた気がしたから。そのせいで、僕は調子に乗ったんだ。悪ガキの友だちに、自分は銃を扱える、弾込めだってお手の物だと吹聴した。そしたらその友だちは証拠を見せろと言った。じゃあ見せてやると僕は意気込んでその友だちをこっそり家に招き、父の猟銃を持ち出した。猟銃は納屋にしっかりと保管されていたが、西側の壁のトタンに穴が開いていて出入りできることを、僕は知っていたんだ。友だちは本物の猟銃を手にして興奮していた。もちろん僕もだ。当初は銃を見せるだけのつもりだったけれど、なにかを撃ってみようと友だちはしつこく繰り返し、僕もしぶしぶ合意した。森に行って、40フィート離れたところにトマトスープの缶を置き、撃とうとした。引き金が固くてうまく動かないや、と友だちは言った。それがあいつの最後の言葉だった。彼はおろかにも引き金に指をかけたまま銃口を覗き込もうとし、その瞬間に火薬が炸裂した。弾丸は彼の小さな左肺を貫いた。僕は大泣きしながら走って家族を呼び、駆けつけた父は青ざめて警察を呼んだ。父は僕にひとこと『馬鹿野郎が』と言った。その友だちは2日後に病院で亡くなった。僕も父も罪に問われることはなかったが、父は目に見えて憔悴していった。『息子を猟に連れて行くべきじゃなかった』と何度も繰り返し後悔していた。そして7月4日の夜に父は納屋で死んだ。首にロープが巻かれていたが、死因は嘔吐物による窒息だった。泥酔して帰ってきてから、衝動的に首をくくろうとしたらしい。しかし、縄を結ぶのに失敗して、倒れた工具棚に仰向けに挟まれ、そのまま喉を詰まらせたそうだ。あれから随分経つけれど、あの父の顔は忘れることができない」

マリコ「でも、それはサイバーくんのせいじゃない」

サイバーくん「何気ない選択が、一生を支配する頸木になることがある。僕にはあの光景――あの凄惨な死が、僕が人生で最後に触れた現実だったような気がしてならない。妻が勤め先の証券会社で仕入れた笑い話を披露して、食卓が笑いに包まれるたびに、僕は本当は叫びたくなってるんだ。『何だこれは? まるで再放送のフルハウスを見てるみたいだ。これが一生続くって言うのか? 本当に?』ってね」

たかし「僕は……サイバーくんは間違っていないと思う。友だちのことじゃない。そういう感覚に苛まれることがだよ。きっと……それこそが真に重要なもので……うまくいえないけれど、一生かけて向き合うべき価値のある苦悩なんじゃないかって」

マリコ「"死に値する罪だけが私を生かしてくれる"……」

サイバーくん「……なんの話だったかな」

マリコ「SNSの出会いのリスクの話」

サイバーくん「難しい問題だよ。マリコちゃんは、どうしたい?」

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マリコ「わからない。わからないけど、自室の壁を塗ろうと思う」

たかし「壁を?」

マリコ「私の部屋の壁は、生まれたときからずっと薄いクリーム色なの。でも私、ほんとうはあの色がだいっきらい。それを唐突に思い出した。これから資材店に行って、鮮やかなミント色のペンキと刷毛を買ってこようと思う」

サイバーくん「とてもいい選択だ」


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サイバーくんと学ぶSNSのリスク ~完~




・あとは日記です。


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