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「ザ・ムーン」2020年5月16日の日記

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『ザ・ムーン』1巻,p139

・今日はジョージ秋山のマンガ『ザ・ムーン』の話でもするか。

・『ザ・ムーン』は少年サンデーで1972年から連載されていた巨大ロボットマンガで、時期としては『マジンガーZ』などの登場に重なる。ガンダムとかが現れるのは5年以上あとになる。巨大ロボットもの黎明期の奇作として知られている。

・あらすじを説明すると「9人の少年が謎の男に巨大ロボットを託され、正義のために戦う話」で、非常にオーソドックスなのだが、『銭ゲバ』とか『アシュラ』とか描いてる人のマンガなので非常にアクが強い。


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1巻,p5

・『ザ・ムーン』を造った大富豪、魔魔男爵。登場1ページで完璧にイカれていることがわかる。彼は「力=正義」だと悟り、圧倒的な力を持つ巨大ロボット『ザ・ムーン』を完成させ、子どもたち9人に運用を託した。

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1巻,p155

・魔魔男爵はなぜ自分でザ・ムーンを動かさないのか。それは、自らを含めた大人たちは汚れてしまっており「本当の正義」を見分けられないから。だからこそ彼は巨大なロボットをいきなり押し付けておいて「なにをしてもいい」と放ったらかす。子どもたちはいい迷惑である。

・しかし、強大な力を持っているとはいえ、ザ・ムーンの仕様はめちゃくちゃクセの強いものなのである。


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1巻,p113

・まず、子どもたち9人が同時に同じことを考えて脳波を一致させないと動かない。シンジとアスカが心を通わせるのにした苦労を考えれば、あまりにハードルが高いのがわかる。子どもは上が中学生、下が幼稚園児とバラバラだし、脳波が届く範囲には限界があるから9人全員が一箇所に集まらないとビクともしないのだ。もちろん、誰かひとりでも殺されたら二度とザ・ムーンは動かないので、敵対勢力は容赦なく子どもを襲ってくる。魔魔男爵は一体何を考えているのだろうか。

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3巻,87p

・強敵と戦うため、子どもたち全員で必死に般若心経を唱えて精神を統一する感動の名シーン。


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3巻,97p

・このあと20ページ以上に渡って「般若心経を子どもが必死に唱えるシーン」と「巨大ロボットのバトル」が描かれ続ける。

・また、ザ・ムーンは中に乗れない。9人集まったうえで、付かず離れずで併走しなければ動かないのだ。不便極まりない。魔魔男爵は設計段階でなにか疑問を抱かなかったのだろうか(巨大ロボット=中に乗る というイメージが確立するのはもっと後とはいえ)。このマンガは最終回のあまりにも壮絶なラストシーンが有名なんだけど、そのエンドを招いた一因にもなっている。


・さて、9人の子どもたちは基本的にただの少年少女なので、なんの力もない。しかもザ・ムーンは起動コストが高すぎる。当然ながら悪党に付け狙われることになってしまう。

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2巻,17p

・そんなときのためにいるのが『ザ・ムーン』の名キャラクター、謎の忍者「糞虫(くそむし)」である。名前よ……。

・彼は魔魔男爵の忠実なる下僕であり、どこからともなく「ピルル……」という鳴き声とともに現れて、少年たちのピンチを救うボディーガードの役目を負っている。戦闘力の高さは作中随一で、ほぼ無敗といって差し支えない。

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1巻,p7

・魔魔男爵は糞虫と「お前はなんだ!?」「はっ、糞でございます。この世で一番きたないもの、それはわたくしめにございます」というお約束のやりとりをするのが習慣になっており、2人の間に結ばれた倒錯した信頼関係を垣間見ることができる。

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1巻,p159

・首相官邸へ向かう魔魔男爵に向かっていつまでも土下座を続ける糞虫と、その背景にそびえる逆光の国会議事堂のコマは、このマンガのロボット漫画とかそういうジャンルを超えた凄みを表している名シーンだと思う。



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1巻,p167

・糞虫のアシストを借りつつ、9人の少年たちはいろいろな敵対勢力と戦うのだが、その雰囲気も唯一無二だ。独善的な理由で日本に水爆を落とし日本征服を企むカルト集団「連合正義軍」などは70年代の世相を反映していて、ビジュアル的にもかなり強烈。しかも最期は日本刀で腹を切って落とし前をつける。


・このマスクは『デロリンマン』にも登場していた「オロカメン」というキャラのもので、筋肉少女帯のアルバムジャケットになったりしている。


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1巻,p181

・コピペしまくり見開きページの迫力はすごく、初めて読んだときは息を呑んだ(しかもこのあとのページも同じような見開き)。このさらに後にある、謎の巨大猿と連合正義軍の邂逅シーンの見開きもすごいのでぜひ見て欲しい。


・他にも老人をマインドコントロールしてロボット化する大富豪の老人が登場したり、動物や人間が釘でハリツケにされる怪事件が起こったりと、あんまり巨大ロボットのスケール感と噛み合わない、思想の強い感じの事件が続々と行きあたりばったりな感じで巻き起こる。

・作者的にも9人もの子どもたちのキャラを立てるのはさすがに無茶だったのか、主人公以外は2人くらいしか活躍できずにゾロゾロついてくるばかり。正直、読んでいてあまり爽快感はなく「ザ・ムーンの使い勝手わり~」という思いばかりが堆積していく。


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1巻,p253

・ロボットの起動システムの段階でいろいろな無理があるのだとは思うが、それが逆に「独善に走らず、正しいことを正しく行うことの難しさ」を表現しているようにも感じられる。敵勢力の絶妙なポップじゃなさも、子供向けに膝を屈めるのではなく「マジの問題」をそのまま子どもたちに見せた結果だ。壮絶な虚無感に包まれるラストシーンも含め、『ザ・ムーン』は嘘をつくことのできない人が誠実に正義を描こうとしたすごいロボット漫画だと思う。


・あとは普通の日記

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