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ビジネス法務2018年09月号掲載:法務2.0連載「第2回 スマートコントラクト時代における裁判以外の紛争解決可能性」

1 スマートコントラクトとは

近年シリコンバレー を中心とするテクノロジー都市では、「スマートコントラクト」に対する期待が高まっている。スマートコントラクトとは、ソフトウェアプログラムで動作する自動執行プログラムのこと である。ソフトウェア言語で記述可能な形式で「契約」を締結することで契約上記述した条件が到来すれば記述通りのプログラムが発動し、自動執行が可能となる革新的なテクノロジーと評価される。

現在社会ではあまり意識的にはならないが、企業又は個人間で取引を行う際、取引先の信用懸念(カウンターパーティーリスク)が常に存在している。そのため、取引には中央政府や金融機関等の信頼ある仲介者 の存在が必要となるが、その代償として、取引主体たる企業や個人は仲介者に対して高いコスト支払い、社会生活を営んでいる。そのイメージしやすいよう代表的事例を先に述べよう。

2 スマートコントラクトの代表事例:不動産売買

(1)不動産取引における仲介者の存在
不動産売買は、売り手と買い手との間に存在する信用不安が、動産と比較して相当程度高く、歴史的にも様々な仲介者を介して取引が行われてきた。

古くは律令制下においても、土地の売買には官庁の許可を要した上、売買成立時には管轄地の役所に対して公験 の交付を申請し、申請を受けた郡司 は要件審査を行い、公験案を作成していた。かかる公験はその後国司 に移送され、国司による承諾により土地売買の効力が発生した。

現代の不動産取引においても、物件査定、物件調査、権原の確認、契約等の書類管理、売買代金預かり及び精算、登記事務などの業務を、日本では宅地建物取引業法に基づく宅建業者が司法書士や土地家屋調査士などの専門家と連携しながら取引仲介を行い、当事者の不動産取引に介在している。更に、不動産取引の前提として、中央政府である法務局が登記管理者として正確性を担保している。

その結果として不動産仲介手数料は一般的には売買代金の売買代金の3% +6万円のコスト(厳密に言えば、これに加え印紙税、登録免許税、都市計画税、消費税等の税負担コスト)が発生し、当事者の負担とされる。取引に対する信頼担保のために第三者である仲介者に支払うコストの代表事例といえよう。

不動産取引には日本でも不動産の正当な所有者に成りすまして売買を行われた事例 や、買主が売主に手付金を支払ったにも関わらず返還されない事例など が多分に想定され、信頼の置ける仲介者の必要性が高い取引事例といえる。

(2)不動産取引におけるスマートコントラクトの活用事例

スマートコントラクトを活用した場合、不動産売買は上記仲介者の存在を失くす可能性があると期待が寄せられる 。既に米国バーモント州サウスバーリトン市において、バーモント州の法律事務所である「Gravel&Shea法律事務所」と組み、初めて不動産取引を、ブロックチェーン技術を活用して取引を完了している。諸外国においては実証実験から、取引の試験運用フェーズに入り始めている。

不動産取引においてスマートコントラクトを利用することで、二重売買の防止、権原者への成りすまし防止、資金決済と登記移転の同時履行、第三者対抗要件である登記手続の24時間365日対応等が可能となる。

仲介者が必要なくなることは、当事者の財務的コストを大幅に軽減することになり、取引の円滑性は大幅に増す。その理由について、スマートコントラクトの基礎技術であるブロックチェーン技術について簡単に紹介する。

3 ブロックチェーン技術 の概要と技術的革新性

ブロックチェーン技術とは、同一の台帳情報を不特定多数のノード が保持し、例え悪意のあるノードが参加していても全体で整合性ある台帳更新ができるようにすることで、データの信頼性を確保する技術のことをいう。

ブロックチェーン技術の革新性は数点ある が、その代表事例が「ビザンチン将軍問題」の解決である。相互通信を行う際、個々のオブジェクトに偽の情報が伝搬される可能性がある場合に全体として正しい合意形成ができるかという数学的問題 であるが、ブロックチェーン技術では「Proof of Work」というマイニング(採掘)を活用して解決した。

ブロックチェーン上で取引が発生した際、取引を確定するための計算作業に多大な労力のかかる計算問題を出題し、計算をといた者に報酬を与えることを「Proof of Work」という。一部の悪意ある攻撃者が台帳データを不正に書き換えたり、存在しない取引データを追記したりしても、善意ある多数のコンピューターが多数である限り改竄が不可能となる。仮に改竄可能な能力を有していても、攻撃するよりも正当なマイニング作業を実施し報酬を得たほうが合理的であり、攻撃するインセンティブをなくした 。

これが政府又は金融機関などの中央集権型のデータベースの場合、管理者自体の不正や、ハッカーによる攻撃により改竄される可能性が常につきまとう。実際、銀行職員による不正引き出しや不正振込み事例は後を絶たない。これがブロックチェーン技術を用いた暗号通貨である「ビットコイン」の場合、2009年に誕生以降、ただの一度も改竄されず、しかもシステムが停止している時間が一度もない「ゼロダウンタイム」状態が続いており 、ブロックチェーン技術の優位性が実測されている。

4 スマートコントラクト時代の契約実務と実務家の役割

上記まではブロックチェーン技術を活用することで、取引において中央政府や金融機関等の仲介者の存在を不要とし、取引を円滑にする側面から解説してきた。ブロックチェーン技術の契約実務面での活用は、これだけに留まらない。社会生活上における紛争を、司法解決とは別のアプローチで解決させる可能性を秘めている。「スマートコントラクト 」である。

社会生活で発生し得る「金銭貸付事例 」を想定する。借主に金銭を貸し付けたが、その金銭の返還がなされなかった場合、貸主の行動としてまずは相手方の友人への催促活動を行うが、功を奏しなかったときには司法的解決を考慮に入れる。

司法的解決には弁護士費用等の裁判費用と、事案にもよるが民事事件の一審の平均審理期間が8.6ヶ月である裁判期間 をかける必要がある。貸主の行動原理として、司法的解決を選択するには、その財務的及び心理的労力に鑑みると相当な覚悟を要するのは想像に容易い。万が一にも自力救済を選択されないためにも、司法的解決とは別のアプローチを思案することは紛争を解決する上で重要な指針となり得るだろう。

上記事例でスマートコントラクトを利用した場合には以下の解決となる。貸主が金銭を貸し付ける際、返済期日に元金に利子を加えた金額を自動返済されるよう、ソフトウェアプログラム上で動作できるような記述方式 で契約を締結しておく。このような契約により、返済期日を迎えれば借主の意思によらず返済が可能となる。

そして仮に返済期日に予め登録していた借主の資産台帳に残高がなかった場合には、予め担保として設定しておいた自動車や動産などの所有権やコントロール権 を貸主に自動移転することで、貸金と同等価値又はそれ以上の価値を有する財産物を少なくとも得ることが保証される。

今後は自宅やオフィス施設の開錠もリモートコントロール対象になる可能性や、土地建物の登記自体をブロックチェーン化する動き もあり、ソフトウェアプログラムによる権利移転の対象が増加するのは間違いなく、実現可能性は高い。

以上より、スマートコントラクトには、取引先の信用懸念により発生した信頼できる第三者の仲介コストを削減でき、それが従来まで司法的解決が困難だった一般市民の行動インセンティブを一部充足する可能性を秘めていることを紹介した。

当然ながら、契約の記述方式は変化し、ソフトウェアプログラムが動作できるソースコードを法律実務家が記述することが求められる。米国「スタンフォード・ロー・スクール」では、これからの法曹に必要な汎用的スキルとしてHTML、CSS、Ruby等のプログラミング言語を教育しているという。変わりゆく時代の変化に合わせて、法教育も変化が求められよう。

 また、スマートコントラクトを社会実装する場面では、法律家による実体法との接合を検証する必要がある。スマートコントラクトは上述のとおり、契約段階で双方当事者が合意した条件が自動的に執行する性質を有している。そのため、契約が詐欺等により民法上の取消し事由が存在したときにおいても、自動的に契約が執行されてしまうこととなる。実体法が想定する権利関係の帰属と、スマートコントラクトの性質をどう調整して社会実装するかについて真剣な議論が必要であろう。

同様に、契約条件が自動的に執行される性質は実装段階で、実体法との整合性だけでなく、政治的文脈でも議論になることは間違いない。

現在の契約不履行段階の執行は、良い意味でも悪い意味でも、不履行を受けた当事者の意思に任せられていた。それゆえに、相手方への請求を一部免除するなどの余地が生まれ、社会に柔軟性を生んでいる。契約条件の自動執行は、ある場面においては不利益にすぎる結果を生み出す場合も想定でき、社会学的に賛否が問われかねない。

この大きな社会変化の可能性ある先端テクノロジーを今後どう社会実装していくか、同時代に生きる法律家の役割は大きい。

脚注:
1 Silicon Valley。米国カリフォルニア州サンフランシスコベイエリア周辺地域のことを指し、産業として半導体(Silicon)メーカーの集積地から呼ばれる。Google、Apple、Facebook、Yahooなど、ソフトウェア産業の巨人が同地域から生み出されたことから、唯一無二のイノベーション発生地域と評価される。

2 増島雅和「ブロックチェーン技術を用いたスマートコントラクトの検討」(NBL No.1093、2017年3月1日) 28頁によれば、スマートコントラクトは「契約を保存し、有効性を担保し、履行するためのプログラムないしコード」と「法的な意味での契約を補完または代替する、スマートコントラクトコードを実装する技術の応用」の2つの意味を混在させているとする。本稿は専ら後者の意味を中心に構成する。

3 代表的な事例として証券会社が挙げられる。例えば株式会社が株式を一般個人に販売する場合、証券会社が当該株式会社の財務状況、監査体制等を審査し、審査が通過して初めて証券取引所に株式公開及び売り出しが可能となる。当該審査には発行会社及び証券会社には多大なコストがかかる。

4 くげん。律令制において、私有の土地などの財産の売買、相続等の変動発生時に官庁が交付する証明書のことをいう。

5 ぐんじ。律令制度の下、国の下部行政区画である「郡」の政務活動を行う地方官。

6 こくし、くにのつかさ。律令制度の下、中央から派遣され、「国」の政務活動を行う地方官。「国」は明治時代まで日本の行政区分の基本単位であった。

7 著名事例として、積水ハウス株式会社が2017年8月2日発表した東京品川区西五反田の土地建物について所有者の詐称により実質被害額55億円が生じた事案がある。

8 これに加え、不動産賃貸取引においては、公然の秘密として「おとり物件」の問題もある。

9 不動産情報サイト「HOME’S」を運営する株式会社LIFULLは、2017年8月、ブロックチェーン開発会社らと共に、ブロックチェーンを活用した不動産情報共有の実証実験を開始。

10 Blockchain。分散型台帳技術。2008年11月、「サトシ・ナカモト」氏が暗号理論の論文を発表し、ビットコインプロトコルと基礎実装である「BitcoinCore」を作った。諸説あるが、現在も正体不明である。

11 Node。ブロックチェーンネットワークに接続される端末(パーソナルコンピュータ、モバイル端末等)のことをいう。通常のインターネットの仕組みでは、特定の管理主体であるクライアント・サーバが存在するが、ブロックチェーン技術の場合、不特定多数のノード同士が分散的なネットワークを構築することが画期的となる。クライアント・サーバへのハッキング攻撃リスク等がなくなる。

12 その他にも、公開鍵暗号方式、ハッシュ関数、Peer to Peerネットワークなどの重要技術があるが、本稿では割愛する。

13 Byzantine Generals Ploblem。ビザンチン帝国(東ローマ帝国)の将軍が軍団を率いて攻撃・撤退計画を合意する際、反逆者が存在し得る局面でいかなる合意を行うかの例え。

14 もっとも、2018年5月、国産の暗号通貨である「モナコイン」は、「Block withholding attack」と呼ばれる攻撃を受け取引履歴が消失する被害を受けた。被害理由は、考察が進められているが現在の考察によれば、「モナコイン」のマイニングの調整難易度のアルゴリズムに脆弱性があったためと言われる。

15 暗号通貨の販売所・取引所である「Coincheck(コインチェック)」や「MTGOX(マウントゴックス)」は、あくまで販売所・取引所であり、暗号通貨である「ビットコイン」自体の信用性に疑義が生じるものではない。円や米ドルを取り扱う両替所に強盗事件が勃発しても、円や米ドルという通貨自体の信用性に疑義が生じるものではないのとパラレルに考えられよう。

16 筆者運営クラウド契約サービス「クラウドサイン」運営会社である弁護士ドットコム株式会社においても、りそな銀行、及び株式会社デジタルガレージと共同して、スマートコントラクトシステム開発の実証実験を開始している。

17 実務上は金銭ではなく、イーサリアム上の暗号通貨を貸し付ける可能性が高いが、ここではわかりやすさを重視して金銭での貸付事例とする。

18 2017年8月、最高裁判所調査。貸金請求は審理期間が短い類型と整理されているが、6ヶ月以内に審理期間が終了する割合は2007年と比べて12.7%下落し、全体として審理期間は長期化の傾向にある。なお、本稿の事例では、少額訴訟の対象金額を超えるものとする。

19 ブロックチェーン上の資産台帳を移転する方式は容易である。ブロックチェーン技術を用いなくとも、銀行が一部に開放するAPIやクレジットカードから引き落とす方式でも可能。

20 自動車又は動産を操作するアカウント権限のことをコントロール権と表現した。例えば、自動車のドアロックは、有体物である鍵を用いてドアロックを解錠する方式よりも、リモートコントロールによるキーレスエントリーシステムが一般的である。このキーレスエントリーシステムの開錠権限を借主から貸主に移譲することを指す。

21 例えば、米国イリノイ州やスウェーデンなどが既に実証実験を開始。

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