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希望のハコ 最愛の娘になった最愛の君へ 第三話

 色褪せた丸いちゃぶ台の上に料理が所狭しと並べられる。
 炊き立ての白いご飯。
 ワカメのみそ汁。
 半熟に焼けた目玉焼き。
 昨日の残りの油揚げと大根の煮物。
 バナナと畑で溶けた苺。
 そして……。
 カギは、ハコの前に前に小さなお皿を置く。
 陽光を浴びた桜貝のように鮮やかに輝く桜でんぶだ。
 ハコの目が桜でんぶと同じように輝く。
「そればっかり食べるなよ」
 食事を並べ終えたカギは、ハコの右隣に座る。
 その周りを猫たちが包囲するように各々好きなように座り、寝転がる。
 ハコは、大きく頷く。
 二人は、同じタイミングで両手を合わせる。
「いただきます」
「いっただきます!」
 二人は、食事を始める。
 カギは、自分の作ったみそ汁をゆっくりと飲む。
 出汁こそ化学調味料だがみその味がゆっくりと染み込んで朝の疲れを取ってくれるようだ。
 一晩寝かせた油揚げと大根もよく味が染み込んでいる。
 カギは、醤油を取って目玉焼きにかけながらハコを見る。
 あれだけ桜でんぶばかり食べるなと言ったのに皿に乗っていたものを全てご飯にかけてバクバク食べている。
 しかも……。
「こら、ハコ」
 カギは、ハコの右手に握った箸を指差す。
「握り箸はダメだって言ったろう」
 ハコは、桜でんぶと白いご飯で口を汚した顔を向ける。
「だってこの方が食べやすいんだもん」
 そう言って唇を尖らせて抗議する。
「ダメだ」
 カギは、顔をむすっと怒らせながらもティッシュでハコの口周りを拭う。
「もうお姉ちゃんなんだぞ。ちゃんと食べなさい」
「ゔー」
 ハコは、小さく唸りながらもカギに言われた通りに持ち方を直す。
「野菜も食べるんだぞ」
「ゔーっ」
 ハコは、唸りながら桜でんぶご飯を食べる。
 カギは、苦笑しながらも愛しげに娘を見て、半熟の目玉を潰してご飯に乗っける。
「……大分髪が伸びたな」
 そう言ってハコの髪を触る。
 耳を隠すくらいのボブショートだったのに気がついたらセミロング近くまで伸びている。
「今日は仕事が早く終わったらゆかりのトコに髪切りにいくか」
 カギの言葉にハコは目を輝かせて箸を置く。
「カンナちゃんに会える⁉︎」
「早く売り切ることが出来たらな」
 カギは、苦笑して言う。
「ほら、早く食べろ。遅くなったら今日は行けなくなるぞ」
「はあい!」
 ハコは、急いで桜でんぶのご飯を駆け込む。
 カギは、口元に笑みを浮かべて黄身を乗せたご飯を口に運んだ。

 桜でんぶのご飯と苺しか食べないハコに野菜を食べるよういさめながらの楽しい朝食を終え、あれじゃない、これじゃないと駄々を捏ねるハコを着替えさせ、歯磨きを終えるとようやく仕事に出ることが出来た。
 私たちも連れていけ!と抗議する猫たちを振り切って鍵を閉め、中古で譲り受けたキッチンカーに荷物を詰めてハコを助手席に乗せて出発する。
 ハコは、助手席に乗るのが大好きで自分で編集したアニメソング特集を聞きながら窓にほっぺたをつけて変わり映えのない景色を眺めている。
 特に空を見ている時は日頃の騒がしさが嘘なのではと思うくらい静かだ。
 カギは、そんなハコの様子を横目で見ながらハンドルを操作する。
 二人がやってきたのは駅近くの商店街の小さな広場だ。
 カギは、週に三回、この場所を借りて商売する。
 それ以外では近所の公園であったり、オフィス街の路上であったりと色々だ。
 車を止めると早速開店の準備を始める。
 カギが売るのは手作り小龍包しょうろんぽう
 刑務所に入っていた時に知り合った元中華料理の職人に教わったレシピを参考に始めた。
 定番のスープをたっぷり含んだモノから餃子のように焼いて羽のついたモノ、あんの代わりチーズや畑で取れたミニトマトを包んだモノ、そしてあんバター、チョコレートを包んだスイーツ小籠包しょうろんぽうなどバリエーションも豊富だ。
 ハコと一緒に暮らして三年間、悪戦苦闘の連続で始めた商売ではあったがようやく軌道に乗り、グルメサイトでも評価をもらえるようになった。
 ハコは、車から降りると後部にまわって扉を開け、折り畳まれた背の高い丸テーブルを下ろし、慣れた手つきで展開して並べていく。
 基本はテイクアウトなのだがその場で食べていきたい客もいるので立ち食い用に用意している。
 ハコは、テーブルを三つ並べ終えるとその上に割り箸を入れた筒を置き、キッチンカーのカウンターに麦茶の入った給水機を「よいしょっ」と言って置き、紙コップをセットする。
 キッチンカーを始めたばかりの頃は「お手伝いするぅ!」と言いながらも手を挟んだり、上手く出来なくて癇癪を起こしたりしてたのに今は何も言わなくても準備が出来ている。
 成長ってするんだなあとしみじみ感じながらカギも小籠包しょうろんぽうの準備をする。
 そうしているうちに開店時間の十一時を迎える。
 カギは、小籠包の刺繍のされたエプロンと頭に三角巾、ハコは、猫が小籠包しょうろんぽうを齧ってる刺繍をされたピンクのエプロンを……と、いっても紐が結べないのでカギが丁寧に着せ、水玉模様のピンクの三角巾を巻く。
「ハコ……左手」
「はあい」
 ハコは、言われるままに左手を出す。
 カギは、首にぶら下げた小さな袋を開き、小さな指輪を取り出す。
 ハコの大きな瞳のように輝いた大粒のダイヤモンドが中央に鎮座し、その周りを螺旋のように小さなダイヤモンドが散りばめられた指輪。
 カギは、ハコの左手をそっと握り、指輪を彼女の薬指へと差し込んでいく。
 ハコは、嬉しそうに表情を輝かせて自分の指に指輪が入っていくのを見る。
 この行為をする度に一つの記憶が蘇る。

「カギ……私コレ欲しい」
 中学三年生のハコはどこからか手に入れてきた結婚雑誌のページの切り抜きをリンゴジュースのストローを咥えたカギに見せる。
 同じように中学三年生のカギはハコの見せてきた切り抜きページを眉を顰めて見る。
 それは結婚指輪特集と大々的に印字されたもので中学生のカギには想像も出来ないような金額が書かれた指輪たちがひしめいていた。
 ハコは、その中の一つ、大粒のダイヤモンドに小さなダイヤモンドが螺旋状に散りばめられた指輪を人差し指で指す。
 確かに綺麗だ。
 ハコの白くて細い指には絶対に似合う。
 しかし……。
「バカ高くねえか?」
 カギは、書かれている値段に思わず引いてしまう。
「だから一生ものなんでしょう?」
 ハコは、唇を尖らせて言う。
「いつか私もこんな指輪付けた可愛いお嫁さんになりたいなあ」
「あーっさいですか」
 カギは、興味なさそうに呟き、リンゴジュースのストローの先を噛む。
「ハコと結婚する奴は大変だな……」
 カギがそう言うとハコの目が大きく震える。
「えっ……カギがくれるんじゃないの?」
「はあっ?」
 カギは、思わずリンゴジュースを吹き出しそうになる。
「なんで俺が……⁉︎」
 意味が分からず思わず声を上擦らせる。
「なんでって……」
 ハコの目が小さく潤み出す。
「俺達、別に付き合ってないだろう?」
 そう。
 カギとハコは幼稚園から一緒の幼馴染。
 そこに恋愛関係なんてない……ない……はずだ。
「そう言うのはさ……結婚する奴にちゃんと言え」
 カギは、噛み付くようにストローを咥える。
「じゃないと……そいつに失礼だからな」
 カギは、底に溜まったリンゴジュースジュースを音を立てて啜った。
「……カ」
 ハコの呟きが耳に入る。
 カギは、ハコに目を向ける。
 ハコは、大粒の涙を流し、顔を真っ赤にしてカギを睨みつけた。
「カギのバカ!」
 ハコは、殴りつけるように叫ぶと立ち上がって去っていった。
 カギは、呆然としてハコを追いかけることが出来なかった。
 指輪の写真の載ったページだけがそこに寂しく残された。
 それからハコはカギが話しかけてもつんっと無視をし、カギはハコの機嫌を直すにはどうしたらいいか悩んだ。
 その数日後、ハコは奴らに拉致された。

#恋愛小説部門
#最愛
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