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クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十八話

「こんにちは……じゃないよ……」
 オミオツケさんは、その場に膝から崩れ落ちる。
 レンレンは、慌てて椅子から立ち上がり、オミオツケさんに駆け寄る。
 オミオツケさんは、床に座り込んだままレンレンを見上げる。
「もう……こんばんはだよ」
 オミオツケさんの言葉にレンレンは驚いて食堂の窓の外を見る。
「ひょっとして……夜ですか?」
「ひょっとしなくても夜!」
 オミオツケさんは、思わず怒鳴ってしまう。
 オミオツケさんの怒鳴り声を始めて聞いたレンレンは目を固まらせる。
 オミオツケさんは、ヨタヨタと立ち上がる。
 レンレンが慌てて支えようとするがその手を払い除け、冷めた目に怒りを起こしてレンレンを睨みつける。
「こんな時間まで何してんのよ!」
「なにって……」
 レンレンは、目を泳がせながら左の頬を掻く。
「みそ汁を作ってました」
 レンレンは、気まずそうに言う。
「オミオツケさんがいつ来てもいいように準備を……」
「もういいって言ったよね⁉︎」
 オミオツケさんは、叫ぶ。
「飲む必要ないって言ったよね!私、行かないって言ったよね!なのになんでここにいるのよ!みそ汁なんて作ってるのよ!」
 こんなに感情のままに人に向かって叫んだのは人生で始めてかもしれない。クールで知的な印象が付いてからは両親にすらここまでぶつけたことはなかったかもしれない。
 それでも叫ばずにいられなかった。押さえることが出来なかった。
 レンレンは、オミオツケさんの叫びを、怒りを殴るようにつけられながらも何も言わなかった。
 ただ、悲しそうな表情だけを浮かべ、オミオツケさんの怒りの声を聞いていた。
「もういいんだよ!もう私のことなんて忘れていいんだよ!」
 オミオツケさんは、小さな手を握りしめて何度も何度も床を叩きつける。
「みそ汁なんて飲めなくったって良いんだよ!そんなこと忘れて自分の夢を追いかけてよ!命を大事にしてよ!」
 オミオツケさんは、泣きながら叫び、訴える。
 レンレンは、悲しげな顔でじっと泣き叫ぶオミオツケさんを見る。
 そして……。
「いやです」
 レンレンの発した短く、小さく、そして強い言葉にオミオツケさんは驚く。
「なんで……俺の夢の為に……命の為に……オミオツケさんにみそ汁を飲ませるのを諦めないといけないんですか?」
 レンレンの顔はいつもと同じ和やかだった。
 しかし、そこに笑みはなく、静かな怒りだけが熱のように発せられてた。
「だって……私のせいでレンレン君は死ぬところだったんだよ……」
「そんなの不可抗力でしょう」
 レンレンは、吐き捨てるように言う。
「ただ運が悪かっただけ。オミオツケさんのせいでも何でもありません」
「でも……私と一緒にいなかったらあんなこと……」
「アレルギーで発作を起こすことなんて今に始まったことじゃありません。それこそ生まれた時からずっとずっと付き合ってきたんです。そんなことで危ないから俺は何もするな、箱庭の中で生きろ、そう言うんですか?」
 オミオツケさんの目が震える。
 レンレンは、きつく目を細め、鼻の頭に皺を寄せる。
「生きていれば怪我をする、病気をする、嫌なことだってたくさんある、考えたこともない悲惨なこともあれば不思議なことだってたくさん起きる……そんなことに一々動揺してたら夢なんて追えないし……」
 レンレンは、じっとオミオツケさんを見る。
 その目から怒りが消え、優しさと別の感情が浮き出る。
「……人を好きになることなんて出来ない」
 涙に濡れたオミオツケさんの目が大きく開く。
 温かな風が心の脇を通り抜けていく。
 レンレンは、二人席に近寄り、椅子を引く。
「座ってください」
「でも……」
 オミオツケさんは、躊躇う。
「いいから座って!」
 レンレンは、声を上げる。
 オミオツケさんは、身体を一瞬、震わせて、そのまま言う通りに椅子に座る。
「待っててください……」
 レンレンは、そう言うと厨房に入っていく。
 厨房の中から熱と湯気、そして食欲を誘う甘く深いに匂い漂ってくる。
 彼と出会ってから何度も嗅いだ匂い。
 みそ汁の匂い。
 胸がぎゅっと締まる。
 レンレンが厨房から出てくる。
 その大きな手には湯気上がる黒いお椀を持っている。
「お待たせしました」
 お椀がテーブルに置かれる。
 その中身は間違いようのないみそ汁。
 ワカメと豆腐と輪切りにされた長ネギの入ったシンプルな、しかし、いつまで見ていても決して飽きることのないあまりにも美しいみそ汁。
 しかし……。
 オミオツケさんは、レンレンの顔を見上げる。
「湯気……上がってるよ」
 これでは現象が起きた時に大火傷してしまう。
 しかし、レンレンは和かな笑みを浮かべる。
「オミオツケさんに温かい物を飲んで欲しいので」
 レンレンは、椅子に座って向かい合う。
「ご賞味下さい」
「でも……」
 オミオツケさんは、躊躇う。
「大丈夫です」
 レンレンは、優しく目を細める。
「オミオツケさんを……俺を信じて下さい。絶対に大丈夫ですから」
 そう言って和やかに微笑んだ。
 オミオツケさんは、大きく目を広げる。
 甘い匂いが鼻腔を擽る。
 みそ汁が"仲良くしよう""私を飲んで"と微笑んでいる……ように見えた。
 オミオツケさんは、前を向く。
 大きく息を吸い、唾を飲み込む。
「……いただきます」
 オミオツケさんは、両手を合わせて頭を小さく下げる。
「どうぞ。頂いて下さい」
 レンレンも小さく頭を下げる。

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#恋愛ファンタジー
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