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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第3話 日と月の出会い(11)

 闇のウロから鎖の塊が飛び出し、地面に落ちる。
 鎖の表面はヘドロのようになった陰の精霊がへばりつき、地面に触れた瞬間、周りを錆色に朽ちさせる。
 鎖の塊から伸びる1本の細い鎖の先には美しくも複雑な模様の描かれた小さな黄金の魔法陣が宙で展開し、その後ろに立つのは金糸で花の刺繍が描かれた黒い長衣を纏った長身で髪の長い、凛々しい顔をした青年だ。
 青年は、黄金の双眸で穢れた鎖の塊を睨む。
「浄化せよ」
 青年が呟くと暗い鎖から黄金の炎が舞い上がる。
 鎖に纏わり付いた陰の精霊が耳障りな悲鳴を上げて酸を掛けられたアメーバのように醜く悶え、そして闇色の煙を上げて蒸発し、消える。
 黄金の魔法陣が消える。
 黒い鎖が陽炎のように消え、アケが姿を現す。
 衣服は殆ど朽ち、全身が火傷を負ったかのように爛れている。
 しかし、四肢は欠けることなく、その口からは呻きと共に呼吸が漏れる。
「△△!」
 青年は、耳障りな声と共に叫ぶ。
「はっ!」
 ずんぐりとした体型の大きな白兎が急いでアケに駆け寄る。
「容態は?」
「酷いですが問題ありません」
「封印は」
「無事です」
「では、治せ。持てる力を全て注げ!」
 白兎の赤い目に動揺が走る。
「よろしいのですか?あの術は一度使うと一年は使用出来ません。もし、王に何かあった時・・・」
 白兎は、次の言葉を発することが出来なかった。
 黄金の双眸が矢となって白兎を射抜く。
「俺に何かが起きることなどない!」
「・・・承知しました」
 白兎は、頭を垂れる。
 そしてアケに向くとずんぐりとした両手を翳す。
 両手の間に赤い円が現れ、その中に同色の点が現れ、線となり、複雑な紋様を描き、魔法陣と化す。
「癒しの炎よ。汝の翼を持ちてこの者の傷を全て治せ」
 赤い魔法陣が炎に包まれる。溶岩のように形を歪ませ、形を変えていく。
 そして現れたのは体長で1メートルはあろうかという尾の長い孔雀に似た鳥であった。
 炎の鳥は、大きく翼を羽ばたかせて宙に浮き上がり、アケの上で浮揚する。
 大きく羽ばたく翼から火の粉と共に羽が舞い降り、アケの身体へと落ちる。
 炎の羽は、醜く焼け爛れたアケの身体に触れるとそのまま染み込むように身体の中へと消えていくと羽の触れた部分が綺麗な素肌へと戻る。羽は次々と舞い降りてアケの身体を優しく覆い、身体の中にゆっくりと染み込み、癒していく。そして羽が全て消えるとアケの身体は元の美しさを取り戻していた。
「ご苦労」
 白兎が炎の鳥に言うと、鳥は大きな声で一度でも鳴き、そして大きく炎を吹き上げ、消えた。
 白兎は、その場にへたり込む。
「ありがとう」
 青年は、白兎の肩に手を置いて礼を言うと穏やかな顔で眠るアケに近づくと長衣を脱ぎ、袖口を歯で千切る。
 長衣をアケの身体に掛け、裂いた袖口で白蛇の紐で封印された目を隠す。そして少し乱れた光沢のある黒髪を優しく撫でた。
「王・・・」
 背後から苦鳴と共に声が漏れる。
 アケと青年の背後の木に寄りかかり、地べたに座り込むエルフがそこにいた。
 男とも女とも見て取れる美しい顔が血に塗れ、左側の顔が青黒く腫れ上がっている。
 青年は、エルフの声を聞いても振り向きもしない。
 エルフの目が悲痛と絶望に震える。
「王・・・何故です?ミは、奴らに滅ぼされた国の、民の、家族の無念を晴らしたかっただけです。なのに・・何故・・・」
「・・・国は滅びたのではない。閉じたのだ。あれ以上、無辜の民が傷つき、失わない為に。白蛇と話し合い、決めたのだ」
「そうだぞ」
 ぐったりとした身体をエルフの方に向けて白兎は言う。
「お前はまだ小さかったから知らないかもしれないけど、王がどれだけの思いで・・・」
「それでも父と母が奴らに殺されたことは変わらない!」
 エルフは、喉が裂けんばかりに声を上げる。
「ミは憎い!ミは許せない!あの国を・・・白蛇を殺したい!」
 エルフは、身体を起こし、手を伸ばす。
 しかし、身体を支えられずに崩れ落ちる。
 青年は、痛みから解放されて安らかに眠るアケを見る。
「だからと言ってこの娘を犠牲にする謂れはない」
「その娘は白蛇の国の王族の娘です!」
 エルフは、怒り、地面を叩く。
「そして死にたがっていた!王に殺されるのを望んでいた!だから望み通りにしようとした!それの何がいけないんです!」
「そんなことをお前に決める権利はない!」
 青年の咆哮のような叫びが大気を揺さぶり、森を騒めかせる。
 白兎は、耳を塞いで身体を丸めて蹲る。
 エルフは、身体中の神経が焼き切られたように動かなくなる。
 青年は、安らかな寝顔で眠るアケを抱き上げ、エルフの方を向く。
 黄金の双眸が剣となってエルフを射抜く。
「我らの国のことなどこの娘には関係ない。この娘の命の行方をお前に決める権利などない。この娘の命をどうするか決めていいのはこの娘だけだ」
 青年は、アケを抱えたままゆっくりと歩き出す。
「△△、後の処理は任せる」
「はっ!」
 白兎は、恐怖に身体を丸めながらも返事する。
 青年は、エルフの横を通り過ぎ、歩みを止める。
「○△◁、お前を放免する」
 青年の言葉にエルフは、目を見開き、動揺する。
「どこへなりとも好きにいくが良い」
 そう言い残し、青年は森の中に消えていく。
 エルフの慟哭が響いた。

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