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希望のハコ 最愛の娘になった最愛の君へ 第六話

 ハコとカギ、ゆかりが同じクラスになったのは小学五年生の時だ。それまでは幼稚園も違っていたのでまるで接点がなく、同じクラスになるまで名前どころか顔すらも知らなかった。
 それなのに……。
「ちょっとハコ!」
 ゆかりの叫び声が教室内に響く。
 ランドセルの中の教科書を机の中に入れていたカギは驚いて声の方を向くとゆかりが仁王立ちして席に座るハコを睨みつけていた。
 その頃のゆかりはウェーブのかかった腰まである長い黒髪に少し大人びたオフショルダーの黒いシャツにピンクのハーフパンツを履いたお洒落小学生。
 それに対してハコは……。
「その髪はなんなの⁉︎」
 ゆかりに怒られ、しゅんっとしたハコはお下げにした自分の髪を触る。
「おばあちゃんが朝、やってくれたの」
 幼い頃に両親を亡くしたハコは母方のおばあちゃんの二人暮らしをしている。
 弁護士のおばあちゃんは忙しく働く傍らでハコのことを愛し、面倒を見ていることは同じ子どものカギでも分かるのだが……。
「昭和過ぎでしょ!なにそれ!」
 ゆかりは、一重の目を怒らせる。
 ハコは、さらにしゅんっと身を縮める。
 昭和の半ばに生まれたインテリのハコの祖母は世論や司法、行政以外の流行りにはとても疎く、ハコ達世代の髪型なんて当然知るわけがないので簡単なお下げにしてしまう。服装も女の子なら花柄でしょう!とでも言うような一輪の薔薇がプリントされたTシャツに黒いズボンだった。
 それでもお下げは丁寧な編み込まれ、服も皺なく丁寧に洗濯されてることからハコのことを愛しんでいることを感じさせるし、ゆかりもそれ自体は分かっていた。分かっていたが……許せなかった。
「もーうっハコの可愛さが損なわれるぅー!」
 ゆかりは、ヒステリーな声を上げてハコの後ろに回るとお下げを縛る紐を乱暴に解く。
 ハコの髪が扇子の軸が外れたように開き、カギは、思わず「あっ」と声を上げる。
「ゆっゆかりちゃん……」
 ハコは、恥ずかしそうに顔を赤く染めて声を上擦らせる。
「動かない!」
 ゆかりは、ぴしっとした声で一喝する。
 そしていつの間にか持っていたブラシで丁寧に髪を梳かしていく。
 不思議なことにそれだけの行為で髪に艶が帯び、少し縮れていた髪先が反物のように真っ直ぐ伸びていく。
 ゆかりは、ブラシを机に置き、ハコの髪を纏めていく。
「少し痛いわよ」
 ゆかりは、宣言し、一束に纏めたハコの髪を引っ張る。
 ハコの口から「ひっ」と悲鳴が上がり、思わずカギは立ち上がる。
 しかし、それは一瞬のこと。
 ゆかりは、ちょっと前に見たバルーンアートのように一束に纏めた髪をくねらせながら纏め、編み込んでいく。
 それを何度も何度も繰り返して大きな三つ編みを作って綺麗に円を描くようにまとめていく。
 そして最後に、これもどこに持っていたのかリボンの形の金色の髪留めで三つ編みが崩れないように止める。
 そうやって出来上がったハコの髪型は……いやハコはとんでも無く綺麗だった。
 カギは、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「もし可愛い!」
 ゆかりは、満足げに頷き、手鏡をハコに渡す。
 一体、学校に何を持ってきているのか?
 ハコは、手鏡に写った自分の髪に、姿に驚く。
「これからは髪は梳かすだけにしときな」
「えっ」
 ハコは、驚いて顔を上げる。
 ゆかりは、にっと大きな笑みを浮かべる。
「これからはあんたの髪は私が弄って上げる」
 そう言ってまだ膨らんでいない胸をぼんっと叩く。
「あんたを可愛く出来るのは私だけみたいだからね」
 これがハコとゆかりの交流の始まりだった。

 シャボン玉が夕焼けの空を流れていく。
 十四歳になったハコとゆかりは河川敷に腰を下ろし、沈みかけた夕日で橙色に熱く染まる川を眺めながらシャボン玉を吹いていた。
 何故、シャボン玉を始めたのか自分達でも分からなかった。ただ駄菓子屋の前を通った時にシャボン玉が目に付いた。
 それだけだった。
 しかし、これだけ二人の心境を映すものはないのかもしれない、と二人を離れた所から見ていたカギは思った。
「明日だね」
 ハコは、シャボン玉の吹き棒から口を離して呟く。
「そうだな」
 ゆかりも呟きシャボン玉を吹く。
 二人は同じ中学の制服を着ているがその容姿は対象的だった。
 ハコは柔らかなボブショートに化粧気のない白い肌に知性を宿した大きく可愛らしい目をした典型的な優等生。
 対するゆかりは腰まである髪を濃い金髪にしてソバージュをかけ、年不相応の化粧をし、制服の丈を態とらしく短くあげた典型的な不良少女。
 側から見れば相容れない二人。
 しかし、二人の空気の空気はコーヒーに落とされたミルクのように混じり合い、溶け合っていた。
 まるで離れたくないとお互いで言い合うように。
「何時の飛行機に乗るの」
「十時。それじゃなきゃお父さんが迎えに来れないんだ」
 小学六年生の時にゆかりの両親は離婚した。
 母親の浮気が原因だった。
 それなのにゆかりは母親に引き取られた。
 ゆかりの母親がゆかりを手放したくないと訴えたこと、父親が転勤族で忙しく、ゆかりの育児に携わるのが困難であると判断されてだ。
 それを聞いたハコの祖母は裁判所は何を考えていると怒っていたのをよく覚えている。
 そしてその判断はやはり間違いだった。
 ゆかりの母親は養育費だけを受け取ってゆかりの世話を放棄した。
 仕事に出るとゆかりに嘘をついては夜な夜な男と遊び惚け、食事を作らず、服も買わず、家のことも何もしなかった。
 それでもゆかりは父親には言わず、学校にも言わず、親友のハコにも相談しなかった。
 心配かけたくなかった。
 それだけの理由で。
 しかし、多感なゆかりの精神は当然限界を迎える。
 中学に上がりゆかりは一変する。
 母親の毛染めを勝手に使って髪を金髪に染め、制服を改造し、教師に反発し、何度も万引きを繰り返しては警察に補導され、その度に母親と共に警察と児童相談所から注意を受けた。
 学校は、ゆかりを腫物のように扱い、小学校の同級生たちは離れていった。
 ハコとカギ以外は。
 ハコは、変わってしまったゆかりに何度も何度も声を掛けた。
 ゆかりもどんなに心を閉ざしてもハコにだけは心を許し、ハコの髪を綺麗に切り、整えた。
 カギは、そんな二人を離れた所からそっと見守っていた。
 そんな中、事件が起きた。
 ゆかりの母親が男と一緒に行方不明になったのだ。
"あんたは勝手に生きなさい"
 そう書き置きを残して。
 そのことに対してゆかりは特に驚かなかった。
 いつかそんなこと起きるだろうな、と思っていたから。
 結局、あの母親は母親ではなかったのだ。
 ゆかりは、身体と心から力が抜けていくのを感じ、決めた。
 死のう、と。
 もうこの世に未練なんて何もない、と。
 ただ、その前にハコにだけは会いたいと思い、彼女の家に行った。
 ハコは、当然歓迎してくれた。
 祖母と用意したと言う夕食を用意してくれ、一緒に食べた。
 全部、和食だったが堪らなく美味しかった。
 ハコの大好物という桜でんぶは少し甘すぎて辟易したが……。
 同じ食卓を囲み、テレビを見て、たわいもない会話をしていると唐突にハコは言った。
「何かあったの?」と。
 ハコは、気づいていたのだ。
 ゆかりに何か起きたのだ、と。
 だから、自分のところに来たのだ、と。
 助けを求めに……。
 その瞬間、ゆかりは大泣きし、全てを伝えた。
 そこからは早かった。
 ハコの祖母が警察と行政に訴え、ゆかりを保護した。
 そして彼女の父親に連絡して事情を説明した。
 そんなことになっているとは知らなかった父親はゆかりに土下座し、謝った。
 そして裁判所に訴え、欠席裁判の元に親権を父親に移し、ゆかりは父親の元に行くことになった。
 それが明日……。
 明日、ゆかりは住み慣れたこの街を離れる。
 ハコは、ふうっシャボン玉を飛ばす。
「メールするならね。SNSも」
「私もするよ」
 ゆかりもシャボン玉を吹く。
「……夏休み遊びにいくから」
「夏だけじゃなく冬も来てよ」
「それじゃあ受験勉強出来ないよ」
「ハコなら余裕でしょ」
 二人の吹いたシャボン玉が空の上で重なり合う。
「……ハコが友達で良かった」
 ゆかりの唇が小さく震える。
「私も……ゆかりが友達で良かった……」
 ハコの目が大きく震える。
 カギは、目を細めて二人を見る。
 ゆかりは、ハコの髪に触れる。
「もうあんたの髪の毛弄れないね」
「そんなこと言わないでよ」
 ハコは、自分の髪を弄るゆかりの手に自分の手を重ねる。
「ゆかりがいないとどんな髪にしていいか分からないよ……」
 ハコの目から大粒の涙が落ちる。
 それを見てゆかりは困ったように苦笑する。
「それじゃさ……約束しよう」
 ハコの髪を撫でながらゆかりは言う。
「約束?」
 ハコは、首を傾げる。
 ゆかりは、小さく頷く。
「私……美容師になる。美容師になって……この街でお店を開く」
 ゆかりの宣言にハコは目を大きく開く。
「そしてハコは私の店に通って髪を切る。どお?」
 涙に濡れたハコの目が輝く。
「いいの?」
「あったりまえでしょう!」
 ゆかりは、膨らんだ胸をぽんっと叩く。
「ハコを可愛く出来るのは私だけなんだからね!」
 そう言ってない大きな笑みを浮かべる。
 ハコは、満面の笑みを浮かべて頷き、ゆかりをぎゅっと抱きしめた。
「待ってるからね」
「ああっ」
 ゆかりは、ハコをぎゅっとら抱きしめながらカギを見る。
「……私が帰ってくるまでハコを頼んだわよ」
 ゆかりの言葉にカギが驚いて目を丸くする。
 ゆかりが自分にまともに声を掛けてきたのはこれが初めてかもしれない。
 カギは、驚きながらも強く頷いた。
 しかし、その約束は守ることが出来なかった。
 ゆかりが父親の元に旅立った一年後、ハコは奴らに拉致されてしまったから。

 頭が茹る。
 ゆかりは、目の前の光景をを冷静に平静に受け入れることも理解することも出来なかった。
 生まれ育った街に戻ってきたのはつい三ヶ月前だった。
 父親に引き取られたゆかりの生活は嘘のように安定した。学校に通い、3食食べ、綺麗な服を着て、諦めていた高校受験の為の勉強をした。
 父親は、それなりの地位にいるらしく日中は忙しく働いている。その為、食事の準備も家事もゆかりの仕事であったが、今までのことを考えれば何の苦でもない。むしろ楽だ。
 友達も出来、高校に通い、卒業し、そして夢だった美容の専門学校に通って資格を取ると同時にずっと付き合っていた年上の彼と結婚した。
 順風満帆だった。
 しかし、自分が順風満帆であればあるほどゆかりの心に棘が刺さる。
 引っ越してくる前の、かけがえのない親友のことが頭を過ぎる。
(ハコ……)
 彼女が行方不明になったと聞いたのは中学三年の時、たまたま流れていたニュースでだった。
 ハコが誘拐されて行方不明。
 今も捜索が続いている。
 祖母が関わっていたとある宗教による仕業ではないか?
 様々な憶測がニュースの中を飛び交う。
 ゆかりは、居ても立ってもいられず父にお願いし、地元に帰郷、ハコの家に走った。
 一年ぶりに会った祖母は記憶と変わらず凛としているもののどこか疲れていた。
 そして「せっかく来てくれたのにごめんなさい」とゆかりに謝った。
 ゆかりは、それ以上何も言うことが出来ず、ハコが行方不明になった当時の部屋と、一緒に食べた食卓を見て泣いた。
 ハコの家を出るとカギがいた。
 カギは、少し離れた所でじっとハコの家を見ていた。
「ハコがいなくなってからずっとああなの」
 ハコの祖母は痛々しく言う。
 ゆかりは、じっと佇むカギに近づき……その頬を叩いた。
 カギは、ゆかりが目の前に来ても気づかなかったようで痛みよりも驚いた顔をしていた。
「なんで……」
 ゆかりは、声を震わせてカギを睨む。
「なんでハコを守らなかったのよ!」
 自分でもそれが理不尽な怒りであることは分かっていた。
 カギは、悪くない。
 これは不幸な事故であり、悪意ある罪なのだ。
 しかし、それでも止められなかった。
「あんたが……あんたが……」
 ゆかりは、カギの硬い胸を何度も殴る。
「あんたが悪いんだぁ!」
 ゆかりは、泣きながら叫び、崩れ落ちた。
 カギは、そんなゆかりを見下ろし、小さい声で「すまねえ」と呟いた。
 それからゆかりは一度も地元には帰らなかった。
 もう帰りたいとも思わなかった。
 それなのに地元に帰り、店を持つことになったのは夫の転勤が理由だ。
 本来はマンションでも借りて住もうと話していたが転勤のタイミングで新たな命が宿っていることが分かり、これを機に持ち家を購入しようと中古の家を買ってリフォームし、一階を一人でも出来る小さな美容室にした。
 夫に店の内装をどうするっと言われた時、迷わずシャボン玉だらけにしたいと伝えた。
 この世界のどこかにいるハコがシャボン玉だらけのお店を見て自分が帰ってきているのだと気づいてもらう為に。
 引越しを終えると真っ先にハコの家に行き、ハコの祖母に挨拶した。
 ハコの祖母は痩せはしたものの頭の中に浮かぶ姿と遜色がなかった。
 ただ、鼻に繋がったチューブだけが痛々しかった。
「お帰りなさい」
 ハコの祖母は、理知的で柔らかい笑みでゆかりの帰郷を歓迎してくれた。そして膨らんだお腹を見て「おめでとう」と言ってくれた。
 ハコのことは……聞けなかった。
 家にハコがいない。
 それが答えだと分かっているから……。
 それからは中学時代の友達と再会を喜びながら妊婦検診に通い、開店の準備を行った。
 友達に会う中でカギの話しを聞いた。
 カギも今は地元にはおらず、中学を卒業すると同時に消息を絶ったのだと言う。
 反社会組織に所属していると言う噂もあるらしい。
 そんなことを聞きながらもう会うことはないのだろうと漠然と思った。
 それは間違いだった。
 お腹の子が無事に成長し、臨月を迎える少し前、彼は現れた。
 ハコと共に。
 夫が出張で留守の日の夜、インターフォンがけたたましく鳴り響いた。
 あまりに狂気じみた鳴り方にゆかりは恐怖よりも違和感を感じた。
 この応答には答えないといけないと何かが訴えていた。
 妻が見かけ通りに気が強く、負けん気が強いことを知っている夫は自分の留守中は絶対に危険な真似も夜に一人で出掛ける、怪しい来訪者の相手はしないときつく申し付けていたが、ゆかりは心配性な愛する夫に心の中で謝ってインターフォンに出た。
 インターフォンのカメラに映ったのは……顔が腫れ上がった血塗れの男だった。
 幽霊⁉︎
 流石のゆかりも小さく悲鳴を上げてお腹を守るように抱えた。
 男は、鋭い目をインターフォンに向ける。
 何が重いものを抱えているのか何度も肩を揺らす。
「夜分、遅く申し訳ありません」
 男は、インターフォンに向かって声をかけてくる。
 見かけよりも丁寧な言葉で……どこかで聞いたことのある声だ。
「神崎ゆかりさんはおられますでしょうか?」
 神崎という言葉にゆかりは目を大きく開く。
 それは自分の旧姓で、それをこの街で知ってるのは小学、中学の同級生しかいない。
 そしてこの声……。
「カギ?」
 ゆかりは、恐る恐る話す。
「……ゆかりか」
 インターフォンの向こうにいる男、カギがほっとしたように言う。
「こんな夜中にすまない」
「……どうしたの?」
 ゆかりは、胸元を握りしめる。
 さっきまで感じなかった不安が湧き、胸が大きく鳴り響く。
「頼みがある」
 カギは、肩を揺らして抱えているものを持ち上げ、インターフォンのカメラに近づける。
 ゆかりは、息が止まりそうになる。
 それは自分と同じ年くらいの女性……。
 そしてその顔は見覚えがあった。
 いや、見覚えがあるどころではない。
 絶対に……絶対に忘れない顔……。
「ハコ……」
 ゆかりは、インターフォンのスイッチも切らないままに玄関に向かい、乱暴に開いた。
 そこに絶っているのは幽鬼のような血塗れ、傷だらけのカギとシーツに包まれて抱き抱えられたハコであった。
 頭が茹る。
 目の前の光景を冷静にも平静にも受け入れることも理解することもできない。
 分かっているのは目の前の血塗れ傷だらけの男がカギで、ハコを大切に抱き抱えていることだけだ。
「久しぶりだな」
 カギは、血塗れに腫れ上がった顔に笑みを浮かべる。
 ゆかりは、何をどう言っていいか分からず唇を震わせる。
 カギは、抱き抱えていたハコをそっと足元に下ろす。
 ゆかりは、慌ててしゃがみ込んでハコの顔を見る。
 ハコだ……。
 ハコがここにいる。
 安らかな顔で眠っている。
 ゆかりは、涙を溢れるのを止めることが出来ず、叫ぶのを忘れてハコを抱きしめた。
「ハコ……ハコ……」
 ゆかりは、ぎゅっとハコを抱きしめる。
「悪いが……ハコのばあちゃんに連絡してくれ。さっき行ったんだがいないんだ」
 カギは、ボソリと言うと背中を見せる。
「カギ?」
「俺は……警察サツん行かないといけないんでな。頼んだぞ」
 そう言って足を引きづりながら歩いていく。
 見ると地面に赤い雫が無数に落ちていることに気づき、口元を押さえる。
 何か言わないといけない。
 聞かないといけない。
 それなのに言葉にしたのは自分でも訳の分からないものだった。
「なんでここに私がいるって分かったの?」
 カギとはこっちに戻ってきてから連絡もとってない。
 友達たちもみんな知らないと言っていた。
 カギは、足を止めて振り返ると血塗れの指でゆかりの背後、美容室の中を指差す。
 シャボン玉の絵がたくさん描かれた白い壁が見える。
「ハコを抱えたままどうしたものかと悩んでいたらそのシャボン玉の絵が街灯に照らされて見えたんだ。この街でシャボン玉……ゆかりしか想像出来なかった」
 ゆかりは、息を飲む。
 カギは、ハコを抱き抱えても目立つお腹を見る。
「幸せそうで良かった……」
 カギは、腫れ上がった唇を小さく釣り上げる。
「ハコも喜ぶ」
「えっ」
 ゆかりは、大きく目を開く。
「ハコ……頼む」
 そう言ってカギは、闇の中に消えていく。
 ゆかりは、ぎゅっとハコを抱きしめることしか出来なかった。
 赤く大きく✖️された逆さの孔雀の刺青が目に焼き付いた。

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