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司書のへりくつ⑥仁義なき戦い

なんかこのシリーズ、自分のnoteでやたらアクセスが多いのが不思議でしょうがない。実際に読まれているかは別として。
みんなそんなに図書館の内幕が知りたいのだろうか?

それはともかく、ここで何度か書いているように図書館は決して平穏な場所とは限らない。特に都市部の図書館では、図書館員vs利用者、あるいは利用者同士のゴタゴタが毎日のように日々繰り広げられている。

狭い近い人が多い

自分がかつて働いていたのはある自治体の中心に位置する大きな図書館で、一日を通して利用者はかなり多く、入り口前には毎朝長蛇の列ができる。
おまけに駅に直結していて繁華街ともオフィス街とも近いため、無駄にアクセスが良く人がひっきりなしに入ってくる。

そのくせこの図書館、中央館の割にはけっこう狭い
実際に他の区の中央図書館と比較した結果、確かに自分が働いている図書館は、延床面積で言えば下から数えた方が早い。体感的なものだけではなく、数字の上でも狭いのだ。

そしてこれは図書館あるあるといっても良いかもしれないが、回転が悪い
ひとたび席を確保した利用者は、基本的に何時間も動かない。

アクセスが良過ぎる、狭い、回転が悪い、こうした条件が重なって、館内は日中ともなればもう座るところはない。土日のみならず、平日でも。
悲劇は通常の閲覧席だけではない。
フロアの真ん中にある共用の円卓はいっぱいまで席を確保した結果、隣の人との距離は肘が触れんばかり。当然トラブルも増える。

このようにこの館では座席という限られたリソースに対し、あまりにも需要が多すぎる。結果、連日のように見苦しい諍いがあちこちで勃発することになる。

ここは椅子取りゲームをする所ではないのだが

毎朝入口で列の先頭に並ぶ浪人生。もう何年も資格試験の勉強をするために通っているが、受かりそうな様子は全くない。
というかもはや勉強していない時間の方が長い。
さてこの浪人生、こだわりの強い性格のためいつも同じ席でないと我慢ができず、開館と同時にダッシュで突入してくる。(厳しく注意した結果速足へと変わった)

しかもめんどくさいのは彼ひとりではない。
同じようにいつも先頭に並ぶ高齢男性。開館するやなぜかいつも浪人生と競うように同じ方向へと駆け出し、並走し、回り込み、いつもの「指定席」を目指す彼に横やりを入れんとする。
さらに、土日になると決まってやってくる男子高校生までもが、この椅子取りゲーム?に参戦してくる。
もっとも彼らにしてみれば浪人生の指定席なぞどうでもいい。単に指定席確保に血眼になるあまり、自分らの動線に絡む目障りな浪人生にプチ嫌がらせをしたいだけなのだ。

だが周囲の見えないこの浪人生は腹の虫がおさまらない。
ひと段落ついたかと思うと、男子高校生が席を離れた隙を見計らい、引いていた椅子を勝手に戻す点いていたデスクランプを消すなどの地味な嫌がらせを仕掛け、それに気づいた男子高校生も地味な報復に打って出る。
こっちが見かねて注意をすると、今度は二人とも別々に事務室にやって来ては、こちらに対して文句を言いだす有様。もう訳が分からない。
おとなしく勉強しろバカタレどもが。

誰もが誰かの敵である

彼らのような人のあおりを受けて席取りにあぶれた利用者は、空席を求め館内を徘徊する。どこも空いてないとわかると、定点観測に切り替える。
そして狙いを定めた彼(たいてい男性だ)は、我々図書館のスタッフ・職員に向かってこう訴える。

「席で寝てるやつがいる。起こすか帰らせろ」
「あの席はもう30分も荷物が置きっぱなしになっている。撤去しろ」
「隣に荷物を置いて一人で2席も占領してる。やめさせろ」

挙句の果てには、

「毎日同じやつが何時間も居座ってる」
「隣の席との間隔が近過ぎて落ち着かない」
「隣の席に座ったオジさんが気持ち悪いので席を変えてほしい」
「児童コーナーが空いている。誰もいなけりゃ大人が使ってもいいだろ」

と、考えつく限りの「座れない/席を変えろ」クレームで溢れかえる。
そしてこういう時に文句を言ってくるのは、ほぼ中高年/高齢の男性。
「ここはいつ来ても座る席がない。なぜこんなに混んでるんだ」だと?

ただでさえ狭いのに、あんたみたいな人が大勢来るからだよ

とフロアの真ん中で声を大にして叫んでやりたい。

最初の方で、他の区の中央図書館に比べて狭い、と言ったのは、実際に何館か回ってみて、各館の資料を元に延床面積も調べたからである。
なぜわざわざそんなことをしたかと言えば、なんでこんなに混むかって?狭いからじゃね?という自分の疑問を、実証して納得したかったからに他ならない。

出でよビッグブラザー

さて、当の図書館側としても、いつまでもそんな状態を放置していくつもりはない。なによりこちらの精神衛生が損なわれるイライラが募る
長年にわたるこれらのクレームや諍いに疲弊した自治体は、図書館事業を委託している会社の協力のもと、IT技術をフル活用して思い切った大なたを振るうことにした。
それが「座席管理システム」の導入である。

ではこの「座席管理システム」とはいかなるものか。

  • まず入口の端末に図書館利用カードを読み込ませる

  • 大画面サイネージに表示されている座席表から空いている席を選ぶ

  • 次に利用したい時間を選択する

  • 座席番号と利用時間が記されたレシートが印刷されるので、その番号が掲示されている席を使う

という仕組みだ。利用中はレシートを座席に備え付けのクリップに挟み、周囲に見えるようにしておく。
利用時間が過ぎるか、途中で退席するときは再び端末で終了処理をする。
次に待っている人がいなければ延長手続きも可能だ。

席に座りたいが満席の場合は、端末で予約申し込みをする。
待ち人数とおおよその受付可能時刻が印字されたレシートが出るので、その時間になって利用可能と表示されたら、改めて端末で上記の利用申込を行う。

このシステム、現在では都内中心部のいくつかの図書館で部分的に導入されているので、見たことがある人、実際に使った人もいると思う。
ただその多くは、ごく一部の数席のスペースに限られており、館内の全席がそうなっている所は少ない。
そりゃそうだ。そんなことをした日にゃ、図書館利用登録をしておらず、図書館カードを持っていない人は完全に排除されてしまう。大きな反発やクレームは避けられない。

しかし、しかしである。
自分がいたこの館は、それでもこのシステムの全席導入に踏み切った。
正確には、児童・YAコーナーとフロア中央の大きな円卓は除外されたものの、それ以外の閲覧席は全てこのシステムで管理することになった。
さあこうなると、大変なのは実際に運用する我々である。

事務室に据え付けられた管理端末や、フロアにいる時にスタッフが携帯してオペレーションを行うタブレット端末の操作方法を皆で覚える。
何度も試運転やシミュレーションを繰り返し、利用時間のズレはないか、予約があるのに利用可になっていないか、使えないはずの席が空席と表示されないか、レシートを無くした利用者にどう対処するかなど、いくつもの事態を想定して調整を繰り返す。
そして不測の事態が起こらないように、Wi-Fiの通信状況にも常にピリピリしていなければならない。

これは果たして図書館の仕事なのだろうか

そんな不満と不安が渦巻く中、運用開始の日を迎えた。
案の定一部の利用者から、なぜこんなものを入れたんだというお叱りをいただいたものの、全体としてはおおむね好意的に受け入れられ、危惧されたような機材トラブルもなく順調に運用されている。
ただし例の浪人生は相変わらずだった。入館前は列の最前列に位置取り、突進する目標が目当ての席ではなくサイネージと端末に変わり、お決まりの席番号に固執するようになっただけの話である。

やがて自分はこの館を離れ、その後コロナが世界中を襲った。
日本中の図書館が休館を余儀なくされ、席を間引かれ、入館を規制され、人々は密集と混雑のもたらす弊害を思い知ることになった。

だがそんなコロナ禍も過去のものとなり、都心はその頃の反動のように前よりも人で溢れかえっている。
コロナ禍で一度は不要になったであろう座席管理システムは、おそらく今日もフル稼働しているに違いない。テクノロジーによって管理され、感染症によって規制され、それでも混雑を求めて集まることをやめない人間という生き物は、なんて不可思議な存在なんだろう。


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