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骸:第12話 9年前/後日 ー脳ー

翌日、搬送先の病院へ電話をした。
女の子の状態を確認するために。
搬送先の病院でも集中治療室に入院していた。
そこで対応している医師が電話に出た。
「改善はありません」とだけ答えてくれた。

それから3日後のちょうど仕事終わりに電話がかかってきた。
登録されていない見慣れない番号からだった。
その電話は女の子を搬送した病院の医師で、搬送翌日に電話で話した医師の上司だった。

その方は女の子が亡くなったことを伝えるため電話をしてくれた。
電話の向こうでの医師の無念さを感じた。
その医師はおそらく言おうか言わまいか迷っていたことを最後に口にした。
「どうしてもっと早く搬送してくれなかったのか」
「あの状態ではどうすることもできない」
「私たちはそれが無念でならない」
「死因のために両親にお願いして解剖を行った」
「あの子の脳は溶けたような状態だった」
「あの子がどれほど苦しんだことか」

血の気が引くのを感じた。
口が渇き、喉が震えた。
足も震えた。
電話の声がどんどん小さくなっていった。
返す言葉は出てこなかった。
「すみません」とだけ言葉をふりしぼって電話を切った。
すぐに車を出すことができず、涙と震えがおさまるのを待った。
家に帰るまでに2時間かかった。

その2日後に女の子の父が病院へ来た。
亡くなったことと葬儀の予定を伝えに。

医師になってから葬儀へ参列したのは初めてだった。
憔悴しきった両親と何となく状況を理解できているであろう姉にしっかりと目を向けることはできなかった。
自分自身の責任の重さを改めて感じた。
この重みを忘れてはならない、この重みを感じ続けながらやっていくしかない。
そう感じる一方で、更衣室の扉にメモを貼った医師が平然としている様子には釈然としなかった。

田舎では情報はすぐにまわる。
数ヶ月後、地元出身の看護師さんを通して女の子の両親が離婚したと聞いた。
このことにも責任を感じた。
1つの家庭を壊してしまったのではないかと。

半年後、転勤のためこの地を離れた。
引っ越しの荷物を出し、部屋の引き渡しやガスなどを止めることに立ち会った後 車に乗った。
高速道路に乗る前に給油のため、近くのガソリンスタンドへ寄った。
店員さんにお願いして満タンに給油してもらった。

その店員さんは女の子の父だった。
お互いに言葉を交わすことはなかった。
交わす言葉も分からなかった。
バックミラーに映る 痩せて無精髭の顔を見つめた。
そして、逃げるように車を出した。

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