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京都から北海道への旅⑥-今は旅のできないあの人へ-

2021年10月初旬

札幌近辺さまよい人-やま桜へ-

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 歩きで移動すると、目的地に着くことが非常にまれになってしまう。なぜなら、あっちへふらふらこっちへふらふら。まさにドリフターズ。路地の一つ向こうにある何かに妙にわくわくする。
 そしてその次に危ないのはレンタカー。たいてい長距離移動。目的地が決まっているため、目的地に着くには着く。が、時間がどうにも合わない。物理学の理論によると、時間の長さは変わる、らしい。体感としては、大いにそう思う。レンタカーだと絶対、自分が決めた時間にはたどり着かないから。

 北海道や東北に行くたび、その距離感に騙される。狭い府県出身者は、端から端、という距離の感覚がひどく短い。そして、その端から端の感覚が、この広大な土地では、ほんの端っこの小さな半島の、さらに狭い部分の端から端の距離だったりする。
 今日こそは絶対に、宿にチェックイン時間に入る。そう決めていた。
 スマホで調べるとそこまで車で二時間弱ほどと表示されている。念のため三時間と考えておこう。そうすれば完璧。ということは十二時に札幌市内を出れば間違いない。
 今回は、いや、今回も『脳内』計画は完璧だった、はずなのに。

 何か食べると眠くなる私は、車運転に向いていない。だから、どうしても運転しなければならない日の前日は長く眠るようにしている。今回も、睡眠時間をたくさん確保するためホテルの朝ご飯をつけなかった。ナイス選択、と自惚れつつ、レンタカーを借りに行くためホテルを出る。
 しかし、すぐにつまづいてしまった。

 店舗に行くと、なんと工事中。予約サイトから電話番号を探し、
 すみません、今日車を借りるものなのですがお店、移転したんですか?
 などと問う。
 お店の人が、いえ、移転などはしていないので、ネットで普通に調べていただければ出てくるはずなんですが、と答える。「それで今調べてるんですがぁ、出ないんですよぉ。」なぁんて他人を責める言葉を頭に思い浮かべたところで、待てよ、と思い、再度予約サイトを見る。またやってしまった。
 自分は『ニッポンレンタカー』を目指しホテルから札幌駅の北口まで10分近く歩いていた。しかしよくよく確認したら借りるべき店舗名は『日産レンタカー』とあるではないか。その上、件の店舗はホテルからほんのわずかの距離であった。
 そらここには店舗、ないわ。舌の上まで乗った言葉、出さなくてよかった。「あ、今わかりました。」なんて訳の分からない言葉を店員さんに言って、電話を切る。引き返すんかぁ。なんとも。
 これで朝っぱらから三十分近くロス。
 レンタカーに乗り込み、腹が減る。朝ごはん、食べてないもんなぁ。

 実は昨晩、ホテルでもらった観光案内のパンフを見ながら思案していた。朝ごはんは何にするか。パンフをベッドに広げて眺めつつ、スマホを片手に綿密に調べる。
 朝はやはり、海鮮丼やろ。せっかくの北海道に来たのだから。いやいや待てよ、夜は温泉で海鮮三昧なはず。それならば、何か北海道らしくてうまい朝飯はないか。
 ベーグル、うーん、サンドイッチ、ちょっとなぁ、地元でも食べられるし。朝から寿司。昨日の晩、とてつもなく高いの食べたもんなぁ。地元に帰って食べられないもの。
 うん、海鮮丼。やっぱりこれやろ。グーグルマップを見ると車で十数分の所に市場があり、安く食べられる模様。よし、地元に帰ったらできないこと。朝から北海道で魚まみれ。完璧、それでいこ!

 と、夜中に一時間以上逡巡して決定したその目論見。走り出してわずか五分の間に、突如引き出された記憶と、連動して鳴ったお腹の具合により、あっさりと却下されてしまった。

 おにぎりあたためますかのファンである。グーグルマップの北海道に大量についているフラグはほぼ、おにぎり情報。
 そしてずっと気になっていたワードがある。「やまおつ」。会ったこともないその人物に、失礼なくらいの親近感を持ってしまっているのは、大泉洋のせいである。
 彼はたびたび、彼の友人の蕎麦屋に行き、そのあだ名「やまおつ」を連呼していた。そして彼は、バカだが蕎麦作りだけは一級品、と友人の腕をいたくほめていた。その蕎麦、一度は食べてみたい。よし、蕎麦だ。

 しかしじゃあなんやったんや、あの長時間にわたる昨晩の一人会議は、と少し思う。まぁ旅はそんなものやな、と思い直す。
 当初の目的地出合った市場をはるかに通り過ぎ、北西へと高速に沿って進路を取る。

 やま桜、という名のそのお店には、一台だけ車が停まっていた。まだ昼ご飯には少し早い。正午にもなってないしこんなもんか、と思いつつ、友人の店やからほめたんかな、などと考えながら暖簾をくくる。
 おお、先客はもう十人くらいいるではないか。よく見ると、裏に大きな駐車場がある模様。
 何にしよう。迷う。旅先の食事は外したくない。遠くに来れば来るほど。マップに付けたメモを読み返す。岩海苔蕎麦、と書いてある。それにしよう。

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 てんこ盛りの岩海苔。この形態、地元の近畿ではお目にかかれない。こんなに、海藻然としたそのままの海苔、食べられるところはない気がする。
 期待が高まる。口に入れた瞬間、ふわっと磯の香りが口いっぱいに広がって……広がる、はず、なんだけどなぁ。おいしいはおいしい。けど、もっとプンプンの海苔臭がして、って思ってて。
 脳内の期待の方が大きすぎたよう。岩海苔の旬を調べるともっと寒い時期のよう。蕎麦をすする。うん。普通のおいしさ、かな。あれ。
 ま、そらそんなもんでしょ。個人的感想を述べるのは誰しも自由で、皆が同じ味覚ならここまでいろんな味が生まれないわけやし。大泉洋はこれが好きで、自分には合わない、のかなぁ。遠くまで来たのになぁ、などとブツブツ頭で独り言ちながら箸を進める。

 出汁を飲む。ん、これ、いい感じやなぁ。
 口に入る海苔を噛む。これは関西ではなかなか出合えない噛み応え。ぷつぷつと奥歯で噛む快感のある海苔。おいし。うん、出汁、うまい。そして海苔、食べ応えある。なんなんやろ、この出汁。関西のとは違う気がする。魚が強い、のか?全体的に丸みはないけど、おいしい。がっちりした出汁、うまい。

 ずずず、といき、あれだけ最初、脳内で薀蓄垂れてたくせに、鉢には海苔のひとかけらすら残っていない。やられた。最後までいってしまった。

 「ありがとうございます」
 と、レジをしているときに暖簾の向こうから聞こえた声。顔の見えない主がやまおつ「さん」だろうか。散々頭の中で色々と言ってしまいましたが、はい、おいしかったです。ありがとうございました。

札幌近辺さまよい人-ノースコンチネントへ-

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 リミッターを切る、という感覚が自分の中にはある。

 普段節制している。コ
 コロナ禍で何かを成し遂げようと思い立ち、ダイエットを敢行した。半年間で71キロから64キロに。自分では快挙である。

 それまでどれだけの種類、ダイエットをしてきたか。
 炭水化物を食べなければ痩せる、息を吸えば痩せる、息吐けば痩せる、水呑めば痩せる、腹だけ痩せる、挙句、米食えば痩せる、など様々な本を買って読んで実行し、砕け散った。
 そしてついに出合ったのが「痩せない豚は幻想を捨てろ」という本であった。キワモノすれすれの題名とは裏腹に、挫折を重ねてきた私が初めて出合った、至極まっとうな正道が書かれていた。
 その内容は、アプリでカロリーを計算し、必ず三食食べ、プロテインを摂り、しっかりと運動する、という恐ろしいくらい当たり前なこと。そのやり方を具体的に、かみ砕いて書いてあった。そして、その通りのやり方を実行し、結果が出た。

 しかし実は、やせた後に体重を維持するのが何よりも難しい。そのために、今も毎日ちまちまとカロリー計算表をつけていたりする。
 ただそれは、恐ろしい節制である。
 今の体重だと、夜に必ず、ぐう、と何回も腹が鳴る。
 我慢する。
 プロテインを飲む。
 いったい何のために、と疑問がわく。
 ボクサーなら、試合の権利を勝ち取るため、だろう。日々のほほんと過ごす男。誰とも戦わず、むしろ戦うなら食わして頂きたい、と思うタイプ。そんな私が導き出した大義名分が、

「旅の時に好きなものを好きなだけ食べるため」

であった。

 なぜこんなに長々と自分のダイエットについて書いたか。
 旅に出ると、食べることを抑えていたリミッターを見事に切ることができるからである。
 7キロ太っていた頃、とにかく目に付くまま、匂いをかぐまま、手当たり次第に食べていた。リミッターが外れ、あの頃と同じ食欲が解放されるのである。
 そしてその欲望は、次の目標を、肉、と定めた。

 ノースコンチネントというこれまた気になっていたハンバーグのお店。同じく、おにぎりあたためますかで紹介されたお店。メモのところには、札幌の部門で七位のお店、と記録している。よし、行ってみよう。
 本当にあの番組、北海道への貢献度は計り知れないと思った。私と同じように北海道を食べ歩いている人、たくさんいるんだろうなぁ、と思った。

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 もの知らずとは恐ろしい。後からちゃんとわかるとアホの真骨頂やと恥ずかしくなった。
 が、本っ当に、これが最初に運ばれてきたときにフォンダンショコラだと思った。ほんの半時間ほど前にそばを食べた男なのに、どれだけ食べ物で頭がいっぱいなのだろう。
 組み立てとして変わっているなぁ、などと思いながらも、普段カロリーの関係上甘いものを本当に食べなくなったが、本来は無類の甘いもの好きの人間。肉より先でもいいや、と、箸で割ろうとして、

 ん、なんじゃ?かったぁー!え、何これ。

 で、やっと気づいた。ふむ、焼き石か、と。恐らく運ばれてきた肉の焼きが足りない場合に温めるもの、なのだろう。
 このビジュアル、食べ物、と思った私は、やはり食い意地が張りすぎなのだろうか。だって見ようによったら本当に、ちょっと砂糖が固まったお菓子に見えるではないか。
 いやね、そりゃ常連さんは当たり前でしょうが、あんましハンバーグとか食べない人間もいるし、その、一言説明あったらうれしかったなぁ、なんて。まさか石を見て、おいしそう、と思う輩、おらんやろ、と思ってるのかもしれんけど。

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 このチーズのソース、すこぶるおいしかった。
 やはり北海道は卑怯だ。食材が何でもある。なにより乳製品の底力。ハンバーグにかけるチーズのソースがこんなに濃厚とは。
 
 ハンバーグを割ると、いわゆる、肉汁がじゅわっと、ではない。がっちりと、お肉。肉がギュっとして、肉、食べてます感満載。奮発してブラウンスイス牛のお肉を頼んだ。でも正直、そのお肉特有のおいしさは分からない。ただ、ぎっちりとした肉のおいしさがあった。
 うまい。いいなぁ、北海道の人は。

 いい時間に入ったらしい。三台ほどしかない店の前の駐車場に停められたのはほんの少し早かったからだろう。次から次へとその後に家族連れやカップルが増え、店は一杯になり待ち人まで出てきた。
 もう少し何か食べたい。本当はここのソーセージを試してみたい。絶対に、うまい。
 ただ、分かっている。どうせまた別のものを食べる。食べたくなる。
 ここは北海道。ここですべての胃の容量を使うわけにはいかない。後ろ髪を鷲掴みに引かれながらも、何とか店を出て車の中へと乗り込む。

 さて、と。
 地図を見ると北海道神宮がすぐそば。
 そうか、ここに来るために神さんにこの店を選ばされたのか、などと考えつつ、その駐車場までほんの五分もないことを確認する。

札幌近辺さまよい人-北海道神宮と六花亭神宮茶屋店へ-

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 和人はそもそも、蝦夷地の突端、松前辺りまでしか実際の開発をしていなかった。残りの広大な土地は、アイヌの人々が自然への知恵を駆使して生き抜いていた。やがて都市が出来る。江戸の後期にニシン漁の村として小樽が発展し、幕末には旧幕府軍が立てこもっていた函館辺りが開かれる。
 そして明治に入り完全に人工的な計画都市、札幌が開拓された。つまり札幌にある建物は、歴史的建造物といっても百五十年ほど。この北海道神宮ももちろん、札幌開発に伴い和人が建てたもの。

 ただ、と思う。この社が立つ以前は何もなかったのだろうか。例えば、アイヌの人々の祈りの場、とか。
 それでも、とも思う。
 そもそもアイヌ語で神を意味する「カムイ」たちは生活全般、動物やモノ、ほとんどすべてに宿っている、と考えられていたらしい。つまり日常生活に関係するもの全てに祈りをささげ、あるいは神意のようなものを感じていた。だから大和の人間のように、わざわざ集団として何かを祭り上げる場は必要はなかったのかもしれない。
 それでもなんとなく、昔からアイヌに伝わっている祈りの場、のような所なんかがふと北海道の地に残っていたらうれしいな、と思ってしまう。

 琉球であった沖縄には、今も深く祈りの場が根付いている。一見神社に見える、『御嶽』という、神道とは違う体系の祈りの場が本当に小さな村にまで残る。この琉球に生活に根差している、文化の底の方で息づく祈りの場。その場が私はとても好きだ。そして、そこで祈りをささげている女性たちの姿にとても感銘を受ける。祈りが正に具現化したものである、と思うから。

 アイヌたちはこの神宮が建てられた時、どう思ったんだろう。

 神社の歴史から見れば、若いと言えるこの神社は、すなわち明治神宮や平安神宮、橿原神宮なんかと同じ明治の時期にできた。それでも百五十年以上の歴史の重みによるものか、その結界の中には荘厳な空気が満たされている。

 七五三というのは今頃なのだろうか、子どもを持ったことのない私はその時期を正確には知らない。
 たくさんの子どもたちがおめかしをしている。そんな格好をしているにもかかわらず駆け回る子どもたちを、同じくおめかししたお父さん、お母さんが追いかける。怒りながら、笑っている。
 おじいさん、おばあさんは少し遠くから、その様子を見て優しく微笑んでいる。
 独りを感じる。そして佇む。

 日差しが優しく境内に光と温かさをもたらす。いい休日。平和でしあわせの塊のよう。凛としたこの空気は、やはり北海道の少し張った感じのある厳しい北の大気だなぁ、と思う。

 あ、そういえば駐車場は三十分だけ無料。余計なことをしていてはすぐに時間が過ぎてしまう、と我に返る。御朱印帳を窓口で渡してから手を合わせる。この旅が本当に楽しく、意義深く、たくさんの素敵な人に会えますように、そしてもし可能なら、将来の伴侶にも、などと欲深いことを継ぎ足してしまう。いやいや、と思い、やはりこの旅が無事楽しく終わりますようにと改めて祈る。
 この祈り時間が私はとても好きだ。行った土地とつながれる時間、というか、その土地に来たことを認めてもらう時間、というか。

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 三十分は思いのほか短い。のに、なんでこんなとこにトラップを仕掛ける、六花亭よ。そりゃあ入ってしまうやろ。
 茶屋風に仕立てられたその店の中には、一度はお土産屋で目にしたことのある、六花亭の錚々たる名菓たちが居並んでいる。これはいかん。ほんまにいかん。車に戻らねばいかんのだ。ただやはり、そこの名物は食べなければいかん。

 見れば、判官様、という名の焼餅はここでしか買えない、とあるではないか。これだけ、これだけ買って食べよう。列に並ぶ。なんとまぁ、観光客心をくすぐる商品配置よ。左に手を伸ばしても、右に手を伸ばしても、美味しいであろうこと間違えない商品群に手が届く。
 あぁ、なんという惰弱な心よ。
 焼きたて熱々の判官様をレジで受け取る前に、左手にはいつの間にか、マルセイバターケーキを握っていた。

 車を出してすぐ、熱いうちにと、はふはふ判官様をかじる。
 あんこは、和菓子の根幹。そしてこの餡は、うまい。そらそうやよな。餡のもとになる小豆がこの地では採れるんやもんな。多分砂糖以外、この皮も、いや、もしかして甜菜糖ならば、この絶妙な甘みもすべて、この広大な北の大地の恵み。そう思うとなんというか、余計にぎゅっとこの地が詰まっている気がして益々美味しく感じる。人間は頭でものを味わっている。つくづく思う。
 この薄皮もうめぇなぁ。香ばしく、そしてむっちりとしていてよく伸びる。とっても柔らかい。多分よくある形の典型的な和菓子である焼餅なんだと思う。でも、日本各地、どこで食べてもそれぞれに、うまい。焼きたて、というのは本当においしい。旅の味、なのだろうか。客観的においしいかどうかはあまり関係ない。旅をしているその場、その時間でこそ一番うまいと思う。そんな、旅の味。

 そして信号待ちで、がさがさとバターケーキの包みを開ける。まぁ間違いない。美味しくないわけがない。
 ふわふわのスポンジ部分、実はモノによっては嫌いなことが結構ある。なんというか、のどに引っかかる商品がある。だがこれに至っては全くそれがない。ただただ柔らかい。数回噛むと、美味しい甘さがのどを通っていく。いうまでもなく、うまい。
 名前の語感から勝手にバタークリームが挟まれていると思っていたが、うむ、これはチョコが挟まっているのか。おいしいなぁ。ほんま、おやつにぴったりや。

 やはりリミッターは切れている。やばいなぁ。なんぼでも食べられる。これは太るなぁ。

札幌近辺さまよい人-大倉山ジャンプ競技場へ-

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 もう正午もすっかり回っている。今から行っても、宿のチェックイン時間をはるかに過ぎるだろう。なぜまっすぐにつかないものか。
 行きがけ駄賃。せっかくきたからまわってやれ、という旅の仕方からそろそろ卒業したいのだが、いわゆる大人の旅がいくつになってもできない。

 ここから見る風景はすこぶる素晴らしいらしい。スキーとは縁遠い人間にとっては単なる上からの風景が良い展望台、と思っていた。しかし、やはり実際に訪ねるということの持つ力は大きい。旅をしているといつも思う。下から見上げる。これは、すごい。

 こんなところからスキーを履いて飛ぶ人間がいる、という事実に圧倒された。テレビの画面というものがいかにちっぽけで矮小化されたものを見せているのかがとてもよく実感できた。スマホの世界がすべて、と思っている人なんかはなおさら、知らない世界を知った感一杯で、『体感』を知らずに生きているのではないだろうか。

 せりあがる壁にしか見えない。それも二段階で。大倉山とあるのだから、山であるのは当然なのだが、これだけの距離を一気に降りるための度胸というのはどれだけ必要なのだろうか。考えてみた。それだけで鳥肌が両手にたった。これはすごい。

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 ゴンドラに乗り、まだ半分過ぎた辺りでさえ、もう街並みがはるか眼下に小さい。いったいこの高さから飛べる人たちは、どんな光景を見て何を考えてあそこから飛ぶのだろう。K点越え、なんて言葉だけがあって、ああ、すごいなぁ、と単に思っていた。しかし本当に生まれて初めて、滑空している様子を生で見てみたい、とその様子を夢想した。
 恐らく『跳ぶ』ではない。本当に『飛ん』でいるのだろう。スキー板を履いた人間が空中を切り裂くように滑空する様子。残念ながら、自分の想像力ではやはり、想像しきれない。画面越しではない、リアルな体感としてのそれを。

ジャンプ台1

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 ジャンプの選手たちは、自分のすぐ下の目標点だけを見つめて自分の降り立つ位置を決めるのだろうか。
 それとも、鳥のようにこれから飛ぶ自分の気持ちを遠くに保つために、広大な大地に林立するビルに目をやるのだろうか。
 滑り降りるレール全体の高さと、飛んだあとに滑空する斜面の高さ、どちらがどれだけ高いのかは分からない。けれど、この傾斜を滑る、飛ぶ、という行為をしている人がいるだけで脅威に値する。

 最初はおそらく、ほんの数メートルのジャンプから始めるのだろう。人間の脳は、刺激を求める。段々と、より大きな恐怖と裏返しの快感を欲しがる。少しずつ少しずつ、可能な距離を知っていった結果、肥大した飛ぶことへの欲望そのものが形になったらこうなるのだろうか。なんせ、生身の人間がここから飛ぶことが信じられない。

 ここはおそらく北海道ではべたな観光地、になるのかもしれないが初めてきて本当に良かった。何度も北海道に訪れていながら、この絶景を一度も堪能したことがなかったとは。
 なんと美しく札幌の街並みを見ることが出来ることか。通りが整然と平行に並ぶ。緑が多い。そして遮る山がなく、ずっと平野。近畿では得難い見晴らし。

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 左に目をやると頭の形の良い山がでんと居座る。横の夫婦らしき二人が、うっすらと海があそこに見えるでしょ、と話している。
 海?
 目を凝らすと確かに、山のすぐ横にうっすらと。こちらは北方向になるのか。でんと構えるこの山さえなければ海がもっとよく見えるのに、と思ってから、無粋なこと考えてるなぁ、と思い直した。この山との対比がむしろ美しい。そう思う。
 今日行く宿は自分の目線の真後ろくらい、おそらく距離にして百キロを超えるところにあるのだろう。途端に少し、憂鬱な気分になった。北海道はなんと広いのか。

大倉山からの眺め

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 右手はちょうど北海道の内陸方向。本当に緑が多い。あの広大な緑地帯のようなものは何だろう。地図を見てみる。さっき行った北海道神宮あたり、そしてその横が円山動物園、だろうか。

 そろそろいいかと思い、屋上から階段をおりたところにある二階の展望室ものぞいてみた。
 ソフトクリームとあった。なぜ北海道のアイスクリームは濃いのだろう。不思議になるくらい、濃厚。多分、冷凍で日本全国に送ることが可能なのだから、日本全国同じ濃さのものを楽しめる気がするのだが。旅のせいで美味しく感じるのだろうか、それは分からない。でもついつい買ってしまう。

 さっき出た屋上に、また戻る。ひとり、ソフトクリームと風景を撮りつつ、文字通りいい歳になっている大人が何をしているのかと少し恥ずかしくなる。
 しかし。こんなに晴れ渡った大倉山からの眺めを、この先何回体験できるのか分からない。次来た時には曇りかもしれない、雨が降っていて来ないかもしれない、だから今撮るのがいいのだ。

 なぁんて。写真一枚に何と言い訳の多いことよ。大人になると余計なことを考えすぎる。特に、男だと。これは男としてどうか、とか、年齢のいった男性のする行為なのか、とか。
 女性だけではないんやよね、社会で性による生きにくさ、感じてるのって。ま、これはほんまに情けなくなるくらい、ちっちゃいことやけど。

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 やはり濃厚なり。ミルクが取れる土地のアイスはやはり産地に近い分、おいしくなるのだろうか。なめながら、置かれているスキー板を眺める。もう長いことスキーはしてないなぁ。多分最後は、大学生の頃だった気がする。あれから板も、格段に良くなっているのだろう。

 板の黄色が青い空に映える。いいなぁ、この眺め。大会の時に、晴れ渡った青い空を飛ぶことはあるのだろうか。もしその時にこの黄色い板で飛んでいたら、それはさぞかし美しいコントラストになるだろう。青い空に、黄色いVの字の板をはいたジャンパーが、華麗に滑空している姿を下から眺める。ほんの数秒間しか飛べない人の宿命、その姿はどれだけ美しいのだろうか。

 隣で小さな女の子が、私に聞こえるともなく話している。あの人は屋上でソフトクリーム食べてるよ、とお母さんに。
 告げ口されてるのか?そもそもここはアイスクリームを食べてはいけない場所なのか?いやいや、そんなこと書いてなかった、はず。と思いながら食べる速度が速くなる。
 我ながらいじましい。落ち着いて堂々と食べればよいのに。

 甘いコーンをカリカリと食べ終える。
 これでもう、何も言われることなく堂々とここにいてもよいだろう、と大人げなく意味のない安心感を持つ。
 が、実はのんびりしていられないことは承知している。マップを開く。96キロ。ふむ。百キロはなかったのか。よかったよかった。

 ……はぁ。よくはない。チェックインの時間まであと1時間。今回もまた、宿につくのは暗くなりかけてからかな。予定では宿に入る前にあたりを散策して、なんて考えていたのに。
 これが旅、とも思いなおす。そう。思い通りに変えられるのがひとり旅。旅行代理店の旅行なら、思い付きでこんなにいろんな場所を回れたりしないのだから。
 長丁場、ひとりでの車。眠くなりませんように、と心から思った。

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