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運動の効果を高める5原則:脳を変化させるコツ

 脳性麻痺(CP)児にとって、運動療法は重要な役割を果たします。運動療法に関する研究、特にKleimとJonesによる2008年の論文「Principles of Experience-Dependent Neural Plasticity: Implications for Rehabilitation After Brain Damage」は、脳が経験に応じてどのように変化し、適応するかについての重要な洞察を提供してくれます。この研究は、脳性麻痺児に対する運動療法のアプローチを再考する上で、大きな意味を持っています。


1. 神経の可塑性と脳性麻痺児の運動療法

 神経の可塑性(Neural Plasticity)とは、脳が新しい経験や学習に応じてその構造や機能を変化させる能力のことを指します。この能力が損傷からの回復や、機能を再学習する基礎となるのです。

 脳性麻痺児において運動療法は、運動機能を学習することや、残された能力の最大化を促すことで、日常生活の質の向上に直接的に寄与します。運動療法には、脳の再編成を促し特定の運動やタスクの実行能力を改善する可能性があることが示唆されています。

 したがって、運動療法では単に身体的な運動に着目するだけではなく、脳性麻痺児の神経の可塑性を最大限に活用することに焦点を当てるべきです。なぜなら、特定の課題や活動を適切に反復することで、脳の特定の領域を単に「使う」ことから、「改善する」ことへと導くことができるからです。

2. 神経の可塑性を活用するための5つの原則

 神経の可塑性に関する研究の権威であるKleim and Jones (2008)が提唱する神経の可塑性を最大限に活用するための10つの原則から、私が特に重要だと考える5つ「使用の原則」、「特異性の原則」、「時間の原則」、「量の原則」、「意味の原則」について説明します。

① 使用の原則:「使えば強化される。」

 使用の原則は、頻繁に活動を行うことで関連する神経回路が強化されるという原則です。裏を返せば、使用されない神経回路は衰えることも意味します。
 特定のスキルを定期的に練習することで、そのスキルに関連する脳の領域の神経回路が発達し、神経伝達の効率が向上します。
 例えば、ピアニストは日々の練習を通じて演奏能力を維持・向上させることができます。一方で、練習を怠ると演奏能力が低下します。
 したがって、トレーニングとして積極的にスキルを練習することに加えて、日常生活でスキルを発揮する機会を豊富に設けることが重要です。

② 特異性の原則:「使った領域が強化される。」

 特異性の原則は、特定のスキルに特化した訓練によって、その活動に関連する脳領域が強化されるという原則です。つまり、目的とするスキルに近い運動課題ほど練習の効果が高いということを意味します。
 例えば、野球選手がピッチングの練習を行うと、ボールを投げる活動に関連する脳領域の神経回路が強化されるため、ピッチングの能力が向上します。一方で、ピッチングの練習によってバッティングの能力が向上することは期待できません。 
 したがって、トレーニングに用いる運動課題は目的とするスキルに近いものにすることが重要です。

③ 時間の原則:「早く始めるほど強化される。」

 時間の原則は、早期に訓練や治療を開始するほど、神経可塑性の利点が大きくなるという原則です。若年期は脳の可塑性が高いため、若い年齢で訓練を行う方が、高い効果が見込めます。ちなみに、疾患や怪我の発生後には早期から介入することが効果的です。
 例えば、言語習得は幼少期に始めると第二言語でもネイティブに近い能力を身につけることができます。
 したがって、トレーニングを可能な限り早期に開始することが重要です。

④ 練習量の原則:「適切な強度で繰り返すほど強化される。」

 練習量の原則は、適切な強度で繰り返し行うことが神経の発達に重要であるという原則です。ただし、過度な強度は逆効果を招くことがあるため、個々の能力に合わせて調整する必要があります。
 例えば、マラソンランナーはレースのために走行距離と速度を徐々に増やしてトレーニングを積むことで、競技能力が向上します。
 したがって、トレーニングの強度を適切に保ち且つ繰り返すことが重要です。

⑤ 意味の原則:「重要性が高いほど強化される。」

 意味の原則は、対象者にとって重要かつ意味のある活動が学習効果を高めるという原則です。報酬を伴う経験や感情的に重要性が高いと思える活動は神経可塑性を強化します。
 例えば、トレーニングを行うことで得られるメリットをわかりやすく共有することが、トレーニングの重要性を高めることに繋がります。また、子どもの場合、好きなキャラクターのイラストを使用したり、ゲーム性を取り入れることによって、単調なトレーニングを子どもにとって意味があり、楽しいものに変えることができます。
 したがって、対象者の関心を考慮したトレーニング目標を設定することや、トレーニングに楽しい活動を取り入れることが重要です。

まとめ

  1. 使用の原則: 「使えば強化される」というこの原則は、活動や練習を通じて特定の神経回路が強化されることを意味します。使われない神経回路は逆に衰えるため、スキル獲得には積極的な訓練と日常での活用が重要です。

  2. 特異性の原則: 「使った領域が強化される。」というこの原則は、目的とするスキルに近い運動課題ほど関連する神経回路が強化されることを意味します。目的とするスキルとかけ離れたトレーニングでは意味のある神経回路の強化が生じないため、スキル獲得には適切な運動課題の選定が重要です。

  3. 時間の原則:「早く始めるほど強化される。」というこの原則は、 年齢が若いほど、また、訓練を早く開始するほど、神経可塑性が高まることを意味します。トレーニングの開始が遅れるほど効果が低くなるため、スキル獲得には早期からの介入が重要です。

  4. 練習量の原則: 「適切な強度で繰り返すほど強化される。」というこの原則は、トレーニングを適切な強度で繰り返し十分な訓練量を確保することで神経可塑性が高まることを意味します。いくら良い内容のトレーニングでも楽々繰り返せるほど強度が低かったり、反復回数が少ないと神経回路の強化が生じないため、スキル獲得には強度と反復回数の設定が重要です。

  5. 意味の原則: 「重要性が高いほど強化される。」というこの原則は、トレーニングが対象者にとって意味のある、つまり報酬が得られたり感情的に重要と思える活動であるほど神経可塑性が高まることを意味します。いくら良い内容のトレーニングでも嫌々行っているようでは神経回路の強化が生じないため、スキル獲得には対象者の関心に沿った楽しい内容のトレーニングにすることが重要です。

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