よなよな51 よなよな濃い
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よなよな51 よなよな濃い

吉本ばなな

ばな子

遠くても

神様がいるのなら、「む、これは自由人」という人を、ランダムにこの世に配置するんだと思います。
そうでないと、たまに自由人をかませないと、この世が滅んでしまうから。
で、自由人ばっかりでも滅んでしまうから。
藤子世界にジャイアンが5人いたら困るのといっしょで。
でもちゃんとした世の中にも反社にもなじめないそんな自由人たちは、自分で生きていくしかない。芸術をするか、芸術を足掛かりにするか、市井の人として周囲に尊重されるか、いろんな方法があるけどやっていくしかない。
なんで自由人と結婚しなかったんだろう?って私も今でも1日3回は思いますが(笑)、それも「自由人が集うとこの世が終わる」の法則からだと思ってます。それから、今いるうちの唯一無二の子どもに出会うためだったな、とか。
私はお昼ご飯を90%立って食べるんですが、なんで立って食べてるの?というような感じの人といっしょになるなんて、夢にも思いませんでした。ディスってるのではなく、そもそも誰かといっしょに暮らすなんて、数年単位の夢だと思ってましたしね。
だから、それこそカナディアンファームとか那須にあるシュタイナー的な学校とその周りの店たちみたいなこともできない。
集まって暮らさせてはもらえない宿命に生まれているから。
独自の生き方でしか生きられないから、しかたがない。
宇宙が決めたことだから、しゃーない、しのぐしか。
まみちゃんとまみちゃんの最高なお父さんみたいな人がいっしょになったら、子どもが育たないもんね。
だから体で気の合う人たちとつるみながら、なんとなく、やってくしかない。少し遠くにいる仲間っぽい人たちと互いを確認しながら。互いの全く違う方法をリスペクトしながら。
「でも、いるんだ。ひとりじゃない。そうかあの人はこうやってしのぐのか」と参考にしながら。
そのような仲間をひとり、うっかり看取ってしまった私ですが(まみちゃんもそういう経験はあると思いますが)、そのときにうちの犬まで急に具合が悪くなってぽっくりと死んだとき、私のその一生で一番デカかった「が〜ん!友だち死んじゃった」が影響してないとは思えないんですよね。それが犬というものだから。
それで思ったのは、彼女は自分の人生を生きて、いやなことからは逃げまくって、最後結局友だちたちに看取られたけれど、そういう生き方は良かれ悪しかれ、そうやって周りの生命に影響を与えるんだなってことです。
だから私はなるべくすっと、あまり影響を与えないで去っていきたいなとも思いましたし(彼女の死に方を否定するわけではない。キャラに合ってたからいいと思う)、わりと心が丈夫な私でも、しばらくはドラマで心停止するときの機械の音が聞こえてくると、無条件で頭と胸がきゅうと締めつけられたりしたので、ああ、自分が死んで人が多少悲しむのはしかたないけど、なるべくこの思いはさせたくないな、と思いました。

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よなよな、人生について意味なく語り合うばな子とまみ子。 全然違うタイプだからこそ、野生児まみ子の言うことを聞くとばな子こと小説家吉本ばなな…

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吉本ばなな
吉本ばななです。主に小説を書いています😊noteは私の最前線です!