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よなよな39 魂の道を探す

ばな子

いつのまに

わかります。いつのまにか「お母さん」が命がけの職業である時期が終わっていたんですよね。あれ?緊張感が消えた。もう子どもたちはそれぞれの人生になりつつあるな、って。
それはまだいっしょに住んでいるうちに訪れた、それも意外でしたよね。私は意外でした。
もちろん一生母は母、そのもうはずせない体の一部になっていますが、なにかが抜けたんですよね。
またも登場ですが、大野舞ちゃんがまだうんと若くて、三茶あたりでひとり暮らしをしていて高熱を出したとき、大野百合子さんがうちに寄って、「今日も泊まってあげようと思って。何日かほんとうにたいへんだったのよ。久しぶりに自分はお母さんだったんだな〜って思い出したわ」と言っていて、あの感覚今は少しわかるし、子どもが家を出たらもっとわかるんだろうなと思います。
あのとき、茶沢通りでタクシーを待ちながらそう言った百合子さんの顔は、完全に「卒業後の」お母さんの顔でした。しゃーないな、でもないし、心配で死にそう!でもない。
かといって私もツアーで寺巡りをして帰りに鎌倉野菜は買わないけど(笑)!でもイタリアンとか食べには行くな(夢)!
ただ、基本、家にいてなにかをこねてる(パンでも食器でもナムルでもほこりでもぞうきんでも)子どものひとり泥遊びみたいなのに戻っていく楽しさがいちばんだいじになってきてます。
だって小さかったときって、そもそもアメリカとか行かなかったもん(うちの子はやむなく行ってたけどおかげですっかり外国めんどうくさい人間に!)。近いところに宇宙があったし、めだかとか野いちごとか1日中見てられたし。これからますますそうなっていくんだろうと思います。
お母さん業(行かも!?)が終わったら、エステに行ったり海外に行ったり美魔女になったりするのではなく、自分にまた戻っていくんだと思いますし、もしかしたらお母さん業がない人も、歳を重ねるってそういうことかも。
私もアホだし忙しかったので、何回か子どもの命を危機に陥れたことがあったのですが、そんなときはいつも他人が絡んでました。だから、まみちゃんが言うこと、すごくよくわかります。
お母さん業は、他人に軸をずらされたときだけ、危機に陥るのです。だからこそ一匹狼になるし、自分と子どもの間の感覚しか信じない。たとえば子どもが熱を出すと自分の体に熱を感じますし。あと、子どもが行事続きなどで疲れで荒れてくるのもわかります。疲れで荒れる→熱を出すのときは、順当だから休ませればいいが、熱が急に来たときは用心、とかね。
あと、これはまみちゃんの言うところの「一匹狼」とか「ひとりだけど、にぎやか」なのとは少し違うのかもしれないけれど、子どもがいるとき、私はあえてほとんど目立たない服というか、必要以上に地味な服を着ていました。本能的に、子どもの安全のためです。靴やサンダルもずっと同じのを履いてました(今も同じの履いてるからただ貧乏くさいのかもしれないけど)。違う感じになって安全が減ると困るからです。今ほんの少しチャラいかっこうができるようになって嬉しいのです。
それから少し違うけど、私は知人が高名なジュエリーデザイナーなので、かなり高価なちゃんとしたリングなどもこれまたこつこつ貯金して少しずつ買って持っていて、意外にふだん使いしているので(これは海外などで、とっさのときに換金するためという意味も含めている)すが、フラに通っているときはあえて地味にしてそういうのをつけないでいて、踊りに関しても舞台に立たないようにしていました。それは潜入取材だからです。目立ってはいけないのです。その感じとすごく似てるかもしれない。
ハワイの小説が終わったから、のびのびフラを踊ったら、おしゃれも舞台も楽しめるかもね、その感じも育児と似てるかも。
スピリチュアルさんたちはみんな「育児してても、取材でも、好きなようにふるまって、自分を愛して!のびのびして!」って言ってくれたけど、心が貧乏症なのか根がみみっちいのか、「いや、そんなことしてたらだいじなものが死んじまうだろ、今は違う」と思ってました。

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よなよな、人生について意味なく語り合うばな子とまみ子。 全然違うタイプだからこそ、野生児まみ子の言うことを聞くとばな子こと小説家吉本ばなな…

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