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AIとボランティアの力で障害者の読書を支援する「ユアアイズ」

世に存在する一般的な本のほとんどは、その内容が文字や図表で表現されている。当然ながら「目で見る」ことが前提となっており、視覚障害などを持っていると楽しむことは難しい。「ユアアイズ」は、そのような読書困難な人々の読書を支援するスマホアプリだ。

今年は10月2~3日が「デジタルの日」、10月が「デジタル月間」となる。また、10月10日は「目の愛護デー」、10月第2木曜日は「世界視力デー」と、10月は「目」に関する2つの記念日がある。そこで今回は、目に関するグッドなデジタルテクノロジーの活用例として読書支援アプリを紹介する。

読書困難者のために本を読み上げ

視覚障害をはじめ、文字の読み書きができない学習障害であるディスレクシア、身体の不自由など、さまざまな理由から読書を思うように楽しめない人たちがいる。目は見えるものの、視力が衰えて文字が見にくくなってきた人も含めると、その数は決して少なくない。

スプリュームの「ユアアイズ(YourEyes)」は、そのような読書困難者を支援するためのスマホアプリだ。本の誌面を撮影すると、そこに書かれている文字認識をして読み上げる。

以下のユアアイズの紹介動画を見ると、アプリやサービスの全体像が把握できる。

実際に『SDGs白書2022』で試したところ、比較的新しいタイトルのためか特定できなかったが、文字認識と読み上げは機能する。ただ、認識しやすいように撮影するのは意外と難しい。画面で確認しながらでも難しいのだから、読書困難者にはかなりハードルが高いが、その解決策として後述する道具(ユアアイズ・ボックス)が用意されている。

最初に裏表紙を撮影して、画像やISBNなどから書籍を特定する
特定できない書籍でも「署名不明」として文字認識と読み上げは可能だ
特定できるとデータベースから該当する書籍の情報を取得する

ユアアイズの利用には会員登録が必要で、無料会員は月30ページまで、月500円の有料会員になると月1万ページまで本や⽂書の読み上げができる。

ユアアイズは、2021年3月22日にポニーキャニオンのサービスとして登場し、その後スプリュームに移管された。現在は、当時から関わってきたリトルスタジオインク、想隆社、日外アソシエーツとの共同プロジェクトとして開発・運営が続けられている。

文字認識と音声合成の組み合わせ

近年、スマホアプリを中心に文字認識や音声合成の技術の発展は目覚ましく、何らかの形で体験したことのある人は多いだろう。

写真や画像の中にある文字の要素を認識して、文字データとして変換できるのは文字認識(OCR)技術によるものだ。また、スマートスピーカーでお馴染みの、人が話すような文章の読み上げには音声合成技術が使われている。

ユアアイズでは、これら2つの技術を組み合わせることで、手元にある本の内容を読み上げる。単に文字認識と読み上げだけなら他のアプリでも可能だが(iOSやAndroidでは標準機能としても搭載されている)、読書支援を意識したユアアイズの場合は、iPhoneのiOSが備える画面読み上げ機能(VoiceOver)に対応するなど、視覚障害者つまり画面が見えない人でも使えるように設計されている。

また、文字を正しく読み取るには誌面を適切に撮影する必要があるが、撮影画像を見られないとこれは難しい。そこで、手探りでも適切に撮影できるように「ユアアイズ・ボックス」という撮影道具も用意されている。

ユアアイズ・ボックスは箱の形状をしている
ユアアイズの紹介動画より)
本にかぶせることで、光の反射を防ぎ、誌面の反りを抑えながら、正しい角度で撮影できる
ユアアイズの紹介動画より)

ユアアイズは現在のところiOS版のみの対応で、利用端末もiPhoneとiPod touchに限られる。対象者やその意義を考えるとより幅広い対応が望まれるが、日本でのiPhone利用者数や商用サービスであることを考慮すれば、最初のステップとして妥当と言えるだろう。

ボランティアの力で認識精度向上

ユアアイズには、認識精度を高める仕組みとして、ボランティアによる読み上げデータの修正がある。これはボランティアがユアアイズを使って誌面の認識と読み上げを行い、間違って認識している箇所を専用のツールを使って修正するというものだ。

ユアアイズのサービス構成
精度向上のためには技術だけでなく人の手(ボランティア)の存在も重要だ

ユアアイズの紹介動画より)

いくら認識技術が発達したとはいえ、いつも100%の精度というわけにはいかない。認識ミスや読み間違いはどうしても起きるし、本の状態や撮影環境も大きく影響する。人の手で修正し、それを基にAIを鍛えることで、同じ作品のページでの認識精度が高まる。

デジタルデータ化という点では、青空文庫の活動にも似ているが、ユアアイズの場合は著作権が切れる前の作品も対象とするため、著作権法の制約をどうしても受けてしまう。ボランティアによる修正データをそのまま流用するのではなく、あくまでもAIの学習用に使うというのもそれが理由だが、これは法律のほうを変えるしかないので仕方ない。

既存の読書支援サービスを補完

従来の読書支援サービスとしては、希望する本や書類を点字にしてくれる点訳サービス、図書館などでの読み上げやその録音物(カセットテープやCD)を貸し出す音訳サービス、DAISY関連機器などがある。大活字本もこれらに含まれるだろう。しかし、これらを用意するには手間と時間がかかり、使える場所や数も限られる。

DAISYとは
Digital Accessible Information SYstem(アクセシブルな情報システム)の略で、読書困難者のためのデジタル録音図書の国際標準規格。DAISY録音図書は点字図書館やボランティアによって製作され、CD-ROM等での貸し出しが行われている。
視覚障害者情報総合ネットワーク「サピエ」では、図書館の点字図書や録音図書を検索できる。

電子書籍の場合、誌面情報を文字データとして持つ形式(「リフロー型電子書籍」と呼ばれる)なら、音声合成技術との相性が良く読み上げに適しているが、アクセシビリティを意識して全面的に対応している電子書籍ストアは多くない。

電子出版制作・流通協議会による「アクセシブルな電子書籍等の普及に向けた調査研究 報告書(令和3年3月)」では、41の電子書籍ストアに対して音声読み上げなどのアクセシビリティ対応状況を質問したところ、対応している事業者は1つもないという結果になっている(P.42、設問8)。

2019年6月21日に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(通称「読書バリアフリー法」)が成立したが、従来の読書支援サービスだけでその目的を達成するのは難しい。世の中に存在する本の数に対して、点字や音声など読書困難者が利用しやすい形になっているものはわずかだ。

ユアアイズのような誰でも使えるスマホアプリなら、電子書籍化されていないものも含めて、手元にある本をいつでも手軽に楽しむことができる。従来のサービスを補完する、デジタル時代ならではの読書支援サービスと言えるだろう。

社会課題を解決する技術発展に期待

理想は、まず今後発売される本のすべてで電子版が併売され、すべての電子書籍ストアに読み上げ機能が備わることだ。出版社の負担が増えることになるが、せめて新刊だけでも対応してほしい。また、電子書籍ストアや出版社が正式な対応を謳うには、著作権法に従った上で著者の許諾も必要になるが、この辺りも少しずつ意識が変わっていくことを願う。近年、オーディオブック市場が拡大しつつあるのは良い傾向だ。

一般邸に、社会貢献的な支援サービス分野は、市場規模として大きくないし事業として儲かりにくい。今回紹介したユアアイズも、その社会的意義は高いにもかかわらず、事業として続けるのは決して容易ではないだろう。その溝を埋める可能性こそ、デジタル技術の活用だ。

2022年に入り、AIによる画像生成が話題だ。どのような絵を描いてほしいか、プロンプトと呼ばれる単語や文章で伝えると、それをAIが解釈して絵画やイラスト、写真のような画像を描き上げる。AIがどのように処理しているのかは分からないが、リクエストする内容と生成される画像の一致度合いは想像以上に高く、それゆえに注目を集めているのだ。

ふと思ったのは、この逆の処理、つまり「画像から、その内容を説明する言葉や文章を生成」も可能ではないかということ。AIが文字だけでなく、図画も認識して適切に説明できるようになると、図画版ユアアイズのようなアプリが実現できるのではないか。

AIはそのインパクトゆえにさまざまな問題や軋轢を生み出しているが、おそらくこの先も発展は止まらないだろう。そうであれば、せめてニッチで切実な社会問題の解決にも大いに貢献してくれることを期待したい。


文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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