雑記(さよならが知りたくて)

事細かに書くことはえてしてひとに大きなショックを与えてしまうものなので、ぼかして伝えたいと思うのだけれど、とにかく自殺未遂をした。今度ばかりは死んだと思われていたようで、ご心配とお叱りのメッセージやらもはや死んだと思われている旨の連絡までたくさん来た。本当にご迷惑おかけしました。

警察経由で大学病院のICUに入れられて透析などを受けていたらしいけれど、その辺の記憶はほとんどなくて(今も記憶が定着しなくてずっとメモして過ごしているし味覚や左足も変なまま治らない)そのあと転院して通っていた精神科に医療保護入院になった。正直、自分は三途の川を一度渡ったようなものだと思う。
まったく医療保護入院というものは酷いもので、生まれて初めて自分の人権が損なわれているという感覚があったが、それを押して余りある倫理的な罪を自分が犯したのだということもまた確かに思ったので、仕方なく牢獄のような場所に囚われている。入院してすぐに(この時書いていた日記はまた別の形で公開したいものだけれど)『東京都同情塔』を読んだのが、インパクトがあってなかなか忘れられない。「同情」をメインテーマにしたまったく新しい綺麗な刑務所、それは私にとって今入院しているこの病院に他ならなかった。
はじめの二週間はスマートフォンやパソコンさえなく、ひたすら本を読んで過ごした。未遂したあとというのは基本的にどんな人でも多少なりともメニアックになるものらしく、それでも揚々と過ごしていたものだったが、退院の話が出るにしたがって、段々と己が身を振り返らざるを得なくなり、私はなぜこうやって自分の自由を自分から奪っていくのか、と思って嫌だった。さめざめ泣く夜を両手の指より多く過ごした。私は一回死んでいて、もう今までの自分には戻れない。全身麻酔から目覚めたとき、まるで離人症になったかのように、脱皮したかのように、自分の身体を新しいものとして見ていた。まるでマリア様の肋骨から生まれたみたいな気持ちだった。自分がもう人間ではなかったらどれだけいいだろう。この悪夢のような人生はちっとも終わらなくて、それがまたつらかった。

何かを味わうみたいに、入院するということはじっくりと時間を潰していくことだった。朝日を見て、夕日を見て、限られた格子の中の緑や雨風を眺めて過ごした。夜は具合が悪くて、ごっそり減った睡眠薬で必死に眠る。私がいる部屋は准保護室で、窓にはスモークが掛っていて空以外何も見えない。

久し振りに触れたインターネットは存外変わらず酷いもので、私がぐちゃぐちゃにした箱庭はやっぱりぐちゃぐちゃのままでそこにあった。見ているだけでなんだか疲れてしまう。みんな病気だと感じてしまう。もう人を傷つけてはいけないと思うけれど、そう思う時点で私はもう化け物だった。退院したらやりたいことのリストを書かされたけれど、本当はやりたいことなど一つもない。停滞が怖いだけだ。
とりあえずここから出なければならない。もう自分自身に押し流されることのないようなしるべが欲しい。願わくば二度と同じ罪を起こさないように、過去に縋ることのないように、私に正しい強さを与えてください。

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