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世界に貢献する日本発創薬へのヒント2/2-独ATAI Life Sciences

こんにちは。D3LLCの永田です。

前回話題にした、「千葉大生まれNY育ちのR-ケタミン」。日本の研究の可能性と、米(独)ベンチャーのビジネスのうまさ、見せつけられました。

2018年に千葉大からR-ケタミンのライセンスを受けたPerception Neurosceincesは、2018年創業のドイツのATAI Life Sciences(以下、ATAI社)に買収されており、そのATAI Life Sciencesは、2021年に、2,000億円以上の時価総額で200億円以上のIPO(NASDAQ)を実現しています。(ただ、現在は昨今の市況で900億円程度の時価総額になっているようですが...)

このATAI社ですが、様々な観点から大変示唆に富む会社です。日本発で世界に通用する医療貢献へのチャレンジへの参考になるかと思いますので、いくつか興味深い点をご紹介します。

1. ATAI社のパイプライン

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上場時のパイプラインです。創業3年の会社で、3つのクリニカルコンパウド(治験入り薬剤)を持っており、しかも一つはPhase2。弊社の投資先の1社もこちらに負けないペースでの治験入り・パイプライン構築が視野にはいっており同等水準になっているようには思いますが(負けず嫌い)、いずれにせよこれは早い。

2. 既存薬にフォーカス

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創業3年でこれほど厚いパイプラインをもているのはなぜか。その一つは、ドラッグ・リポジショニングへのフォーカスです。ヒトでの安全性が確認されている薬を、承認されている対象疾患とは別の疾患に転用します。治験準備(IND)の時間も大幅に短縮され、開発スピードが桁違いとなります。薬剤によってはPhase2治験からの開始もあります。

たとえば、大手製薬Allerganから導入した”RL-007”( (2R, 3S)-2-amino-3-hydroxy-3-pyridin-4-yl-1-pyrrolidin-1-yl-propan-1-one(L)-(+) tartrate salt)。この化合物は、Allerganにより抗神経性疼痛薬として開発されていましたがPhase2治験で薬効を示せず、開発頓挫していました。薬効は示せませんでしたが、それまでに9のPhase1治験を実施しており、n=500以上での安全性検証が終わっていたそうです。この候補薬を、Recogify社がAllerganよりライセンスを受け統合失調症治験としてPhase2a治験から進めています。その後Rcognify社はATAI社の傘下に入っています。

3. 領域特化の強みと複数の独自ツール

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精神疾患に完全特化することで、厚い専門家集団を構築しています。

This focus came out of direct experience with the trauma of mental health challenges such as depression and awareness of the potential solutions offered by unconventional approaches including psychedelic compounds.

"unconventional approaches"は"direct experince"を有する専門家集団だからできること、素人や浅い知識でみていなことを強調しています。

パイプライン導入・開発のみならず、高い専門性をもって"enabler"としての要素技術も保有しているようです:

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Intropect: DTx(デジタルセラピューティクス)。Pear社のre-SETのタイプのDTxプロダクトを志向しているようです。パイプラインの一つである特許性のない既知化合物Salvinorin Aを治療抵抗性抗うつ薬として開発するために、組み合わせるDTxとしているようです。Introspectが開発する患者モニタリングツールで適正量の設定を実現しようとしているようです。幻覚剤なので厳密な投与量コントロールが必要ですので。ちなみに、SalvinorinAは マサテコ族のシャーマンが歴史的に幻覚剤として物質に含まれる活性分子だそうです。

Entheogenix: AI創薬企業スタートアップCYCLICAとATAI社のJVです。昔から知られるサイケデリック(向精神薬・幻覚剤)な種子から精神疾患への有効分子成分をAIの力で見出すことを目指します。たとえば、ATAI社はマジックマッシュルームの成分の一つであるシロシビンを治療抵抗性うつ向けに開発(していますが、シロシビンに注目するのはEntheogenixの知見があるようです。

ATAI社は、このシロシビンのうつ病薬としての使用のために、"COMP360 therapy"と呼ぶプログラムを開発しています。シロシビン投与量の調整はじめ、投与しつつ6~8時間かけてカウンセリングセッションを行うことで、安全に抗うつ作用を発揮させるという治療法として開発です。すでにPhase2bまで進んでいます。特許性のない化合物を治療薬化するための併用治療法開発になります。

また、ATAI社は西アフリカの低木から分離されたサイケデリック成分イボゲインにも着目し"DameRx IB"としてオピオイド使用障害治療薬として開発中です。イボゲインへの注目も、Entherogenixの知見があったようです。DemeRx IBは、製剤の工夫により、安全な経口剤として開発予定で、これからPhase1/2治験にはいるとのことです。

InnarisBio脳への薬物送達としての経鼻送達(Nose 2 Brain)技術を開発しています。前回話題にしたR-ケタミンでも経鼻送達が製品開発の鍵でした。脳にはBBB(血液脳関門)と呼ばれるバリアがあり薬物の送達が困難ですので、メンタルヘルス薬物治療領域では要になります。時系列的にR-ケタミンの開発に本技術が使われている可能性は低いですが、今後の既知化合物の開発のenablerにすることでしょう。

・PsyProtixメタボロミクスを用いて、うつ病の診断・治療のためのバイオマーカーを探索する技術です。Duke大学のスピンアウトとのJVになります。

以上のように、精神疾患領域における高い専門性を有することから、様々な周辺技術を組み合わせてunconventional approachesを実践できていることがわかります。以前の記事でもバイオヘルスケア投資では専門特化が重要とご紹介しましたが、更に深く深く特化することの強みでしょう。

4. ファイナンスをテコにした仲間づくり

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こちらが、ATAIの会社の構造になります。各開発パイプラインも、enablerの要素技術も、基本的にすべて、別の"会社"として存在し、ATAIが持株会社的にカバーをしています。

ATAI社は、精神疾患への特化という軸を持ち、自ら創業する会社のみならず、既存企業の買収や、ジョイント・ベンチャーなどを積極的に展開し、わずか3年でここまでのパイプライン・要素技術を獲得しています。

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注目すべきは、ATAI社のオーナーシップ割合のばらつきです。100%は17社中4社のみ、50%を切る会社も4社もあります。

興味深いのは、ATAIがとる仲間獲得スキームは、一般的な買収や優先株式スキームを用いた第三者割当増資のみならず、VIE(Variable Interest Entities)スキームと呼ばれる、主に中国に海外企業が進出する際に話題になるモデルなども動員している点です。ATAIが実現したいガバナンスと、被買収・参画企業が望む財務的インセンティブをケース・バイ・ケース(相対)で調整しています。ときに複雑にて、こちらでの解説は控えますが、その結果、ATAI社が50%以下の持ち分であってもATAI社の意向でプロジェクトを動かせたりします。

特に、このスキームで興味深いのは、ジョイント・ベンチャーそしてアクハイアーです。ガバナンスと財務的インセンティブの絶妙な落とし所を探ることにより、「売却エグジットしたので(ロックアップあるにせよ)売った会社のことは知らないね」という状況にさせません。桃太郎さんよろしく、きび団子(=キャッシュと株式を用いたインセンティブスキーム)をつくり、仲間にしていきます。これが、同社が、多様な専門家を傘下に加え、ますます専門性を高めていくしくみの本質的エンジンのようです。

ファイナンススキームによる仲間づくり、オープンイノベーションとも言えるかもしれません。

同社は精神疾患治療薬創薬に対してunconventional approachesをとっていますが、会社経営の根幹にも、unconventional financial approachを実現しているようにも思えます。

ところで、本質的には優先株設計の延長線上にあるものではあり、理解・応用は可能な範囲のワザを組み合わせています。

Take Aways

いかがでしたでしょうか。

いわゆる”違法ドラッグ”の話題が多いので、穿ってご覧になることもあるかとは存じますが、重要なことは、以下の2点だと考えます。

・特許性のない既存物質でも、治療に用いることができる可能性があるのであれば、デジタル・フィジカル様々なアプローチを動員して、unconventional approachで、どうにか治療薬化の道筋をさがしていること

・同様に、通例ベンチャーファイナンスでは使われないようなunconventional approachで、仲間・技術を獲得していくこと

要すれば、常識にとらわれず、問題解決志向で、目的を共有できる様々な分野の専門家と連携していくしくみを創出していくことです。

我々D3バイオヘルスケアファンドも、先入観や常識にとらわれず、クリエイティヴに、志を共有できる起業家や研究者の方々と、ときにunconventional approachesで、世界の医療健康に貢献を追求できればと考えています。

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